第2章
総合 的 な研究
第50表
4遺
跡 の分析結果比較分 析
海岸線からの距離 (67図で略測)
料 の 海産
汽水産 成 海産大型
海産小型 淡水産
陸獣類 鳥類 ウミガメ 取季節
漁榜具 植物採集・加工具 生産用具組成の特徴
中流(支谷奥部)
(貝類採取は村 田川 ?) (魚が多い)
貝+海産魚+
イボキサゴ、ハ マグリ主体
ヤマトシジミ多い
イボキサゴ、ハマグ
オフキガイ・アサリも多い ハマグリが大半
クロダイ、マダイ主体。スズキ 多い
多様な種が混在 稀
クロダイが大半を占める 多様な種が混在 稀?
少ない フナ主体 シカ・イノシシ主 体(シカカ シカ・イノシシ主
キジ主体 、カモ類 多 い (加工品)
シカ・イノシシ主体(シカが多 い)
なし 周年(夏と冬やや多い)
・刺突具多い、錘 打製石斧 、磨石、石皿
具(刺突具・釣針)多い
石鏃(少ない)
打製石斧、磨石、石皿
石鏃(少ない│
打製石斧 、磨石、石皿
村 田川河 口やや奥 約2klll
貝十海産魚+
(陸獣 、大型魚少ない)
イボキサゴ、ハマグリが大半 を占める
クロダイ主体、スズ 多い
多様な種が混在
シカ・イノシシ主 体(シカが ヽ)
(加工品)
(秋〜 中心)
刺突具、錘(稀)
打製石斧、磨石、石皿 採集・加工具が大半を 占める
第51表
4遺
跡 にみ る動物資源利用 の様相1漁場
/猟
場 貝 類 採 取 1干潟1干潟 河 ロ
捕獲対象 イボキサゴ 海産二枚貝 ヤマトシジミ
矢作貝塚
加 曽利南 貝塚
誉 田高 田貝塚
木戸作 貝塚
◎ ◎ ◎ ◎
◎ ◎ ◎ ◎
○
△
×
X
魚類捕獲 匹
1沿岸浅瀬
1沿岸浅瀬
マダイ クロダイ 海産小型魚
◎ X ×
◎
◎
×
△
○
◎
│
○?
×
I X?
○××
○
1河川 淡水魚
狩 猟
陸域
シカ 陸域
イノシシ 陸域
キジ 水 域
カモ類 海 域
ウミガメ
○
○
○
○
○
○
○
○
△
│
○△
? │
△?× ×
○ △
A x? \ x')
◎盛 ん 0.3、 つ う
△低調
×きわめて低調、 または欠落
‑168‑
5。 結 論
都川・ 村 田川流域 にお ける縄文後期 (堀之内〜加 曽利
B式
期)の
立地 を異 とす る4貝塚 (矢作・ 加 曽利 南・ 誉 田高 田・ 木戸作)に
ついて、動物遺体組成、ハマグ リの採集季節 と成長速度、生産用具組成 を比較 し、食料構成 と生業パ ター ンについて検討 した。各貝塚 の立地条件、動物遺体・ 生産用具 の構成 を第49表 に、 また生業活動 の構成 を第50表 に要約 して示す。 ここで は これ までの議論 を総括 し、遺跡 の立地条件 と 食料資源の構成・ 利用パ ター ンの関係 に見 られ る特徴 について要約す る。(1)矢
作貝塚 の人骨 コラーゲ ンの炭素・ 窒素 同位体比分析結果 か ら、臨海的 な立地条件 を もつ同貝塚 にお いて も陸産資源 (と くに植物資源)が
食料 の主体 をな していた もの と推定 された。 ただ し、東京湾東岸域 にお ける縄文後期貝塚 の平均的 な水準か ら見れ ば、海産資源への依存度が高か った可能性 が強 く、 これ は 動物遺体群 に見 られ る特徴 とも調和的で ある。他 の貝塚 で は、矢作貝塚 よ りもいっそ う陸産資源への依存 度が高か った可能性 が強 く、 と くに海産魚の利用が低調 な誉 田高田で はいっそ う陸産資源寄 りの分布 を示 す ことが予測 さオtる。(2)動
物質食料 の構成 は、矢作・ 加 曽利南・ 木戸作 の各貝塚 で は貝類・ 海産魚類・ 陸獣類が比較的バ ラン ス よ く利用 されてお り、 とくに海 に最 も近 い矢作貝塚では海産魚の比重が高い。 これに対 し、都川谷の最 奥部 に位置す る誉 田高田貝塚 で は海産魚が ほ とん ど利用 されてお らず、陸獣類・ 貝類 を主体 とし、淡水魚 類 が加 わ る点で、他 の貝塚 とは明確 に区別で きる。0)貝
類採取 については、臨海部 の矢作貝塚 か ら都川谷最奥部 の誉 田高 田貝塚 にいた るまで、千潟産貝類 が盛 んに採取 されてお り、種組成 も各貝塚間での類似性 が きわめて高 い。 こうした貝類採取 の均質性 お よ び遺跡立地 との不整合性 については これ まで に も指摘 されて きた通 りであるが、今 回の分析 によって これ をいっそ う具体 的 に裏付 けることがで きた。ただ し微視的 には各遺跡 ごとにユニー クな特徴 も見 られ る。すなわち、都川河 口域 に生息 していたヤマ トシジ ミは、隣接 した矢作貝塚で は盛 んに採取 されたが、加 曽 利南貝塚 で は これ をほぼ素通 りして干潟 の貝 を採取 している。 また、誉 田高 田貝塚 の貝種組成 は、おな じ 都川水系 に属 す る矢作貝塚・ 加 曽利南貝塚 よ りも、村 田川水系 に属す る木戸作貝塚 に類似 した特徴 を示 し てお り、同水系 を経 由 して出漁 していた可能性 もある。
に
)魚
類資源 の利用パ ター ンには立地条件 の違 いが比較 的明瞭 に現れてい る。すなわち、都川谷 の最奥部 に位置す る誉 田高田で は淡水魚漁が中心 であるのに対 し、 よ り下流側 に位置す る矢作・ 加 曽利南・ 木戸作 の各貝塚 で は海産魚が漁獲物 の大半 を占め る。後者 のグループの中で も最 も海 に近 い矢作貝塚 で は、やや 内陸側 に位置す る力日曽利南貝塚0木戸作貝塚 に比 べ、利用 され る魚の種類が豊富 で、漁場 も広域 に展開 し てお り、漁獲技術 に も多様性 が認 め られ る。 また、加 曽利南貝塚・ 木戸作貝塚 で は、海 か らかな り隔た っ た場所 に位置す るに も関わ らず、集落付近 の淡水魚資源 の利用 には消極 的である。 こうした海 に対す る強 い指向性 は貝類採取 とも共通す るが、漁獲物 の内容 は矢作貝塚 に比べ ると多様性 を欠いてお り、貝類 ほ ど の均質性 は認 め られない。 この ように、魚類資源 の利 用パ ター ンには、海か らある程度 の範 囲内 にあるム ラで は海 まで出漁す るが、漁獲物 の多様性 は海 か ら遠 ざか るにつれて減少 し、 さらに海 までの距離が ある 限度 を越 える と淡水魚漁主体 に切 り替 わ る とい う特徴 が認 め られ る。(5)以
上 の ように、魚貝類 資源 のキャッチメ ン ト・ エ リアは遺跡 ご とに特徴的 な分布構造 を示す。すなわ ち、矢作貝塚 で は集落付近 に展開 していた河 口域 か ら干潟や沿岸浅瀬 を中心 として、湾央方面 までの広が‑169‑―
第 2章
総合的な研究
りを見 せ て い るの に対 し、加 曽利 南 貝塚・ 木戸 作 貝塚 で は集落 に よ り近 い淡水 〜 河 口域 の資源 をほぼ無視 す る形 で干 潟・ 浅 瀬 の資源 へ と著 しい傾 倒 を見せ て い る。 さ らに誉 田高 田貝塚 で は、貝類 採取 に際 して は 遠 く東京湾岸 まで出 向 いて い るの に対 し、魚類 の捕獲 は集落付 近 で済 ませ てお り、両者 の乖離 が甚 だ しい。
水産 資源 の空 間 的 な利 用パ ター ンは、一水 系 とい う狭 い地域 内で あ って も遺 跡 に よって著 し く多様 で あ り、
また貝類 と魚類 で は空 間 的 な利 用パ ター ンを決定 す るメカニ ズ ムが異 なっていた もの と考 え られ る。
)陸
獣猟 については遺跡 の立地 の差 に関わ らず、内容 に大 きな相違 は見 られない。鳥猟 に関 しては遺跡 周辺 の環境条件が反映 されてお り、集落付近 が猟場 となっていた と推定 され る。 ウ ミガメ猟 は矢作貝塚の みで特徴的 に見 られ、海産資源利用の多様性 の一端 を表 している。(の
ハ マグ リの採取季節 は遺跡 ごとに著 しい相違 を示 した。その原因については今の ところ明 らかでない が、少 な くとも今回分析対象 とした貝塚 に関 しては、採貝の季節 スケジュールやその決定要因が従来考 え られて きた ほ ど一様 かつ単純 な ものでなかった ことは明 らかである。 また、今回分析対象 とした諸貝塚の 生業パ ター ンには、上 に述 べた ように遺跡 ごとにかな りのバ リエーシ ョンが見 られ、単一河川流域 とい う 狭 い範囲内において も生業パ ター ンが決 して一様 ではなかった ことを示 している。すなわち、貝類の採取 季節 の相違 は、単 に貝類採取 のみの問題 に とどまらず、資源利用 システムの全体的な季節スケジュール編 成が異 なっていた ことを示す可能性 もあ り、今後 はこうした視点か ら分析 を進 めてい く必要がある。
(0
都川・村 田川流域 にお ける縄文 中期 の貝塚 は、臨海域 と内陸域 の中間領域(海岸 か らの直線距離2〜5 km程 度 の範囲)に
帯状 に分布 す る傾 向が ある。前節 で論 じた とお り、中期 における資源開発パ ター ンは、植物採集 0狩猟・ 貝類採取・ 漁携 をバ ランス よ く組 み合わせている点が特徴 であ り、上記の分布パ ター ン はこうした「タコ足」的な資源利用 にマ ッチ した占地戦略であると考 えられ る。 これに対 し、後期の貝塚 分布 には、臨海型 の矢作貝塚や内陸型の誉 田高田貝塚 に代表 され るように、立地のバ リエー ションが明確 に現れて くる。今回の分析 によって、 こうした立地条件の多様化 は資源利用 システムの多様化 に対応する 現象であることが明 らか となった。すなわち、内陸型の誉 田高田では貝類 を除 く日常的な食料の大部分 を 遺跡周辺 の陸産資源 に依存 しているのに対 し、臨海型 の矢作貝塚 では、陸産資源 を主体 としつつ も、明 ら
か に海産資源への傾倒 を示 している。
(9)こ
れ ら各遺跡間の関係 については、各集落がそれぞれの地理的条件 に応 じた生業 を独立 に営んでいた 可能性 や、多様 な生業 を もつ集落が結合 し、地域全体が相互補完的な資源利用 システムを構成 していた可 能性 な ど、様 々な解釈が可能 である。 また、集落分布 の変化 と生業 システムの多様化の因果関係 (どち ら が原因で どち らが結果か)について も明 らかでない。 これ らの問題 については今後 の課題 としてお きたい。注
1
鈴木 (1989)は、大型貝塚 である「カロ曽利南貝塚が他の貝塚 に くらべて著 しく巨大 にみえるのは、そ こに長期 にわた って生活が営 まれた結果、大量 の貝が消費 され」たためであるとして、貝層の規模 の差 は生産活動 よ りも遺跡の存続期間 によるにす ぎない とした。加 曽利南貝塚が木戸作貝塚 に比べて、
おそ ら くかな り大 きな集落であった ことを考 えると、カロ曽利南貝塚 における一人当た りの貝の摂取量 が木戸作貝塚 によヒベて特 に多かった、 とい う可能性 は低 い。 その意味では鈴木の主張は支持で きる。
しか しなが ら、加 曽利南貝塚 のようなかな り谷奥の集落で、本戸作貝塚 のような、比較的海 に近 く、
なおかつ貝類 の採取が生業の中で特 に重要であった可能性 の高い集落 と変わ らないほ どた くさんの貝 を採取 してい る とすれ ば、 その点 について も積極的 に評価 してお く必要があるだろう。