3. 1節 事例分析のフレームワーク
ここでは事例分析の進め方を提示する。図 15 は、第3章以降の進め方と各章の目的を 図示したものである。
第3章ではまず、3.2 節でシステム・ダイナミクスにおけるシミュレーションモデルの構築手 順を検討するとともに、モデル構築にあたり理解が必要なストック・フロー図やフィードバッ ク・ループ構造について提示する。
モデルの構築は、2つのステップで行うこととする。まず、銀行の最大の収益源である貸 出に関する変数の抽出や、リファレンス・モードを使用して時系列データの変化のタイミン グや関係性の検討、およびフィードバック・ループ構造を観察し、モデルの支配的な構造 を見極め、貸出可能額に対してどの程度の割合の貸出を行っているか、言い換えれば、
貸出に対する経営の意思を推定する。ここまでの検討を予備調査モデルとする。
次に、予備調査モデルを元に、資産運用に関する貸出以外の変数、具体的には、有価 証券投資や預金の引き出しに備えるための現金に関する変数を抽出し、予備調査モデル と同様に時系列データをモデルに投入し、変化のタイミングや関係性を検討するとともに、
フィードバック・ループ構造を観察し、モデルの支配的な構造を見極める。貸出金、有価証 券投資、現金の配分方法を検討し、銀行の資産運用活動全般に関する経営の意思決定 行動をモデル化(以降、意思決定モデルとする)する。意思決定モデルのシミュレーション を行い、結果の妥当性を評価するとともに、どの構造が支配的な役割をしているかの考察 を行う。言い換えれば、資産運用に関する経営の意思決定行動を規定する要素を見極め る。なお、予備調査モデルおよび意思決定モデルで使用したデータは都銀と地銀(第二 地銀を除く)の合計値を使用した。つまりこの意思決定モデルは、一部分析から除外した 銀行はあるが、日本の普通銀行の平均的な経営行動を表すモデルである。
図 15:事例分析と調査結果の考察の進め方
第4章では、第3章で構築した意思決定モデルを元に、銀行ごとにシミュレーションを行 い、各銀行の経営の意思決定行動の相違を分析するとともに、違いが発生する理由をモ デル内の各要素を検討することで明らかにする。
第5章では、意思決定モデルにより算出された経営の意思決定行動と実データを比較す ることで、シミュレーションで算出された経営の意思決定行動の確からしさを検討すると共 に、実データからの考察を行う。
3. 2節 シミュレーションモデルの構築手順
3. 2. 1項 シミュレーションとは何か
ここでは本研究で使用する「シミュレーション」について説明する。
島田(1994:3-4)によれば、シミュレーションとはそのシステム内の変化を説明するモデ ルを作成し、何らかの方法で動かしシステムの特徴を明らかにしようとする方法のことで、
な手法であると言う。動的は、システムが時間とともに変わるということで、連続型とは、動 的なモデルでは、状態を表す変数の値は、時間が進むにつれて変わるが、変数の値が 連続的に変化する場合を連続型という。
一定時間ごとにシミュレーションの時間を進める方式を定間隔時間制御方式といい、状 態変化ごとにシミュレーションの時間を進める方式を事象間隔時間制御方式というが、前 者が連続型である。連続型のシミュレーションであるから、モデル構築に当たってはシミュ レーションを実行する間隔(時間)を決める必要がある。本研究では、得られたデータが月 次であるから、月次での実行とする。観測期間は、得られたデータが1997年から2017年ま での21年間であるので、シミュレーションの実行回数は252回となる。本研究は連続型シミ ュレーションでシミュレーション間隔を月次としているので、前月の計算結果が今月の計算 結果に反映することとなる。このことは実生活でもよく見かけることである。人は往々にして 何かのフィードバックを目にして行動を変える。企業であれば、目標と実績にギャップがあ る場合、経営行動を変更する。注意したい点、実績は過去のものであるということである。
つまり人の意思決定には通常、情報の遅れが発生する。システム・ダイナミクスでは、この 遅れの概念を取り込んだシミュレーションを実行することができる。本研究においては経営 の意思決定にかかる情報の遅れを3ヶ月と仮定している。
3. 2. 2項 システム・ダイナミクスのモデル構築手順
本研究では、銀行業の収益に関する構造と経営の意思決定をモデル化し、シミュレーシ ョンを行うことで、各要素間の関係性や振る舞いを観察し、挙動を理解することで経営の意 思決定を推論する。そのためのツールとしてシステム・ダイナミクスを使用する。システム・
ダイナミクスは先行研究でレビューした通り、1950年代後半にMITのForresterにより開発 されたシミュレーション手法の一つである。Forrester (1961)によれば、モデル構築の手順 は、以下の通りである。
1. 問題設定:どのような問題ついて検討するか明確化する。
2. システム領域の設定:どのような広がりで検討するか明確化する。
3. 因果関係:どのような要素がどのように関連しているかを検討する。
4. 定式化:構造を計算式で表す。
5. シミュレーションモデルの構築:モデルを構築し、稼働を確認する。
6. 施策の代替案の検討:現状を改善するための様々な施策を検討する。
7. シミュレーション:モデルを動かし、結果を確認する。
8. シミュレーション結果の評価:それぞれの施策を評価する。
9. 意思決定:シミュレーション結果を元に施策を実行する。
田中と高橋(2017:122-123)は著書の中で、モデリングの手順・手法について
RichardsonとPughⅢ(1981)を元に以下のようにモデル構築手順を詳細に説明している。
1. 問題の特定と定義
「何を解決したいのか(分析モデルの目的は何か)。」「何の値を見て評価するのか。」
を明確にする。モデルの構造ではなく、モデルの対象としている問題を中心に考える。
問題の現象を示す変数について、どのような推移をしているのか時系列グラフ(リファ レンスモード)を描き、その推移の特徴や振る舞いの変化のタイミングを調べる。
2. 概念化
どのような要素が対象システムに含まれるか検討する。システムの振る舞いを生み出 すのに不可欠と考えられるループ構造(ダイナミック仮説)を見出すように構造を探求 する。ダイナミックモードを再現するに足ると思われる要素とループを見つける。状態 を表す変数(ストック)を特定する。
3. 定式化
構造を正確にストック・フロー図で表現する。ストック・フロー図からDYNAMO方程式 を生成する。DYNAMO方程式の生成は、多くのソフトウェアが自動化している。変数 間の関係がモデル化の対象となったリアルな現象に対応していることを確認する。変 数間の関係に非線形なものがあれば、無理に線形化せずに取り入れる。
4. 振舞の分析
モデルの挙動を観察し有用なモデルであるか検証する。モデルの挙動がどのような 構造から生まれるかを分析し、合理性があることを確認する。過度なパラメータ依存 がないことを確認する。
5. 評価
感度分析を行い、振る舞いの変化に影響のある要素や構造の洗い出しを行う。分析
の目的にこたえるものであることを確認する。
6. 施策分析
種々の介入や環境変化のシナリオについてシミュレーションを行い、その結果の妥当 性を検証する。その結果にもとづき、実際の問題解決への知見を得る。
7. 実装
シミュレーションから得られた知見を、実際の問題解決のための提案をまとめ、施策 を実行する。
本研究のモデル構築はこの構築手順に従って進めることとする。それぞれの手順を本研 究に当てはめると、以下の通りとなる。
まず1の問題の特定と定義であるが、モデルの目的は、すでに第1章第3節 研究の目的 で述べた。問題の現象を示す変数の推移や時系列グラフ(リファレンスモード)の作成と、
その推移の特徴や振る舞いの変化の調査は、それぞれのモデル構築の項で説明する。言 い換えるとこの作業は、シミュレーションモデルを構築する前にそれぞれの要素の関連図 を作成し、因果関係を検討する作業である。具体的には、銀行内部の資金の流れとそれ に伴う意思決定に関する変数間の関係をモデル化するとともに、景気動向などの外部変 数を明らかにする。
2の概念化についても詳細はそれぞれのモデル構築の項で説明するが、本研究で構築 したモデルは、ループ構造(ダイナミック仮説)を有するモデルとなっている。また、状態を 表す変数(ストック)についてもそれぞれのモデル構築の項で説明する。
3の定式化は、コンピュータシミュレーションを実行するためにシミュレーション用のソフト ウェアに変数と方程式を組み込む作業である。この詳細についても以降の各モデル構築 の項で詳細を述べる。具体的には、関連図を元に、シミュレーション用のソフトウェアを使 用してストック・フロー図を作成する作業と、ストック・フロー図に計算式を組み込む作業で ある。
4の振舞の分析と5の評価は、それぞれの計算結果を観察し、モデルの有用性の検証を 行う作業であり、以降のモデル検証の項で説明する。