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中所得段階の成長持続性:先進国の脱工業化過程からの示唆

経済的離陸を果たし、成長軌道に乗った経済が主として中所得段階で停滞してしまうのは なぜか。その理由について、第4章ではソローモデルを参照しながら、量的投入型の成長パ ターンは持続的でないことを示した。また、第5章では、高所得に到達した国では輸出構造 を高度化させており、高い付加価値の製品を生産・輸出できる産業構造を構築する重要性が 示された。

ところで、歴史的経験を踏まえれば、所得水準の上昇に伴い、需要が食料品などの必需品 から耐久消費財に、さらにサービス消費へとシフトしていくことを反映して、産業構造は第 1次産業から第 2次産業へ、さらに第 3次産業へとウェイトが移っていく(Petty=Clark の 法則)30。実際、高所得到達国・経済の多くはこのパターンで産業構造を転換させている。

東アジア諸国の多くは工業化によって中所得段階まで発展を遂げたが、日本や韓国がそうで あったように、やがて第3次産業への移行、いわゆるサービス化段階に入っていくものと思 われる。では、工業化段階からサービス化への移行、すなわち脱工業化はいかなる状況下で 行われてきたのであろうか。

本章の目的は、先進諸国・経済における産業構造の変化、特に脱工業化過程の考察を踏ま えて、そこから得られる示唆を基に、中所得段階で発展が停滞してしまう理由を検討するこ とである。本章の構成は以下の通りである。1節では、「脱工業化」という用語を明確にした 上で先進諸国の脱工業化過程をサーベイする。そして、どのような要因で脱工業化がもたら されるかを整理する。2 節では、1 節での議論を踏まえて、日本と韓国について脱工業化過 程を詳細に考察する。それら考察を踏まえて、現在中所得段階にある国々がどのような状況 にあるかを見る。3節は本章における結論である。

6-1.脱工業化の明確化と先進諸国における脱工業化過程

6-1-1 脱工業化の明確化

製造業に焦点を当てると、経済全体に占めるそのシェアは、経済発展の初期段階では上昇 するが、所得の向上に伴い、一定段階でピークアウトし、その後は低下する現象が多くの国 で観測されている。労働力をはじめとする生産要素がサービス部門へ移転することに加え、

工業製品のサービスに対する相対価格の低下もこうした変化に寄与する。例えば、日本は、

第一次産業のシェアが1950年にGDPの26%を占めていた2012年には 1.8%まで低下した 一方、50年にシェアが42%だった第3次産業は2012年には64%までその割合が上昇した。

第二次産業から第三次産業への移行は、「脱工業化((De-industrialization))」と称される。

30産業構造の発展をマクロ的視点から最初に論じたのはColin Clarkである。彼は、農林水産業、鉱業を第1 次産業、製造業、建設、エネルギーを第 2次産業、小売業などサービス産業を第3次産業と分類し、経済 発展が進むにつれて、第 1次産業からから第2次産業、さらに第3次産業へと各産業群の相対的な比率が シフトすることを明らかにした(Clark [1940])。Clarkは、産業ごとに賃金が異なることを発見したWilliam

Pettyの『政治算術』からヒントを得たため、これは「PettyClarkの法則」と呼ばれている。

「脱工業化」というワードは、Daniel Bellが1960年代に最初に用いた。これは、農業中心 の伝統社会を脱した工業化社会に続く産業・社会構造として、情報、知識、サービスを扱う 産業が中心的役割を 果 たす社会をイメージ し たものである(Bell[1973] )。すなわ ち、Bell が唱える脱工業化は情報、知識による価値創造やサービス化が中心となっていく過程であり、

産業構造の高度化として肯定的に捉えられる。

他方で、脱工業化を否定的に捉える見方もある。それは、生産拠点の海外移転、あるいは 工業製品の競争力低下に伴って、国内製造業の産出量、雇用が縮小する衰退過程として捉え る見方である。中長期的な「製造業部門のシェア低下」は経済の持続的発展というマクロレ ベルの観点からは、製造業部門のシェア低下がサービス産業などの発展によって補完される ならば、経済成長力に悪影響は及ばない。しかし、国内製造業が持続的に弱体化する脱工業 化は、経済の成長力が中長期的に低下することも生じうる。例えば、1990年以後の日本では、

円高の進行とともに製造業の海外移転が進み生じた「産業空洞化」はその代表と言えよう。

このように「脱工業化」の解釈は様々である。本章では「脱工業化」を製造業の産出量や 雇用が相対的に減少する現象として捉えて、Bell が提起した、いわゆるサービス化と同義と はしない。また、一国における脱工業化の過程を、①GDP全体に占める製造業のシェア(付 加価値ベース)、②就業者全体に占める製造業のシェア(就業者ベース)を見ることで観察す る。

6-1-2 先進諸国における脱工業化過程

図 6-1は一定規模の人口を有する先進諸国における所得水準と製造業割合の関係を付加価 値と就業者でみたものである。ここで、IMF が分類する先進国(Advanced Economies)の うち、人口が500万人以上の22カ国のデータに基づき回帰曲線を導出した。所得データは、

2005年PPP調整済みの1人当たり実質GDPをPenn World Table(ver.7.1)から入手した。

ま た 、 製 造 業 の 付 加 価 値 割 合 は 国 際 連 合 (Unaited Nations) の National Accounts Main Aggregates Database、就業者比率は国際労働機関(ILO)のILOSTAT Databaseからデータ を入手し、算出した。入手データは 1969 年以後であるため、既に工業化を達成していた先 進諸国の製造業比率の上昇局面は描写できないが、脱工業化過程については傾向をみること ができるだろう。

図 6-1をみると、所得の向上とともに製造業の割合は緩やかに低下しているが、回帰曲線 に従えば、製造業比率が2割を下回るのは付加価値、就業者のいずれも2万ドル超であった。

このことは、2 万ドルを超える高所得段階でも製造業は一定割合を有して、所得向上に貢献 していたことを示している。なお、回帰曲線に従えば、所得水準の上昇に伴う付加価値の低 下よりも就業者比率の低下のペースの方がやや早い傾向が読み取れる。

6-1 製造業割合と所得水準の関係:先進諸国 [付加価値]

[就業者]

(注)1. IMFが分類する先進経済(Advanced Economies)のうち人口が500万人以上の 22か国・経済(1969年以後直近時点まで)。

2. 所得データは、2005年購買力平価ドル。横軸は対数表示している。

(資料)United Nations[2015], University of Pennsylvania[2015],ILO[2015]により作成

0 5 10 15 20 25 30 35 40

5,000 50,000

(%)

(PPPドル)

回帰曲線

10000 20000 30000 40000

Y=-0.0003X+26.626 R2=0.2778

0 5 10 15 20 25 30 35

5000 50000

(%)

(PPPドル)

回帰曲線

10,000 20,000 30,000 40,000 Y=-0.0004X+28.067

R2=0.3448

脱工業化過程はどのような要因から生じるのだろうか。これについては、以下の3つの観 点から説明できる。

① 製造業の高度化

第1は、製造業において、労働集約度の高い産業から資本・技術集約度の高い産業へシフ トする場合である。

いま、製造業部門への需要が増加し、産出量が増大したとする。製造業部門がこの増加分 にいかに対応するか、その方法は2つ考えられる。ひとつは、生産性を上昇させ従来と同じ 人員でより多くの生産を行うことで、産出増を賄うことである。もう一つは、生産性はその ままだが、人員を増やすことで生産を増加し、需要に対応するというものである。

ここで、製造業で技術革新が進み、生産現場の合理化・省人化が可能になる、すなわち最 初の方法での対応がとられると、余剰労働力は製造業よりも生産性の低いサービス業に吸収 されやすくなる。この場合、製造業の産出割合が維持されたとしても、就業者割合の低下と いう形で脱工業化が進むことになる。

② 製造業の弱体化

第 2 は、製造業の国際的な競争力が低下し、産出量、就業者が共に減少する場合である。

このケースでは、製造業の産出(あるいは付加価値)が絶対的に低下することで、余剰とな った労働力はサービス業などに吸収される。また、スムーズに労働移動がなされない場合は、

失業者の増加となる。

③ 需要構成の変化に基づく要因=サービス化

第3は、需要構造の変化に伴って生じる。一般的に、所得の向上に伴い、家計消費は生活 必需品(食料品など)を中心とするものから、自動車、家電製品、住宅のような耐久消費財 への需要が高まり、それはやがてレジャーや旅行などサービス消費の割合を高めていく31

31 所得の向上とともに、食費の割合が低下していく経験則はEngelの法則として知られる。

6-1 脱工業化をもたらす要因と付加価値・就業者割合の関係

(出所)筆者作成

こうした人々の欲求、ニーズの多様化に伴って、サービスに対する需要増加、いわゆるサー ビス化は製造業の相対的な付加価値、就業者割合を共に低下させる。

以上のような、脱工業化をもたらす要因と付加価値・就業者割合の関係を示せば表 6-1の ようにまとめることが出来よう。

先進諸国のケースを踏まえれば、製造業の就業者割合の低下ペースは付加価値のそれより も早い傾向を示している。このことは、当初は、製造業の高度化過程で労働節約的となるた め、就業者割合が低下するが、生産量自体の低下は緩やかなものにとどまる。その後、所得 の向上に伴い、需要面でサービス化が促進されるため、付加価値、就業者ベースの両面で脱 工業化が進展していくことが示唆される。