第 6 章 :総括
4. 付記とまとめ
理論値の補正:楕円積分と重心位置
結びの前にお断りすべきことがある.それは振り 子の等時性が「微小振動」を想定している点である.
ヒトが乗るブランコはとても微小振動とはいえない.
その際,理論値を楕円積分によって補正する必要が ある.さらに乗り手の重心位置は座面より少し高い ところにあるはずで,支点と質点との距離は実際の 鎖の長さより短い.楕円積分と重心位置の補正をま とめると以下の通りになる;
ω=
√g
L:補正なし (6) ω=
√g L· π
2K(sinα
2)−1:楕円積分 (7)
ω=
√ g L−d·π
2K(sinα
2)−1:楕円積分+重心補正 (8) ここでωは角速度,αは振幅,dは座面から重心 までの距離である.これらの補正を行うと,角速度 の理論値は実測値へと近付く.つまり図3の○印は 左に移動する.したがって,ブランコ乗りの動きに 対する力学則の支配はより強くなりうる.
結語
ブランコ乗りの周期運動は,振り子の等時性へと 高い精度で収束した.多重振り子ともなりうる乗り 手が,単純な力学則に従うことはとても不自由で,
あたかもブランコに「乗らされている」ようである.
しかし乗り手は振幅をうならせず,一定に保つため に個々が多様な身体協応をしている.ブランコと重 力という力学環境において,振幅を安定させるため に身体の自由度を制限させる意思にこそ,ブランコ 乗りの自由があるのかもしれない.
参考文献
Burns, J. A. 1970. More on pumping a swing,American Journal of Physics, 38, 920–922.
Case, W. B. & Swanson, M. A. 1990. The pumping of a swing from the seated position,American Journal of Physics, 58, 463–467.
Post, A. A., de Groot, G., Daffertshofer, A. & Beek, P.
J. 2007. Pumping a playground swing,Motor Con-trol, 11, 136–150.
吉田茂先生からのコメントとリプライ
子供も大人も面白がるブランコの研究は、テーマ としてとても興味深く、また嬉しく聞きました.のっ けから「(重心位置の)長さを変えているのでは?」
と無粋なコメントを発してしまい、失礼しました.
以下、いくつか質問やら感想やら、です.
1)表題の「ブランコ乗り」は漕いでもらってい る状態も含む感じがあるので、「ブランコ漕ぎ」と積 極的制御の味を出したらいかがでしょうか.
¶ ³
まさに仰るとおりです.等時性に従う,という ことは「ブランコに乗せられている」要素が大 きいと考えていたので,「ブランコ乗り」を使い ました.けれども,漕げるようになって誇らし げな子どもの表情を見ると,先生の仰る「積極 的制御」の大きさを実感します.これ以降は「ブ ランコ漕ぎ」を使わせていただきます.
µ ´
2)ブランコは「閉鎖技能」とありましたが、ブ ランコの揺れ具合に合わせて漕ぐ必要があるので、
むしろ開放技能に位置づけたほうがいいと思います.
今回の実験では、揺れの感知能力と協応制御の差が、
個人差として表れたものと考えられます.実感的物 理学の観点からは簡明なサンプルにあたり、指導の 勘所がはっきり分かるはずです.
¶ ³
ここは正直,迷っています.ブランコの揺れ具 合は時々刻々と変化するので,確かに一見,不 確定にみえます.けれども,ブランコの振幅に エネルギーを付加しているのは「漕ぎ手自身」
で,ブランコ漕ぎの系には漕ぎ手と重力以外に エネルギーを注入する要素,つまり不確定要素 がありません.それで閉鎖技能と考えました.
たとえば急に背中から押されるとか,鎖の摩擦 に外乱を加えるなど,外部から系にエネルギー が注入されれば,迷わず「開放技能」と位置づ けるのですが,いかがでしょうか.ただ,漕ぎ 手の働きかけと振幅の変動とには,「遅れ要素」
もあると思いますので,そこを不確定要素とし てみなせば,開放技能になりますね.
µ ´
3)「コドモにとっては、矛盾をはらんだ動作」と ありますが、「矛盾」点の補足説明をして下さい.
¶ ³
説明が足らず,申し訳ありませんでした.子ど もはブランコに乗ると,どうしても前方向に行 きたがります.ブランコを振ることと,前に進 むこととが等価であると思っているようです.
その結果,上体を繰り返し前傾させます.しか し,ブランコを大きく振るためのトルクを発生 させるには,上体を後ろに反らす必要がありま す.「前に行きたいのに,後ろに倒れなければい けない」という意味で,子どもにとっては矛盾 をはらんだ動作だと考えました.
この点,保育士さんたちの指導は見事で,ブラ ンコの前方に立ち,手を高く上げて,「この手を キックしてごらん」と言います.そうすると子 どもはつま先を高く上げるために膝関節を伸展 させる分,上体を後ろに倒して勝手にバランス をとります.古典的な指導法ですが,とても理 に適っていると思います.
µ ´
4)小さな図を見ただけですが、漕ぎ出しはCase(1990) さん、安定漕ぎはBurns(1970)さんで説明できそう です.つまり、重心前後移動による漕ぎ出しと、重 心上下移動による振子長変更での漕ぎが、制御の決 め手だと思います.鎖を棒にしたら漕ぎ出しにくい のは、重心前後移動がしにくいからでしょう.
¶ ³
仰るとおりだと思います.ただCaseさんは漕 ぎ手の身体を,ブランコに固定されたダンベル としてモデル化しています.つまりアタマから つま先まで一直線の身体を想定しています(自 由度1).またBurnsさんは身体を重心のみの 1点としています(自由度0).私たちのシミュ レーションは,股関節と膝関節とに自由度を持 たせており(自由度2),重心前後移動は比較 的柔軟です.そして,鎖は棒として扱っていま す.それでも振幅はある程度,「もっともらしい」
振る舞いを見せます.
µ ´
5)シミュレーションのうなり現象のことは、モ デル式が複雑なのか、まだよく理解できず、私のほ うがうなってしまいました.
ブランコ乗りはどこまで自由か?(平田・北原) 93
¶ ³
実は私もうなっています.よくわかっていませ ん.そして,シミュレーションを走らせて下さっ た共同研究者の北原先生(物理がご専門)は,ヒ トが漕ぐブランコがうならないことにうなって います.シミュレーションでは,上体を動かす 周期が鎖の長さが決める最適周波数から外れる と,ブランコの振幅が周期的に大きくなったり,
小さくなったりしますが,人間にはそれがあり ません.人間は何か小さな補正をして,安定周 期に生き残っている可能性が示唆されます.と,
いうことだけ分かっています.
µ ´
6)周波数の2倍成分の件は、原波形からは2倍 もありそうに見えます.上体と膝の波形の上側にさ ざ波がみられるので、ブランコ下降前進時の姿勢の 揺り戻しと関係があるようです.平田さんがアキレ ス腱を切ってギブス(ギプス)をしていたと聞いて いたので、有限フーリエ変換時のギブス現象を連想 し、高調波を伴う計算ノイズではと思ってしまいま
した.¶ ³
もし姿勢の揺り戻しであれば,上体が後ろに反 るときに,ブランコの振幅に対して,上体を反 らすタイミングや大きさを細かく制御している ことになりますね.ただ,この2倍成分がノイ ズであれば,話の筋が単純になるので有り難い,
と個人的には思っています.特に膝の波形は矩 形波に近く,ギブス現象である可能性はありま す.きちんとしたフィルタを選定し,2倍成分 の実体を確認したいと思います.ギブス生活に はもう二度と戻りたくありませんが,ギブス現 象は歓迎します.
µ ´
7)相図については、制御の因果関係としては直 接的ではないようで、関節部の角度変化は重心移動 を引き出すためであると思います.モデル式から一 点重心位置の推定が可能なので、制御要因としての 重心位置の変動図を見てみたいところです.
¶ ³
相図は制御の構造を可視化する目的で描きまし た.確かに因果関係を追うには十分な情報では ありません.ブランコ漕ぎは周期運動ですので,
因果関係が「グルっと一周した」制御になって いると思います.重心位置の変動図は現在,計 算中です.これが出たら,またご指導下さい.
µ ´
8)「乗れないブランコ」ができないかというコ メントは、表現が悪かったと思います.原理の確認 として、「漕げないブランコ」はできないか、と質問
したかったのです.漕ぎ出し局面を無視すれば、原 理的には重心位置を一定にするのが1次キャンセル 法であり、鎖(紐)の振れ角に合わせて鎖(紐)を伸ば し、シートを水平移動させてしまうのはどうでしょ うか.漕げない悔しさと、研究の面白さとが、往っ たり来たりですね.
¶ ³
この発想は私にはありませんでした.確かに,
原理を確認するためには,このようなブランコ の開発が必要ですね.このブランコを漕ぐのは 面白そうです.「漕げないブランコ」で考えると,
単純に鎖が長くなればそれだけ漕ぎにくくなり ます.実際,シミュレーションをしても,鎖が 短いと最適周波数からのずれが多少あっても,
振幅は大きくなります.鎖が長くなると振幅が 大きくなる周波数の帯域が,ごく狭くなります.
それは今回作った2.01mと1.81mの鎖長の間 でも確認されました.これで鎖の長さが20mに なったら「漕げないブランコ」にはなるかもし れません.
µ ´
今後、たち漕ぎ、空中ブランコ、鉄棒での身体振 りなど、研究の発展を期待しています.
¶ ³
言葉の使い方(漕ぎ,開放技能)から,計算ノ イズ,重心計算,「漕げないブランコ」まで,こ の研究に太い筋を通す建設的なご意見を有難う ございました.また研究が進んだらご報告致し ますので,引き続きご指導下さい.
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藤井慶輔さんからのコメントとリプライ
私は平田先生の発表を聞いていて,ブランコとい う題材もさることながら,「ブランコ乗りは『どこま で自由』か?」というブランコ−ブランコ乗りとい う系における運動の見方に非常に興味を抱きました.
先生にお送り頂いたPostら(2007)の先行研究に おいても,運動学的変数の主成分分析によると全体 の系の運動をブランコの振り子運動が95%以上も 説明しているとのことでした.先生の発表を聞いて いても感じたのですが,やはりブランコ乗りはほと んど力学則に従うような「不自由」な運動であると いうことですね.
「自由」「不自由」という観点からブランコ−ブラ ンコ乗りの系の運動を考えますと,やはり系の運動 が安定した後の「安定期」と運動開始から安定期に 達するまでの「過渡期」の2つの期間に分解したほ うがすっきりするような気がします.なぜなら,2 つの期間では,系を外から見たときの運動も,ブラ ンコ乗りから見たブランコの制御ストラテジもまっ