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不法身分犯固有の無価値と身分犯の区別

第3章 身分犯固有の無価値発生機序

第4節 不法身分犯固有の無価値と身分犯の区別

第1項 直接実行型不法身分犯と特別義務違反型不法身分犯

(1)直接実行型不法身分犯

前節における検討において示したように、オーストリアにおける意味での自手犯173が存

171 Puppe, a. a. O. (Fn. 167), §§ 28, 29 Rn 60.

172 Vgl. auch Puppe, a. a. O. (Fn. 168), S. 515.

173 なお、本稿との関係では直接関係しないが、ドイツ等においては自手犯概念(オースト リアにおける自手犯概念とはまったく異なる内容を有している点に注意を要する)を否定 する見解が有力化している。たとえば、Hoyerは、「真正自手犯(echte eigenhändige Delikte)

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在することは否定できないであろう174。すなわち、わが国においても、身分者による一定 の行為の(客観的な)直接的な実行が固有の無価値を基礎づけるような不法身分犯が確か に存在しているということである。このカテゴリーの不法身分犯を、「直接実行型不法身分 犯」と呼称することとする。直接実行型不法身分犯においては、巨視的にいえば、身分者 が一定の行為を直接的に実行していない限り、固有の無価値が発生していないこととなり、

それに対する関与は、(間接)正犯であれ共犯であれ、不可能であるという帰結が導かれる

は、以下の点において特徴づけられる。すなわち、それらが、法益侵害を前提としておら ず、ある特定の道徳的に非難にされるべき行為形式または不適切な生活方法(bestimmte sittlich verwerfliche Verhaltensform oder verfehlte Lebensweise)がそれ自体のために処罰されて いるということである。ここでは、法益関係性を欠く、行為と結合した行為者刑法的犯罪

(verhaltensgebundene und täterstrafrechtliche Delikte ohne Rechtsgutsbezug)が問題となってお り、そうした犯罪においては、その代わりに、古きタブー観念に基づく、ある特別の忌ま わしさの想定が処罰根拠をなすのである」(a. a. O. (Fn. 6), § 25 Rn 18)とし、こうした考え 方に対しては、「しかしながら、抽象的にすら何らかの法益に対して危険性をもたない行為 方法や生活方法は、国家により刑罰の対象とされてはならない(基本法2条1項)。という のは、国家は、それを遵守することが決して他人の基本権ないし憲法上の秩序のためとな るよう機能するわけでない場合には、刑罰威嚇でもって、個人の行為の基準として特定の 道徳的価値観念を選択させることを個人に強いる権限を持たないからである。それゆえ、

一見単なる不道徳を処罰の対象としているかに見えるすべての犯罪は、憲法に適合するよ う、何らかの法益を考慮する抽象的危険犯(abstrakte Gefährdungsdelikte im Sinne irgendeines Rechtsguts)として理解されねばならず、それに伴い制限的な解釈がなされねばならない」

(a. a. O. (Fn. 6), § 25 Rn 19)と批判する。その上で、「そうであるとすれば、173条は、法 的平和にとって抽象的に危険な行為を記述しているということになる。そのような解釈に 基づけば、間接正犯または共同正犯としての行為遂行の障害となるものは存在しない。し たがって、自手犯を独自の犯罪として認め、特別の正犯原理の下に置くことの必要性は明 らかでない。むしろ、不真正自手犯は、偽装された義務犯(verkappte Pflichtdelikte)であり、

真正自手犯は、偽装された支配犯(verkappte Herrschaftsdelikte)なのである」(a. a. O. (Fn. 6),

§ 25 Rn 20)と結論づけている(Puppeも、自手犯の概念を否定している(a. a. O. (Fn. 167), §§

28, 29 Rn. 75; ebenso a. a. O. (Fn. 168), S. 517))。

174 この点については、わが国においても各論的なレベルで示唆するものが見られる。すな わち、西田典之(橋爪隆補訂)『刑法総論』(弘文堂、第3版、2019)は、「Aが患者Cの希 望により自己の病名を聞いてきてほしいと依頼されたと医師Bを欺罔してCの秘密を聞き 出した場合、そこでは秘密漏示罪(134条)の構成要件に該当する違法事実が実現されてい る。もちろん、Bの漏示行為は錯誤によるものであるが、秘密漏示罪が医師の守秘義務とい う職業倫理を保護法益とするものでない以上、構成要件に該当する法益侵害は存在するの である。また、Aが深夜、役所に侵入し、公務員 Bの机上にある書類の中に内容虚偽の文 書を紛れ込ませ、翌日事情の知らない B がこれに署名・押印した場合も虚偽公文書作成罪

(156条)の構成要件に該当する違法事実は実現されている。だとすれば、これらの場合に、

Aを秘密漏示罪、虚偽公文書作成罪の間接正犯とすることも可能なように思われる」として おり、134条においては、医師による漏示行為の(客観的な)直接実行が、156条において は、公務員による作成行為の(客観的な)直接実行がありさえすれば、固有の無価値が基 礎づけられるとの理解を示すものにほかならないであろう。もっとも、後述のように、本 稿の理解によれば両罪ともに特別義務侵害型不法身分犯に相当するものであり、例示され ている事例においては間接正犯は成立し得ないことになる。

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(2)特別義務違反型不法身分犯

オーストリアおよびドイツ等における議論からも明らかなように、身分者に課せられた 特別義務への侵害が固有の無価値を基礎づける不法身分犯が存在すること自体は、わが国 においても否定できないであろう175。そうであるとすれば、そのような不法身分犯におい ては、身分者による特別義務への違反が認められることによってはじめて固有の無価値が 発生したと評価され、非身分者の可罰性の基礎が生ずることになる。問題は、ここでいう 特別義務の内容、換言すれば、どのような犯罪類型が上記のような独自のカテゴリーの身 分犯として分類されるべきかということであるが、少なくともドイツおよびスイスにおけ る義務犯概念はわが国において全面的に受け入れることはできないように思われる。とい うのは、ドイツおよびスイスにおいては、正犯者に特別のメルクマールが要求される犯罪

(特別犯)のうち、その正犯者メルクマールが単に一定の生活領域や行為状況を示してい るにすぎないものを除くすべての犯罪として理解される傾向にあるが、そのように広範に 把握された義務犯における特別義務のすべてについて、固有の不法(無価値)との連関を 明確に説明することは困難だからである。これに対して、オーストリアにおける特別義務 犯の概念は、まず一定の具体的な不法(無価値)を前提とした上で、その内容から必然的

175 わが国においても、各論的なレベルにおいてこのことを示唆するものが散見される。た とえば、大塚仁『間接正犯の研究』(有斐閣、1958)267頁は、「収賄罪の法益は、職務行為 の不可買収性(Unentgeldlichkeit und Unkäuflichkeit der Amtshandlungen)、すなわち公務員の 清廉性にあると解せられるべきであるが、公務員が他の公務員または非公務員を道具とし てその法益を侵害することはもちろん可能である。だが、非公務員が、故意を欠く公務員、

または強制された公務員を利用することによっては、本罪は犯しえぬとおもう。けだし、

さような公務員の行為を利用することによっては、そもそも公務の清廉性は害せられない からである」と指摘しており、西田(橋爪補訂)・前掲注(174)334頁も、「私人Aが公務 員Bに『菓子箱』だと誤信させて『現金の入った箱』を渡した場合に収賄罪(197条)の間 接正犯が成立するわけではない。しかし、それは、公務員に『賄賂』の認識が欠けるため 収賄罪の構成要件に該当する違法性が実現されていないことによるのである」と指摘して いる。さらに、青柳文雄『犯罪と証明』(有斐閣、1972)78頁は、「収賄罪(刑法一九七条)

は公務員がその職務に関して賄賂を収受することなどで成立する犯罪であるが、身分者は 非身分者を通じてこの犯罪を犯すことができるが、非身分者は故意のない身分者を通じて この罪を犯すことはできないと解せられている。この罪は公務員という身分があることに よって廉潔の義務を負う者についてその義務違反を前に出し、公務員の不可買収性ないし 職務の廉潔という法益の保護をその背後においている犯罪であって、義務違反というのは 故意の義務違反でなければならないから、故意のない公務員を通じてこの罪を犯すことは できないと解せられる」と明確に指摘している。このほか、滝川幸辰『刑事法判決批評 第 二巻』(立命館出版部、1937)135頁、松宮・前掲注(106)307-308頁(これについては、

本文にて後述する)参照。

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に導かれる特別義務が認められるような犯罪として理解されており、固有の不法(無価値)

との連関がある程度明確に示されている176。よって、わが国においては、オーストリアに おける特別義務犯概念を参考として、身分者に課せられた特別義務への違反が固有の無価 値を基礎づけるような不法身分犯というカテゴリーを分析していくことが有益であると思 われる。そして、1971年政府草案理由書やNowakowskiが示唆していたように、身分者によ る特別義務への違反が固有の無価値を基礎づける不法身分犯として認められる犯罪類型 は、一般化していえば、一定の個人ないし集団が一定の個人ないし集団に対して向ける信 頼が保護法益とされ、信頼が向けられている個人ないし集団の構成員による背信的な行為 がそうした法益への侵害を意味するようなものである177。その背信的行為が認められるの は、オーストリアの通説によれば、身分者が自己に課せられた特別義務に故意で違反した 場合であるとされ、こうした理解は基本的には妥当であると思われる。ただし、これを完 全に貫くならば、非身分者が身分者を強制し、故意的な義務違反をなさしめたような場合 には、固有の無価値が一応基礎づけられることとなり、背後の非身分者は、このカテゴリ ーの不法身分犯の間接正犯たり得ることになるが、このような帰結は不当であろう178。し たがって、このカテゴリーの不法身分犯固有の無価値が基礎づけられるためには、厳密に いえば、身分者が自己に課せられた特別義務に自律的かつ故意的に違反することが必要で あるということになる179。本稿においては、こうしたカテゴリーの不法身分犯を、「特別義

176 Fuchsは、オーストリア刑法 302条の公務員職権濫用罪において、社会一般が公務員に

対して寄せる信頼(Vertrauen, das die Allgemeinheit den Beamten entgegenbringt)の侵害を義務 違反行為として捉えており(Helmut Fuchs, Probleme der Beteiligung mehrerer, in: Strafrechtliche Probleme der Gegenwart, Bd. 14, 1986, S. 23)、こうした信頼を侵害しないという公務員の刑法 上の特別義務を想定するものといえよう。

177 Vgl. EBRV 1971, S. 81 f.

178 大塚・前掲注(175)267頁も同旨。Vgl. Nowakowski, a. a. O. (Fn. 103), S. 150. 現在のドイ ツ等においても、このような帰結を支持する見解は存在しない(siehe Harro Otto, Grundkurs Strafrecht, Allgemeine Strafrechtlehre, 7. Aufl., 2004, § 21 Rn. 68; Javier Sánchez-Vera, Pflichtdelikt und Beteiligung – zugleich ein Beitrag zur Einheitlichkeit der Zurechnung bei Tun und Unterlassen, 1999, S. 174 ff.; Wessels/Beulke AT32 Rn. 543)。もっとも、ドイツ等の通説は、そ うした争いのない理解を理論的に根拠づけるべく、例外的に特別の義務地位が唯一の正犯 原理として登場すると理解しており、前述の通り、このような根拠づけは不十分である。

179 Fuchs/Zerbesも、公務員職権濫用罪(オーストリア刑法302条)に関して、「公務員が粗

略(nachlässig)であることは由々しき(schlimm)ことかもしれないが、彼(公務員であり 第三者ではない)が意図的に彼の義務に違反した場合に、はじめて 302 条の固有の不法が 完全に生ぜしめられるのである」と指摘している(a. a. O. (Fn. 55), 35. Kapitel Rn. 20a; ebenso Helmut Fuchs, Probleme der Beteiligung mehrerer, in: Strafrechtliche Probleme der Gegenwart, Bd.

14, 1986, S. 23)。もっとも、何をもって保護法益たる信頼が侵害されたといえるかという基 準は、各論的解釈によって変動することもあり得よう(vgl. Bertel, a. a. O. (Fn. 160), S. 134: „es gibt Sonderdelikte, bei denen der Qualifizierte [...] „sonst in bestimmter Weise“ an der