法 ︒ 云 ︒ 若無レ 心無 レ法 ︒ 云 何名 レ伝 ︒師表︒波間 ︒ 道 ︒ 伝 ︒ 心 ︒ 将 調百︒ 可レ 博也︒所以祖師 云 ︒ 認二 得心性 ‑ 時︒ 可ドニ 二本
思議 ‑ ︒了了無二所得 ‑ ︒ 得 持木 レ説 ︒ 知 ︒ 此事 若孜 ︒ 汝会 ︒何 堪也 ︒
︵師表 く︑ 心を以って心に伝う︒ 云く︑ 若しか 相 伍 せば︑ 云 何ぞ 心亦 無しと言わん︒師表 く︑一 法 を得ざるを名づけ て 心を伝 うと 為す︒若し世心を了せば︑即ち 是 れ 心無く法無し︒ 云く︑ 若し心無く法無くんば ︑ 云 何が伝 と 名づけ
ん ︒師表 く ︑ 改 心を伝うと 遣 う な 聞いて将に得 べきものありと謂えり︒所以に︑祖師表 く ︑心性 を認 得する時︑不思
議 と説くべし︑了了として所得無し ︑ 得る時︑知 と 説かずと︑世事若し汝を教えて会せしめば︑ 何ぞ堪えん︒︶
宝林伝 ︵ 鮭 ︶ か︑ 或は祖堂集︵ 駝 ︶を参照した
旦 只徳伝燈録
︵㎜︶によれば︑西天第三 祖 南部 和修 の 伝法 偶 に ︑
非法 亦 非心︒無心 亦 無法︒ 説是 心法 時 ︒ 是 渋井 ︑心法︒︵ 円 ・の ト l も・ NOqp ︶
とあり︑また︑西天第五 祖提多 迦の伝法偶には︑
力 説侮日︒通達本法 心 ︒無法 無 非法︒悟了周天 悟 ︒ 無 ︑ 心亦 無法︒︵︑ H,. 一切︶ ︐ b : No 一 のさ とあって︑前記の﹁仁心法要﹂の 褐と 極めて類 低 している︒更に︑﹁祖師 表 ﹂後の褐も︑西天 第 二十三粗籠 勒那の
伝法 褐 ︑
認ニ 得心性 ‑ 時︒ 可レ説ニ 不思議 ‑ ︒了了無二回 得 ‑ ︒ 信時下 レ説レ知 ︒︵ 中 ・の ト ‑p.N 三 %
と 前記﹁仁心法要﹂の 褐と 全く同じである︒ 即 ち ︑もし 斐休 が黄案の述べるままを筆記し︑整理 したとしたなら︑
八五 0 年寂 の黄葉 は ︑祖堂集は見ていない筈で あるから︑宝林 伝 によったものである︒何故なら ︑ ぞれ以前の史伝で
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第
112
禅宗は恵 能と壇経 以後に
ある神経 序 ︵Ⅲ︶︑付法所伝︵ 田 ︶︑ 摩 阿比 枯 ︵ 鮭 ︶︑南宗 定 是非 曲 ︵Ⅱ︶︑応化法 主記 ︵℡︶ ︑沖
には︑前記の伝法 隔 はすべて ふ めることができな いからである︒従っで︑北林伝の著者︑恵 炬に よって編集 埋遣 され
たことが証明される︒或は﹁仏心法要﹂について 0% 仙ど巧 えられないこ
中 の 臣く 白熱な引用であるので︑その心から 推
第二に︑﹁地維﹂に記されている六祖 忠能 に伝 ︐ ‑ ん たと 伝臣 のある﹁伝法衣﹂についての賀川︑ 及 び 六祖と明上座と
して記載している︒
問 ︒六祖不レム ム ニ % 吉 ‑ ︒何冊二仏︒衣ね ︐ ℡︒君上 乱 二神三十二水 籠 云 何不 レ伝レ
衣 ︒ 師云 ︐ ゐ ニ % 有心 ‑ ︒㍽ 行 お 法 ︒所作所Ⅱ ︐一
契 ︒ 由叩 ︒技工如来 甚
深セ " ぬ ‑ ︒所以 付レ 法 り ︒他︒ 汝不 ︒ 兄レ追法 油木竹 注油阿曽 法 ︒ 右 会 ニ化 患 ‑ ︒万名 ニ 出家
回 ‑ ヰ 三八 祖 ‑ ︒六祖 使朋 ︒ 汝 ・ボニ何 %‑ ︒ ねレ求 ︒
座五︒不二月︒ 衣来 ‑ ︒ 但た ︒法文︒六祖 云 ︒ 汝 Ⅱ 何時敏︒ 念 ︒ 巨忠 部立 二 忠臣 ‑ ︒Ⅵ万票 レ語 ︒六祖 云 ︐ 不 m 心房︒不問 心亜ゅ ︒
正当牛店 時 ︒ 還二我 明上座 ズ廿 束生時面白 ‑ 束︒ 明 於 ︐言下 ‑ 忽然 盤雙 ︒ 臣 礼拝 云 ︒ 如 二人 欲 ︒ 水 ︒ 帝 牒 Ⅱ 知 ‑ ︒某 甲蕉五
在宅古説 ‑ ︒豊 下レ兄阿皿 Ⅱ二曲℡ 二ぶ ︒Ⅲ 淳伝 ニ %
︵Ⅲ ぅ ︑﹁六祖祥月を会せず︑何ぞ衣を伝えて 抽 と 為ることを得る︒ 秀 上座は是れ五百人の首座︑ 教授師となって ︑
三十二木の緩論を閥 得す ︑ 云 何ぞ衣を伝えざる︒ ﹂ 師云く ︑﹁他は有心なるが為に ︑ 足れ有為の法 足 となす︑所以に︑上組︑六祖に 什す ︑六祖Ⅱ 時只だ 足れ黙契 す︑ 宙に如来甚深の意を授けるこ
法を付して他に与 う ︒ 汝迫 うことを見ずや ︑法 の 注本は無法なり︑無法の法も亦 法 なり︑今無法
ぞ曽 つて法ならんと︒若し此の意を会せば︑ 方 に 出家兄と名けん︒方に好し修行するに︒若し 信 ぜ ずんば︑ 云 何ぞ 明 上座︑大度 嶺 頭に走り 来 って六祖を尋ねん︒ 六 祖便ち︑ 問う﹁ 汝来 って何事をか求む ︑ 衣を求む るが 為か︑ 法を求む るが 為か ︒﹂明上座五 く ︑﹁衣の為に来らず︑ 但だ 法の為に来る︒﹂六祖表く︑﹁ 汝 且つ暫時余 る叙 めて︑善悪 都 べて 思 量 すること莫れ︒し胡 乃ち 語を稟 く ︒六祖 云く︑ ﹁不忌 善 ︑不思想︑正当 与 慶の時︑我れに明上座 ︑父母未生の時の面 目を還し来れ︒﹂明言下に 払 いて忽然として黙契 す ︒ 便ち 礼拝して 云く ︑﹁人の水を飲んで 冷 城山 知 するが如し︑某 甲
五 祖の会中に在Ⅰ て︑柾 げて三十年の功夫を用
︐ っ
︑今日方に前非を省す︒﹂六祖 云く ︑﹁如是﹂と ︒此の時に到って 方 に知る︑祖師西来︑直 指 人心︑見性成仏は︑舌口説 に 在らざることを︒壺に見ずや︑同姓︑迦葉に 問うて 云く ︑﹁世尊︑
金 欄を伝える外︑別に何の法をか伝 う ︒﹂︶
﹁六祖壇経﹂の︑この有名な記載の内容を ︑伝 心法要の最後近くに記している 黄 壁及び 萎 休 めぷ
" め 凶を我々は素直に
汲まねばなるま い ︒即ち︑﹁ 宝林伝 ﹂を参照した
かし広がら︑夫々それなりに象徴以外の何もので 貴 徳 伝燈録 によれば︑釈迦から迦葉に伝えた 伝
もないのである︒しかも︑この段で︑それらの 法褐 ︑
三考を取り挙げたこ 注 本法無法︒無法 法 邪法︒今村 二 無法 ‑ 時 ︒渋渋 同会津︒︵ づ ・㌍も・ Nom ⑧ を右 ︑﹁仁心法要﹂は記載し ︑ 更には︑﹁祖師 西 来 ﹂と達磨を記し︑それらを六祖 恵能 についての 記載の中に取り八 れて説示している点は︑やはり六祖 恵能と︑そ 0 玉世代前の達磨︑更には釈迦は歴史的実在の人 物ではあろうが︑ し とは︑﹁ 宝林伝 ﹂以後の法統 偽 史の成立を改めて 是認するものと言えよう︒
き時の﹁学道の人﹂の間では﹁仁心法要﹂が 極 めて多くの例解を行っているように︑経典は必読 の 書であったよう である︒例解のあるものは︑﹁法華経﹂であり︑ ﹁維摩経﹂であり︑﹁ 浬盤経 ﹂であり︑﹁般若心経 ﹂であり︑或は﹁ 金 剛経 ﹂であった︒その外︑ここに掲げた仮説の 証明とは関連がないために除いた説示の中に ︑
﹁ 華厳経﹂の意を取っ
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たもの︑﹁ 用賂吊 ﹂の解説を採用したもの︑ 或 は ﹁ 勝蔓経 ﹂に説かれているものを説示している 箇所がある︒また︑
禅矩 では﹁六祖壇経﹂を初めとして﹁ 頓語 裏門﹂ ︑﹁神会語録﹂︑ コ顕め 不語﹂︑﹁ @ 祖乱 附録﹂︑﹁︑ 杢 鼻尖 ﹂︑﹁ 証遇歌 ﹂︑﹁ 禅源
% 詮集 都庁﹂︑或は宝 誌 禅師の言葉が︑説示の内 容の底辺にあったようである︒その他︑この 仮 説の証明には︑直接
ならないので取り挙げなかった説示の中に︑﹁ 円 常経大流砂﹂の引用もあった︒それらの 全 べて を 把握した黄葉 は︑
﹁ 仁 心法要﹂の中で︑前記の多くの経典に精通し なければならない︒また︑同時に熟知してはな ‑ らないと﹁学道人﹂
に 説いている︒しかも︑ 神 秀を旗頭とする北宗 系の ︑経典中心主義の﹁多知多 解 ﹂とは全く異質 のものである点に 禅
の 宗旨があると練り返しているのである︒即ち ︑ それ 程 ︑多知多 解の ﹁ 字 通人 L が禅門に入った ことの証明になると
考え︑﹁学道人への説示﹂という第一節を設けた ︒しかも︑それは第二節で見たよ う に︑前記 経 典 以外に︑﹁ 上ハ祖壇
経 ﹂及び﹁ 壊経 ﹂以後の禅籍の紹介もかねて﹁ 仏心法要﹂が引用している点に︑それらの 禅籍が 幅広く読まれたこ
と︑ 或は読まれようとしていることを証明して いる︒更には︑ ニ︑ 三の西天の師の伝法偶に見ら れたよ う に︑﹁空株 伝 ﹂の出現が望まれ︑そして︑その﹁ 宝林伝 ﹂ の 引用が余儀なくされる程︑禅宗は発展していた のである︒そうした
佃 点から言 う なら︑﹁仁心法要﹂は ︑ 先に考察し た ﹁ 馬 祖語録﹂よりも︑﹁ 宝林伝 ﹂の内容の真偽 の 程を別とするな
ら ︑洗練された多くの証 里思 と内容を含んでいる︑ と 考察される︒従って﹁仁心法要﹂は︑仮説﹁ 禅宗は恵 能 と垣 経以
姥 後に﹂発展した確かな証拠の一部になると 確 倍 するものである︒しかしながら︑多くの語意 と 内容を含蓄させた﹁ 伝 % 心法要﹂が﹁仏法は学ぶことではない︒﹂と 説いているのは︑ 柳か 皮肉な現象ではある︒ と 能 恵 (243) ﹁一切の仏法は︑すべて学ぶことではなく︑ 唯 だ 求めることなく︑無著 社を学べ︒﹂と説いているのである︒それは︑ 白らの 師 ︑黄粟を知る 斐休 が序に評している︑
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