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『個人的な体験』論― 原点としての「死と再生」

ドキュメント内 大江健三郎研究 (ページ 31-63)

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第1章『個人的な体験』論― 原点としての「死と再生」

はじめに

大江作品の系譜において『個人的な体験』(1964)は、学生作家として創作活動を始めて 以来、大きな転換期の作品であり、最も多い言語で翻訳された重要な作品である。発表さ れてから、ここ半世紀において様々な観点から批評が試みられてきた。

この小説が論じられる際に、議論の中心にあるのは唐突なハッピーエンドという不自然 な結末の問題である。これまでの先行研究において、とりわけこの小説が発表された当時 の批判、たとえば、唐突なハッピーエンドの結末についての三島由紀夫の「暗いシナリオ に『明るい結末を与えなくちゃいかんよ』と命令する映画会社の重役みたいなものが氏の 心にすんでいるのではあるまいか」という批判、そして亀井勝一郎の「結末の描写には、

大江氏の宗教的あるひは道徳的怠慢ぶりが露出している」という批判の言葉などが引用さ れ、言及されるものが多い。しかし、このような「奇妙な結末」について大江は、1981年 の新潮文庫版の「あとがき」で「かならずしもこの小説のしめくくりに語られている子供 の行先きは、オプティミスティックに受けとめうるだけのものではない」と記している。

大江作品の系譜において 80 年代の小説にみられる宗教性や、「私小説」的な傾向、そして

<障害児との共生>という主題は『個人的な体験』が書かれたことを反芻する形で表現さ れることに注目しなければならない。『個人的な体験』という小説は、後に繰り返し登場す ることになる「死と再生」という主題の「原点」としての意義を有する作品であると考え られる。

結末の「正統的に生きる」という意味や 鳥バードの「決断」の意味をめぐって、多角的に議論 されてきた。反社会的な人間が障害児の誕生という苦難に立ち向かい、精神の彷徨と遍歴 によって、いわゆる「正統」な生き方を回復するという成長物語として読まれたことも事 実である。90 年代中盤以後からは多様な解釈への試みがみられたが、たとえば、石橋紀俊 の「大江健三郎『個人的な体験』論―<赤>色・身体・間―テキスト性あるいは事前性」(1995)

や、柴田勝二の「<鏡>のなかの世界:『個人的な体験』のイメージ構築」(2003)、服部訓 和の「自転車の詩学―『不満足』『個人的な体験』を読む」(2009)などがあげられる。

しばしば『個人的な体験』と結び付けられるテキストとして『ヒロシマ・ノート』(1965)

が取り上げられるが、この二つのテキストは、現在までの大江における文学世界の主題の 核となっている点で顕著な価値を有するといえる。

障害児の誕生という出来事をめぐって物語が進む『個人的な体験』は、大江が経験した 若き日の諸相が土台になっており、読者は、障害をもつ子供を引き受けることを決断する 結末から、作者自身が経験した「悲劇」を乗りこえた感動的な「自伝的小説」として読み 取るかもしれない。しかし、『個人的な体験』では新しく生まれてきた赤ん坊が得体のしれ ない「怪物」として表現されており、赤ん坊を殺してアフリカへ逃げ出すことで父として

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の責任を放棄しようとする 鳥バードは、歪んだ「性」のイメージとともに彼の青春の自画像がグ ロテスクな雰囲気を醸し出している。

バード

の女友達・火見子という登場人物は、自殺した主人の呪縛から解放されるために性へ の執着を見せ続ける人物である。このような女性像の設定は、1989年発表された『人生の 親戚』のヒロイン・まり恵を通してもみられるが、『個人的な体験』においては、初期作品 群の影を見せながら、1960年代の新しい女性像を表出しているところが注目される。50年 代後半から60年代の初頭にかけての初期作品群のなかで、もっとも注目される特徴は、性 倒錯や同性愛などの歪んだ「性」のイメージを通して当時の政治的な状況を描いた点であ る。そのなかで女性の描写になると、観念的であり、現実性を欠けているところがみえる のである。しかし、『個人的な体験』においては、火見子という人物の描写は、以前の小説 のなかでは類を見ないキャラクターとして描かれている。

このように、「他者」との関係性の中でのみ、「個人」の居場所を見出すことができる人 物たちを通して60年代前半という一つの時代像が提示されている。同じ時期に発表された 安部公房(1924~1993)の『他人の顔』(1964)のなかでも、顔を失った主人公の「個人 的な悲劇」が描かれている。事故によって顔を失った男が、精巧な仮面を作り新しい顔を 通して、他人との関係性を築いていく過程が描かれている。『個人的な体験』では、「体験」

という語を通して「個人」と小共同体としての家族の意味や人との関係性が問われている が、緻密にイメージ化されている点に注目できる。時代的な背景を含めて非英雄的な主人 公・ 鳥バード、そして、超越的な存在としての火見子という対照的な人物像は、重層性をもつ設 定であると考えられる。

60 年代安保闘争の「政治の季節」が終焉を迎えつつある時期に『個人的な体験』は発表 された。大きな国際的なイベントとして東京オリンピックを控えていた1964年のこの作品 において、社会的拘束から離れて「私」の居場所を求め続ける作中人物たちの「個人の重 み」が強調されることによって他者と共有しえない「悲劇」が描かれるが、作者の体験と 重ねながら、同時代を生きる人間の普遍的な問題意識に貫かれているといえる。

『個人的な体験』における私小説の方法が、ブレイクの詩と聖書の引用を通して表現し ようとした「劇的なもの」そして、古典的な世界観とどのように結びつき、それが大江文 学の原点としての「死と再生」という主題と関わっているのかについて論を進めたい。

33 1、「私小説」という罠

大江の引退宣言後、初めて発表された『宙返り』(1999)について論評を書いたいとうせ いこうは、「解説」で大江作品の私小説性について言及している。最近に至るまでの大江作 品の私小説性を論じる批評において、「私小説」という概念について明確な定義のないまま 論じられてきた点は、日本文学史における「私小説」という問題を明確に提示することの 難しさを示していると考えられる38

1964年に発表された『個人的な体験』以来、作者の実体験が反映された「障害児との共 生」の主題が大江作品の核として浮上した。作家の実体験を描く小説の場合、私小説的な 色彩が強くなることによって、物語性が乏しく、思想性を持たない作品として読まれやす いことも否定しがたい。想像力の欠如と歴史問題との結びつきを考えてきた大江が、批判 的に捉えている日本自然主義文学から展開された私小説の弱点ともいえるだろう。しかし、

『個人的な体験』は、「性」を媒介とした「個人」の領域を描きながらも「社会小説」とし ての側面があり、近代日本文学の系譜のなかで特権的な位置を占めてきた「私小説」とは 距離を取ろうとした作者の態度が垣間見られる。そこで、作者の意識と一人称ではない私 小説的な方法の意義について考察する必要がある。

大江は「書かれる言葉の創世記」という文章のなかで私小説について次のように語って いる。

日本語世界には私小説という独自の文学形式がある。その達成のすぐれたものは、

わが国の文学の最上のものだ。私小説は、不思議なことにも、私は書く、と書く……

のタイプの試みをするような作家たち、それを支持する批評家たちからは冷淡にあつ かわれてきた。私小説こそ、私は書く、と書く……と年中いっているような作家の仕 事なのに。…(中略)優れた私小説を丹念に読めば、われわれは、そこに作家の肉体

=意識が、われわれの読書の時を、作家の小説を書く時とかさねるようにしてあらわ れる、その構造がおよそ端倪すべからざる準備をふまえてつくりだされていることに 気づくのである。私小説も、ほかならぬ小説の普遍的なありようのうちにあって、小 説一般の根本的な技法にのっとりつつはじめて、あの書きつけられた言葉のむこうに、

38「私小説」は、日本特有の小説形式として、長く議論の対象となってきた。私小説の特徴は、日本近代 文学の独自性を代表するものであるとして、日本近代文学に関する評論や研究の中心的課題として考察 された時期もあったのである。たとえば、転向小説について議論された時、社会性の欠如の原因として 私小説性が指摘された。また第二次世界大戦の敗戦をふまえ、さまざまなレベルで戦前のシステムが批 判的に再検討される中で、文学が持った問題点、あるいは果しえなかった社会的役割が問題にされた時 にも、その大きな要因として私小説が論じられたのである。

(樫原修「序」「私」という方法―フィクションとしての私小説』笠間書院、2012、2頁)

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