危険空域、 警戒空域、 訓練空域は必ずしも明確 な定義がなされておらず、 各国が独自に定義し 運用している。 なお、 飛行禁止空域と飛行制限 空域に関する ICAO の定義によれば、 これら は領土・領海の上空に設定されることとなって おり、 飛行の禁止と制限に国家の強制力を伴う。
この点において、 前出の制限空域 ZG (R) 159 は海南島沖およそ150マイルの公海上に設定さ れているため、 果たして飛行制限という強制措 置が妥当なものなのかどうか疑問である。 それ に対して危険空域は ICAO のこうした定義が なされていないため、 領空外に設定されること もありうる空域である。 それがもし公海上空に 設定された場合には、 強制的に飛行禁止や飛行 制限は行えないものの、 実質的にはそれらを必 要とするような危険度の高い空域であることを 意味している。
中国では飛行禁止空域について、 「航空機は 飛行中、 いかなる状況においても確定された飛 行禁止空域に進入してはならない。 中国民用航 空総局は、 飛行禁止空域に進入した航空機の機 長に対して厳正な処分を行い、 また当該航空機 が飛行禁止空域に進入したことでもたらされた 一切の結果にいかなる責任も負わない」 と規定 している注15。 しかし中国の2ヶ所の飛行禁止 空域である ZB (P) 001と ZY (P) 601は、 その 座標や摘要高度等が公示されていない。 エンルー トチャートと 航行資料彙編 の空港進入図の 曖昧な図示によれば、 ZB (P) 001は北京首都 空港の南西で北京市中心上空、 ZY (P) 601は 瀋陽桃仙空港北方で瀋陽市中心上空であると思 われる。 なぜ北京市中心上空と瀋陽市中心上空 が飛行禁止であり、 その正確な位置がどこなの か全く告示されていないのは特異である。 ただ し中国の空域はすべて管制空域であり、 非管制
図2−1 北京 APP
空域は存在しないので注16、 飛行を禁止するの は事実上容易であろう。
中国の危険空域は、 中国航行資料彙編 で は 「危険空域が適用されている間においては、
航空機は危険空域に入ることができず、 それに よって飛行の安全に影響を及ぼす危険の発生を 回避する」 とのみ説明されている。 中国の全23 ヶ所の危険空域のうち、 19ヶ所が 「射撃」 によ るものであり、 残り4ヶ所が 「飛行活動」 によ るものである。 これだけでは即断できないが、
「射撃」 は軍用であることから、 危険な 「飛行 活動」 も軍用であることが十分考えられる。 な おこの4ヶ所はいずれも三亜 FIR に属し、 そ のうち2ヶ所が前述したように国際航空路に係 る空域である。 中国では国際飛行に関わる危険 空域しか告示されていない (つまりまだ隠され た危険空域は存在する) とは言え、 三亜 FIR での危険空域が全て軍用の 「飛行活動」 による
ものだとすれば、 海南島周辺では軍用機による 何らかの訓練や実験が頻繁に実施されていると 推測される。
飛行制限空域は、 「航空機は飛行の安全に影 響を及ぼす危険の発生を回避するために、 飛行 制限空域のさまざまな規制を遵守しなければな らない」 とされる。 公示されている全167ヶ所 の飛行制限空域のうち、 三亜 FIR における飛 行制限空域は4ヶ所である。 3ヶ所は海南島上 空にあるが、 1ヶ所は海南島からおよそ170マ イルの公海上にある半径30キロメートルの円形 である。 この飛行制限空域の高度範囲は地表面 (海面) から13,000フィートであり、 制限時間 は毎日24時間である注17。 円形の制限空域は一 般に射撃用の危険空域であることが多いが、 こ こは飛行制限空域であること、 まさに西沙諸島 上空に位置すること、 さらにその指定高度を勘 案すると、 直下で航空機の離着陸が行われてい 図2−2 瀋陽 APP
ることも考えられる。
海南島南端の三亜鳳凰空港の南西海上、 危険 空域 ZG (D) 157の西側海上、 かつ制限空域 ZG (R) 153の南西海上で、 高度4,000メートル以上 には、 広大な 「三亜燃料投棄空域」 (SANYA FUEL DUMPING AREA) が 設 定 さ れ て い る注18。 たとえば燃料等を満載にして最大離陸 重量で離陸した直後の大型航空機が何らかのト ラブルに見舞われ直ちに緊急着陸を要するよう な場合、 そのままでは最大着陸重量を超えてい るので、 脚が折損するなど安全に着陸できない おそれがある。 そうした場合には、 ただちに搭 載燃料を投棄して重量を軽くする必要がある。
燃料投棄空域とは、 そのために燃料を空中で投 棄する空域である。 大型機が発着することの多 い大きな空港周辺に設定されていることは必ず しも不自然ではない。 ただしわが国にはこのよ うにあらかじめ特定された燃料投棄空域は設定 されていない。 必要に応じて、 乗員の判断と管 制当局の指示によりしかるべき空域 (多くは海 上) で燃料を投棄する。 それに比べて中国の燃 料投棄空域は非常に多く、 エンルートチャート に図示されているだけで21ヶ所もある。 いずれ も近傍に大きな空港や飛行制限空域が存在する。
燃料投棄空域をあらかじめ設定する理由、 ある いは設定しない理由いずれも明確でないが、 少 なくとも空域の創設、 統制、 運用を中国が積極 的に行っている表れの一つである。 また同様に 少なくともエンルートチャートに図示されてい る飛行制限空域や危険空域は非常に多く、 航空 路の両側にほぼまんべんなくこうした空域が設 定されている。 制限空域の中を細々とした航空 路が通っているといっても過言ではない。 この ように航空路両側に飛行制限空域が設定されて いると、 天候等の都合により航空路を逸脱して 飛行せざるを得ない場合 (もちろん管制承認を 得た上であるが)、 非常に対応しにくいことに なる。 ちなみにわが国にも多くの民間用と自衛 隊用の訓練空域、 試験空域が設定されているが、
その多くは海上や、 あるいは航空路の片側側方 のみである。 またわが国では自衛隊機に対して、
民間航空機と錯綜することを回避するために回 廊 (コリドー) を設けている。 航空管制にたい する概念や歴史的経緯の違いかもしれないが、
中国の空域設定はいささか特異的であると言え よう。
1949年11月、 中央軍事委員会の一部門として 中国民用航空局が発足し、 1952年5月に空軍に 編制された。 1954年11月には国務院に直属する こととなったが、 中国の民間航空はまだ発展し ておらず、 管制業務は軍によって実施されてい た。 民用航空局が1955年から航空管制を統一的 に管理するようになり注19、 1958年2月に交通 部へ移管されたが、 同年4月、 国務院は 「民航 工作の高度な技術性と、 国防建設との密接な関 係」 により、 民間航空の全ての業務は主として 空軍によって指導されると決定した注20。 1962 年4月、 民用航空局は民用航空総局として再び 交通部から国務院直属機構となったが、 軍によ る指導体制は変わらなかったと思われる。 文化 大革命中、 民間航空は軍に接収され、 1969年11 月に民用航空局は再び空軍に編制された。 改革 開放政策が始まると、 1980年3月、 また国務院 直属となり、 同年6月には中国民用航空局と改 称された。 1985年から1987年にかけての一連の 体制改革により、 航空交通管制業務体制が整え られた注21。 だがこの頃の管制設備の近代化に はなお空軍が関与していた。 1993年4月、 民用 航空局は民用航空総局に改称され、 12月にはそ れまでの国務院の副部級から正部級へ昇格した。
こうした経緯を概観すると、 それまで軍によっ て行われてきた民間航空の管制は、 1980年代半 ば以降独立した組織体制へ移行しはじめたよう に見えるが、 事実上なお軍と密接な関連がある こともたしかである。
改めて指摘するまでもなく、 航空交通の安全 で効率的な運用のために空域を監視し、 その情 報を集積・配布し、 空域を統制することは、 同 時に防空と航空優勢の確保という軍事的必要性 にも不可欠である。 すなわち空を管理すること は国家安全保障の重要な一要素である。 中国の