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本章では、同一患者由来のヒト口腔扁平上皮癌細胞株 SQUU-A と SQUU-B には、

in vitro において浸潤能の相違があり、浸潤規定因子は SQUU-B が分泌するエクソソ ームに含まれていることを示した。すなわち、単一癌巣内のそれぞれの癌細胞が 各々の個性をもつエクソソームを分泌しており、それらを介した複雑な細胞間クロスト ークによって浸潤性が規定されている可能性を提示した。

以前の報告では、SQUU-A と SQUU-B との浸潤・転移性の違いには、サイトケラチ ンの発現パターンの違いが関与している可能性が示されていた(11)。本研究では、

SQUU-A は exoB 添加によって浸潤能が亢進したが、その際、SQUU-A における KRT13 の発現量が対照群に比べて減少する傾向が観察された。また、DNA micro array の結果においても、KRT13 の発現は 0.66 倍未満ではあるもののわずかに減少 傾向を示していた。これらの結果から、in vitro で行った今回の実験では、exoB 添加 による SQUU-A の浸潤能亢進にサイトケラチンの発現パターンの変動が直接関与し ていたかどうかは不明であるが、実際の微小環境(in vivo)下では、一部のサイトケラ チンの発現量制御が、エクソソームを介して二次的に引き起こされている可能性が考 えられた。

さらに、本章では、エクソソームに内包されている miRNA と、エクソソームを添加した 細胞の mRNA を網羅的かつ統合的に解析することで、口腔扁平上皮癌の浸潤能を 規定する miRNA とその標的 mRNA を探索した。その結果、SQUU-A の浸潤能亢進に 関与する miRNA として miR-200c-3p、さらに、その標的 mRNA としてCHD9 と WRN を 同定した。

なお、今回の網羅的解析のバリデーションには、miRNA mimic、miRNA inhibitor を 用いたが、これは標的 miRNA を過剰発現、あるいは強制的に抑制した場合にみられ る現象を捉えている。しかしながら、実際のエクソソーム添加実験によって生じた変化 はエクソソームに内包される複数の miRNA がそれぞれの標的 mRNA を各々の変動 幅で変化させる現象である。

このことを考慮すると、miR-200c-3p が必ずしも exoB が内包する SQUU-A 浸潤誘 導因子であったとは限らないが、今回エクソソーム内包 miRNA の解析をキッカケとし て、miR-200c-3p を口腔扁平上皮癌の浸潤能制御を担う候補分子として同定した。

がんの進展における miR-200c の存在意義については、現在までに数多くの報告 がなされているが、miR-200c の善玉としての役割を報告するものも多い。例えば、口

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腔癌のみならず、肝癌、大腸癌、胃癌などでは、miR-200c が ZEB1 や ZEB2 (zinc finger E-box binding homeobox 2) などの上皮間葉転換(EMT; Epithelial Mesenchymal Transition)の制御因子の発現抑制を行うことで、浸潤・転移を制御し、がんの進展を 抑制することが報告されている(20-24)。

一方、健常血清と比較して、がん患者血清中に含まれる miR-200c の発現が増加 していることや(25,26)、miR-200c がその標的遺伝子である TKS5 (SH3 and PX domains 2A ) と MYLK (myosin light chain kinase) の発現制御を介して、転移能を 亢進させていることも報告されている(27)。

なお、今回の miRNA-mRNA 統合解析の結果では、過去に miR-200c 下流のがん 進展制御因子として報告があった上述の遺伝子(ZEB1、ZEB2、TKS5、MYLK)の発現 に変動はなかった。

が ん の 病 態 解 析 に お い て 、 こ の よ う な 特 定 の miRNA の 相 反 す る 作 用 は 、 miR-200c-3p についてのみならず、他の miRNA についてもしばしば報告されている が、これは、多くの解析対象となる検体が、がん組織などのヘテロな細胞集団である ことに起因していると考えられる。

前述のように、本研究では口腔扁平上皮癌細胞の 2 つの異なるクローンを用いた 解析により、癌の微小環境下において、各々の癌細胞クローンがそれぞれの個性を もったエクソソームを分泌しており、それに内包される miRNA 量もクローンごとに異な ることを証明した。すなわち、ヘテロな細胞集団における miRNA の量的変動は、生存 するすべての細胞が産生する miRNA の足し算の結果であることを意味することから、

がんの病態や予後予測因子検索には適切なツールといえるものの、特定の miRNA の機能解析としては、本質的な作用がマスクされてしまう可能性が高い。

さらに、miR-200c-3p の標的遺伝子のうち、SQUU-A と SQUU-B の浸潤能制御に 関わる遺伝子として、CHD9 と WRN を同定した。

CHD9 は、RUNX2 (runt related transcription factor 2 )、BGN (biglycan)、BGLAP (bone gamma-carboxyglutamate protein )、MYH6 (myosin heavy chain 6 )などの遺伝 子における骨格組織特異的プロモーターと結合する ATP 依存性クロマチンリモデリン グ酵素である(28)。がんの病態における CHD9 の関わりはほとんど報告されていな いが、神経芽細胞腫において、CHD9 の不活化が骨転移を促進することが報告され ている(29)。

また、WRN は、RecQ4 ヘリカーゼの一つであり、ゲノム安定性の維持に寄与し(30)、

その発現減少は発がんの直接的な原因となることが報告されている(31)。さらに、

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WRN の機能欠失は、早期老化、ゲノム不安定、若年性癌の発症を特徴とするウェル ナー症候群発症の原因となることが知られている(32)。

これらの miR-200c-3p 標的遺伝子が直接的に SQUU-A や SQUU-B の浸潤能制 御に寄与している可能性については今後の詳細な解析が必要であるが、本研究結 果から、miR-200c-3p が口腔扁平上皮癌細胞の浸潤促進因子であること、また、

CHD9 と WRN は、浸潤抑制因子であることが示唆された。

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第二章

口腔扁平上皮癌細胞由来エクソソームが

転移指向性に及ぼす影響

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材 料 と 方 法

細胞培養

ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVECs)とヒトリンパ管内皮細胞(HDLECs)はPromo Cell (Heidelberg, Germany) から入手した。HDLECsとHUVECsの培養は、Endothelial cell growth medium MV2 kits (Promo Cell) を用いた。細胞はすべて5% CO2、37℃にて培 養した。

管腔形成実験

96 ウェルプレート底面に 50 µl マトリゲル (Matrigel, Growth factor reduced, BD Biosciences, San Jose, CA) をコーティングし、37℃で 30 分間静置して硬化させた。そ の後、1.5×104 cells/ well の HUVECs または HDLECs を播種し、培養を行った。18 時間後に管腔形成の状態を観察し(EVOS Cell Imaging System, Life Technologies)、

一視野中の管腔分岐点の数を計測した。

ウエスタンブロッティング

プロテアーゼ阻害剤カクテル(ナカライテスク)を添加した RIPA Buffer を用いて、細 胞抽出液の回収を行った。4ºC、9000×g にて 30 分間遠心し、その上清を解析サンプ ルとした。

サンプルは、BCA protein assay (Thermo Fisher Scientific) を用いてタンパク定量 後、タンパク量を揃えてアセトン沈殿を行った。濃縮されたサンプルは、SDS-PAGEサ ンプルバッファーに溶解し、95℃、5分間の熱処理を行った。

各種サンプルは、SDS-PAGEゲルを用いて分離し、PVDF膜に転写した。ブロッキン グには、ブロッキングワン(ナカライテスク)を用いた。一次抗体として、抗VEGFR1抗 体 (1:3000) (Cell Signaling Technology)、抗VEGFR2抗体 (1:3000) (Cell Signaling Technology)、抗VEGFR3抗体(1:1000)(Abcam)、抗VEGF-A抗体 (1:3000)(Abcam)、

抗VEGF-C抗体 (1:1000)(Cell Signaling Technology)、抗VE-cadherin抗体(1:3000)

(Cell Signaling Technology)、抗podoplanin抗体 (1:1000) (Biolegend)、抗GAPDH抗体 (1:40000)(Acris Antibodies) を用い、二次抗体として、HRP標識ヤギ抗マウスIgG、あ るいは抗ウサギIgG(Cell Signaling Technology)を用いた。発色試薬には、ECL Plus reagent (Thermo Fisher Scientific) を用い、FlourChemTM 8900 (Alpha Innotech)にて 検出を行った。

定量 RT-PCR

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total RNA の精製は High Pure RNA Isolation Kit (Roche Diagnostics)、逆転写反応 は Verso cDNA Synthesis Kit (Life Technologies)を用いて行った。逆転写後の cDNA の増幅には LightCycler 480 Probes Master (Roche Diagnostics)を用い、LightCycler 480 system (Roche Diagnostics) にて、95℃ 5 分間の酵素活性化処理後、95℃ 10 秒、60℃ 30 秒、72℃ 1 秒の増幅を 45 サイクル行った。TaqMan プローブは、

Universal Probe Library (UPL) (Roche Diagnostics) を使用した。表 6 にプライマーと プローブ、増幅産物の大きさを示す。

細胞増殖試験

細胞増殖能の評価は、WST-8 Cell Count Reagent SF (ナカライテスク)を用いて行 った。96 ウェルプレート上に 1.5×104 cells/ 100 µl MV2 medium/ well の HUVECs ま たは HDLECs を播種し、エクソソーム存在下で 18 時間培養した後、WST-8 Cell Count Reagent SF を 10 µl/ well 添加した。1 時間の呈色反応後、マイクロプレートリーダー

(Bio Rad)にて 450 nm(参照波長 630 nm)の吸光度を測定した。

統計解析

すべてのデータは平均±標準誤差で表した。データの解析には Mann-Whitney U 検 定を用いた。また、危険率 5%未満の場合、有意差があると判定した。

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表6 定量RT-PCRに用いたプライマーとプローブ、および増幅産物の大きさ

Gene Direction Primer sequence Base Pairs

UPL No.

VEGFR1 Forward Reverse

CAG CAT ACC TCA CTG TTC AAG G CCA CAC AGG TGC ATG TTA GAG

75 bp 50

VEGFR2 Forward Reverse

GAA CAT TTG GGA AAT CTC TTG C CGG AAG AAC AAT GTA GTC TTT GC

66 bp 18

VEGFR3 Forward Reverse

CAG GCT GAC GCT GAG GAC

AAA GGA CAC CCA GTT GTA ATA CCT

78 bp 64

VEGF-A Forward Reverse

CTA CCT CCA CCA TGC CAA GT CCA TGA ACT TCA CCA CTT CGT

86 bp 29

VEGF-C Forward Reverse

AAG TCC ACA GAA ATG CTT GTT AAA TCG TAC ATG GCC GTC TGT AA

77 bp 31

VEGF-D Forward Reverse

AAA GTT TTA CCA GTA TGG ACT CTC G GAG TTC TTT GCC ATT CTT CAT CTA T

114 bp 89

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