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人間の安全保障と「保護する責任」

 人間の安全保障とは、「人間一人ひとりに着目し、生存・生活・尊厳に対する広範かつ深刻な 脅威から人々を守り、それぞれの持つ豊かな可能性を実現するために、保護と能力強化を通じ て持続可能な個人の自立と社会づくりを促す考え方」とされる。(1)この概念が誕生した背景に は、冷戦後の世界において、環境問題や感染症、貧困など、従来の国家安全保障の枠組みでは 対処できない脅威が、国境を越えて人々の生活や生命に深刻な影響を与えるようになったこと がある。

 人間の安全保障が概念として初めて国際社会に登場したのは、国連開発計画(UNDP)が 1994 年に公表した『人間開発報告書』[資料 53 ]においてである。その後、同概念を積極的に推進 したのは、カナダと日本であった。カナダ政府は、人間の安全保障を構成する「欠乏からの自 由」(freedom  from  want)と「恐怖からの自由」(freedom  from  fear)のうち、特に武力紛争 下の文民の保護に焦点をあてた後者の側面を発展させる形で、「介入と国家主権に関する国際委 員会(ICISS)」を設立し、「保護する責任(R2P)」の名のもとで人道的な軍事介入の規範化を 追求した。日本も同様に、人間の安全保障には早い時期から注目していたが、貧困や開発、教 育などの非軍事的な問題に焦点をあてた「欠乏からの自由」を特に重視していた。

 2001 年には日本政府の主導で「人間の安全保障委員会」が設置され、2003 年に最終報告書

『今こそ人間の安全保障を』[資料 57]が公表された。その後、日本政府の強いイニシアティブ もあって、2005 年には国連総会首脳会合(世界サミット)の成果文書[資料 59 ]で人間の安 全保障が合意され、加盟国間で概念の定義づけを行っていくことが確認された。2006 年からは、

日本の提案により設立された「人間の安全保障フレンズ」を通じて、2005 年世界サミット成果 文書のフォローアップや関心国の拡大に向けた取り組みが行われた。2008 年 5 月には、国連総 会において初めて人間の安全保障に関する非公式討論が開催された[資料 60 ]。

 2010 年 3 月、人間の安全保障に関する国連事務総長報告書[資料 61 ]が初めて公表された。

その後、フォローアップの報告書が二度公表されている。2010 年と 2012 年には、人間の安全 保障に関する総会決議[資料 64 ]が採択され、特に 2012 年の決議採択によって、人間の安全 保障の定義や対象範囲、共通理解が明確になった。一連の事務総長報告書や総会決議を通じて、

人間の安全保障は R2P と異なる概念であるという理解が明確になり、また人間の安全保障は武 力行使や強制力を伴う手段はとらないということもはっきりとしてきた。R2P と人間の安全保 障は出自こそ同じであるものの、現在の国連においては、異なる概念であるという理解が定着

(1)  外務省、「人間の安全保障 ― 分野をめぐる国際潮流」、http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/bunya/

security/index.html(最終閲覧日:2017 年 1 月 25 日)

104 第 2 章 人間の安全保障と「保護する責任」

しているといえる。

第一の国連 第二の国連 第三の国連

時期①

小渕首相政策演説 カナダ外務・国際貿易省

『恐怖からの自由』

国連開発計画『人間開発 報告書 1994 』 アナン事務総長報告書

時期②

世界サミット成果文書 総会非公式テーマ別会合

における討論

人間の安全保障委員会報告書 欧州の安全保障に関する

研究グループ報告書 時期③ 総会公式討論

総会決議 潘基文事務総長報告書

第 1 節 2001 年以前

 人間の安全保障は、国連開発計画(UNDP)が 1994 年に公表した『人間開発報告書』[資料 53 ]の中で初めて概念として取り上げられた。その後、同概念を積極的に推進したのは、カナ ダと日本であった。カナダ政府は、人間の安全保障を構成する「欠乏からの自由」と「恐怖か らの自由」のうち、特に武力紛争下の文民の保護に焦点をあてた後者に特に強い関心をもち[資 料 55]、理念に賛同する諸国と人間の安全保障ネットワークを構築して、文民保護や紛争予防、

平和活動などの分野で国際的な合意形成を目指した。日本も同様に、人間の安全保障には早い 時期から注目していたが、貧困や開発、教育といった非軍事的な問題に焦点をあてた「欠乏か らの自由」を特に重視した[資料 54 ]。

 人間の安全保障の推進に向けた各国政府の取り組みは、国連の活動にも次第に反映されてい った。例えば、日本政府が 1999 年 3 月に国連に設置した「人間の安全保障基金」は、貧困や難 民問題などに取り組む国連機関などへの資金の拠出を通じて、人間の安全保障の理念の実現を 目指すものである。また、当時のアナン(Kofi   Annan)国連事務総長は 2000 年 3 月、いわゆ る『ミレニアム報告書』[資料 56 ]を公表したが、同報告書を構成するセクションに「欠乏か らの自由」と「恐怖からの自由」が含まれた。「恐怖からの自由」のセクションでは、ルワンダ やスレブレニツァでの悲惨な状況に言及し、最終手段として軍事介入を否定しない事務総長の 姿勢を明確にした。

【資料 53 】国連開発計画『人間開発報告書 1994 』(1994 年 3 月 16 日)(2)

第 2 章 「人間の安全保障」という新しい考え方

[…]安全保障という概念はかなり長い間、狭義に捉えられてきた。[…]安全保障の概念は、人間 よりも国家とのつながりが強かった。

[…]大半の人びとが不安を感じるのは世の中の激変よりも、日常生活における心配事である。自分と 家族の食べものは十分にあるだろうか。職を失うことはないだろうか。街頭や近所で犯罪は起こらな いだろうか。圧政的な政府に拷問されないだろうか。宗教や民族背景のために迫害されないだろうか。

[…]「人間の安全保障」という考え方は単純ではあるが、21 世紀の社会に大変革をもたらすカギと なるのではないか。「人間の安全保障」の基本概念を考察するに当たって四つの特徴に注目したい。

 

「人間の安全保障」は世界共通の問題である。富裕国とか貧困国に関係なく、あらゆる国の人びと に関係がある。失業、麻薬、犯罪、汚染、人権侵害などすべての人に共通した脅威は多い。どれが 最も深刻かは地域や国によって異なるが、いずれも切実な問題であり、しかも深刻化しつつある。

 

「人間の安全保障」を構成する要素は、相互依存の関係にある。世界のどこかでだれかが危機にさ らされれば、すべての国がその危機に巻き込まれる可能性がある。飢餓、病気、汚染、麻薬取引、

テロ、民族紛争、社会の崩壊などはいずれも単独の問題ではなく、国境で食い止めることができ ない問題である。

 

「人間の安全保障」を強化するには、後手の介入よりも早期予防のほうがやさしい。下流よりも上 流で脅威に対峙するほうが安くあがる。たとえば、1980 年代に HIV/エイズ(ヒト免疫欠如症ウ イルス/後天性免疫不全症候群)に対する直接、間接の対策費は約 2,400 億ドルだった。公衆衛 生と家族計画教育に約 10 億ドルかけていれば、この死に至る病の蔓延は防げたはずである。

 

「人間の安全保障」は人間中心でなければならない。人びとがどう生き、どのような社会生活を営 み、どれだけ多くの選択肢を持ち、どれだけ自由にそれを行使しているか、市場や社会へ参加す るさまざまな機会がどれくらいあるか、などにかかわってくる。紛争のさ中に暮らすのか、平和 な世界に暮らすのかも重要な問題である。

[…]安全保障を定義する際に重要なことは、「人間の安全保障」と「人間開発」とを混同しないこ とである。人間開発はより広義の概念で、以前の『人間開発報告書』では「人びとの選択の幅を拡 大する過程」と定義している。「人間の安全保障」とはこれらの選択権を妨害されずに自由に行使で き、しかも今日ある選択の機会は将来も失われないという自信を持たせることである。

[…]「人間の安全保障」には二つの主要な構成要素がある。恐怖からの自由と、欠乏からの自由で ある。国連の発足当初からこの点は正しく認識されていた。しかしその後前者を指して安全保障と いうことが多くなり、後者を指すことが少なくなった。

[…]安全保障に関する考え方を、二つの基本的な方法で、直ちに切り替えなくてはならない。

 領土偏重の安全保障から、人間を重視した安全保障へ。

 軍備による安全保障から「持続可能な人間開発」による安全保障へ。

 人間の安全に対する脅威は数多くあるがおおむね次に挙げる 7 種類に分類される。

  経済の安全保障   食糧の安全保障   健康の安全保障

(2)  http://www.undp.or.jp/newsletter/index.php?id=128(国連開発計画  駐日事務所ウェブサイト)

106 第 2 章 人間の安全保障と「保護する責任」

  環境の安全保障   個人の安全保障   地域社会の安全保障   政治の安全保障

[…]21 世紀の「人間の安全保障」を脅かすのは、数カ国の間で闘われる侵攻よりは、むしろ何百 万もの人間の行動のなかから生まれるものと思われる。いろいろな形をとる脅威のいくつかを、以 下に挙げる。

 爆発的な人口増加  経済的機会の不公平  国際間の過度な人口移動  環境の悪化

 麻薬生産と取引  国際テロ

 これら六つの脅威(これ以外に発生する可能性もある)が発生したときに、それに対処するため の新しい対策について、すべての国が協力して検討することが、それぞれに国にとって利益となる はずである。[…]  (国連開発計画『人間開発報告書  1994 』日本語版より引用)

【解説】

 「人間の安全保障」という概念が初めて国際社会に登場するのは、UNDP による本資料にお いてであった。『人間開発報告書』は、1990 年、経済成長による貧困削減を目指す従来の開発 援助政策の再考を促す取り組みとして創刊された。1980 年代、経済危機への対応として世界銀 行/IMF によって推し進められた構造調整政策が、途上国の社会保障を後退させ、貧困層に破 壊的な影響を与える中、UNDP は開発への別のアプローチを模索していた。そこで提唱された のが「人間開発」という概念であった。同概念は、ノーベル経済学者で、のちに人間の安全保 障委員会[資料 57]の共同議長を務めるアマルティア・セン(Amartya  Sen)のケイパビリテ ィ(潜在能力)の考え方に影響を受けた、パキスタン出身の経済学者マブーブル・ハク(Mahbub  ul  Haq)によって『人間開発報告書』の創刊号で打ち出された。同報告書は、人間開発が、人 間の選択の幅を広げる側面(機会の自由)と参加のプロセスの側面(過程の自由)に関わるこ とを強調し、一人ひとりが個人あるいは集団としての目標を追求できるように能力強化するこ とを目的に、開発に社会正義の視野を入れることを提案した。人間の安全保障は、この人間開 発論を発展させる過程で提起された。

『人間開発報告書 1994 』で人間の安全保障が取り上げられた背景には、1989 年の冷戦の終結 とともに、軍事費が削減され開発分野に向けられる「平和への配当」への期待が高まったこと に加え、安全保障環境の変化があった。それまで軽視されてきた人びとの生活への脅威が焦点 化され、安全保障概念が、国家の安全だけではなく、雇用、環境、食糧など普通の人びとの安 全に関するものとして再定義されたのである。本報告書は、失業や麻薬、犯罪、飢餓、政治的 弾圧、環境災害、戦争など、人びとの生存や生活、尊厳を脅かす問題が世界共通であり、また

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