(教諭)i離婚)
掴
祖母(元教諭J、4時死)
父一=〒一一母
(教諭) 45歳元教諭
従姉A J男 弟
(22歳) (高3) (中2)
一…一・
ゥって同居………
ロ
∴∴
従姉B 従兄
(大学4年)(大学院)
3. 成育史・問題の発端と経緯 (1) 幼少期
J男出生時,父方祖父母と両親の5人家族。初孫。元教師の祖父,教師の祖 母は,家の実権を握っており, 「教育に自信を持ち」,J男は, 「祖父母に育 てられたような子だった」。母親も教諭職にあって,朝と帰宅してからは,努 めてJ男の相手をしたようだが,忙しい朝と,帰宅してから「先ず祖父母のこ
とを済ませて子に向かう」対応では,「十分に子どもの欲求に応えられなかっ たのでないか」と反省をしている。祖父母との教育学の違いもあり, 「子を挙 るにも,祖父母のしていることを吐るみたいで」遠慮があったと,子どもを取 りあげられた気持ちと「それに乗っかってしまった」気持ちとを振り返ってい る。当時父親は,土日も学校でのクラブ指導で不在がち。帰宅も遅く,家では
ぐったり。 J男の3歳頃,伯母Aが従姉A(7歳)を連れて出戻り,家も暗 くなりがち,祖父母の関心も不潤な従姉Aに向く。弟も生まれJ男は「淋しい 思いをしたのでないか」と言う。 幼稚園の時も小学校の時も,グループの中
に入れなかったり,集団行動がとれないことがあったが,田舎で祖父母の影響 力から「周りの先生方の遠慮もあって,仕方無いと通ってきた」。一方「周り から賢いと褒められ,チヤホヤされ」, 「気儘にさせていた」。私立中学(中 高一貫)へは, 「親は何も言わないのに,J男は当然そこへ行くものと思って いた」という。
(2) 中学時代の最初の登校拒否
中学1年の11月以降,不登校を繰り返す。頭痛,腹痛を訴え朝が大変だっ た。 「学校への不適応と,テニス部の先輩との人間関係がもと。先生方も男の 先生ばかりで厳しく,体罰もあったみたい。友達の定期をかりてクラブのボー ルを買いに行かされるのが嫌だった」。母親はカウンセリングを受け,クラブ を辞めてよいと言うと,3学期頃には登校し出した。 「枠組みの中できちんと
して行かないといけない,ということがなかった。気儘な子なので」。プライ ドが高く, 「気儘な子」という表現が母親の口からよく出る。中2から高2ま では,学校行事に参加しないことはあったが「本当に順調にいってくれた」と 言う。高等部に進んで空手部に入る。
(3) 高校2年時からの問題の発端と経緯
母親は,問題の起こりは家の建て替えが発端と言う。祖母の生きてた頃から,
祖父は周りが全部反対するのに,家の建て替えを願っており,長年一人で大工 と話を進めていた。80歳も越え,身体も精神もおかしくなってきたので,祖
父の希望を酌んで高2年8月から建て替え工事始める。建て方も祖父は「入母 屋でないと,死んでも盆によう帰ってこん1」と怒り,祖父のみの思いを通す。
暮れに入居の予定が遅れ,J男は苛々しだし,3月春休みは,工事の音が気に なるので伯母Bの家で寝起きし,そこから予備校に通う。
高3年になって始業式に出たあと,単身赴任の伯父が戻ってくるまで1週間 不登校。J男の意向を酌んで5月完成の工事をストップさせ,家に戻っての登 校が始まる。
4月下旬,父親出張中,伯母の家で母親に, 「家を触られたことによってリ ズムが狂った。人生を台無しにされた。皆が反対してたのにどうして建て替え たのか!おじいちゃんを追い出すか,僕が死ぬかどっちかだ,どっちを取るの だ1」と詰め寄る。返答出来ずにいると,「自分の子が大事でないのか1」と 怒り,家をとびだす。夜中連れ戻される。後日,J男は「親にとって子の方が 大事なのは決まってるのに,あの時,お前は返答出来ずに考え込んだ。それに 不信感を持った」と母親を攻撃している。以来,祖父の顔を見ると荒れるので,
祖父は「あれの言うとおりしてやってくれ」と自分から伯母Aの家に身を引い
ている。
5月下旬中間考査2日目まで登校。3日目は得意な数学,物理でそれにかけ ていた様子で,前日,家人にわざわざ,音を立てないように言っている。その
日たまたま建築業者が来て家の中を触った事に怒り,母親に「業者に文句を言 え,電話を入れろ!」と詰め寄り,暴力的に新居から追い出す。父親は出張中,
翌日帰宅し, 「荒れてるときだから仕方ない」と黙認(追い出されている祖父 に気兼ねして,両親の生活の場は古い納屋2階だったから,親にとっては余り 実害がない様子)。前後して,J男は祖父が家に来たのを見つけ怒り,20日 未明プレハブに火をつける。父親が気付き消し止め大事に到らず。以来,不登 校が続き(9月18日まで)家から余り出ない日々が続く。
母親はカウンセリングを受け,神経内科を一度受診し,J男のために薬を 貰ってきて,御飯や飲み物にいれたりしている。J男は「わしの人生台無しに
して,保証をどうしたらいいか,お前らの責任だから,お前らが考えろ」乏カ ウンセリングには見向きもしない。 6月頃,機嫌のよい時には,父親と野良 仕事(耕うん機が好き)をしたり,ゴルフの打ちつぱなしに行く。母親の車に 乗せてもらって大都市の大型書店まで物理,数学,コンピューターの本を買い に行く。かと思うと,母親を呼びつけ「保障をどうしてくれる!子どもがこん な状態なのに,父親は仕事に行けるのか,呼び戻せ!」と詰め寄る。
7月上旬2週間ほど母親は家に入れたが,23日,再度暴力的に追い出され た。理由は,:夏休み前友達にマウンテンバイクの競技に誘われ,「そこまで車 で送ってくれ,グランドでの車の運転は自分に任せろ」というので,事情を聞
くと, 「信用してないのか1」と怒ったらしい。帰宅した父親が怒り,取っ組 み合うが,既に体力は子が勝る。25日,J男は怒って,納屋,プレハブの電 線を切り,ガスコンロ,風呂も使えなくする。ローソクで明かりをとると,そ のu一ソクも捨てられる。さらに下旬には,親の生活の場である納屋,プレハ
ブに鍵をかけ締め出す。
8月12日,母方祖母が来て仲介,母親も交えて話。母親はJ男に「謝って 家に入れてもらう」が, 「お前は母親として言う権利はない」「自分を怒らす ようなことをするな」と言われている。父親とは取っ組み合い以来話がない。
この夏休み中,9,16,23日の3回,母親はJ男をモトクロスに連れてい く。一度,バイクのエンジンが掛からず怒りを母親にぶつけ,バイクを潰して 帰るとごねているのを,周りの人が見兼ねて修理してくれたことがある。機嫌 が治ると「人が困った時には,僕も助けてやらないといけない」などと殊勝な 事をいう。母親から依頼を受けた担任から声を懸けてもらって,下旬から1週 間の補習に5日出ている。29日夜から苛々,30日のモトクロス競技に参加
したがってる様子なので,母親が,行くのなら連れていくと言うと「そんなん で怒ってるのと違うわ」と相手にされず。翌日,昼過ぎに起きてきたので,も
う行かないものと思って,外出しようとすると,「(連れていくと言っておき ながら)いい加減なこと言いやがって1」と怒り,その日から母親が同じ食卓 につくと席を立つ。同日,かなり遠方まで散髪に出かけている。出かけに父親
と1か月ぶりに言葉を交わしている。31日,慕っている元校長のE先生(在 職中J男に古典を教えた)の家に,友達と出かけ,一緒に勉強を見てもらって いる。同夜,従姉Aに翌日の登校のモーニングコールを頼んでいる。
9月1日登校できず。2,3日は模擬テストだから行っても仕方無いと,結 局登校できず。4日,前触れもなく新居に鍵をかけ母親も締め出し(弟には鍵 を渡している),以来現在まで,母親の用意した食事は一切受けっけず自炊し だす。昼夜逆転,晩に自転車で外出。J男は9月の始めが駄目なら,運動会明 けの17日から登校しようとしていたらしい。しかしこの日行けずに,午前1
0時頃,外へ出て来てプレハブ,納屋にブロックを投げつけ壊し,納屋に入り 込んでテーブルや家財をひつくり返して荒れる。18日夜,母親の依頼を受け て担任と学年主任が来て,卒業の可能性を示唆する。19日,雨だったが知ら ぬ間に登校。4時頃帰宅した父親に「今日学校に行ったこと,知ってるか」と 登校したことを知らせている。
(4) 現在の親子関係状況
依然と両親は新居を締め出されている。母親は,時々合鍵で家に侵入して梼 子を窺い, 「自分は黒幕になって」,食料の調達等を祖母や伯母らに頼んでし
る。母親は睨みつけるようなJ男の顔を受けとめる余裕はなく「ビクビクして いる」。第1回インテークの後,登校し出したので,何とか弁当を渡そうと待 機して機会を伺うが,無視される。母親の不安は強く, 「どう対応したらいい のか,こうしている間にも日が経っていく」と性急に対応策を欲しがる。J男 は難関国立大(理系)一を志望しているが,母親は「普通になってくれたら,大 学へは行かなくて良い」と述べる。本心ですか?と2度確かめると, 「本人が 行きたがっているので,それなら願いは叶えさせてやりたい」と返答している。
そういう母親に対してJ男は「めし以外のことよう言わんのか。他に迷惑かけ てきたこと,謝ることあるやろ,そんなこと分からんのか」「お前たちは教育 する資格がない。人の人生台無しにしたお前らには人権もない」rわしの気分 が悪くならないように,気持ちを酌んでやれ」「お前らはわしの言うことを聞 いて当たり前なんだ」と責める。従姉Aが諭すと「腹が立つから,親の作った
ものは食べない」「存在そのものが腹が立つ」と言い,親が可愛そうじゃない のと諭すと, 「僕の方がもっと可愛そうだ。僕は人生台無しにされて,可愛そ
うな楽なんや」と応えるらしい。一方で「あれだけ(無茶を)やったのに,お 前らの馬鹿さ加減には,ほとほと呆れたわ,何をやっても知らん顔や」「 ニ母親
に述べている。 「振り上げた拳の降ろし方を探っているのかな」と父親は言っ ている。父親は, 「好きで自炊したり洗濯してるのだからほっておけ」という 態度らしいが, 「何時も忙しく帰りも遅い」ので,母親の不満と不安は募る様 子。J男は父親にはコンピューターを教えてもらったりしている。
また母親は,重大な情報としては述べなかったが,この3月に学校を退職し ている。祖父も病気がち,J男も高2の頃から苛々している,退職して家族の 世話をすることは夫もJ男も望み,J男は「帰ってきていつ御飯が食べられる か分からないのは困るな,高3になったら,食べたいときに食べたいな」と 言っていたらしい。「今まで淋しい思いしただろうから,辞めて大事なときぐ
らい家にいてやって,子どもの面倒を見て,お帰り,言うてやろうと思ってい たが,もう,それどころでなくなった」(第2回面接)と,全く予期せぬ展開 になったことを述べている。