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世界の中の沖縄農業

組原洋

まえがき

食料自給率が高ければ、それを悪いという人はいないであろうが、グローバル化に伴い、農 産品も工業製品と同じように自由貿易化して、安い食料を手に入れる方がいいのだという考え 方が強くなり、米国を中心に実現されようとしていたTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)な どはその代表的なものだった。

日本の場合特にやり玉にあがってきたのがコメである。沖縄の場合はサトウキビである。

サトウキビについては、山下一仁「日本の農業を破壊したのは誰か 「農業立国」に舵を切 れ」(文献(1))に次のようなシミュレーションが載っている。

サトウキビ農家の平均的経営状況は、コスト75万円かけて生産しても販売収入は32万円に 過ぎない。ところが財政からの交付金が86万円もあるので、32万円+86万円=118万円の総 収入となり、118万円-75万円=43万円の所得が得られるのである。

こういう状態だと、所得43万円を保障したほうが安上がりではないか。そうすれば86万円 の半分ですむ。つまり、サトウキビを生産しようがするまいが43万円は出すという形にするわ けである。交付金なしで、借金してまでサトウキビを生産しようという人はいないと思われる が、サトウキビを生産したいという人に農地を貸せば賃貸料が入る。耕作面積を増やせば生産 効率は上がるから、コストは落ちて、引きあうかもしれない。いいことずくめみたいだが、問 題はこれで本当に大規模経営化が進むのだろうかということである。コメも似たような状況に なっているが、大規模化は思うように進んでいない。穀物類というのは規模が大きく影響する ので、ちょっとやそっと大規模にしてみたところで、世界規模での競争には到底ついていけな いのはハッキリしている。

では、穀物生産はやめればいいのか。農業でもそんなに大きな場所がなくても競争できる分 野もある。それに集中すべきではないかという主張が、例えば、川島博之「「食料自給率」の 罠」(文献(2))などでなされている。農業生産物の輸出額が大きいオランダなどが日本の 見習うべきモデルだとされているのである。

こういった問題について考えた内容をまとめて、筆者は2015年末の段階でいったん脱稿し た。同年10月に日米間のTPP交渉は大筋合意に達したので、それを前提に原稿を作成した。と ころが、この原稿が活字化されずにいるうちに、2016年11月に米国大統領選挙でトランプ氏

が当選し、TPPからの離脱を表明して現在に至っている。そこで、これに合わせて修正をした のが本稿である。

まず、世界経済の最底辺に位置しているアフリカの状況と自由貿易推進の先頭に立っている 米国の状況とを[1]と[2]で比較対照してみた。それとあわせて、米国の影響を深刻にこうむっ てきたメキシコの状況を[3]で見てみた。ボリビア、ブラジルについても筆者は、沖縄系移民の 訪問調査と合わせて見聞を重ねてきたので、当初はこれについても述べていたが、分量的な問 題があり、本稿では省いた。

続いて、東南アジアの状況について[4]でまとめ、その特色を日本との比較で考えてみた。沖 縄がどの程度東南アジア的か、示唆するところがあるだろう。

最後に[5]で、「里山資本主義」との関連で見てきたオーストリアの林業について、日本の林 業との比較で考えてみた。

なお、筆者はトランプ氏の当選が判明した翌日の11月10日に出発して、12月5日まで、コ スタリカ、ブラジル北部、ベネズエラ南部を動き、中米においてこれまで独自の政策を展開さ せてきたコスタリカの主に農業を中心に調べ、その後、ブラジル北部から、原油の価格低下を 主因として極端なインフレが進行中のベネズエラ南部まで動いてみた。これについては別の機 会に譲る。

[1]アフリカ

2013年6月1日から横浜で第5回アフリカ開発会議(TICAD5)が開かれようとしていて、新 聞にもアフリカ関係の記事がたくさん載っていた。今回大々的に注目されたのは、他の開発途 上地域のテイクオフが進んで、アフリカぐらいしか残っていない状態になってしまったからで あろう。ミャンマーなども似たような意味で注目されているわけである。ということは、アフ リカの後はもうないのである。だから、経済問題を考えたりする場合にも地球全体としての究 極的な思考が必要な段階に入ったということでもある。

勝俣誠「新・現代アフリカ入門-人々が変える大陸」(文献(3))をまとめていて痛感し たのは、アフリカには今日でも膨大な天然資源があるのに、なぜかくも貧しいのか、というこ とである。というより、天然資源が豊富な国ほど貧しいという現実がある。直接には内戦が起 こり、国が分裂状態になってしまうためである。

その典型的な例として、コンゴ民主共和国が挙げられよう。人口7000万人近くで、豊かな資 源がある。高温多湿のコンゴ川流域に位置しているため、主食のコメやトウモロコシ、イモ類 から、輸出もできるバナナ、コーヒー、パイナップルまで農業の潜在力は非常に高い。鉱産物 についても、チタン、コバルト、タンタル、ダイヤモンドなどは世界有数とされている。にも かかわらず、2009年の推計では1人あたり国民総所得は100ドル弱で世界の最貧国である。こ

の国は元ベルギー領であったが、1960年に独立した。ところが、銅産地のカタンガ、ダイヤモ ンド産地の南カサイ州での分離独立の動きからコンゴ動乱が起こり、国連PKOが展開された。

65年にモブツがクーデターを起こして大統領となり、71年に国名がザイールと変わった。仏・

米がテコ入れし、外から支えられた政権であった。東西冷戦終結後、対外債務が累積し、ハイ パーインフレが襲い、公共サービス機能はほとんど停止した。軍と警察は「合法的」暴力犯罪 組織となった。国内交通網はズタズタになり実質的分権化が進んだ。1990年に複数政党制が導 入されたが、首相が2人いるという1国2政府状態になった。97年にロラン=カビラが大統領 就任し、国名をコンゴ民主共和国に戻したが、98年に内戦が再発し、近隣諸国が参戦して8カ 国以上を巻き込んだ紛争となった。99の停戦協定(ルサカ協定)後、2001年にロラン=カビラ は暗殺され、息子のジョゼフ=カビラが継いだ。2002年に内戦終結和平協定が結ばれ、2006年 にジョゼフ=カビラ政権が成立したが、欧米大企業の思惑に沿った外部主導の政権である。

多くのアフリカ諸国は80年代以降「構造調整」と「民主化」とが外部から押しつけられ、

単一政党政権や権威主義体制から複数政党制へ移行した。影響を受けなかったのは、カダフィ のリビアぐらいだった。

南アフリカはどうだろうか。1990年に国民党のデクラーク大統領がネルソン=マンデラを釈 放し、94年の全人種参加選挙でマンデラ政権が成立した。白人サイド、黒人サイドの国家構想 は力を失い、「南アフリカ人」の中に溶解し、内戦が避けられたことは、アフリカの他地域と 比較して非常に注目に値する。しかし、いまだに所得格差は高く、不平等値(ジニ係数)はブ ラジルをも凌いでいる。

アフリカの平和を考えるとき、9・11の影響は非常に大きい。たとえば、ソマリアなどアフ リカの角といわれる地域における武力対立は、かつては米ソ間の代理戦争の形をとっていた が、2000年代に入ってからは、米国の反テロ戦争への参戦協力という形で新たな代理戦争の側 面が見られるようになっている。1970年代までは、一般旅行者でもサハラ砂漠は縦断できた。

アルジェリアから南下し、マリ北部のガオまでルートがあった。1981年に筆者がナイロビに行 ったときにも、サハラを縦断して来た人が実際にいた。しかし、やがて山賊が出るようになり 四輪駆動の車両が乗っ取られる事件が増加していった。近年はアラブ系外国人も出没し、麻薬 や密輸のビジネス、欧米人を対象とした金銭目当ての誘拐も多発していた。

現在、アフリカの4人に1人が飢餓状態にある。「作れず」(旱魃、戦乱)、「買えず」

(市場で買うお金がない)、「もらえない」(援助物資にアクセスできない)という3つの原 因が相互に作用するときに大量飢餓という大規模な被害が生まれる。

まず戦乱が極端に大規模な餓死の原因となってきている。

平時も慢性的に食料は不足している。1人あたり食料生産の伸び率は、アフリカではほとん ど停滞していて、穀物の1haあたり収量でみると1.2トン前後。アジア地域が90年代初頭2.4 トンだったのが2.8トンと著しく改善したのと対照的である。

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