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中南米地域に対する戦略提言

ここまでの調査を踏まえ、本章では、日本鉄鋼業の中南米地域への取り組みに関するいくつ かの戦略提言を行う。2008 年9月以降の世界同時不況の中で、これまで所与の競争条件と考 えられていた鉄鉱石資源の逼迫や、NAFTAへの自動車輸出基地としてのメキシコの優位性、

好景気と資源価格の高騰に支えられたブラジルの国内鉄鋼需要のヒートアップといった状況 は一変し、中南米戦略の立案は非常に難しい局面に差しかかっている。

本項では、世界経済の回復は多くの識者が指摘するとおり、早ければ 2009年後半から、遅 くとも2010年には回復シナリオを辿るという立場から、中・長期的な視点からの戦略提言を 行う。また、鉄鉱石資源については中南米地域だけでなく、世界的にも圧倒的シェアを持つブ ラジルを、鉄鋼生産については、中南米地域の約半分をブラジルが占め、残りのうちさらに25%

をメキシコが占めていることから、この両国に対する戦略提言を中心に述べたい。

まず、ブラジルに関してである。

豊富な鉄鉱石資源と、交通、建造物などのインフラ整備計画を積極的に推し進めており、長 期的には鉄鋼産業の需要の増大が期待できるブラジルは、鉄鉱石資源を100%輸入に依存する 我が国にとっては、資源と市場の両方を期待できる有望な市場であることに変わりはない。

ただし、ブラジル市場は、鉄鉱石産業に関しては世界三大鉄鉱石資源メジャーである Vale のプレゼンスが非常に高く、鉄鋼メーカーの動向も、Valeの意向に左右される面があることを まず念頭に入れる必要がある。一方、鉄鋼産業においては、世界最大の鉄鋼メーカーである ArcelorMittal、中南米全域にわたって鉄鋼事業拠点を戦略的に配置するGerdauGroup、新日 鐵が子会社化したUsiminas、旧国営企業から民営化したCSNの大手 4社がしのぎを削って いる。Usiminas は言うに及ばないが、Gerdau、CSN も経営は堅調で、技術的にも高い水準 にあることから、鉄鋼産業でのブラジルでの競争は熾烈なものにならざるを得ないことは認識 しておく必要がある。

世界の鉄鋼産業が2008年9月の世界同時不況の影響を受けるまでのブラジル鉄鋼産業は、

粗鋼生産では過去最高を更新し、生産量に占める輸出の比率が減少するほどに、主に自動車産 業向けを中心に内需がヒートアップした状況にあった。

2008 年9 月以降の急速な経済の変調は、ブラジルの産業の中でも、特に鉄鋼資源産業、鉄 鋼産業、自動車産業に影響を与えている。Valeは、同時不況前には、自社の鉄鉱石の販売先を 確保するために、中国、韓国、ドイツなどの鉄鋼メーカーとの間で、合弁での高炉一貫スラブ 製鉄所の建設を複数検討・計画していたが、鉄鉱石需要の急速な減退、鉄鉱石価格の急速な下 落から、いくつかの計画は見直しを余儀なくされている状況にある。

上のような市場環境の激変の中、ブラジルの鉄鉱石資源および鉄鋼産業を取り巻く環境のう ち、長期的に右肩上がりを続けるのは内需、特に自動車、建設、石油、エタノール産業である。

我が国の鉄鋼産業の優位性は、高付加価値の高級鋼板技術にある。一方の弱みは、鉄鉱石資 源を海外に依存している点である。この強みと弱みを踏まえて、ブラジルの現在の資源および

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鉄鋼産業市場を検討すると、今後、我が国鉄鋼産業がブラジル市場に対して取り組むべき戦略 は以下の通りである。

① 我が国の強みである、高付加価値の特殊鋼分野での参入を継続して検討すること

世界同時不況の中で、当面の鉄鋼需要が見込める産業分野は、石油パイプラインおよびエタ ノールパイプライン用のシームレスパイプ、さらには、資源輸出国であるブラジルに不足して いるといわれる船舶用の材料としての厚板がある。

シームレスパイプは住友金属工業が、船舶用厚板は新日鐵・Usiminas グループが、それぞ れすでに時機を得て積極的な投資を行うことを明らかにしているが、国内需要は引き続き伸長 する見通しであり、さらなる参入機会は残されている77

経済の変調の影響を強く受けている自動車需要についても、長期的には右肩上がりを続ける と見られるため、特に、ばね鋼、ベアリング鋼などの高級鋼の部分は、既存の主要プレイヤー がまだ手薄な部分で、参入の機会があると言える78。我が国の高級鋼技術を生かし、高付加価 値を実現できる分野として、これら特殊鋼分野での市場参入チャンスを検討することは有望で ある。

なお、自動車用高級鋼である薄板についても、ブラジルは、現在一部を日本やドイツなどか ら輸入している状況にあり、現在のブラジル国内の設備状況では需要を十分には満たしていな い。世界経済は 1~2 年後には回復基調をとり戻すとされる中、これら高級鋼分野でのブラジ ル参入の機会は、継続的に検討していく必要がある。

② 下流事業・周辺事業への参入は、付加価値機能をつけたビジネスモデルを検討すること

①で述べた、特殊鋼以外では、ブラジルの鉄鋼産業のうちチャンスが見出せる分野としては、

鋼材加工センターといった下流事業や、新規に建設が予定される高炉周辺の特殊材料や機器提 供などの周辺事業を挙げることができる。

鋼材加工センターは、ブラジルの現在の鉄鋼産業構造の中でも比較的参入者が少ないとの見 方もあり、鋼材加工サービスに加え、在庫機能や金融機能などを付加した付加価値機能を持つ 鉄鋼サービスセンターやコイルセンターという業態は、まだ参入のチャンスがあるとのコメン トが複数の鉄鋼産業関係者から得られた79。ただし、加工センター自体は比較的参入障壁が低 い事業である上、高炉メーカーが自社事業として行う選択肢もあることから、加工だけでなく、

在庫機能、金融機能などの付加価値を持たせることは事業展開上、必須と見られる。

また、周辺事業についても、2009 年以降新設される予定の高炉では、特殊材料の供給元を 模索しているプロジェクトもあり、こうした新規プロジェクトに対する参入機会についての調

77 現地インタビュー等による。

78 現地インタビュー等による。

79 日本および現地インタビュー等による。

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査を継続し、適時にアプローチすることは有効である。

③世界の景気回復後の鉄鉱石資源の確保に向けた戦略オプションを複数持つこと

鉄鉱石資源を海外に依存する我が国にとって、鉄鉱石の安定的確保は、長期的には避けて通 れない課題である。現在は一時的に鉄鉱石価格が大きく下落し、鉄鋼メーカーにとっては、資 源メジャーとの間での価格交渉でも優位な立場にあるが、この状況を永続的なものと考えるこ となく、複数の戦略オプションを継続的に検討し、持ち続けることが重要である。

たとえば、世界経済が変調を迎える直前まで、中国、韓国の複数の鉄鋼メーカーが Vale と の合弁による製鉄所の計画を検討するなど、鉄鉱石の調達に関する積極的なコミットメントを 行ってきた。現在はいずれも中止、延期を余儀なくされているとはいえ、Valeのもつ豊富な鉄 鉱石資源を背景に、ブラジルに中間製品であるスラブ生産拠点を持って、ブラジルの内需のみ ならず、ヨーロッパ、中南米地域への輸出を視野に入れる戦略自体は学ぶべき点が少なくない。

なお、鉄鉱石の確保という観点からは、伊藤忠および日韓の鉄鋼メーカーが 6 社共同で、

NAMISA鉱山の権益を買収した事例が見られる。契約締結のタイミングが2008年9月の世界 同時不況後であったことから、不況の中でもブラジルへの投資を完遂したことで、ブラジル側 からは、日本側のポジティブなコミットメントの姿勢が好意的に評価されている80

次に、メキシコについてである。

鉄鋼産業の最大の需要家である自動車産業は、特に中南米ではメキシコがNAFTA、EU、さ らにはメルコスールまでをカバーする生産拠点となっている。現在、メキシコで生産される自 動車の約70%はNAFTA地域、主に米国に輸出されており、メキシコはNAFTAおよび中南米 地域、さらにはFTAを締結したEUに対しても輸出を行う上でのゲートウェイとしての機能 を持つことは確かである。ただ、それだけに、海外市場での自動車需要の変動に対して脆弱で あり、特に、2009 年に入って以降の米国での自動車産業の落ち込みは、メキシコでの自動車 生産台数に壊滅的なダメージを与えている。

ブラジルの経済の回復見通しが比較的明るいのとは異なり、メキシコの自動車生産のダメー ジは、倒産の危機に瀕しているGM、クライスラーといったビッグ3の動向にも大きく左右さ れる。それ以前より、NAFTA地域の鉄鋼需要は全体としては頭打ちであり、新規の参入にあ たっても米国鉄鋼ロビーなどの強い警戒を受けながらの参入は、種々の追加コスト要因ともな りうる。むしろ、これまでの延長線上で、自動車産業だけに注目するのではない、異なった視 点が求められると考える。

① NAFTAおよび中南米地域へのゲートウェイであるメキシコに対しては、ポスト自動車産業 を見据えた戦略を検討すること

80 現地ヒアリングによる。