被害者に対して複数の暴行行為者によって複数の暴行が加えられたが,
それらの一連の暴行のうちの一部分は暴行行為者の間に「意思連絡(共犯 関係)」が認められた,という場合に,これらの一連の暴行について207条 が適用される余地はあるだろうか。最後に,比較的よく論じられているこ の問題についても,ごく簡単に触れておく。
これまで,この問題に関して議論されてきたのは,第
1
に,「被害者A
に対する第1
暴行はX
単独でなされたが,その後の第2
暴行はX
とY
に よって(両者の意思連絡の下に)なされた」というケース(途中から共犯関 係があるケース),第2
に,「被害者A
に対する第1
暴行はX
とY
によって(両者の意思連絡の下に)なされたが,その後の第
2
暴行はX
単独で(Yと の意思連絡が解消された状態で)なされた」というケース(途中まで共犯関 係があるケース)である。これらの場合において傷害結果が発生し,その 原因が第1
暴行か第2
暴行か判明しないとき,第1
暴行と第2
暴行が検察 官が立証すべき2
つの前提条件(各暴行による傷害結果の単独惹起の可能性,機会の同一性)を充足したならば,207条が適用されることになるだろう か。下級審裁判例においては,第
1
のケースにおいても(判例27,31,32),第
2
のケースにおいても(判例29),207条の適用を認めたものがあ り,このような結論を支持する学説(適用肯定説)も少なくない。これに 対して,判例26は,第1
のケースについて207条の適用を否定する判断を 示しており,学説においても第1
のケース(及び第2のケース)において 同条の適用を否定する見解(適用否定説)が有力に主張されている。適用否定説は,このように一部の暴行に共犯関係が認められ,問題とな っている全ての暴行に関与している行為者が
1
人でもいる場合(上記の第 1のケースでも第2のケースでも,少なくともXは,第1暴行・第2暴行の両 方に関与している),その者に対してはどのみち傷害罪の罪責を問うことが できるから(79),207条の適用が問題となる「誰にも傷害の罪責を問えなく なる」という状況が生じておらず,本条適用の前提を欠くことになる(207条の文言に即して言えば,「その傷害を生じさせた者を知ることができない とき」に当たらない),と主張する(80)。適用否定説の背後には,利益原則抵
(79) これは,第1のケースにおいても第2のケースにおいても,第1暴行・第2 暴行の両方に関与していたXは,当該傷害を単独正犯として惹起したか(Y との)共同正犯として惹起したかのいずれかであって(正犯としての関与形態 が異なるのみ),択一的認定が可能である,という理解を前提にしているもの であろう。
(80) 判例26は,「少なくともX〔問題となっている全ての暴行に関与した者〕に 対しては傷害罪の刑責を問うことができるのであって,刑法の右特則〔=207 条〕の適用によって解消しなければならないような著しい不合理は生じない。」
として,このような不合理を解消するための例外規定である207条は,この場 合には適用されないものと判示している。このような考え方を支持する学説は 多い。大山弘「判研(大阪地判平成9・8・20)」法セ536号(1999)100頁,
須之内克彦『刑法概説各論』(2011)26頁,高橋則夫「『同時傷害の特例(刑法 207条)』の規範論的構造」長井圓先生古稀記念『刑事法学の未来』(2017)16 頁,豊田兼彦「暴行への途中関与と刑法207条」『浅田和茂先生古稀祝賀論文集
[上巻]』(2016)678頁,長井長信「同時傷害の特例について─大阪地判平成九 年八月二〇日判決(判例タイムズ九九五号二八六頁)を契機として─」能勢弘 之先生追悼論集『激動期の刑事法学』(2003)428頁,西田・前掲注(25)47 頁,堀内捷三「判研(大阪高判昭和62・7・10)」刑法判例百選Ⅰ(第六版)
(2008)169頁,松原・前掲注(25)63─64頁,松宮孝明『刑法各論講義』(第4 版,2016)45頁,山中・前掲注(25)55頁など参照。
触の疑いのある例外規定である207条の適用範囲はできる限り限定すべき である,という基本姿勢が窺われる。
これに対して,適用肯定説は,仮に適用否定説のように考えて,問題の 一部の暴行に「意思連絡」が認められなかった場合には207条が適用され るが,問題の一部の暴行に「意思連絡」が認められた場合(上記第1・第 2のケース)には207条が適用されないと解すると「不均衡」である(81), と主張する。また,この種のケースでは,問題の傷害結果を惹起したのが
「X単独」なのか「共犯関係にある
X
とY」なのかが判明しないのである
から,この種のケースも207条の「その傷害を生じさせた者を知ることが できないとき」という文言に該当し得るものだと言える。本稿は,適用肯定説が妥当であると考える。その理由は次の
2
点であ る。第
1
に,本稿は,利益原則に抵触しない207条の解釈・運用が可能であ ると考える(上記5 .2 .2)。したがって,(このように利益原則に抵触しな い形で構成された)207条の適用条件が充足される限り,同条の適用は認め
られるのであり,それとは別個に,「207条の適用範囲はできる限り限定さ れるべきである」といった外在的制約が課されることはない。ここで問題 となっている「暴行の一部に共犯関係が認められるケース」においても,他のケースと全く同じように,問題となっている複数の暴行について207 条の適用条件の充足如何を問題にすれば足りる(82)。
(81) 判例27,31,32は,いずれもこの「不均衡」を理由に挙げて207条の適用を基 礎づけている。このような見方を支持する文献として,片山巌「判研(大阪地 判平成9・8・20)」研修631号(2001)28頁,橋爪・前掲注(31)125頁,林 幹人『刑法各論[第2版]』(2007)57頁,同「承継的共犯について」立教法学 97号(2018)109頁,前田雅英「複数の暴行行為と傷害結果の帰責」警論52巻 6号(1999)161頁,同『刑法各論講義』(第7版,2020)32─33頁,山口・前 掲注(27)52頁など参照。
(82) 樋口・前掲注(38)18頁も,この種のケースにおいても「207条の趣旨に遡 った検討を行うべき」であるとして,(他のケースと特に区別することなく)
同論文が主張する加重暴行の要件充足を問題にしている。なお,同じく辰井・
第
2
に,この種のケースにおいて適用否定説に立つならば,上記の第1
のケース,第2
のケースのいずれにおいても,一部の暴行にだけ共犯関係 をもって関与した行為者(Y)は,207条の適用を免れ,その罪責は暴行罪 に止まることになる。そうすると,有利な結論(罪責が暴行罪に止まるこ と)を求めるY
は,「自分は,Xとの間に共犯関係(共謀)があった」と 主張することになり,これに対して,Yにも傷害罪の罪責を負わせようと 考える検察官は,「Yは,Xとの間に共犯関係(共謀)がなかった」と主張 することになり,この場面に限って,共犯関係(共謀)の存否に関する両 当事者の主張のあり方が倒錯した形になってしまう(83)。以上の理由から,本稿は適用肯定説を支持する。もっとも,それはあく まで「問題となっている個別具体的なケースにおいて,第
1
暴行と第2
暴 行が207条の適用条件を充足している場合には,同条の適用を認めること ができる」,ということに過ぎず,一部の暴行に共犯関係が認められると4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 いう事情から直ちに4 4 4 4 4 4 4 4 4,当該事例において207条の適用が認められることに なるわけではない4 4 4 4。この点,従来の下級審判例(判例27,31,32)の判旨 においては,207条の適用を認めるべき理由として,上記の「均衡論」が 明示されているに止まり,当該事件の具体的事情に即した「同一の機会」の認定判断は明示的に行われていない。そのため,これらの下級審判例 は,一見すると,「一部の暴行に共犯関係が認められるケース」において は(他のケースにおいて求められるような「同一の機会」についての認定判断
前掲注(64)14頁も,これらのケースに対しても(他のケースに対するのと同 様に),同論文が主張する加重暴行の要件を当てはめて結論を導いているが,
第1のケース(途中から共犯関係があるケース)においては,暴行の程度が高 まる危険性が認められるので(「同一の機会」と認められ)207条の適用が認め られ得るとする一方,第2のケース(途中まで共犯関係があるケース)におい ては,途中から離脱した行為者はそれ以降の暴行の程度を高めるような影響を 及ぼしていないので,207条の適用が否定される,と結論づけている。
(83) 橋爪・前掲注(31)126頁,同「同時傷害の特例の適用について」警論72巻 12号(2019)186頁。また安田・前掲注(32)92頁もこの点を指摘しているが,
同論文は結論として適用否定説を支持している。
を待つまでもなく)当然に刑法207条が適用される,と考えているかのよう な印象を与える(84)。しかし,「一部の暴行に共犯関係があった」という事 情それ自体が,「同一の機会」性を基礎づけるとは言えない。「同一の機 会」性は,この種のケースにおいても,他のケースにおけるのと同じ基準 でもって認定されなければならないのである。