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ドキュメント内 アジアの動向 インド 1966 (ページ 178-200)

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イ ン ド (9月〕

した。モウではSec.144Cr. P.  C.による1週間の禁止令が出され, 当局の命令 で教育機関も閉鎖された。

V西ベンガル州で1100人を逮捕一一政府は左翼連合戦前が計画している48時間 の「ベンガノレ・パンダ(ストライキ〉」の前に, 予防拘禁法,保安法,その他の 法律により1100人以上も逮捕した。政府はパンダによる暴力に対しては断固たる 措置をとるが,武力の使用は最小限にするとの発表を行なった。軍隊はあらゆる 事態に備えるように,また,警察は初期の段階で事態を収拾するようにとの指令

が出されているu

Vカナダから新聞紙 1万5500トン輸入一一一R ・パアヅル情報文化相を委員長と する新聞紙輸入諮問会議は,アメリカの援助資金による新聞紙1万3千トンの輸 入がむずかしいため,カナダから約1万5千トンの新聞紙を輸入すると発表した。

21日 V今年度の穀物生産高は9500万トン一一冬の雨次第ではラピーの豊作につい で,カリフも豊作になりそうなので,中央政府は食糧穀物の生産高が9500万トン になるものと見積っている。これは目標の9700万トンには及ばないがピハール,

アッサムの洪水,東部U.P.州,西インドの早ばつがなければ,目標達成も可能 であったとみられている。その他の農産物のできもよく,綿花とオイルシードは 1964〜65年の豊作に匹敵するものになりそうである。ジュートは雨の不足のため に作付け面積が230万エーカーから170万エーカーに減ったため, 730万ノξーレノレ から600万パーレルに減りそうである。一方, ジュートと米は補完関係にある作 物なので,米の作付け面積はふえ,米の生産量は1964〜65年の記録3870万トンを 上回る4000万トンをこえそうである。

V製鉄部門での外国提携緩和せず一一政府は,中央・地方政府および民間部門 を問わず,銑鉄プラントの設立に外国と提携することを抑制する方針は緩和しな いことに決定した模様である。鉄鋼省の情報では企業家は外国との提携なしに銑 鉄プラントを設立する気持はないようで,民間部門に8通の設立許可証が出され たが,そのうち7通は取消しとなった。従って,第4次計画の新プラントはほと んど政府部門で設立されることとなる。グジャラート州政府が提出したコークス および機械の輸入による新プラントも認められなU、ょうである。

' 6月の工業生産 6月の季節調整済工業生産指数(1956=100)は前月の 189.7 C改訂)を1.6%上回って192.7に上昇した。この

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昇はジュート,毛織物,

履物,ゴム製品,皮・毛皮製品,金属,運輸設備の増大によるものである。反面,

食品,重有機化学,染料,変圧器,電線類,の生産が落ちた。 (工業生産指数は 一(162)一 ‑322

イ ン ド ( 9月) 最近改訂が続いて行なわれており, 4月が今迄の最高で191.8となっている。〉

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で家畜5千頭が餓死一一−Y・ トモヒテ農林次官は21日マゾヤ・プラ デシッシュ州議会で7月から8月にかけてヴィダルパのアムラヴァティ地区のメ ノレガートで5千〜6千頭の家畜が餓死したと報告した。昨年の12月以来全州にわ たって早ばつがあり,同地域では食糧と飲料水のひどい不足がおき,今年にはい ってもモンスーンが遅れたうえに,モンスーン期に大雨となったために食糧不足 は解消せず,多数の家畜が餓死したものO

22日 V政府,議事手続法のま正をめざす一一一ガンジー首相は次の会期が始まるまで に,両院の議長,野党の指導者と協議して,申立て(voicig allegations)に関する 手続法を作ることを希望している。この法律によれば,公務員の汚職あるいは不 正行為を非難するときは,そのような発言を議会でする前に政府に通知せねばな らない。政府は議会手続規則の規定も少し改訂したい意向である。現行の規則で も関係している大臣が非難に目を通し,不正行為の場合は適当な処置をとる前に,

議員が議会で個人を名ざしで非難することには若干の制限が設けられている。

Vインド,パキスタンに一切の問題の話合いを提案一一外務省は22日, 9月10 日付けのパキスタンへの覚書きを公表し,インドはカシミーノレを含めた両国間の 問題を何んの条件もつけず,お互の立場に偏見をもたずに事務レベルの会議を開 くことをパキスタンに申込んだことを明らかにした。同覚書きでタシケント宣言 を履行し,両国間の関係を可能な範囲で改善することをインドが望んでいること を繰返している。また,インドは両国間の関係にみられる望ましくない傾向を阻 止するための意義ある会談を両国の都合のよい時に開くために,代表団をデリー に送るようパキスタン政府に繰返し要請した。それと同時に,インドは事務レベ ノレの会議の前に,カシミーノレ問題を含めた一切の問題に対しインドが自分の立場 を繰返すのはタシケント協定に基づき会議を開く前提条件を作るも同然である,

という主張を強く否定した。

V西ベンガルのパンダ,一部成功一一左翼連合戦線が州政府の 反人民的 政 策に抗議するために呼びかけていた48時間のベンガル・パンダの第1日は平穏に すぎた。郊外列車,市内電車は完全にとまり,パスが一部の路線を走っているだ けで,カノレカッタの事務所の出勤者も少なかった。公式情報によれば,パンダで、

大部分の地区がわずかの影響しかうけなかった。 ドノレガプーノレ・アサンソール工 業地帯の大部分の工場の出勤者は平常に近い状態であり,ホウラ,フーグリー,

カルカッタの工場の出勤率は70%であったが平常通り繰業した。

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第2日もだし、たし、平穏であったの:,夕方各地で、パンダの成功を祝うデモ行進を 行なおうとした左翼政党と警官が衝突し,警官は催涙ガスを使用した。 p・

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・ セン州首相は,パンダは部分的に成功したにすぎないと発表した。一方,左翼連 合戦線の指導者は 歴史的 な48時間ストが成功裡に終わり,政府と会議派に打 撃を与えたことで国民に感謝した。

V国民所得3.7%減少一一中央統計局の暫定推計によると, 1965〜66年の国民 所得は3.7%減少し, 1人当り実質国民所得では5.9%の減となっている。この激し い減少は,農業所得が15.7%も減少したため,工業その他の部門の比較的少ない 増加では補なえなかったためである。第4次計画期の最初の4年間の伸びは1961

〜62年2.6%, 1962〜63年1.9%,  1963〜64年5.0%, 1964〜65年7.7%で,この期 の1人当り平均所得の伸びは2 %であった。

Vインドネシアに借款供与一一インド政府はインドネシアと1億yレピーの借款 を与える協定を結んだ。この借款はジュート,綿製品,染料,化学製品,各種機 械部品等消費財,材料,部品の購入に当てられる。

23日 Vエルナクラムで5万人の抗議集会一一会議派運営委員会がAICCのレセプシ ヨン事務所で聞かれてU、るときに,左派共産党指導の反会議派同盟を支持する5 万人以上の人が

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,エノレナクラムでは最大の部類には

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、る政治的デモを行なっ た。デモは野党7党が主催し,左派共産党が指導した。参加しなかったのはPSP

とケララ会議派だけであった。会議が聞かれている建物の前を行進する長い列は 左翼の反会議派キャンベーンの第1弾となった。スローガンはケララ州民の不満 に対する会議派の態度を告発するものであった。デモ参加者は多かったにもかか わらず,デモは平和な,秋序正しい,統制のとれたものであった。

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大ボンベイ地区に新規産業の設立禁止を要求一一一A ・H・ マドマニ議員(会 議派)は23日,マハラシュトラ州議会で,大ボンベイ地区での新規産業の設立と 既存産業の拡張を禁止することを要求した。マドマニ氏はその理由として,大ボ

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、 ンベイ地区の産業の無制限な発展は,都市の人口増加をもたらし,住民の生活を 耐えがたくするような多くの問題と困難をあげている。同氏はその例として,昨 年夏の水不足が市民の日常生活と工業生産をおびやかしたことを指摘している。

V政府,アメリカの肥料会社の条件を拒否一一建設を計画しているゴア肥料工 場のアメリカの提携先が提案していたマハラシュトラ,ゴア,マイソーノレで、の他 の肥料会社の販売を制限するという条件を石油・化学省は拒否したものとみられ てし、る。会社は同省に対し,輸入,国産肥料との不公正な競争によって同社の成 一(164)ー ‑324

イ ン ド (9月) 功がおびやかされないように保証を求めていたが,インドの民間肥料会社が要求

している肥料供給のための自由市場を否定するような制限は受入れられないこと を理由に拒否した。肥料会社は政府に対し,同社と不公正な競争をするような輸 入,国産肥料の販売を認めないように新たな要求をしたものとみられている。

Vコチン石油精製所完成一一総工費3億ルヒ。ー,生産能力250万トンのコチン 石油精製所はガンジ一首相出席の下で開所式を行なった。

24日 T AICCのエルナクラム大会始まる一一全インド会議派委員会(AICC)は24日, 1967年総選挙の選挙綱領の審議を始めた。カマラジ総裁は開会のあいさつの中で、

「野党は連合して会議派を打ちまかそうともくろんでいるが,それは必ず失敗し,

会議派は全州,中央において政権につくだろう」と述べた。 (選挙綱領について は多特記事項を参照〉

Vケララの反会議派連合に暗雲一一一インド共産党(右派)ケララ州議会の書記 A・

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・メノン氏は左派共産党に対し, 1965年の州選挙で得た議席を基にして連 合に参加している党の問で選挙区を分割することには満足できないことを明らか にし,次のように述べた。 1965年の選挙で得た議席は

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各党が人民に対する真の 影響力の指標とはならない。j右派共産党は3議席, 50万票を得たのに対し,左 派共産党は41議席120万葉を得た。 われわれは自党の力相応の数の選挙区を得る

ことを望んでいる。

Vパキスタン,インドの提案を拒否一一一カラチ駐在のS・セン高等弁務官は,

パキスタンが事務レベルで、両国の一切の問題を話合うというインドの提案を事実 上拒否したことをインド政府に知らせた。パキスタンはカシミール問題の討議を 再開しないかぎり,インドの提案に応じられないとしている。

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切下げ後l年で l億ポンドの外貨減予想一一政府の楽観的予想、に拘わらず,

東部地域の茶,ジュート,機械金属製品はルピ一切下げにより目立った利益を受 けたようにもみられず,輸出が伸びなし、ため,業界では切下げ後1年間で1億ポ ンドの外貨減をもたらすものと予想している。また,民間投資も切下げの影響で 計画目標を達成することは不可能であるとの意見がでている。

25日 Vガンジ一首相,党員を激励ーーガンジー首相はAICCの大会の選挙綱領審議 中, 2度発言したが,その中で党員を激励して次のように述べた。われわれは新 たな展開をみせている野党の宣伝に気落ちし,勇気を失ってはならないoU、まこ そわれわれはカマラジ総裁の指導の下に団結を固くし,国民全体を前進さすため に確固たる措置をとらねばならないのわが党はインド人民とともにお0年間働いて

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