女子挺身勤労令公布(女子,1944.8)
戦時教育令公布(一般教育,1945.5)
55 15年戦争期の植民地朝鮮での教育制度は,33年に朝鮮総督府の農村振興運動 を起こすことにより,朝鮮の農村を大陸侵略戦争の強固な足場として始まった。
その施政目標としては,第一期に民衆に生活安定をはかり,第二期に地方自治 の改善と教育施設を整備し,第三期に義務教育と義務兵役の制度を実施すると ともに参政権問題も解決することである。この計画にそって,33年に地方振興 農村更生運動が始まり,その一環として34年には農村簡易学校が制度化された。
日中戦争がはじまった37年から,朝鮮における「皇民化」政策が強まった。
7月私立学校の統制を強化するため,私立学校規則を制定公布し,10月には「皇 国臣民ノ誓詞」を制定して学校および一般市民にまで暗唱させた。38年4月,
徴兵制を前提とした陸軍特別志願兵令が実施された。これは,直接的な戦力補 充という目的だけではなく,「皇民化」政策の一環としての意味も大きかった。
38年3月に朝鮮教育令が改正公布され普通学校が小学校にかわり,朝鮮語が随 意科目に切り替わって,「日本語」=「国語」化が徹底された。39年には国民 徴用令が実施され,朝鮮国内では45年10月までに45万人が戦争に動員された。
創氏改名実施により,名だけでなく「氏」まで「日本式」に変えさせられた。
この狙いは,「内鮮一体の完成」のためとしているが,実は朝鮮人を「皇民化」
し,戦場に駆り出すための徴兵制施行と深い関連をもっていたのである。実際,
6カ月間で約8割もの創氏改名の届け出を強制した。41年3月には国民学校規 程によって小学校が国民学校に変更され,朝鮮語学習が最終的に廃止された。
一般家庭に対しては「国語常用の家」を作り,日本語を強制する一方,朝鮮 語使用有無を報道連盟によって監視するなど「皇民化」政策を暴力的に行った。
また,44年10月には機i関誌『ハングル』発刊などの朝鮮語研究に携わっていた 朝鮮語学会員33人が検挙される朝鮮語学会事件が起きた。
第二次世界大戦が激しくなるにつれ,日本陸軍省はこれまで徴兵猶予されて いた朝鮮人学生を戦争におくるための学徒兵制を実施した。また,女子挺身隊 勤務令公布によって,挺身隊の徴発は合法的な政策として遂行された。満12〜
40歳未満の配偶者のない20万人の女性が徴用された。そのうち,5〜7万人が 慰安婦とされ,彼女らのほとんどは戦争が終わった後も祖国にもどることがで
きなかった。
56
3−3 樺太・南洋群島
西暦 1930 1931
1933 1934 1939 1940 1941 1942 1943
1945
樺太
3.28敷香少数民族教育所設置 10.一樺太庁社会教育官設置
12.10多蘭泊アイヌ人教育所廃校,公立 学校となる
4.1白濱アイヌ人教育所ほか3校が廃 校,公立学校となる(敷香教育所存置)
4.28樺太庁拓殖学校官制公布〔勅〕
3.25樺太庁師範学校官制公布〔勅〕
3.31樺太公立青年学校官制公布〔勅〕
7,一特高警察監視下に協和会設置 3.1樺太国民学校令公布〔勅〕
4.11樺太青年学校令公布〔勅〕
3.27樺太庁官制改正公布〔勅〕 (内地 編入,拓務省から内務省へ移管)
11.3大政翼賛会樺太支部発足 6.13国民義勇隊樺太隊編成
関連事項
北海道旧土人保護法改正,アイヌ小学校 の廃止(アイヌ,1937.3)
青年学校令公布(一般教育,1935,4)ほか 中央協和会設立(在日朝鮮人,1939.6)
国民学校令公布(一般教育,1941.3)ほか 大東亜省官制公布(一般行政1,1942.11)
大政翼賛会発足(一般行政2,1940.10)
西暦 1932
005 り000 0ヲ0ヲ
1936
1937
340ヲーユ 0ヲ0コ
1942 1943
南洋群島
3.25島民教育用国語読本第3次編纂発 行
3.27南洋庁実業学校官制公布〔勅〕
1.10国際連盟,日本の南洋委任統治継 続を承認
5.13愛国婦人会南洋家政女学校設置
(庁認可) 12.17南洋庁官制改正公布
〔勅〕(初の視学設置)
2.23拓殖練習生制度発足(庁告示)
3.一国語読本第4次編纂発行
4.1コロール町青年学校設置(庁認可)
11.27南洋群島青年学校規則公布〔庁〕
3.29南洋庁国民学校官制公布〔勅〕
4.2南洋庁公学校官制公布〔勅〕
11.1南洋庁官制改正公布〔勅〕 (拓務 省から大東亜省へ移管)
5.20南洋庁諸学校官制公布〔勅〕
11.12南洋群島連合青年団代表,大東亜 青少年指導会議参加
関連事項
日本,国際連盟脱退(一般行政1,1933.3)
青年学校令公布(一般教育,1935.4)ほか 国民学校令公布(一般教育,1941.3)ほか 県立沖縄拓南訓練所開設(沖縄,1941.3)
大東亜省官制公布(一般行政1,1942.11)
大東亜青少年会議開催(一般教育・台湾・
中国占領地・「満洲国」・東南アジア,1943.
11)
57
〔樺太〕 15年戦争期に樺太教育行政を主管したのは樺太庁の内務部学務課で あり,官制は勅令と樺太庁令によった。樺太教育は,皇国民の練成と北方開拓 の推進を目的とし,その中心は現地に進出した日本人子弟の教育だった。初等 中等段階の教育と師範教育(内地師範学校の二部程度)が内地同様に実施され た。これに対し,現地少数民族の教育(初等段階)は教育所(6校)で実施された。
この内アイヌ人教育所は,主として1933年1月の樺太施行法律特例改正により アイヌ人が「内地人」同様に扱われることとなり,同年までに5校が廃止され 公立学校となった。アイヌ人以外の少数民族対象の敷香教育所は存置された。
他の15年戦争期の動きとして,①学務課に社会教育官が設置されたこと(19 30年10月),②樺太農業開拓の人材育成を目指した拓殖学校設置,③内地に即 応した国民学校設置,などがあった。樺太に強制連行された朝鮮人(敗戦当時 約4万人在留)に対する教育はほとんど明らかになっていない。1945年8月,
日本敗戦に先立つソ連軍の空爆・侵攻により日本支配下の樺太教育は崩壊した。
〔南洋群島〕 15年戦争期に南洋群島(大小623の島で構成)の教育行政を主 管したのは南洋庁の内務部地方課であり,内地府県・樺太と異なり学務課の設 置をみなかった。官制は勅令と南洋庁令によった。南洋群島の教育は,皇国民 の練成と南洋開拓の推進を目的として,先住民族(チャモロ,カナカ両族)対 象の「島民教育」と日本人子弟を対象とした教育とに大別されて実施された。
先住民族教育の中心施設は公学校(初等科3年補習科2年の初等教育機関)
であり,公学校用国語読本(日本語教科書)が編纂され使用された。中等段階 以上の学校は設置されなかった。社会教育として,農工業等各種講習会の開催
・男女青年団の組織・内地観光団の組織(島内有識者を派遣)なども行われた。
日本人教育の中心施設は内地に準拠した小学校だった。初の中等教育機関と して,1933年にサイパン実業学校が設置された。1942年当時の在留邦人の約8 割(約57000人)が沖縄県出身者だった。
同時期の特徴として,①内地の青年学校令が実施されず,町立青年学校や南 洋興発株式会社製糖所付属教育補習所等の開設をみたこと,②ドイツ統治以来 の宗教学校の存続,などが指摘できる。1945年,米軍侵攻により南洋群島は先 住民族をも巻き込んで玉砕の諸島と化し,日本による植民地教育も崩壊した。
58
3−4 関東州・満鉄付属地
西暦 1934 1935 1936
0000ワ48 Ωコ0ヲ
1939 1940 1941 1943 1944
関東州
2.26関東庁官制改正,教育行政担当が 関東庁から駐満大使館関東局に移管〔勅〕
4.24関東州及南満洲鉄道付属地に於け る青年学校に関する件公布〔勅〕
5.29関東師範学校官制公布〔勅〕,(以 後日本人教員養成を行う)
4.20大連高等商業学校設立〔勅〕
2.26関東局,教科書編纂部を大使館教 務部と共同経営
7.14旅順医学校開設〔勅〕
3.30旅順高等学校官制公布〔勅〕
3.31関東小学校官制を関東国民学校官 制に改正〔勅〕
3.27在関東州及満洲国帝国臣民教育令 公布〔勅〕
4.20公学堂(中国人初等教育機関)を 公学校に改称〔勅〕
関連事項
青年学校令公布(一般教育,1935.4)と これに伴う動き(夜学・満鉄・在外日本 人・被差別部落,1935 樺太・台湾・南 洋群島,1939)
大使館教務部,教科書編纂部を関東局と 共同経営(満鉄付属地,1938.2)
国民学校令公布(一般教育,1941.3)と これに伴う動き(夜学・樺太・台湾・南 洋群島・朝鮮・関東州・満鉄・在外日本 人・障害児者・被差別部落民,1941)
西暦 1934 1935 1937
1938 1940
1941
1943
満鉄付属地
2.26関東庁官制改正,教育行政担当が 関東庁から駐満大使館関東局に移管〔勅〕
4.24関東州及南満洲鉄道付属地に於け る青年学校に関する件公布〔勅〕
11.30関東局官制改正,日本人教育行政 担当が関東局から駐満大使館教務部に移 管〔勅〕,中国人・朝鮮人教育行政担当が
「満洲国」に移管
2.26大使館教務部,教科書編纂部を関 東局と共同経営
4.15関東局に在満教務部設置,教育行 政担当が駐満大使から在満教務部に移管
〔勅〕
3.31在満師範学校官制公布〔勅〕 (以 後,在満国民学校日本人教員の養成を行
う)
4.1在満国民学校規則公布〔在満教務
部令〕
3.27在関東州及満洲国帝国臣民教育令 公布〔勅〕
関連事項
青年学校令公布(一般教育,1935.4)と これに伴う動き(夜学・関東州・在外日 本人・被差別部落,1935樺太・台湾・
南洋群島,1939)
関東局,教科書編纂部を大使館教務部と 共同経営(関東州,1938.2)
国民学校令公布(一般教育,1941.3)と これに伴う動き(夜学・樺太・台湾・南 洋群島・朝鮮・関東州・在外日本人・障 害児者・被差別部落民,1941)