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一︑計画計算は計画経済実施のための手段ではなくて︑市場経済を対象とせる企業の経符管理のための手段であ

二︑計画計算に関する分野の研究は︑未だ日浅くして地固まらざる状態であるので︑統一的処理ないし統一的規範

というものはない︒従って︑そこには種々なる蓋然性が考えられるが︑これらをよく比較考是して自企業に適し

た方法を選択すべきである︒実施への道は一つではない宮古布巧

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三︑計画計算の実施は︑初めから高い事を望むべきではなく︑一歩一歩着実に進めて行くべ︑さである︒まず個々の

領域(販売計画・生産計画など)より始めて︑総合計画に進むようにすべきである︒そうすることが︑計画計算

実施への近道である︒

四︑各企業内の秘密主義(の

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は大いに慎しむべきである︒秘密主義は計画計算の発展を阻害す

る︒大いに各企業経営者ならびに経営管理者は経験を交換して計画計算の発展を計るべきである︒

玉︑計画計算実現への若干の願望ないし注意として

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﹀理論的基礎にもとづく疋確な概念規定の設定︑

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施に当って自己の過去の実務的経験の活用︑

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共同研究の必要性その他︒

以上の五命題の内第一点に掲げられている問題は︑一九三

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年代の計画原価計算生成初期においても︑間休の指導

者ならひに学識経験者によって啓蒙されて来た問題であるにも杭らず︑

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年代の今日においてもなおかかる命

題が掲げられなければならぬという事は︑現在この新しい経営管理思考に対する一般の認識がいかに低調であるかと

いう事が窺える︒

次に二年後の一九五四年には﹁計画計算研究会﹂の主催のもとに︑﹁ヘッセン経常経済研究所﹂

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という研究テ1マのもとに︑下イツの有力企業の約四

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名の指導的専門家達を集めて第四国大会が開催された︒本

大会においては︑次述の如き注目すべき重要な一つの現象の出現と重大な決議の採択とがあった様である︒︹AUまず

注目すべき現象の出現とは︑本大会においてはこれまでの大会においては見られなかった程の経営管理に対す乙参加

者の見方の変化と発展が︑参加者の報告ならびに議論︑更には専門分科会の研究ならびに協議の内に現われて来たと

いう事である︒すなわち︑今日の市場経済のもとにおける経営管理に対する一般の認議が高まりつつある事︑ならび ﹁ドイツ経済合理化局﹂﹁計画計算の発達L

にこれまで行なわれて来た研究活動と普及活動の成果がはっきりと顕現しはじめた事である︒ハ

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次に第二点の本研

究会の新たなる発展方向を規定するが如き決議の採択とは︑後述のヨーロッパ各国代表を集めて開かれた第五回大会

の素因ともなったのであるが︑本研究会が︑その会の運営上の自治と自由の保持ならびに本研究会において取扱われ

る計画計算の研究の客観的中立化を再確認し︑同時にこの基本原則に基づいて原価計算ならびに予算統制の振興を計

るための内ヨーロッパ的計画の上に︑更に上部団体として︑

ドイツ計画原価計算の生成発展史考 戦後米国の指導によって出来た(本部はフラY

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ある︒そうして︑ドイツ計画計算研究会

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は︑ドイツ地区の計画の代表となる事が決議され︑ここに本

研 究 会 の 新 た な る 発 展 方 向 が 規 定 さ れ た

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この様に新たなる発展方向を規定された本研究会は︑第四回大会で採択された決議の趣旨を実現するために︑二年

後の一九五六年一

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月には︑第四回大固と同一主催のもとに︑

観点における計画計算と経営管理﹂

いう

1マを掲け︑英国・スイスユアYマ1ク・フラY

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1ストリヤなどの各国代表 ヨーロッパ生産性本部の支援を得て︑

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ならびに圏内の斯学の専門家達約四

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人が参会して第五回大会が開催された︒各国代表としてこの会議に参加した

人々は︑友好的雰囲気の内に大・中・小経営における計画計算の多方面からなる経験︑知識ならびに実例の非常によ

く調和のとれた内容をもった報告を行なった︒テーマの取扱い方には︑各国各様にそれぞれの国の性向と観察方法に

もとづく多様多彩なものであった︒そうして計画計算の企業への適用に当つては︑出来るだけ独断的適用が行なわれ

ざる様注意し︑業種業態の実状にそくした臨機応変の発展が促進さるべきであるという事が強調された︒

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以上の第五回大会開催以来まる二年経過した本年(一九五九年)四月には︑フラシクフルトにおいて﹁計画計算研

の変移情況に即応せる動的経営計画﹂ (呂田)ならびに﹁ドイツ経済合理化局﹂

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(間関当)との共催のもとに︑﹁経済

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なるテ1マを掲げて︑第六回大会が開催された︒本大会においては︑ハA計画計算が経営管理

用具としていい換えれば原価把握(同

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ある事が改めて確認せられた様である︒ハ

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同時にまた経営指導(回︒片岡町

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﹀を行なうためには︑経済事

情に即応していい換えれば価格変動状勢の変化ならびに市場変動に即応して自由に対処し得る弾力性をもち︑しかも

かかるあらゆる外因の影響を計算に折込み得る弾力的な予算化の必要性が強調された様である︒(︿

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・ ) 第四期段階になってからは︑本研究会も相当発展変化して来た様である︒第四期段階は︑従来の﹁計画原価研究

会﹂が解消して新たなる﹁計画計算研究会﹂として再出発した時(一九五二年三月)に始まるが︑この再出発をみて

からの第一回目の大会である第三一回大会(一九五二年一

O

月)においては︑制斯学に関係ある各階層の専門家達を包

括する事により︑第三一期段階よりもその構成員においても拡大され︑また例研究領域についても従来の如き﹁計画原

価計算﹂といった計画計算の部分領域の研究に凶ることなく﹁経営におけるあらゆる種類の計画﹂をその研究分野に

含めるなど非常に幅広い活動が行なわれる様になった︒次に第四回大会(一九五四年一

O

月)においては︑計画計算

研究会がヨーロッパ生産性本部の下部団休として活動する事が採択され︑単にドイツ的視野より経営合理化を考える

のではなく︑更に広い視野に立ってこれを考えて行かんとする方向へと発展して行った︒かかる趣旨を実現するため

に第五回大会においては既述の如き各国代表の参加を求めて開催され︑また第六回大会には︑本研究会の年来の標梼

である﹁経営のあらゆる種類の計画の研究﹂という色彩が強く打ち出されている︒

この様に考察して来る時︑本研究会は従来の部分領域に関する研究団体より一歩進んだ︑いい換えれば今日一般に

いわれている﹁管理会計的な研究会﹂へとその性格を質的に変えて来た様である︒従って第四期段階に入ってからの

ドイツ計画原価計算の生成発展史考

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