第 6 章 企業の私的整理における再建計画合意ルールの比較分析 75
6.5 交渉ルール採用時の私的再建の成立
6.5.1 債権者間の交渉
このときの交渉力について,S,Jの交渉力をそれぞれγ,(1−γ)とする.outside optionは,交渉 が決裂したときすなわちAPルールを用いたときの利得となり,企業が選択する努力水準e∗P =aq に関して次の2つの場合がある.
A) e∗P =aq≤eˆP(FS ≥akq−α)のとき,
債権者S,Jのoutside optionはそれぞれ(akq−α,0).
このとき交渉の結果得られる利得は
RS = γ{akq−(akq−α)}+ (akq−α) =αγ+ (akq−α) RJ = (1−γ)α
B) e∗P =aq >eˆP(FS < akq−α)のとき,
債権者S,Jのoutside optionはそれぞれ(FS, akq−α−FS). このとき交渉の結果得られる利得は
RS = γα+FS =αγ+FS
RJ = (1−γ)α+ (akq−α)−FS =−αγ+akq−FS
すなわちどちらのケースにおいても,両者にとってAPルールより望ましい交渉が存在する.
民事再生否決時のADRの成立
ADR非成立
ADR成立
民事再生不成立−清算
(RS, RJ) = (FS, δ(k−α)−FS)
確率q 確率1−q
(RS, RJ) = (FS, FJ)
1)(RS, RJ) = (αγ+ (akq−α),(1−γ)α) 2)(RS, RJ) = (αγ+FS,−αγ+akq−FS)
or 図6-8
1) aq≤eˆP(FS ≥akq−α)のとき
(a) SはADRが成立しなければFSの返済を受け,ADRが成立すれば期待値でqFS+ (1−
q)(αγ+akq−α)の利得を得る.よってSは常にADRに賛成する.
(b) JはADRが成立しなければδ(k−α)−FSを,成立するとqFJ+ (1−q)α(1−γ)をそ れぞれ得る.以下の不等式が成立するとき,JはADRに賛成する.
FS+qFJ ≥δ(k−α)−α(1−γ)(1−q). (6.18) (c) 上の不等式が成立するとき全会一致で新旧ADRともに成立する.上の不等式が成立せ ず,かつIS > IJ, FS > FJのときは多数決によりSの意見が採用され新ADRは成立 する(旧ADRは成立しない).
2) aq >eˆP(FS < akq−α)のとき
(a) SはADRが成立しなければFSの返済を受け,ADRが成立すれば期待値でqFS+ (1−
q)(αγ+FS)の返済を受ける.よってSは常にADRに賛成する.
(b) JはADRが成立しなければδ(k−α)−FSを,成立するとqFJ+(1−q)(−αγ+akq−FS) を得るので,以下の不等式が成立するとき,JはADRに賛成する.
FS+FJ ≥δk−α(δ−γ)
q −(ak+αγ) +akq. (6.19)
(c) 上の不等式が成立するとき全会一致で新旧ADRともに成立する.上の不等式が成立せ ず,かつIS > IJ, FS > FJのときは多数決によりSの意見が採用され新ADRは成立 する(旧ADRは成立しない).
民事再生に至ったときに清算となる条件 と5.1.1節の分析を統合することにより,次のような均 衡が導出できる.
補題6.5
APルールではなく交渉ルールを採用するとき以下が言える.
k−α=A, δ(k−α)−α(1−γ)(1−q) =D,δk−α(δq −γ)−(ak+αγ) +akq=Eとすると,
1.民事再生に至るとき清算が部分ゲーム均衡となるとき,金額要件と人数要件のもとで以下が成 立すれば均衡として新ADRは成立するが現ADRは成立しない.
(1)IS > IJ, FS > FJでかつFS, FJについて以下を満たす.
FS > akq−α, FS+qFJ < D, FS+qFJ < δ(k−α).
(2)IS > IJ, FS > FJでかつFS, FJについて以下を満たす.
δ2(δ2akq−α)≤FS≤akq−α, FS+qFJ < A, FS+FJ< E.
2.民事再生に至るとき清算が部分ゲーム均衡となるとき,人数要件のみのもとでは以下が成立す れば均衡として新ADRは成立するが現ADRは成立しない範囲が加わる.
FS < δ2(δ2akq−α), FS+FJ < B, FS < FJ, IS > IJ.
FS
FJ FS=FJ
IS =IJ(FS=FJ/b)
FS=−qFJ+δ(k−α) δ2(δ2akq−α)
FS=−FJ+δ2akq−δ(δak+α) +δk−α(δq −γ) 0
補題5.1(2) 補題5.1(1)
補題5.2 akq−α
(6.18)式 (6.19)式
図6-9 命題6.3
交渉ルールのもとでは,ADR新ルールの成立要件として,金額ベースと人数ベースの両方が必要 であるときでも新ルールの効果は現れる.金額ベースの要件を外すと新ルールの効果が現れる範 囲がさらに広がる.
民事再生成立時のADRの成立
ADR非成立
ADR成立
民事再生が成立
確率q 確率1−q
(RS, RJ) = (FS, FJ)
2)3)(RS, RJ) = (δ(ke∗L−α),0) 確率q
確率1−q
(RS, RJ) = (FS, FJ)
1)(RS, RJ) = (FS, δ(ke∗L−α)−FS) or
1)(RS, RJ) = (αγ+ (kaq−α),(1−γ)α) 2)(RS, RorJ) = (αγ+FS,−αγ+kaq−FS) 図6-10
このとき前節の分析からも分かるように新旧ADRともに全一致で成立する.
補題6.6
私的整理成立後のプロジェクトが失敗したときに交渉ルールが採用されるときも,均衡において 民事再生が成立する場合には,FSの大きさにかかわらず新旧ADRどちらも全一致で成立し,プ ロジェクトは実行される.
交渉ルール採用時の新ADRルールの意義
以上の分析より,旧ADRは成立しないのに新ADRであれば成立するのは,サブゲームとして 民事再生が否決されるときのみで上の補題6.5の1でまとめられている.
新ADRルールが本当に社会的観点からも(つまり企業価値の最大化という観点からも)望まし いのかどうかを検討する.清算された場合の企業価値は,
δ(k−α). (6.20)
新ADRルールによってADRが成立し,プロジェクトが実行された場合の企業価値は qae∗P+ (1−q)ke∗P−(e∗P)2
2 =a2q2+ (1−q)akq−a2q2
2 . (6.21)
よってこれらを比較して
Z(a) =q2
2a2+kq(1−q)a−δ(k−α)≥0 (6.22) であれば新ルールによりプロジェクトを実行するのが企業価値の最大化という観点から望まし い.しかし逆の不等号が成立している場合は,清算した方が望ましい.よってこの場合,新ADR ルールを採用することによって無理に再建させることは,企業価値という観点からは最適ではな い.また,この場合清算してもプロジェクトを実行しても期待企業価値はマイナスである.それで も債権者にはいくらかずつ返済されることになる.
Z(0) =−(k−α)<0であるから,a >0の範囲においてZ(a)<0, Z(a)≥0となる範囲が確か に存在する.
またY(a)とZ(a)を比較すると,一次,二次の項が全く同じで,切片についてα−k > αq−k であるから交渉ルールを用いた方が再建処理がfirst-bestとなる範囲が広くなっており,交渉ルー ルを用いることにより企業価値について効率性が改善されていることが分かる.
命題6.4
交渉ルール採用時にも,現ADRルールではなく新ADRルールを採用することで,企業価値の観 点からは望ましくない処理手続きが実行される可能性は引き続きあるが,APルールよりも交渉 ルールを採用した方が企業価値の観点からはより効率的である.