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中央銀行の「最後の貸し手」機能 144 第5章 「最後の貸し手」機能とバジョット再考 第5章 「最後の貸し手」機能とバジョット再考

第 4 章 政府紙幣の本質およびヘリコプターマネー、MMT 72

第Ⅱ部 中央銀行の「最後の貸し手」機能 144 第5章 「最後の貸し手」機能とバジョット再考 第5章 「最後の貸し手」機能とバジョット再考

はじめに

日本銀行をはじめ世界の中央銀行は、日本のバブル崩壊以降あるいは今次グロー バル金融危機以降、幾度となく「最後の貸し手(Lender of Last Resort)」機能(以 下、LLR機能という。)を発動してきた。中央銀行の本質的な性格は市場の中でバ ンキング業務を行うことにあるが、LLR機能は金融機関や市場に対し信用を供与す るバンキング業務そのものといえる。金融資本市場の深化とグローバル化が進展す る中、中央銀行のLLR機能の発動対象先や発動手段も拡がりを見せ、LLR機能も 従来の銀行を対象とした概念のほか、「最後のマーケット・メーカー」や「最後の グローバルな貸し手」へと拡張してきた。

本章および次章では中央銀行の金融システム安定化政策のコアであり145、市場に おける実践の中で大きく進化してきたLLR機能について包括的な考察を行う。と りわけ中央銀行のLLR機能に関する金字塔ともいえるバジョットの学説に立ち戻 り、詳細な分析を加えるとともに、日本銀行のLLR機能に対する考え方を検討す る。これを通じてLLR機能の観点から中央銀行の本質を指摘し、今日における中 央銀行のあり方を考える1つの視座を提供する。

なお、中央銀行のLLR機能は金融システム安定化政策への対応措置としてだけ でなく、日常的な市場調節のためのオペレーションや貸出もまたLLR機能と見る ことができるが、本章では伝統的意味での前者のLLR機能に焦点をあてる。

本章の構成は以下のとおりである。第1節ではLLR機能の発動の根拠とモラル ハザードについて理論的に整理する。第2節ではLLR機能のあり方に関する4つ の主要な見解を紹介し、検討する。第3節ではLLR機能に関するバジョットの原 則に焦点をあて、ソルベンシーの識別、優良担保、高金利(ペナルティ・レート)

144本第Ⅱ部は、小栗誠治(1999年)、同(2001年)、同(2016年)を元に加筆、修正したものである。

145白川方明(2008) pp.316-317は金融システムに関する政策を①規制、②監督、③金融システムの状況把握、④「最後

の貸し手」機能、⑤決済システムに関する政策の5つに分類した上、「最後の貸し手」機能こそ中央銀行に固有の機 能であると指摘している。

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などの重要論点について詳細な分析を加え、筆者の解釈を示す。

第1節 LLR機能の根拠とモラルハザード

1.LLR機能の起源と進化

キンドルバーガー=アリバー(Kindleberger and Aliber) によれば、「最後の貸し

手(Lender of Last Resort)」という言葉は、「フランス語の『終審』(dernier

resort)、つまり上告できる最後の司法機関をあらわす用語に由来しているが、完全 に英語化され、今では借り手の権利よりも貸し手の責任に重きが置かれている」

146。LLRという概念に関する古典的な考察は、まず19世紀初頭にソーントン

(Thornton)によって行われ、その後バジョット(Bagehot)の『ロンバード街―金融市

場の解説』(1873年)において発展し、完成された147。バジョットは、LLR機能と は最終的な準備の保持者である中央銀行が危機時にあらゆるソルベントな先に対し て貸出を行う権限でありかつ義務である、と規定し次のように述べている。

「イングランド銀行と大衆のあいだで、次の点が明確に理解されなければなら ない。それは、イングランド銀行が最終的な銀行支払い準備を保有しているこ とをふまえ、この保有が暗示する同銀行の義務を認識し、それにもとづいて行 動すること。つまり、銀行業の明らかな原則に従い、外国からの請求があった 際には準備を充分に補充し、国内の恐慌時には、準備を自由に、また迅速に貸 し付けることである」148

バジョットの見解は金本位制のもとで提唱されたものであるが、バジョット以降 も、LLRの概念は、基本的にバジョットの理論を基礎としつつ、金融市場の発展や グローバル化の中で進化してきた。

146 Kindleberger, Charles P., Robert Z. Aliber (2011) 邦訳p.334.

147 Laidler(2002)pp.13-18,21-23によれば、ソーントンとバジョットは両者とも中央銀行のLLR機能を的確に指摘し

たものの、その理由や目的は異なるものであった。ソーントンは基本的に貨幣数量説論者であり、マネー(money)と りわけ広義マネーの紙券信用(paper credit)を重視したのに対し、バジョットは銀行学派の支持者であり、信用 (credit)を重視した。

148 Bagehot, W. (1873) 邦訳p.82.

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キンドルバーガー=アリバーは「過去200年以上にわたる『中央銀行の技術』の 発展で特筆すべきは、最後の貸し手という概念の進化である」と指摘している149。 バーナンキ(Bernanke)は、連邦準備制度理事会議長当時、「バジョットの原則に従 えば、金融パニックを停止することができます」と述べ150、「米国の1930年代の大 恐慌の教訓の一つは、金融パニックにおいては、中央銀行は、取付けを止め、金融 システムの安定化を図るためにバジョットのルールにしたがって自由に貸し出しす べきだということでした」と指摘している151。さらにバーナンキは、現代において は銀行以外の金融機関の危機に対してもバジョット原則に基づいて行動したと述べ ている。すなわち、「わが国の金融システムは連邦準備が設立された1913年当時に 比べてより一層複雑なものとなっています。現在、市場には他に多くの種類の金融 機関が存在します。危機は昔の銀行危機と似ているといいましたが、危機はまった く異なった種類の企業、違った制度的環境下で生じていたのです。したがって、連 邦準備は割引窓口以上のことをしなければなりませんでした。われわれは他のたく さんのプログラムをつくらなければなりませんでした。特別流動性機能と特別信用 機能は、われわれが銀行以外の金融機関にバジョット・ルールに基づいて貸し出し できるようにしたものです」152。キング(King)元イングランド銀行総裁は、今次金 融危機を回顧した2016年の著書において、将来の金融危機への対応に備え中央銀 行のLLR機能に関する従来の「バジョット原則」はアップデートされるべきであ ると述べ、中央銀行は「年中無休の質屋(pawnbroker for all seasons, PFAS)」とし て機能すべきであるという大胆な構想を提唱している153。キングは、金融システム 安定化の観点から1年以下の短期固定債務を発行する金融機関は中央銀行に完全に 保護されるべきであると指摘し、中央銀行はPFASとして幅広い担保(流動性の低 い資産も含む)さえあれば「いつでも」、「誰に対しても」貸出を行うべきであると 主張している。中央銀行がこうしたPFAS機能を迅速に実施できるようにするた め、当該金融機関は事前に平常時から担保を中央銀行に差し入れ、金融危機に備え た準備をしておかねばならない。金融に熟知したセントラルバンカーが提唱したこ

149 Kindleberger, Charles P., Robert Z. Aliber (2011) 邦訳p.334.

150 Bernanke, Ben S. (2012) 邦訳p.17.

151 Bernanke, Ben S. (2012) 邦訳p.136.

152 Bernanke, Ben S. (2012) 邦訳p.142.

153 King Mervyn(2016) 邦訳pp.311-325.

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のLLRの大胆な改革案は、流動性の低い担保資産も事前に受け入れるなど中央銀 行の担保政策、ひいては民間金融機関の担保繰り問題に関わる実務的に重要な政策 であり、今後検討されるべき課題である。

2.LLR機能が必要な根拠

LLR機能の検討を進めるに先立ち、本章全体を貫くキーワードである「ソルベン

シー(solvency)」と「流動性(liquidity)」の概念およびその識別について説明してお

きたい。

「ソルベンシー(solvency)」とは経済主体の最終的な「支払能力」を意味する言 葉である。例えば、金融機関がソルベント(solvent)の状態にあるとは、その経営が 健全であり、債務超過の状態に陥っていないことを示しており、逆にインソルベン

ト(insolvent)の状態にあるとは、金融機関が経営破綻の状態にあり、何らかの形で

資本(capital)の増強を不可欠とする状態にあることを示している。このようにソル

ベンシー問題は経営の健全性に関わる問題を意味している。

他方、「流動性(liquidity)」とは経済主体の「その時々に支払いを要する資金の利 用可能性」を表す言葉であり、例えば金融機関が流動性不足(illiquidity)の状態にあ るとは、経営自体は健全であるものの、支払資金(準備<reserve>)が一時的に不 足している状態にあることを指している。つまり、流動性問題は資金繰りに関わる 問題である。論理的には、流動性不足に陥った金融機関は、ソルベントである限 り、一時的な流動性不足さえ乗切れば破綻を回避することができる。

中央銀行が金融システム安定化のために行う資金供給は、基本的に「流動性不 足」に対処するためのものであり、「支払能力の毀損」に対処する資本増強支援は 原則として政府の役割である。

もっとも、本章で詳しく検討するように、「ソルベンシー」と「流動性」の両者 を明確に識別することは実際には困難なことが多く、難しい問題も孕んでいるが、

少なくとも概念的には上記のように理解することができる。

さて、金融システムの安定を確保するために、なぜ中央銀行や政府のLLR機能

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が必要なのであろうか。その根拠として次の2点を指摘することができる154。 第1は、情報の非対称性の存在である。このため危機時においてはソルベントな 銀行であっても預金取付けやインターバンク市場の流動性枯渇に対して脆弱であ る。銀行は、その資産の大部分が市場性の低い長期貸付であるのに対し、負債の大 部分は引出しに制約のかからない短期資金で構成されている。加えて、預金は「早 い者勝ち」で払い出される仕組みとなっている。銀行のバランスシートのこうした 特徴から、銀行は取付けに対して脆弱である。銀行の資産の多くは市場性が低いた め、取付けにより銀行は資産の「投げ売り」(fire sale)価格での処分を余儀なくさ れ、実際に健全な銀行であってもインソルベントになってしまう危険性がある。こ うした事態は社会全体の厚生を損なうことになりかねず、ここに中央銀行等の公的 セクターによる介入が正当化される根拠が存在する。

第2は、システミック・リスクの存在である。ソルベントな銀行の破綻により、

金融市場全体の安定がリスクに晒される惧れがある。金融市場の不安定化が拡がり 伝染すれば155、決済システムや信用仲介などの主要な金融機能を果たすことが不可 能となる。

決済システムにおけるシステミック・リスクは次のような特性を有している。

①システミック・リスクの原因は、参加金融機関の経営破綻に限らず、コンピュ ータシステムのダウンや事務ミス等多様な要因が考えられる。このため、個別 金融機関がリスクの渦中でリスクの発生原因を正確に知ることは難しく、それ が混乱を大きくする惧れがある。

②システミック・リスクの影響を受ける先は、リスクの発生源となった先と直接 相対していない場合が多い。このため、システミック・リスク削減について は、自己の対応だけでなく他の参加者の対応に依存するという一種の「外部性」

が存在する。

③システミック・リスクは予期せず波及してくるため、信用力に問題はなくて も、資金等の調達が時間的に無理なために決済できなくなることも多い。つま り、システミック・リスクにとっては、時間的な制約が大きな意味をもつ。

154 Freixas, X., C. Giannini, G. Hoggarth, F. Soussa (1999) pp.152-157.

155伝染とは、ある銀行が破綻した場合、預金者が他の銀行と当該銀行との間に類似性を見出すことにより他の銀行へ も取付けが波及、拡大し、複数の銀行がドミノ的に影響を受ける現象をいう。