第1節 本章の課題
前章に続き、その後に本格化している自動車メーカーによる新たな EV 展開について さらに分析を進める。
本章では、日産や三菱が進めている EV の実用化に続き、トヨタやホンダが進めてい る2012 年以降の限定的な市場展開、海外のGMによるレンジエクステンダータイプと 呼ばれる「シボレー・ボルト」やその他のメーカーにおける EV 展開に加えて、新しい 動きとして注目される新興企業によるEV展開に焦点をあてる。
EV市場では、既存大手メーカーの取り組みに加えて、新興企業85によるEV開発・販 売が行われている。トヨタとの共同開発を進める米国テスラモーターズ(以下テスラ)
のほか、フィスカーオートモーティブや複数の新興企業が EV 展開を進めた。国内でも シムドライブなどの企業が市場投入を予定、あるいは実際にモデルを市場展開している。
製品アーキテクチャ分析では、開発と生産で複雑な擦り合わせが必要な従来車はイン テグラル型アーキテクチャ86をもつとされ、開発、生産を支える広範なサプライヤーシ ステムが注目されてきた。EVについては、従来車とは異なる議論が行われており、その うち、代表的なものは以下の2つである。
ひとつは、EVは主に大容量電池と電気モーターの組み合わせで生産が可能であること から、EV=モジュラー(組み合わせ)型製品であるとの議論である(村沢 2010)。藤 本(2012)も、EVがモジュラー型製品であることを否定していない87。モジュラー型製 品は、開放的企業間関係による部品やモジュールの取引が可能で、従来車とは異なる企 業間関係が対応する。
これに対して、佐伯(2011)は、現行のEVが必ずしもモジュラー型製品ではなく、
ソフトウェア開発などでは高度な擦り合わせが行われるインテグラル製品としての特徴 をもっていると指摘する。そしてその場合は、EVにおいても従来車と同様に閉鎖的・緊
85 本章で「新興企業」とは、これまで内燃機関による自動車を生産、販売していないが、EV で新たに自動車を開発、市場展開を始めている企業を指している。
86 「インテグラル型アーキテクチャ」の製品とは機能群と部品群との関係が錯綜しているも のをさし複数の部品がトータル・システムとしての力を出す製品を指す。藤本(2001)5 ページ。
87 藤本(2012)160-161ページで、藤本はEVが将来的にはモジュラー型のアーキテクチャ になっていく可能性があると指摘する。同氏の立場は、EVのコスト低減や性能が十分で なく、EVが年間数千万台の規模で販売されるような「電気自動車の時代は簡単には来な い」というものである。
密な企業間関係が対応することになる。
しかし、テスラとトヨタとの共同開発の取り組みは、こうした二項対立とは異なる、
製品アーキテクチャと企業間関係の新しい対応パターンを示していると考えられる。
第2節 EV開発の課題
2-1 完成車メーカーによるEV展開
日産と三菱は2010年、2009年にそれぞれEVの市販を開始して以降、日産のEVモ デル「リーフ」は、2013年5月までの累計で6万台以上の販売実績をもつ。また三菱で も「アイミーブ」が2012年末までに累計で約1万5千台を販売している88。
さらにGMの前述「シボレー・ボルト」は、2012年に電池の発火などによる一時的な 生産中止などが報じられたが、その後生産・販売を再開している。
日本の有力完成車メーカーは、従来のガソリン車の場合と同様にサプライヤーを選定 して大容量電池などを確保し、自社内もしくは既存の自社系列内の技術を動員すること でEVを開発している。日産は、リチウムイオン電池の生産実績のあるNECとの合弁に より AESCを設立して、EV用の電池生産を行っている。また三菱も GS ユアサとの合 弁でリチウムエナジージャパンを設立して、アイミーブ用の電池を調達している。また、
駆動用モーターについては、日産は自社内で生産し、三菱は明電舎から調達している。
一方、GMは韓国の有力電池メーカーLG化学から調達してボルトの開発を行っている。
リーフ、アイミーブの製品アーキテクチャはインテグラル型であり、その開発・生産 は閉鎖的・緊密な企業間関係をベースにおこなわれている。一方、GMのボルト89では、
独立の電池メーカーLG化学からの電池調達によりEV開発を行っており、開発・生産は 開放的な企業間関係をベースに行われているということができる。
これに対して、トヨタはパナソニックと共同で独自のEVとして「eQ」を開発して市 場に投入している90他、テスラとの協業によるEV開発を進めている。テスラとの協業に
88 販売台数は、FOURIN『世界自動車調査月報』No335、2013年7月による。リーフの販 売台数は当初計画を大幅に下回っており、期待されたほどにEVの普及は進んでいない。
アイミーブについても同様で世界的にEVの販売は低迷しており、本章で述べるような大 幅な電動パワートレインの実用化にはまだ時間がかかる傾向が顕著になっている。
89 ただし、GMがLG化学から電池を調達する方式は、日産や三菱の場合とは異なっており、
GMが従来車においてサプライヤーから部品を調達する方式に準じている。GMの取引関 係は、トヨタや日産などの日本の自動車メーカーと比べて開放的な取引といえるが、本章 では日米の自動車メーカーの違いについての詳しい議論は割愛する。
90 「eQ」の開発は、トヨタが系列のパナソニックとの緊密な連携調整のもとで行われる統
よる開発は、日産や三菱、そしてトヨタ「eQ」の場合とは異なる取り組みとなっている。
2-2 新興企業によるEV展開
従来車を製造・販売してこなかった新興企業によっても EV の開発と市場展開が行わ れた。米国の新興企業テスラは、高性能EVスポーツカー「ロードスター」を2008年に 実用化し、実売価格98,000ドルで市販している。2010年5月にはトヨタとの業務提携 を発表、トヨタはテスラに5000万ドル出資し、EV共同開発を開始した91。
ただし、テスラ以外の新興企業による EV 展開は、いまのところほとんど頓挫、失敗 している。例えば欧州では、比較的早期からノルウェーのシンク社が小型 EV モデル、
「シンク・シティ」を限定的に販売、2010年以降の本格的な量産を想定していたが、2012 年に資金調達に失敗し破産した。
新興企業によるEV開発とその市場展開が期待されたのは、EVの特徴に起因している。
EVは構造がシンプルであるため、生産設備導入や生産ライン構築が容易となる。また、
EV構成部品はモジュールとして外部から購入することができる。さらに、高い性能をも つ大容量電池を採用することで、一定程度の EV 性能を確保することができ、大手メー カーと競合できるとされてきた。
図表 22 テスラモーターズ EV世界販売台数推移
出所:FOURIN『世界自動車調査月報』No335、2013年7月を元に筆者作成。
注:販売台数は、テスラ・ロードスター、モデルSの合計台数。
合型製品開発に位置づけられる。
91 『日本経済新聞』2010年3月21日。
160
1,350
650
2,740
0 500 1,000 1,500 2,000 2,500 3,000
2007年 2008年 2009年 2010年 2011年 2012年
しかし、そのような単純なオープン・モジュラー的発想によって開発された EV は現 実には競争力をもたなかったといってよい。トヨタとテスラの協業は新興企業によるEV 展開としては例外的な成功事例である。それはなぜ可能になったのであろうか。
2-3 新興企業の限界
テスラはトヨタとの提携によりモデルSの開発と市場展開で成功を収めているが、そ の他の新興企業はほとんどが失敗している。テスラとこれら失敗企業との間にみられる 大きな違いは、EV車両にある。
自動車で使用される車両は、高度にシステム化されている。EVであるからといって既 存の自動車ですでに普及しているさまざまな機能を省けば市場評価は下がり、普及は難 しい。その意味では、EVであったとしてもその車両は高度なインテグラル製品でなけれ ば市場で評価されない。
EV市場に新規参入する新興企業は、自社の電池技術やエレクトロニクス技術をキーテ クノロジーとして使用するケースが多い。しかし、自動車の車両の生産技術や自動車の 走行を制御する高度な技術は保有していない。その点、テスラはトヨタとの提携による 共同開発を通じて車輌と部品の製品技術、および(車輌と部品の)製造システムを調達 し、さらにトヨタの自動車技術を採用したモデル開発を行っている92。
これに対してその他のメーカーでは車両技術のめどが立たずに事業展開に失敗してい る。例えば、米国ベンチャー企業アプテラ社は、資金調達に失敗し元GMの工場を獲得 した上での車両技術の確保できずに2011年12月に破産している。
新興企業がたとえ電池や電気モーターでの高い技術をもっていたとしても、あるいは それらを外部から調達して組み合わせることで EV 用のパワートレインを完成させたと しても、それを商品価値のあるEVモデルとして市場展開するのは難しい。このことは、
EVが従来車とは異なり、いくつかのモジュールを組み合わせることで開発が可能で、小 規模企業であっても市場において一定の実績を確保できるという考え方を支持していな い。EVにおいても市場で競争力をもつためにはインテグラル型アーキテクチャとしての 設計が必要であることをこのことは裏付けている。
92 ダイヤモンドオンライン(http://diamond.jp/articles/-/8232)、2013年12月閲覧。