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ボル トの 政治 思想 と言 語思 想の 関係 フン ボル トは その 生涯 のほ とん どの 時期 に、 何等 かの 言語 思想 に関 する 論文 を残 して いる

。当 初の 予定 通り に完 成さ せた もの が多 くな い為 に体 系的 理解 が難 しい が、 彼の 言語 思想 はそ れだ けで 完結 して いる もの では なく

、彼 の 他の 思想 の背 景に なっ てい ると 考え るこ とは 可能 であ る。 イザ ベラ

・フ ェロ ンに よれ ば、

﹁フ ンボ ルト の議 論の 運 びは 学問 的な 型に 従っ てい るわ けで はな く、 彼は 自由 に・ 秩序 を気 にす るこ とな く考 察を 述べ てい る。 全て の論 文 にお いて フン ボル トは

、自 らの 考察 の体 系全 体を 常に 新た な方 法で 繰り 返す

。そ れ故

、彼 の言 語研 究の 方針 は彼 の 政治 的論 文に も、 文芸 批評

、哲 学、 言語 学の 論文 にも 現れ て

( )

いる

。﹂

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本節 では

、一 八一

〇年 代の フン ボル トの 政治 思想 との 時期 的・ 理念 的連 携が 認め られ る範 囲の 言語 思想 に関 する 論文 を参

( )

照し

、前 節で 提示 した 問題 を明 らか にす る議 論を 展開 する

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フン ボル トの 言語 思想 フン ボル トが 言語 に興 味を 持っ たの は早 い時 期だ った

。彼 は少 年時 代に ギリ シア 語、 ラテ ン語

、フ ラン ス語

、イ タリ ア語 を学 び、 学生 時代 には 古典 語を 集中 的に 修め

、裁 判官 時代 には ヘブ ライ 語を 学ぶ とい うよ うに

、語 学の 天 才で あ

( )

った

。イ ェナ 滞在 期︵ 一七 九四 年~ 一七 九七 年︶ に既 に言 語に 関す る記 述を 始め てい る。 しか しそ の後 のパ リ

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滞在 及び スペ イン 旅行 が、 彼の ライ フワ ーク とな る言 語学 の真 の契 機と 見て 良い

。ス ペイ ン旅 行中 フン ボル トは バ スク 語に 触れ

、民 族と 言語 の関 係に 興味 を持 ち、 パリ 滞在 にお いて 彼は イェ ナの 思想 圏内 にあ った 自ら の美 的哲 学 を公 式化 し、 一般 的な 人類 学的 主題 設定 へと 向か って いく ので

( )

ある

。そ の後 フン ボル トは 政治 の表 舞台 で重 要な 働

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きを する こと にな るが

、政 治活 動と 並行 して 言語 学や 古典 研究 は続 けら れ、 政界 引退 後一 八二

〇年 から 言語 学に 関

する 本格 的な 執筆 活動 が始 まる ので ある

。 さて フン ボル トが 言語 を有 機体 とし て捉 えて いた とい うこ とは 有名 であ る。 有機 体論 は、 フン ボル トの 時代 にお いて 歴史 主義 と並 んで 展開 し、 現代 の言 語研 究に 大き な影 響を 遺し た精 神運 動で あっ た。 有機 体論 は個 別の 部分 に よる 統一 的・ 自立 的・ 自律 的な 複合 体と して 理解 され る。 個別 部分 は固 有の 機能 を有 して いる が、 分離 し難 く互 い に連 携し てい る。

﹁有 機体

﹂と いう 用語 自体 は、 生物 学的 な過 程に 由来 して

( )

いる

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しか しフ ンボ ルト が言 語に つい て述 べた 初期 の﹁ 思考 と言 語に つい て﹂

︵一 七九 五~ 一七 九六 年︶ では

、言 語を 記 号と して 捉え てい る側 面が 強く

、有 機体 論的 議論 はま だ定 着し てい ない

。フ ンボ ルト は思 考の 本質 は反 省す るこ と にあ ると 述べ

、如 何な る思 考も 人間 の感 覚の 一般 的形 式の 助け なし には 生じ 得な いと する

。当 該形 式に おい て初 め て人 間は 思考 を把 握す るこ とが 出来 る。

﹁統 一体 への 感覚 的な 命名 は…

…言 葉の 最も 広い 意味 で、 言語 で

( )

ある

。﹂

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﹁言 語を 求め る人 間は 記号

Z e i c h e n

︶を 求め る、 この 下で 彼は

、自 らの 思考 の中 で作 り出 した 断片 を、 統一 体と し て一 つに まと め上 げる こと が可 能に

( )

なる

。﹂

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しか しこ のよ うな 記号 論的 発想 は後 年に なる と後 退す るこ とに なる

。一 八一

〇年 ある いは 翌年 に書 かれ た﹁ 全言 語研 究の

( )

序論

﹂に おい てフ ンボ ルト は、

﹁言 語は 自己 活動 的で あり

、人 間を よく 導き

、同 時に 人間 を通 じて 発生 す

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るも

( )

のだ

﹂と 述べ てい る。

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重要 なの は一 八二

〇年 の﹁ 言語 展開 の異 なっ た時 期に 関連 した 比較 言語 研究 につ いて

﹂︵ 以下

、﹁ 比較 言語 研究

﹂︶ であ る。 これ は一 八二

〇年 六月 の講 演で あり

、本 稿の 検討 時期 から 外れ るよ うに 見え るが

、そ の構 想は 一八 一〇 年 代に 練ら れて いる はず であ り、 本稿 で取 り上 げる こと は不 当で はな いと 思わ れる

﹁比 較言 語研 究﹂ では 先ず

、﹁ 言語 は有 機体 であ る﹂ とい う思 想が 示さ れる

。ど んな 言語 にで も動 かし 難い 構造

・ 形態 が備 わっ てい るの であ り、 その 中で 言語 が洗 練さ れて いく ので

( )

ある

。﹁ 言語 は一 挙に 成立 せざ るを 得な い、 よ

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り厳 密に 言え ば、 言語 は言 語と して 存在 して いる あら ゆる 瞬間 にお いて

、言 語を 一つ の全 体た らし めて いる もの を 所有 して いな くて はな ら

( )

ない

。﹂

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この 言語 の有 機体 的性 質は 如何 なる 言語 にも 共通 のも ので ある

、す なわ ち﹁ 最も 粗野 な民 族の 方言 でさ え自 然に よる 高貴 な作 品な ので ある から

、そ れを 任意 に細 分化 した り、 観察 した もの を断 片的 に記 述す るこ とは 出来 ない

。 それ は有 機的 存在 であ り、 その よう に扱 わね ばな らな いの で

( )

ある

。﹂

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﹁言 語と は、 既に 認識 され てい る真 実を 表現 する 為の 文字 通り の手 段で はな く、 むし ろそ れ以 上に

、未 だ知 られ てい ない もの を発 見す る手 段で ある

。言 語の 相違 とは

、音 声や 記号 によ るの では なく

、む しろ 世界 観そ のも のの 相 違で

( )

ある

。﹂

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フン ボル トの 言う 世界 観︵

W e l t a n s i c h t

︶ は、 夫々 の言 語固 有の 仕方 によ って のみ 与え られ る世 界の こと で

( )

ある

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﹁世 界観

﹂と いう 語こ そ用 いな いが

、﹁ 全言 語研 究の 序論

﹂に おい て既 に、

﹁人 間は 常に 言語 によ って

、そ の圏 内に 捕え られ てお り、 その 外部 に如 何な る自 由な 立脚 点を も得 るこ とが 出来

( )

ない

。﹂ ある いは

﹁言 語と いう もの は決 し

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て専 ら文 学の みを 通じ てで はな く、 また それ 自体 とし て明 らか にな って いる 民族 の性 格や 言語 自身 から 判明 した 歴 史的 知識 を通 じて のみ 興味 を起 こさ せる もの では なく むし ろ、 その 内的 構造 や基 本的 構成 要素 の本 性を 通じ て精 神 や感 情や その 他諸 々を 引き 付け

、繋 ぎ止 める もの な

( )

のだ

﹂と 述べ られ てい る。 なお

、言 語の 活動 性か ら、 世界 観も

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同時 に変 化し 得る もの であ るこ とは

、自 明で ある

。 この よう に、 言語 に関 する 論考 が連 続し たも のと して 著さ れて いな いの で断 定は 難し いが

、記 号論 的発 想か らの 脱却 が見 られ る﹁ 全言 語研 究の 序論

﹂執 筆の 段階 のフ ンボ ルト から

﹁比 較言 語研 究﹂ の間 に、 言語 にお ける 有機 体 論的 発想 が固 まり

、世 界観 の思 想が 形成 され たと 言え よう

。 なお

、フ ンボ ルト は言 語を 有機 体と 見な すが

、他 方で 有機 体的 部分 のみ を研 究す るこ とに は慎 重で ある

。﹁ 比較

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