第2章 原子力システム研究懇話会の活動の展開
2.3 会員よりのメッセージ
原子力開発の光と影を見つめて
青木 芳朗
原子力開発の光と影という点では、光の方が圧倒的に優位であるのに(喫 緊の課題としての温暖化防止)、現在までは何となく影に脅かされてきている。
これは、影の部分は全て取り返しのつかないものとして、危機感を主張してい る人たちの意見が一般に受け取られ易いモノになっているからである。
原子力発電が無くても、必要なエネルギーは風力発電、太陽光発電でま かなえるという論調がある。風力発電一機の発電量で一般家庭の数百軒分 をまかなえるという。マスコミの論調もそれに追随しているようである。し かし、太陽光発電は夜は発電しないし、曇りや雨の日の発電は不十分である。
風力も、風がなければ発電しない。この現実を民衆には正しく伝えていな い。筆者は、ロスアンジェルス郊外のモハヴェの風力発電所を見学したこと がある。広大な土地に数千(正確な数は不明)の風車が回っていた。しかし、
全ての風車が回っているわけではなく、止まっているものも数多くあった。
自然を有効に使うことは大変有意義ではあるが、自然は気まぐれであるこ とを計算に入れなければならない。このことは、原子力グループはもっと声 を大きくして発言すべきである。
ただし、いったん事故が起きると、たとえそれが大きな事故でなくても、
心理的には取り返しのつかない事故に早変わりすることが多い。
事故の例としては、文殊の温度計のさや管の破損事故が有名である。折れ たさや管の写真を見て、これでは根元から折れるだろうと思った。少年時代、
肥後の守で鉛筆を削ったことがある人なら、さや管の形状を見て、根元から 折れると分かったはずである。ものを知らない優秀な人の設計であろう。
1999年のJCOの臨界事故で、「これは原子炉の事故ではない」と言った人が いたと言うことを聞いてびっくりした。そういう考えの人が原子力界にいると いうことが、国民との意思の疎通がだめになってしまうのである。工学的には その通りであろう。しかし、その人は、国民の側に立って物事を判断してい
ないのであるし、できないのであろう。
私は、原子力の安全を考えるときに、工学的安全と医学的安全と2種類ある と思っている。事故発生確率は10の8乗分の1だから安全であると言う。工学的 にはその通りであろう。しかし、医学的には仮に分母がいかに大きくなっても、
分子は1である。すなわち、その事故に遭遇した人にとっての確率は100%である。
すなわち、確率はゼロ%か100%である。それゆえ、医学的な対応も必要となっ てくるのである。原子力安全委員会の報告書「緊急被ばく医療のあり方について」
に述べられているように、医療関係者、搬送関係者、地方自治体の関係者等が 放射能汚染患者を怖がらず搬送、治療できる体制を作っておくことが大切とな る。すなわち、緊急被ばく医療のネットワークの構築が重要な課題である。
我々は、平成13年度から、既存の救急医療システムの中に組み込んだ緊急被ば く医療のネットワーク作りをリードしてきた。すなわち、患者さんの流れがスムーで、対応 する関係者が普通の医療ができるシステムと関係者の能力向上を目指して活動を開 始してきた。しかし、国は地方分権という錦の御旗の圧力により、予算を各地方自治 体に直接交付し、地方独自のネットワークを構築するようになった。残念ながら、地方 自治体の関心の深さには大きな差が存在し、マニュアルの作成についても、大きな差 がでてきてしまった。このままで事態が推移すると、初期、二次、三次医療の体制が 構築されないことになってしまう。もう一度、初心に戻って再調整すべきである。
国民の原子力の安全に対する考え方は、昔の安全神話から一歩も出ていない ようである。すなわち、絶対安全を求めて、安全神話の殻の中に閉じこもって いるようである。無理にこじ開けようとすると、ますます神話の中に閉じこもっ てしまう。そうならないためにも情報公開は重要である。情報が公開されたとき、
その情報を正確に理解できるようにすることが大切である。
原子力を正しく理解するためには、小学校からの教育が重要である。社会科 の授業ではなく、理科の授業としてきちんとエネルギー論から教えなければな らない。「良い放射線と悪い放射線」という間違った考え方を正さなければな らない。そうすることにより、原子力発電も他の発電も同じであると考がえる ようになるであろう。そうなって初めて、国民の安心感が生まれてくるであろう。
(2009.12.24)
[(財)放射線影響協会理事長、(財)原子力安全研究協会参与]
再処理施設を自力で設計できる能力を養う
石井 保
・国内再処理の足跡
わが国の再処理路線はすでに1962年の原子力委員会再処理専門部会で 選 択されている。 そして1968年には原 研( 現 日 本 原 子 力 研 究 開 発 機 構、
JAEA)の再処理研究室で400㎏ HM(重金属)の使用済燃料が処理され、
2 ㎏のプルトニウムが回収された。しかしわが国はこの自主開発の芽を育て る道を採らず、最初の動燃(現日本原子力研究開発機構、JAEA)の再処 理施設をフランスから技術導入する道を選んだ。これは欧米諸国が、まず小 型の再処理施設を自国で設計し、完成させたこととは対照的である。その結 果、わが国では動燃再処理で運転技術を学ぶことはできたが、設計技術は修 得できなかった。
引き続き商用施設である日本原燃の再処理施設もフランス等からの技術導 入に頼ることになる。六ヶ所再処理は、1993年 4 月に着工し、2000年に再 処理施設主工程の操業開始を予定していたが、建設途上で日本側が設計変 更を申し入れたために空白期間が生じ、実際に本体が完工したのは2008年10 月である。しかしプラント全体の完成はガラス固化設備の結果待ちだ。
ガラス固化設備が国産技術だから上手く行かないのだという指摘もある。
ある意味では当たっているかもしれない。わが国の再処理では自主開発技術 を段階的に育てて完成させた経験は少ないからだ。そして再処理主工程につ いてはわが国は未だに詳細設計の実施能力を欠いたままである。
・自主開発技術の成功例
しかし再処理工場でもMOX転換やウラン脱硝など、自主開発技術が活躍 している部分もある。MOX転換は短期間に集中して開発された。1977年、
完成間近だった動燃再処理施設は、米国の核不拡散政策により稼動が危ぶま れたが、日本はプルトニウムを単体分離することなく、ウランと混合したMOX 粉末を製品とすることで、米国の合意を得た。ここで採用されたMOX転換プ ロセスは当時動燃が廃棄物処理に使用していたマイクロ波加熱装置を応用し
た技術である。施設規模が小さかったこともあり、設計にも十分対応できた。
そして六ヶ所再処理でも同じプロセスが採用されたが、この際もう一段の技 術的飛躍が必要だった。スケールアップした六ヶ所再処理工場の設計には多く のエンジニアリングデータを至急揃えることが不可欠だった。そのため日本 原燃とメーカーはJAEA人形峠に実規模設備を設置して 3 年にわたりウラン 試験を繰り返し、詳細設計に必要なデータを取り揃えた。こうしてMOX転換 施設の設計、建設を行い、アクティブ試験にも合格した。連続的な生産には まだ習熟が必要だが、稼動しながら生産性を高めていくことは可能であろう。
ウラン脱硝については動燃再処理施設でフランスより導入した技術が一時頓 挫した際、逆に国産技術で新設備を建設し、それをカバーした経緯がある。
その後引き続き国の委託金、補助金等を得て、メーカーは10年にわたり大型 施設向けの設計データを蓄積し、実規模に近い設備を製作して運転経験も積 んできた。同時に動燃の長年にわたる運転経験とあわせると、国産技術とし て十分確信が持てるレベルに達している。
・難度が高い高温溶融処理技術
高レベル放射性廃液のガラス固化設備に話を戻そう。まずこの設備が工学 的に見て非常に難度が高い設備であるという事前認識が不足していた。高温 溶融炉は一般廃棄物処理にも多く使われているが、定常運転に到るまでに は試行錯誤の連続である。低レベル放射性廃棄物処理用の高温溶融炉でも、
運転は不安定なものが多い。さらにそれがガラス固化のような高放射線下の セル内での遠隔運転、遠隔保守設備となると、用意周到なデータに基づく設 計が要求される。
動燃ではLFCM法というガラス溶融方法を開発してきたが、その運転、処理 実績はMOX転換やウラン脱硝と比較すると極めて少ない。またスケールアッ プ施設の設計に不可欠なエンジニアリングデータの取得も不十分であったと 言わざるを得ない。そのことは六ヶ所再処理工場の化学試験の段階でも、こ の工程のトラブルが他の工程と比べて著しく多かったことにも現われている。
フランスで採用したAVM法も大差ないだろう。フランスも定常運転に到 るまでには長い間トラブルを繰り返してきたし、それと同様な溶融炉を導入し た英国でも初期トラブルに悩まされ続けてきた。わが国では果たして設計段