8.1 対比表示機能
ここまで見てきた日本語の「は」とモンゴル語のbolは主題を表すものであっ た。しかし、「は」とbolの中には、主題を表す働きが弱く、対比的な意味が強 いものがある。たとえば次の(4-1)’の「は」とbolである。
(4-1)’a.<日>私たちの上には民を愛する党や政府がある。そばには互いに
助け合おうとするみなさんがいる。
b.<モ>
ᠪᠢᠳᠡᠨ ᠤ ᠳᠡᠭᠡᠷᠡ ᠪᠤᠯ ᠠᠷᠠᠳ ᠢ ᠬᠠᠶᠢᠷᠠᠯᠠᠳᠠᠭ ᠨᠠᠮ ᠵᠠᠰᠠᠭ ᠪᠠᠶᠢᠨᠠ᠃ ᠳᠡᠷᠭᠡᠲᠡ ᠪᠤᠯ ᠬᠠᠷᠢᠯᠴᠠᠨ
ᠲᠤᠰᠠᠠᠯᠠᠯᠴᠠᠶ ᠠᠭᠡᠵᠦᠪᠠᠶᠢᠭᠠᠤᠯᠠᠨᠲᠦᠮᠡᠨᠪᠠᠶᠢᠨᠠ᠃
(odo Uy_e-yin mongGol kele2005:646) biden-U deger_e bol arad-i qayirala-daG nam jasaG bayin_a. dergete bol
我々-GEN上 は 民-ACC愛する-VN 党 政府 ある そば は qarilcan tusalalca-y_a gejU bayiG_a olan tUmen bayin_a.
互い 助ける-VOL とする みなさん いる
(私たちの上には民を愛する党や政府がある。そばには互いに助け合おう とするみなさんがいる。)
この節では、対比を表す「は」とbolや、それに関係の深い「は」とbolの類 似点と相違点について考えていきたい。具体的には、明示的な対比を表す「は」
とbol、暗示的な対比を表す「は」とbol、「は」とbolで対比を表せる成分、ま
とめ、の順に見ていく。
8.1.1 明示的な対比を表す「は」と bol
8.1.1.1 明示的な対比を表す「は」と bol の類似点
1) 対比専用と対比兼用の「は」と bol
ここでは、明示的な対比の種類における「は」とbolの類似性について見てい く。
(ア) 明示的な対比を表す「は」と bol には、対比専用と対比兼用の 2 種類 ある。
一般的に、対比の「は」とbolと言われるのは、次の(4-3)’の「父は」と「あ なたは」の「は」と bol および、その次の(4-4)’の「兄は」と「弟は」の「は」
とbolである。
(4-3)’a.<日>私は父は怖いが、あなたは怖くないぞ。 (対比専用)
b.<モ>
ᠪᠢᠠᠪᠤᠡᠴᠡᠪᠠᠨᠪᠤᠯᠠᠶᠤᠬᠤᠡᠴᠡᠪᠢᠰᠢ᠂ᠴᠢᠮᠠᠡᠴᠡᠪᠤᠯᠠᠶᠤᠬᠤᠦᠭᠡᠢᠰᠢᠦ᠃
(対比専用)(secenbilig-Un nayiraGulul-un songGomal2003:272) bi abu-aca-ban bol ayu-qu-aca bisi, cim_a-aca bol ayu-qu Ugei siU.
私父-ABL-REFL は 恐れる-VN-ABL ない あなた-ABLは恐れる-VNないMP
(私は父は怖いが、あなたは怖くないぞ。)
(4-4)’a.<日>兄は労働者で、弟は学生です。 (対比兼用)
b.<モ>
ᠠᠬᠠ ᠪᠤᠯ ᠠᠵᠢᠯᠴᠢᠨ᠂ ᠳᠡᠭᠦᠦ ᠪᠤᠯ ᠰᠤᠷᠤᠭᠴᠢ᠃
(Cenggeltei1991:520) (対比兼用) aq_a bol ajilcin, degUU bol suruGci.兄 は 労働者 弟 は 学生
(兄は労働者で、弟は学生です。)
ただし、同じように対比を表すと言っても、前の(4-3)’の「は」とbol 、(4-4)’
の「は」と bol には違いがある。(4-3)’の「父は」、「あなたは」は、対比の意味 がなければ、次の(4-5)’のように、「父が」、「あなたが」になる。これに対して、
(4-4)’の「兄は」、「弟は」は、対比の意味がなくても、「は」とbolが用いられる。
(4-5)’a.<日>私は父がお怖いが、あなたが怖くないぞ。
b.<モ>
ᠪᠢᠠᠪᠤᠡᠴᠡᠪᠠᠨᠠᠶᠤᠬᠤᠡᠴᠡᠪᠢᠰᠢ᠂ᠴᠢᠮᠠᠡᠴᠡᠠᠶᠤᠬᠤᠦᠭᠡᠢᠰᠢᠦ᠃
bi abu-aca-ban ayu-qu-aca bisi, cim_a-aca ayu-qu Ugei siU.
私父-ABL-REFL 恐れる-VN-ABL ない あなた-ABL恐れる-VNないMP
(私は父がお怖いが、あなたが怖くないぞ。)
言い換えると、(4-3)’の「父は」、「あなたは」の「は」と bol は、対比を表す だけで、主題を表す働きをしていない。この文で主題になっているのは、「私」
である。これに対して、(4-4)’の「兄は」、「弟は」は、まず、第一に、主題を表 している。そして、それが、並立的な関係にある構文の中にあるため、結果的 に対比の意味を感じさせるのである。これは、対比を表す「は」とbolには、対
比専用の場合と、対比兼用の場合があるということである。
対比専用の「は」とbolと、対比兼用の「は」とbolでは、対比専用のほうが 典型的な対比である。以下で、対比専用の「は」とbolを中心に見ていこう。
2) 対立的な対比と並立的な対比
ここで、対立的な対比と並立的な対比における「は」とbolの類似点について 見ていく。
(イ) 対比専用の「は」とbolには、対立的な対比と並立的な対比がある。
明示的な対比は、対比の相手が明示されるもので、対比の相手を明示するに は特定の構文が使われる。明示的な対比を表すには、日本語もモンゴル語も、
対立的な対比と並立的な対比の構文を用いることがある。たとえは次の(1)は、
対立的な対比を表すものである。
(1) a.<日>私は肉は食べたが、魚は食べなかった。
b.<モ>
ᠪᠢᠮᠢᠬᠠ ᠢᠨᠢᠪᠤᠯᠢᠳᠡᠭ᠍ᠰᠡᠨᠪᠤᠯᠪᠠᠴᠤ᠂ᠵᠢᠭᠠᠰᠤ ᠢᠨᠢᠪᠤᠯᠢᠳᠡᠭ᠍ᠰᠡᠨᠦᠭᠡᠢ᠃
bi miq_a-i ni bol ide-gsen bolbacu jiGasu-yi ni bol ide-gsen Ugei.
私肉-ACC 3RDは食べる-VN が 魚-ACC 3RD は 食べる-VN ない
(私は肉は食べたが、魚は食べなかった。)
次の(4-7)’は、並立的な対比を表すものである。(4-7)’では、「草は顎で食べ」
と「水は口で飲んで」は並列的な関係にある。
(4-7)’a.<日>兄よ、草は顎で食べ、水は口で同じく飲んでいるのに、どう して痩せて皮になったのだろうか。
b.<モ>
ᠠᠬᠠᠡ᠂ᠡᠪᠡᠰᠦ ᠶᠢᠪᠤᠯᠡᠷᠡᠦᠪᠡᠷ ᠢᠶᠡᠨᠢᠳᠡᠨ᠂ᠤᠰᠤ ᠶᠢᠪᠤᠯᠤᠷᠤᠭᠤᠯ ᠢᠶᠡᠷ ᠢᠶᠡᠨᠠᠳᠠᠯᠢᠬᠠᠨ
ᠤᠤᠭᠤᠵᠤᠪᠠᠶᠢᠲᠠᠯᠠ᠂ᠠᠷᠠᠰᠤᠰᠢᠷᠪᠤᠰᠤᠲᠠᠢᠪᠠᠨᠢᠩᠭᠢᠵᠦᠬᠠᠲᠠᠭᠰᠠᠨᠴᠢᠨ᠋ᠢᠶᠠᠭᠤᠪᠤᠯᠪᠠ?
(odo Uy_e-yin mongGol keUked-Un udq_a jokiyal-un degeji2010:265) aq_a a, ebesU-yi bol ereU-ber-iyen iden, usu-yi bol uruGul-iyar-iyan adaliqan 兄 MP草-ACC は 顎-INST-REFL食べ 水-ACCは 口-INST-REFL 同じく
uuGu-ju bayital_a, arasu sirbOsO-tei-ben inggijU qata-Gsan cini yaGu bolba?
飲む-CVいるのに 皮筋-COM-REFLこのように痩せる-VN-2NDなぜだろう
(兄よ、草は顎で食べ、水は同じく口で飲んでいるのに、どうして痩せ
て皮になったのだろうか。)
対立的な対比を表す文は、対比される 2 つの部分が、日本語では逆接の「け れども」、モンゴル語では逆接の bolbacu でつながっていることが多い。このタ イプでは、対比される 2 つの述語が「食べた」と「食べなかった」のように、
肯定と否定で対立している。
8.1.1.2.明示的な対比を表す「は」と bol の相違点
ここで、明示的な対比における「は」とbolの相違について見ていく。
(ウ) モンゴル語では、基本的に、主文になっている後の部分だけに bol が 付き、従属節になっている前の部分にはbolが付かない。
日本語もモンゴル語も、主文になっている後の部分のほうが強調したいこと の中心になっている場合、主文になっている後の部分だけに「は」とbolが使わ れ、従属節になっている前の部分のほうに「は」とbolが使われないことがある。
ただし、モンゴル語では、基本的に、強調したい部分だけにbolを付けるという 傾向が見られる。
たとえば次の(4-8)’では、前の従属節「主に書きことばで使い」の部分にはbol が付かず、後の主文「話しことばで~」の部分だけにbolが付いている。
(4-8)’<モ>
〈᠊ᠨ〉ᠳᠠᠭᠠᠪᠤᠷᠢ ᠶᠢᠭᠤᠤᠯᠳᠠᠭᠤᠪᠢᠴᠢᠭ᠌ ᠤᠨᠬᠡᠯᠡᠨ ᠳᠤᠬᠡᠷᠡᠭ᠍ᠯᠡᠵᠦ᠂ᠶᠠᠷᠢᠶᠠᠨ ᠤᠬᠡᠯᠡᠨ ᠳᠤᠪᠤᠯᠨᠢᠭᠡᠦᠢᠯᠡ
ᠬᠥᠭᠡᠯᠭᠡᠭᠡᠨ ᠢ ᠳᠠᠪᠲᠠᠬᠤ ᠪᠤᠶᠤ ᠡᠰᠡᠬᠦᠯᠡ ᠲᠡᠷᠡ ᠳᠤᠤᠷᠠ ᠪᠠᠨ ᠪᠤᠯᠬᠤ ᠤᠳᠬᠠ ᠶᠢ ᠢᠯᠡᠳᠭᠡᠬᠦ ᠦᠶᠡᠰ ᠲᠤ ᠰᠠᠶᠢ
ᠬᠡᠷᠡᠭ᠍ᠯᠡᠳᠡᠭ᠌᠃
(Odo uy_e-yin mongGol kelen jUi1979:304) <n>daGaburi-yi GooldaGu bicig-Un kelen-dU keregle-jU,<n>語尾-ACC 主に 書きことば-DAT 使う-CV
yariyan-u kelen-dU bol nige Uyile kOdelgegen-i dabta-qu buyu esekUl_e 話しことば-DAT は 1つ 動作-ACC 繰り返す-VN あるいは tere door_a-ban bolqu udq_a-yi iledke-kU Uyes-tU sayi keregle-deg.
すぐ 行われる 意味-ACC 表す-VN とき-DATだけ 使う-VN
(「n」という語尾は、主に書きことばで使い、話しことばでは 1 つの
動作を繰り返す時や、すぐに行われる意味を表す時だけ使う。)
なお、このような bol は、次の(4-9)’のように、2 つの独立した文にまたがっ て出てくることもある。この場合、gebecu(しかし)などの接続詞で2つの文を つなぐ。
(4-9)’<モ>
ᠶᠡᠷᠦᠳᠡᠭᠡᠨᠬᠤᠨ᠋ᠢᠨᠢᠢᠮᠠᠭᠠᠨᠡᠴᠡᠪᠦᠳᠦᠭᠦᠨᠶᠤᠮ᠃ᠭᠡᠪᠡᠴᠦᠪᠡᠶ ᠡᠪᠡᠷᠪᠦᠳᠦᠭᠦᠨᠢᠮᠠᠭᠠᠪᠤᠯᠬᠤᠨ᠋ᠢᠨᠡᠴᠡᠴᠤ
ᠪᠦᠳᠦᠭᠦᠨᠰᠢᠦ᠃
(フフバートル1993:96)yerUdegen qoni ni imaGan-aca bUdUgUn yum. gebecU bey_e -ber bUdUgUn 一般的に 羊 3RD 山羊-ABL 大きい MP しかし 体-INST 大きい
yimaG_a bol qonin-aca cu bUdUgUn siU.
山羊 は 羊-ABL も 大きい MP
(一般的には、羊が山羊より大きい。しかし、体が大きい山羊は羊より
も大きい。)
8.1.1.3 「明示的な対比を表す「は」と bol」のまとめ ここまで見てきたことを表で簡潔にまとめると、次のようになる。
表 1 「明示的な対比を表す「は」と bol」のまとめ
明示的な対比を表す「は」とbol は bol 明示的な対比には、対比専用と対比兼用の2種類ある。 ○ ○ 対立的な対比と並立的な対比がある。 ○ ○ 基本的に、主文になっている後の部分だけに対比を表す助詞を付け
て、従属節になっている前の部分には対比を表す助詞を付けない。
× ○
8.1.2 暗示的な対比を表す「は」と bol
8.1.2.1 暗示的な対比を表す「は」と bol の類似点
ここでは、暗示的な対比における「は」とbolの類似点について見ていく。
(ア) 「は」にもbolにも暗示的な対比を表す用法がある。
暗示的な対比は、前節で見た明示的な対比と違って、対比の相手が文中に現 れない。しかし、実際には、対比の相手が想定できることも多い。「は」にもbol にも暗示的な対比を表す用法がある。たとえば次の(4-11)’では、「北京にはある かもしれない」に対して、「ほかのところにはないかもしれない」という対比の 意味を表している。