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一 ‑159‑

ドキュメント内 研究紀要 第19号 (分割版 その5) (ページ 30-38)

第2章

 

総合 的 な研究

第48表

 

魚類遺体組成の比較 (コ ラムサンプル資料)

NISP(鱗を除 く

)十

:出 現種 を示す(部位・ 数 は不明)

種 類 矢 作 木 戸 作 加 曽利南 誉 田高 田 アカエイ科

トビエイ科 エイロ 板鱚類 ウナギ属 アナゴ属

+

4

マイワシ

一+↓ 

一 一卦 一+一

コノシロ ニシン科

6

カタクチイワシ

タナゴ 1

フナ コイ科 ナマズ ロ

4

1

アユ コチ(科)

サ ヨリ属

1

1

スズキ属 キス属 アジ科

7

ブリ属 マダイ クロダイ属

5 タイ科

イシダイ属 ボラ科 ハゼ科 カマス属

5

1 1

1

堀 派 サ ノ

1

ヒラメ不斗 カレイ科

7

20 ササ ウシノシタ亜 目

フグ科 合 計

タナゴ・コイ科 ナマズ ロ ウナギ属 アユ サヨリ属 ハゼ科 クロダイ属/タイ科 スズキ属 ボラ科 キス属 フグ科 エイ類・板露類 コチ(科)

ヒラメ科 カレイ科 ササウシノシタ亜 目 アナゴ属 マイワシコノシロニシン千

カタクチイワシ アジ類 サバ属 プリ属 サワラ属 カマス属 サメ類 マダイ イシダイ属

第 75図

 

魚類遺体組 成 の比較(コ ラムサ ンプル資料) NISP(鱗を除 く)

カタクチイ ワシ・ アジ類 も普通である。矢作貝塚 に比べて種数が少な く組成が単純で、 とくにカレイ0ヒ ラメ等の底魚類 は皆無 に近 く(ただ し未 同定資料 にこれ らの魚種が含 まれている可能性 もある)、 クロダイ 属・ スズキ属・ フグ科 も少 ない。同様 の傾 向 は隣接す る小金沢貝塚 (堀之内式期

)に

おいて も認 め られ る ことか ら、 この地域 (村田川下流右岸

)に

一般的な様相 の可能性が高い。カロ曽利南貝塚 と誉 田高田貝塚 に ついては概要が知 られ るのみだが (第48表)、 カロ曽利南貝塚 は少 な くとも出現種 を見 る限 り矢作貝塚・木戸 作貝塚 と明瞭 な相違 は認 め られない。一方、誉 田高田貝塚 はフナを主体 とし、他 の種 も淡水種 ない しは淡 水域 に遡上 す る魚で 占め られてい る点で、他の

3遺

跡 とは まった く様相 が異 な る。

c.海

獣類

量的 な比較 は難 しいが、誉 田高田貝塚 を除 く

3遺

跡 では、イル カ・ クジラ類、 ウ ミガメ類 が出土 してお り、 とくに矢作貝塚 で はウ ミガメの出土量がやや多い (第47表)。 加 曽利・木戸作貝塚 か ら出土 した ウ ミガ メ骨 の多 くは加工品であ り、搬入品の可能性がある。

d.陸

獣類

現地採集資料 のNISP O MNIに よる陸獣類 の組成 を第76図に示 した (誉田高田貝塚 ではMNI、 木戸作貝

‑160‑

■矢作

□木戸作

木戸作員塚はシカ イノシシのNISP不明のため除外した。

ロイノシシ

 

ロシカ

 

ロニホンザル

 

国ムササビ

 

ロノウサギ

 

固タヌキ

 

ロアナグマ

 

ロその他 加曽利南

誉 田高 田

加曽利南

誉田高田貝塚はMNI不明のため除外した。

ロイノシシ

 

ロシカ

 

■ニホンザ ル

 

回ムササ ビ

 

ロノウサギ

第76図

 

陸獣類遺体組成 の比較 (現地採集資料)

NISP 50% 60%

加曽利南

国タヌキ

 

ロアナグマ

 

ロその他

上 :NISP、 下

:MNI

90%   100%

ロガンカモ科

  

ロキジ科

第77図

 

′鳥類 遺 体 組 成 の 比 較

ロオオハム

 

ロその他

(現 地採 集 資 料 、

NISP)

―‑161‑―

80%     90%     100%

N ︲ S P

M N ︲

第2章

 

総合的な研究

塚 で はシカ・ イノシシの

NISPが

不明なため、 それぞれ除外 してあ る。 また、誉 田高田貝塚 の シカ・イノシ シの

NISPに

は学習院発掘分 のデータが含 まれていないので、実際 よ り過小 な値 となっている)。 陸獣類 で はシカ・ イノシシが大部分 を占める点で全 ての遺跡が一致する。 シカ とイノシシの上ヒ率 は、矢作貝塚・ 誉 田高田貝塚・ 木戸作貝塚 で はシカが多 く、 とくに矢作貝塚・誉 田高田貝塚ではイノシシの

2倍

近 くに達 す るのに対 し、カロ曽利南貝塚 で は両種 の差 はあまりな く、 とくに堀之内期 にはイノシシの方が多い (金子・

牛沢1980)点で様相 が異 な る。 中・ 小型獣では、誉 田高田貝塚 を除 きタヌキ・ ノウサギ・ アナグマが 目立 つ点で各遺跡 とも類似す る。カロ曽利南貝塚ではムササ ビも多い。矢作貝塚・力日曽利南貝塚・ 誉 田高田貝塚 はニホ ンザルの出現 も特徴的である。

e。 鳥類

矢作貝塚・ カロ曽利南貝塚 はカモ類・ キジを主体 とす る点で一致す るが、矢作貝塚ではカモ類、加 曽利 で はキジが多 い。誉 田高田貝塚・ 木戸作貝塚 は資料数が少 ないが、 カモ類がな く、キジが見 られ る点で加 曽 利南貝塚 に類似 す る (第77図)。

(3)動

物遺体群 の構成

ここで は、主要動物質食料 である貝類、魚類、鳥獣類が各遺跡 の食料構成中に占める比重 について大 ま かな見通 しを得 るため、動物遺体群 の総合的な組成 の比較 を試みる。 この際、本来 な らば現地採集資料 の 魚骨・ 鳥獣骨類 と、貝層サ ンプルか ら検 出 された魚貝類遺体 (水洗資料

)の

全資料 を合わせて総合的 に評 価 すべ きだが、 そのためには発掘 された貝層の体積 と、貝層中における貝類・ 小型魚骨の平均的な包含密 度 を推定 し、水洗資料 のデー タを現地採集資料 のデータ と対比可能 な形 に換算す る必要がある。 しか し、

今 の ところ誉 田高田・ カロ曽利南両貝塚 の水洗資料 の魚骨 について は詳細不明であ り、 また木戸作貝塚 を除 けば発掘 された貝層体積 の推定 も未了である。したが って、ここでは、現段階で比較可能 なデータ として、

(1)各貝塚 の現地採集資料 にお ける魚骨 。鳥獣骨 の分布密度

(NISP/貝

層部 の調査面積

)と

構成比 ;(2)矢 作貝塚 と木戸作貝塚 の貝層サ ンプルか ら検 出 された貝類 0小型魚骨 の比率、の2点に限 つて比較 を行 うこ

とにす る。

a。 現地採集資料 にお ける魚骨・ 鳥獣骨 の分布密度 と構成比

各貝塚 にお ける骨 (現地採集資料)の分布密度

(NISP/貝

層部 の調査面積)を見 る と、矢作貝塚が

7.6/

m2と最 も高 く、カロ曽利南貝塚 が1.5/m2で これ に次 ぐ。木戸作貝塚 は、数値 は得 られないが著 しく密度が低 い。 これが狩猟・ 漁榜の低調 さを示すのか、居住期間の短 さによるものかについてはさらに検討が必要で ある。ただ し、木戸作貝塚 の貝層が他の貝塚 に比べ著 しく小規模 なわ けではない ことか ら見れば、木戸作 貝塚 で は貝類 に対 す る獣骨・ 大型魚骨 の相対 的な比率が他の貝塚 よ りかな り低 い と考 えられ る。

次 に、現地採集資料 を魚類 、陸獣類・ 海獣類 (ウ ミガメを含 む)、 鳥類 に分類 し、

NISPo MNIに

よって 構成比 を比較 した(第73図。誉 田高田貝塚 で はMNI、 木戸作貝塚 ではシカ・イノシシの

NISPが

不明なため、

それぞれ除外 してある)。 なお、この図で は水洗資料 に含 まれ る小型魚類 の占めるウェイ トは表現 されてい ない。 また、 この図 はあ くまで各遺跡 における動物遺体組成の相対的な違 いを示 した もので、食料構成中 に占める各種資源の実際の比率 を表 しているわ けではない。

この点 に留意 しつつ各遺跡 の様相 を概観すると、矢作・ 加 曽利南・ 木戸作の各貝塚 は魚類・ 哺乳類が と もに多 く、 これ らが遺体 の大半 を占める点、お よび海獣類が混 じる点で類似性が高い。 また、矢作貝塚で

‑162‑

は魚類 、木戸作貝塚 で は陸獣類 の比率が相対的に高 く、加 曽利南貝塚 は中間的である。一方、誉 田高田貝 塚 で は遺体 の大部分 を陸獣類 が 占め、魚類 が著 し く少 ない点 で、上記 の

3遺

跡 とは様相が大 き く異 なって い る。

b.水

洗資料 にお ける魚骨・ 貝類 の包含密度 と構成比

ここで は、貝層サ ンプルに含 まれ る貝類・微小魚骨 について、詳細 なデータの得 られている矢作貝塚 と 木戸作貝塚 を比較 す る。

魚骨 に関 して は両貝塚 で同定者が異 な り、同定対象 とされた分類群 や部位 が異 なっている可能性 が ある。

そ こで、 こうしたバ イアスが小 さい と考 え られ る椎骨 (未同定標本 も含 む

)の

包含密度 について両貝塚 を 比較 す る と、両貝塚 とも地点 によるば らつ きが大 きい ものの、矢作貝塚 で は

8地

点 の コラムサ ンプル (計 50カ ッ ト)、 体積約0.2m3の 貝層か ら720点 の椎骨 が、 また木戸作貝塚 で は25地 点の コラムサ ンプル (計199 カ ッ ト)、体積l m3強の貝層 よ り1380点 の椎骨が検 出 されてい る。平均 的な包含密度 は矢作で約3500点/m3、

木戸作 で約1200点/m3と な り、矢作 は木戸作 の

3倍

近 い包含密度 を もつ ことがわか る。

一方、同 じサ ンプルか ら得 られた貝類 の包含密度 を見 ると、イボキサゴでは矢作が約45万点/m3、 木戸 作が約20万点/m3、 主要二枚貝類 (ハマグ リ・ アサ リ0シオ フキ・ ヤマ トシジ ミ・ マガキ

)で

は矢作 が約

2万点/m3、 木戸作が約

3万

/m3で

、魚骨 ほ ど大 きな差 は見 られない。

以上 の ように、水洗資料 にお ける貝類 と小型魚骨 の比率か ら見 る と、矢作貝塚 で は魚骨が、木戸作貝塚 で は貝類が相対的に豊富である。カロ曽利南・ 誉 田高田貝塚 については詳細 なデータが得 られていないため 比較 で きないが、筆者 (樋泉

)の

観察所見 によれ ば、カロ曽利南貝塚 の微小魚骨 の包含密度 は矢作貝塚 よ り 明 らか に低 く、木戸作 と同程度か、 それ よ りさらに低 くなる可能性 もある。誉 田高田貝塚 で も水洗資料 か

らは小型 の淡水魚の骨が検 出 されてお り、魚類資源が禾U用されていなか ったわ けで はないが、 その上ヒ重 に ついては判然 としない。

以上 をま とめ る と、矢作 0カロ曽利南 。木戸作 の各貝塚 では、貝類・ 海産 魚類・ 陸獣類 が比較的バ ランス よ く利用 されてお り、 とくに矢作貝塚 で は大小の海産魚の比重がかな り高かった と推定 で きる。 また、木 戸作貝塚で は陸獣類・ 魚類 (と くに大型 の海産魚)力淋目対的 に少 な く、貝類が大 きな比重 を占めていた可 能性が強い。 これ に対 し、誉 田高 田貝塚 で は海産 魚類 が ほぼ欠落 してお り、貝類・ 陸獣類 を主体 として、

これ に淡水魚類が加わ る特徴的な遺体群構成が認 め られ る。

第49表

 

生産用具組成

Jし 加 曽利Jヒ

中 期 中期

石 鏃 1,088

打製石斧 磨石類 石皿

骨角製刺突具 釣針

土器 片錘・石錘

833 721 439 58

6 5,355 磨 製 石 斧

で磨石類364点 とある (379p)

98 117 60 10 10 378

※参考 として中期遺跡 を加えた。有吉北は

―‑163‑一

りで ある 矢作

  1 

加 曽利南

   

誉 田高 田

 1  

木 戸作

堀 之内

   

称名寺・堀 之内

 

堀 之内・加 曽利

B  

堀 之 内

21      8      2

17.         8       1 2+未成 品

81      0      0

91         19       2

第2章

 

総合 的 な研 究

3.生

産 用 具 の 組 成

参考 として示 した中期 の例 と比べてみ る と、一見 して後期では生産用具の数が少 い。 これ はかな り広 い 地域 で後期遺跡一般 に見 られ る特徴であろう。前節で述べた ように、中期後半 にあっては生産用具の組成 が ある程度、生業のバ ランスを表 していると期待 されたが、後期 では2つの関係 が必ず しも結びつかな く なる傾 向がみ られ る。た とえば、石鏃や網の錘 は後期 に激減す るけれ ども、獣骨や魚骨の量 は増 える傾向 にあるので、狩猟や網漁が中期 に比べて衰 えた とは考 えに くい。 したが って、後期の生産用具の組成か ら 生業 のバ ランスを検討す るの は困難であるが、遺跡間の差 はある程度生業の内容 の差 を反映 していると考 えて よいであろ う。

4遺

跡 を比較 す る と、植物質食糧 に関わ る道具 には大 きな差 はみ られないのに対 し、狩猟・漁携用具 には 明確 な違 いがみ られ る。すなわち、矢作貝塚のみで釣 り漁および刺突漁の道具が多い ことである。 とくに 釣針 は他 の

3遺

跡 で皆無 であるのに対 して、矢作貝塚 で は未成品が まとまって出上 している点で、大 き く 異 なってい る。

4.考

察 一 各 遺 跡 の 立 地 条 件 と資 源 利 用 パ ター ンの 関 係 一

(1)食

料 の構成

貝類 が食料 中に どの程度 の比重 を占めていたか について は定量的な比較がで きていないが、各貝塚 とも 貝類 が主要食料 の一部 をな していた ことは間違 いない。種類構成 もほぼ一致 した内容の海生種か らな り、

淡水生種 はほ とん ど利用 されていない。 この ように、貝類資源の利用状況 に関 しては、 これ までにも指摘 されて きた通 り、立地条件 の違 いに関わ らず きわめて均質性の高い様相が認 め られ る。

一方、陸獣類・ 魚類の利用状況 を見 ると、矢作貝塚・ 加 曽利南貝塚・ 木戸作貝塚 は陸獣類 と海産魚 を主 体 とし、淡水魚が ほ とん ど利用 されていない点で一致す る。カロ曽利南 0木戸作 は立地条件 は内陸的だが、

魚類資源利用の面か らは明 らか に臨海的 といえる。 これに対 し、都川流域貝塚群 の中で もっ とも内陸 に位 置す る誉 田高田貝塚 で は陸獣類・ 淡水魚 を主体 とし、海産魚がほ とん ど利用 されていない点で、他の

3遺

跡 とは様相が まった く異 なる。 この ように、魚類資源 の利用形態か ら見た場合、淡水魚主体型の誉 田高田 貝塚 と海産 魚主体型 の矢作貝塚・ 加 曽利南貝塚・ 木戸作貝塚 に明確 に三分で きる。

海産魚主体型 の貝塚 どうしを比較す ると、都川河 口に隣接 した矢作貝塚では、谷奥 に立地す る加 曽利南・

木戸作貝塚 に比 べて海産 魚類 への依存度が明 らかに高い。 これ は、地理的条件 をよ く反映 した特徴 といえ る。一方、カロ曽利南貝塚 と木戸作貝塚 を比べ ると、 クロダイをはじめ とする大型魚類 に関 しては、 より内 陸 に位置す る加 曽利南貝塚 の方が木戸作貝塚 よりも多 く食 されていた ようであ り、単純 に海 までの距離 と い う要因だけでは説明で きない様相 も認 め られ る (ただ し、木戸作貝塚では貝類や小型魚が相対的に高い 比重 を占めていた可能性が強 く、木戸作貝塚 における海産資源への依存度が必ず しも低かった とはいえな い)。

分析対 象 とした4貝塚 の うち、人骨 コラーゲ ンの炭素・ 窒素安定同位体比分析 を実施で きたのは矢作貝 塚 のみであ る。分析結果 は陸産資源

(C3植

物・ 陸獣類

)と

海産資源 (魚貝類

)の

ほぼ中間領域 への分布 を示 し、海・ 陸双 方の資源が ともに重要な食料 とされていた ことが推定で きる。すでにデータの得 られて

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