起を調査した時左どでは,郊外都邑と中1[,i都市とを一括した,社会的,経済的,時とし ては物理的左単位を怠味し,国民経済及び国際経済K於ける一定の背後地を支配又
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競争してゐるものと称してゐる。しかも.それは必ずしも統治的.法制的の単位では無い のである。
かやうな一極の共同社会の形成又は発展過程のー側面として,始めて行政組織の問題 が生ずるのである。従って斯問題の研究は当然にその地盤たる都市の形成又は発展過程 の性質を明かKすることから始められねばならない。なぜ方:ら云ふまでもを〈行政組機 も亦広義の社会組織の一種であって,決して単独孤立して生成発展するもので},!~いから である。一方
K
於て共同社会たるメトロポリス白樺が当面している情勢に規定ぎれると 共K,その社会的必要を充足する為めに存在し工夫される。他方v c
於て,その共同社会 を支配してゐる国民的及び地方的の政治的勢力や慣行や輿論等からも独立には存立しe構成されるととができ左い。かやうな諸事情を顧るときは,大都市の有つ行政組織の地 盤たり基礎たる大都市社会そのものL形成及び発展過程を抜きKして,之を抽象的に一 般的K論究することは不可能であり,無意義と云ふととKなる。 J(城山 1 9 3 2 :
4 5〜4 7 )
(2) 「都市行政VL:i>~けるこ大系統」
「...・H・−・市政の一つの系統は云ふまでも無〈.サーグィス系統であって,いはゆる市 営事業の経営ζれである。他は市民生活又は行動の規制,即ち統治系統である。後者は 筈察権が自治髄に賦輿されていない我国の現行制度の下K於ては権力K依る規制は僅少 であるが,一一若し幾分まりとも警察権が分興される時は然らず一一しかしその種目は 雑多であって軽視するを許ぎ左い行政系統である。 ζの区別は市政学者の好んで為すと とろであるが,その厳硲K行ひ得ざる事は勿論である。しかし乍ら,大都市の行政K於 ては,前者すなわちサーグィス系統の行政は質量的K又は技術的性質から専門的知識を 有する吏員や従業員lとよって経営ぜられねばならず,文前段述べたる如くその事業が全 憶の地域』て互るべき性質を有する関係から組織の集中イヒを必要とするものであるから,
後者の生活規制系統の行政とは自ら区別の必要があるべ後者は直接市民の日常の生活事 情やその心理的感情や輿論的緒勢を顧慮、して行はね[司君子らぬから,必ずしも行政の集中
一
を必要とぜず.寧ろその事情
K
通じている区行政K
委任しても差し支7
まいのである。」( 同 上 : 53 ) (3) 「市民のルールJ
i
市民「まず市民という言葉であるが, ζれKはさきKあげた三つの意義がある。すをわち
(イ)一定の市という行政区域に居住しているとと.(ロ}その生活様式と行動形態カ堵匹市化し ている社会K生活しいてるとと.付一定の憲法上または法律上の権利義務が与えられて いるととの三点である。その一つだけでは市民とはいえ左い。市民とは,との居住的,
社会的なよび憲法的の三つの意義が総合され一体化されて始めて市民という意義が成立 つo今日では,かつてのようK,との三拍子が揃わ7まかった時代を通り過ぎているのである。
いな,急速K通過しているため, ζの正しい市民という意味が「市民意識
J
・・の上K 反映し,自覚ぎれていをいのである。 J (磯山1965: 5) 「そとで問題と在るのは, ζの市民の意義を構成している三つの側面がパラパラであって,ぞとK総合性 が欠けている点Kある。三拍子は揃っているが.その組み合せがうまくいってい左いζ
とである。ある者は単K居住者ーという意識はあるけれども,都市化された生活様式や行 動形態Kなじんでい念い。そういう人々はもちろん,他の多くの人々は生活様式や行動 形態は頗る都市化されている人々の場合でも.その結果は逆K憲法上または法律上の自 治意識または公民意識を稀薄Kし,喪失せしめている。年々職を求めて東京その他の大 都市Kやってくる人々は.職場を中心とする狭い生活環境Kないて行動しているだけで あって,市民として与えられている権利や義務をどう行使すべきか,などを考える余裕 はない。 J (同 上: 6 )
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市民のルール
「次t'Lルールという言葉であるが,とれもやはタ三つの意義を含んでいる。一つは個 人もしくはグループが.自発的にそれに従って自己の行動を律してゆく純然える道徳的 もしくは倫理的な意義をもっている。もちろん.道徳的もしくは倫理的といっても.本 能的K慣習的KそれK従う無意識的左側面もあるととを見逃しては左らをい。交通道徳 の場合のどと〈,それを守らねば生命に危険である.という本能Kよって,信号が赤で
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あるときKは横断しない,という慣行を生んでゆく場合のどときはそれである。だから.
道徳的もしくは倫理的といっても,必ずしも自覚的左もののみを意味してい左いし,ま たむしろ無意識にそうなる方が都市生活としては効果的なのである。しかし.そのいず れも.法律Kよって強制されるζとKよってのみ守られるルールではない,という意味 をもっている。
そのこは,自発的Kまた本能的K生れてと左いルーノレ,す念わち法的根拠をもち強制 力をもっているルールの意味である。市民はζのノレールの意義を理解し,ぞれK従って 行動するようKし左ければをらない。とうした法的ルールは今後ますます増大してゆく であろう。それは自発的な慣習的なルールを待っていては,都市生活はますます困難K 左り,危険が増大してゆくからである。今日市民の多くが要望している問題Kとの種の
ルールが多いというととは注目すべきととである。どんなルールを法律もしくは条例で 定めてゆくかは頗る重大な問題念のである。
その三は,最も新しいがまだ不確定念ルールである。それは立法化に至らない前の政 策決定または行政措置K対する,公共的な問題への市民の態度であって,それを市民の ルールとして取り上げるというのである。今日の都市問題とと
κ
大都市問題Kは,固または地方公共団体D手Kよって立法化しえない多くの問題がある。その理由は.問 題の性質上法制化しえ念いものもあるが,立法K適しまたはそれを必要とするものであ っても,市民の閥の利害や見解やイデオロギーの相違・対立の免れない政策問題が多い のである。とれKは,行政首長や議員の選挙Kよって解決しうるものと解決しえないも のとがある。前者Kは選挙のJレールとして市民のlレールがあるが,後者はまったくルー
Jレのない空虚状態もしくは袋小路のよう念状況である。今日の政党政治は. ζとl'L述べ たようなバラバラな市民生活と狭い地域状況の上にそれぞれの組織や系統を通じてその 地盤を形成しているから.市政の改革Kはほとんど役K立たない。中Kは.そうした現 状を矛l開して公器を私している腐敗分子すらある。ましてや大都市圏の拡大状況から生 れる空白状態や袋小路の打開策をど,とうした選挙から期待されない。そとでどうした らよいか,という新しい市民のルールが探求されねばならない。 (同 上: 7‑ 8 )
〔千葉正士〕
弓 家 七 郎
( 1 8 9 1
一
) 明治大学のちK国学院大学教授の行政学者で 地方行政を専攻した。本稿使用書は, 『都市政策』 19 5 0 .( 1)都市の性質
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都市と社会「都市の形態,構成又は機能等は.その時代[ζ工り,又はそのあるととろの位置に よって必らずしも同一ではない。しかし,如何在る時代のいかをる固にないても.都市 (d:常Kそれを含む大社会の機能的中心であったし,又一切の文化の源泉でもあった。あ らゆる文化が都市に発生したというととは或は過言であるかも知れをいが,少くとも一 切の文化が都市Kかいて最も恵まれて発達し,都市的環境の下K最もよく晴み育てられ て来たということは間違いないであろう。都市は鄭て社会の神経中枢の所在地であり.
文化を苧む胎盤であったのである。」 (弓家1950:2〕
「われわれは常K番目市を通じてその国の文明を批評し,とれを標準としてその国の発 達の程度を測定してあやまらない。」(弓家1950:3)
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都市の特色
「都市の都市たる所以を,その社会の形態的特質K関連せしめつつ,機能Uてないて求 めようとするととは決して不合理ではないであろう。而してその形態的特質とは,とれ を構成する人口の多数Kして且っその密度の大なるととであり,その機能的特質とはそ の社会が主として農業以外の生活関係を基礎として,中心的機能をもって居るととであ
る,とするζとができょう。」 (同上: 1 1 )
「故lそ都市とは多数の人口を有し,その密度の比較的に大なる非農業的地域社会であ ると定義するととができるのである。」(同士: 13 )
(2)都市の発達
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人口の増加円u
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