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偏光観察法 polarized light microscopy 11)12)13)

5 | 各種観察法の発展 1)2)3)

5.4 偏光観察法 polarized light microscopy 11)12)13)

光の振動方向に偏りがあるという偏光(2.1.3 (3))

参照)の現象は、フランスのマリュス(E. Malus, 1775-1812)が、1808 年に宮殿の窓の反射光を複屈折 物質である方解石で観察していて発見したとされる。

振動方向がランダムである自然光から、一定の振動 方向をもつ直線偏光を得るために、イギリスのニコ ル(W. Nicol, 1768-1856)は、1828 年に二つの方解石 プリズムを貼り合わせたニコルプリズム(図 2.17)を 発明し、偏光装置を考案して岩石や鉱物などの研究を 行った。照明光路と観察光路にそれぞれニコルプリズ ムを配した偏光顕微鏡は、1834 年イギリスのタルボッ ト(H. F. Talbot, 1800-1877, カロタイプ写真法の発明 でも有名)の発明とされている。また標本の染色法の 創始者としても知られる同じイギリスのソービー(H.

C. Sorby, 1826-1908)は、1851 年に偏光顕微鏡を使っ て岩石・鉱物の結晶構造の研究を開始し、ドイツの ツィルケル(F. Zirkel, 1838-1912)、ローゼンブッシュ

(H. Rosenbusch, 1836-1914)らに引き継がれ、岩石学 petrography の黄金期を築いた。一方、偏光顕微鏡で 使用するニコルプリズムは、視野角が小さくまた高価 であるという問題があった。これを解決したのがア メリカのランド(E. H. Land, 1909-1991)で、1929 年 に薄板状の偏光子を発明し「ポラロイド polaroid」と

名付けた。その後改良が重ねられ、安価で高性能の偏 光素子としてサングラスや写真用フィルタとして普及 し、やがて偏光顕微鏡にも標準的に使われるように なった。

偏光顕微鏡の基本構成は、明視野顕微鏡でコンデン サ側にポラライザ(polarizer : 偏光子)、対物レンズ 側にアナライザ(analyzer:検光子)の二つの偏光板 を配置したものである。ポラライザとアナライザの振 動方向を直角に配置(クロスニコルと呼ぶ)し、暗く なった背景に光学異方性物質(複屈折物質)が明るく 観察できる。偏光顕微鏡の観察方法には大きく分け て二通りの方法がある。一つは照明の開口数を小さ くし(偏光用コンデンサの先玉をはねのける)、4 倍 または 10 倍程度の低倍対物レンズで、標本のもつ複 屈折性を観察する基本的な方法で、オルソスコープ

(orthoscope:図 5.11 a)と呼ぶ。物質の複屈折を定 量的に測定するためには、検板(波長板、鋭敏色板)

やコンペンセータ(補償板)を使う。もう一つは、照 明の開口数を大きくし(偏光用コンデンサの先玉を光 路に入れる)、NA の大きな対物レンズの後側焦点付 近にできた干渉縞(結晶標本の光学特性を表す)を観 察する方法で、コノスコープ(conoscope:図 5.11 b)

と呼ばれる。コノスコープ像を観察しやすくするため には、ベルトランレンズ Bertrand lens を観察光路に 挿入する。本格的な偏光顕微鏡では、ポラライザとア ナライザに加えて、標本の方向を厳密に決めるための 回転ステージ、偏光状態を変換するための検板、試料 の複屈折量を測定するコンペンセータ(補償板)、ク ロス焦点板付きの接眼レンズなどが用意されている。

またポラライザとアナライザの間にある対物レンズや コンデンサレンズなどは、複屈折の要因となる光学ひ ずみを除去した偏光専用のものを使う必要がある。検 板には、直線偏光を円偏光(またはその逆)に変換す る四分の一波長板、直線偏光の方向転換や円偏光の回 転方向の逆転に使う二分の一波長板、複屈折量のわず かな違いを黄・赤・青の鮮やかな色に変換する鋭敏色 板(tint plate、一波長板ともいう)などがあり、雲 母や水晶の薄片をガラス板で挟んで作られるが、最近 は高分子材料で作られたものも多くなっている。また コンペンセータは、試料の複屈折量(レターデーショ ン:2.1.3(3)参照)を定量測定する装置で、その 測定範囲や精度によりベレーク(Berek, 図 3.11)型、

セナルモン(Sénarmont)型、ブレース・ケーラー

(Bräce-Köhler)型などがある。図 5.12 a)はオルソ スコープ像(黒雲母片麻岩・鋭敏色板使用)、同 b)

は一軸性結晶(方解石)の、同 c)は二軸性結晶(ト パーズ)のコノスコープ像である。

図 5.12 偏光顕微鏡写真1)

a)オルソスコープ像 黒雲母片麻岩 b)コノスコープ像 方解石(一軸結晶)

c)コノスコープ像 トパーズ(二軸結晶)

a)

b) c)

前述したように、偏光顕微鏡は主として岩石や鉱物 の研究・検査に用いられてきた。鉱物顕微鏡と呼ばれ てきたのもそのためである。わが国でも高千穂製作 所と島津製作所が共同で 1925(大正 14)年に鉱物顕 微鏡(図 5.13)を製造している。そして、1949(昭和 24)年には本格的な偏光顕微鏡の国産化をめざし、偏 図 5.11 偏光顕微鏡の構成図1)

a)オルソスコープ  b)コノスコープ

a) b)

光顕微鏡委員会(主査:坪井誠太郎・東京大学名誉教 授)が設置された。そして日本光学より 1951 年に文 部省科学試験研究費の補助を受けて偏光顕微鏡 POB が、次いで 1952 年に本格的偏光顕微鏡 POH(図 5.14)

が発売され14)、オリンパスでも 1960(昭和 35)年に POM(図 5.15)が、1963(昭和 38)年に POS が発売 された。その後、偏光顕微鏡は各社の顕微鏡システム の一部として、各ユニットがラインアップされ現在に 至っている。

図 5.15 オリンパス 偏光顕微鏡 POM4)

図 5.14 日本光学 偏光顕微鏡 POH 型17)

図 5.13 オリンパス・島津製作所 鉱物顕微鏡4)

偏光顕微鏡用対物レンズとコンデンサレンズは、光 学ひずみのないよう製造されているが、レンズの球面 による偏光面の回転は避けられない。この回転量は、

対物レンズの開口数に比例し、かつポラライザの振動 方向に対し± 45°の方位で最大値を持った光漏れが生

じるため、アナライザを通過後も対物レンズの瞳は 真っ黒にならず、アイソジャイア(isogyre)と呼ば れる暗十字になり、偏光性能が劣化してしまう。これ を解決したのが、井上信也らが 1957 年に発表したレ クティファイア(rectifier)である15)16)。これは、図 5.16 に示すように二分の一波長板と一対の強い屈折面 をもつパワーのないレンズを組み合わせたもので、レ ンズによる偏光面の回転を補償する機能をもち、コン デンサ側と対物側に配置する(図 5.17)。これにより 極めて偏光特性の高い光学系が得られる。井上はさら に画像処理により微弱なコントラストを増幅するビデ オ顕微鏡 video microscopy も開発し、細胞分裂時に 生じる微弱複屈折の可視化により紡錘体の存在や分裂 メカニズムを解明した。レクティファイアは、1975

(昭和 50)年に日本光学よりアポフォトに搭載して製 品化された(図 5.18)。

図 5.16 レクティファイアの説明図(対物レンズ部のみ)

(引用 15 を参考に作成)

図 5.17 レクティファイアの光学系

(引用 15 を参考に作成)

図 5.18 日本光学 レクティファイア顕微鏡17)

最近では、偏光状態が可能な液晶素子と画像処理技 術を組み合わせることで、顕微鏡自身による偏光状態の 低下を補償する方法も提案されており、観察画像の鮮明 化やさまざまな定量計測が可能になってきている。

5.5

微分干渉観察法 differential interference contrast microscopy(DIC)

微分干渉法は、無色透明な物体の位相情報を、偏光 干渉により干渉色のコントラストを付けて可視化する 方法で、図 5.19 に示した構成及び原理図に基づきそ のしくみを説明する。

図 5.19  微分干渉顕微鏡の構成及び原理図

(引用 19 を参考に作成)

コンデンサ下のポラライザを通過した直線偏光(振 動方向は図の右側に表示)は、第 1 のウォラストンプ リズム(図 5.20 a、水晶などの結晶を特定の方向に切 り出し微小なくさび角をつけたプリズム 2 枚を貼り合 わせたもの)に入射し、互いに直交した振動方向をも つ 2 つの直線偏光に分離する。この 2 つの光が位相物 体を透過し、波面の変形を受けたあと対物レンズを通 過して再び第 2 のウォラストンプリズムで結合し、ア ナライザにより振動方向が合致して、2 つの波面のず れに対応した干渉が起こる。このとき、位相物体を透 過する 2 つの光線の分離幅(シア量)が対物レンズ の分解能以下であれば、像は 2 重にならず位相のず れ(透過波面の微分係数)に対応した干渉色のコン トラストが付く。このため微分干渉の像には、レリー フのような立体感がある。この微分干渉顕微鏡の方式 は、イギリスのスミス(F. Smith)とフランスのフラ ンソン(M. Françon)が 1947 年に発明した。第 1 及 び第 2 のウォラストンプリズムは、それぞれコンデン サレンズの前側焦点、対物レンズの後側焦点の位置に

配置する必要があるが、対物レンズの場合この位置 はレンズ内部にあることが多く、実際に適用するの は困難がある。このため、1952 年ノマルスキー(G.

Nomarski、ポーランド→フランス、1919-1997)は、

ウォラストンプリズムの一方の光学軸を傾けたノマル スキープリズム(図 5.20 b)を発明し18)、この問題を 解決した。微分干渉顕微鏡は、現在このノマルスキー 方式が主流となっている。ノマルスキー式微分干渉 顕微鏡では、コンデンサ側と対物レンズ側にそれぞれ プリズムが配置されるが、それには二通りの方式があ る。一つは、コンデンサ側のプリズムを対物レンズご とに用意し、対物レンズ側は一つの共用プリズムとす る方式で、もう一つは、コンデンサ側プリズムは対物 レンズの NA に対応した区分で用意し、対物レンズ 側は個別プリズムとする方式である。なお、背景のコ ントラスト調整は、対物レンズ側プリズムの横方向へ の移動で行う方式と、コンデンサの下側で四分の一波 長板と回転するポラライザを組み合わせたセナルモン 方式とがある。背景はグレーのコントラストが最も試 料の検出感度が高いため一般的に使われるが、さらに 調整して鋭敏色を使うと黄・赤・青の色鮮やかなコン トラストが得られる。ノマルスキープリズムは水晶を 材料とし、光学軸の角度を分レベルで、くさび角を秒 レベルで加工する必要があり、製造難度の高い光学部 品の一つである。図 5.21 a に珪藻の微分干渉写真、同 b に位相差顕微鏡との比較写真を示す。

図 5.20  a)ウォラストンプリズム と b)ノマルスキー プリズム

a) b)

図 5.21 微分干渉写真1)

a)珪藻 b)ラットの胚(上 : 位相差法、下:微分干渉法)

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