地 の 基 本 工 作
興亜の大事業は自分で・なければたらねといふ試分と事業
を始めて貰いたいととを念願するものである︒
︵昭
和一
五︑
一 、 一
、
J附 記
紡城瑞光側は︑昭和十二年十月からで開年丸月ま下一位側二ヶ年
従軍布教師として中文に活躍されたことは衆知のことである︒
師が企案をした封支宗教・進出の機関として作︑b
れた︑中支宗教
大阿聯鼠は総裁近衛公団肘を戴いて︑着々日本会公認宗教の選出
を促進し現在幾多の宗数報闘をなしてゐる︑叉師の斡旋によっ
て宗門に帰された上海の身延舎館は︑宗門の劃支事業の本部と
して外山寛朗対が荻遣された︑向結城姉が昨年四月再波支の際
創立された世界仰敬市字舎は華人予名の合員を獲て︑着
4仰致
事業を行ってゐる向である︑我等が母校租山祭院の出身たる附
の大陸宗教開拓に活躍されて斯︿の如き成果を産んだことは︑
欣懐に棋へない︑切に師の膏闘を望む次第である︒ハ記者︶
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型 境 に 立 ち て
聖 境
立
ち
幼年の頃から側︑法︑信の一一一貨に深い腸依を捧げる事のでき
た私は幸繭であPました︒十一歳の時始めて品開教に閥ナる書籍
に燭れる事ができ︑其の時既に﹁人間の本性﹂﹁人生に於ける因
果法則﹂に就いて漠然・ながら︑ある現念を持つ事ができました
それが機縁となって世界の震の宗数としての緯迦牟厄の敬を信
ずるに歪ワたのであPます︑併しながら此の緑迦牟厄の歓を信
ずる以前に於て︑私の心は︑宗教及び宗敬上の概念に闘して根
本的な雛化に遭遇しつLあP
まし
た︒
私がキ
P Rト教の偏狭な乱抗議主狗断的な敬を排撃するに至ワ
た事は直観的な心の提醒と相侠ワて︑宗歓の外商的視察に依る
鴛然の結果でるpました・此の頃の私は貨に辱しめられた様な
失意のその日
11
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還って居Pました︒左官ふのは︑その行動
宇︑考へ方に於て︑私と遁ワてゐるばかPでな︿私の心理をも
充分に理解する事のできない人身に依つてのみ取閤れてゐたか
らであり童す︒
仰教には鰯れてゐた私ではあP重したが深妙な法華経の民躍
を知らなかったので私の心は自我で充満し何事をもその自我の
て
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同︶
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一 色
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回以
心で叡てゐたので境遇とか自分の周閑におこる問来事等に少し
も調和一致する事ができなかったの守した︑併し如何なる凶難
があらうとも働教に就いての︑あらゆる事を能力の許す限り皐
びたいとの燃ゆる様な願望が浴れてゐました︒
仰教研究に少しでも布効な︑英詩で書かれた書籍は之を求め
只仰教の回m史を研究するに止まらず多くの宗扱の敬訓的な設も
教法をも同様の熱意を以て栴究しました︒
とうした備殺を求めようとする熱意ある行怨を掴聞けて行︿う
ちに途に最後の到建点へ建する事ができたのであPます︒即ち
それは会一宇宙の何物にも勝れて貴重な︑法華経の設見と言ふ輝
宇かし︿も客ばしい事であPました︒以来私は常に身廷山の如
き法華経色調の事境が必らずあると信じてゐました︒縁あって
此の身延山に来る事を得て此の型地に親しみ私の考の疋しかワ
た事を確める事が出来ました︒
日蓮上人の御徳を鎗敬︑崇拝する一一族の巾に生制作た諸君は民
の法に遭ふ事が如何に困難であるかを悟るべきだと息ひます︒
此の震の法を生れながらにして授けられてゐる時間殺は貨に幸耐
であると忠ひます︒私は精神的に︑心理的
κ
︑又肉体的にも巡 麓者として波P歩いた後に漸︿畏の法を得る事ができたのであ
ります︒此の地上にこそ田県内寂光の浮土があるのだとの数に劃
する深い感激は私の心に充ち/\てゐます︒此の感滋は筆では
表視し表されません︒
飾品玖を濁カで僻究してゐた私はより深くその教に接するお︑
良き仰敬の秋川を求める事のみ願ってゐたのであ
Pます︒そし
て遂に日蓮上人の数を身を以ワて弘めてゐる併伯を猿見したの
です︑出削浮なる精舎で仰の慶大な慈悲に飼れんとして魂の安息
所を求めゃうと努力致しました︒そしてそ
ζ
で種キの便宜を奥 えられ︑玉候︑諸候︑が訪問した時の様な蝋重な待遇を受けた
のであります︒
か︿仰の慈悲に浴する事ができたのには過古に深い凶縁のあ った事と思はれます︒大地の中より涌出せる︑あの法華経虚空
合H
に於ける無数の菩陸の一人でもあワたのでせう︒経典は常に
正確であります︒
私は唯物主義から出て諸若のお組側様の深い智慧と庚大無透 の滋悲の光の中へと到達する事ができたのです︒此の事貨は議
対的出店数が長恕である事を一示ナ一つの例認ともなるでありませ
炉勺
法婚経の員の法の中に根を下してゐると一五ふ点では私も諸現 ︒
在努る所はあPません︒私達は法禁制魁に依ツて完全に紡合せら
れてゐます︒
~ 境
f亡
立 ち て
私の日的はすばらしい詩君の法華経の貸践と麓鮮の態度を感 ぷだげでな︿︑私自身の天賦の言葉と習慣とに依って︑会︿同
じ意味を貧現したい事です︒
私は日蓮宗をば一聞にのみ所有される宗汲でもなければ︑他
の教汲に比較される的教の凸不振万もなく全世界の闘及び人キに
依って承認され︑又承認されるであらう金人類の魂救済の大白
牛車であると信じてゐます︒
大白牛車
11 1﹁無惑の内容﹂﹁無限の由民理﹂を持ってゐる法華 経 の 救 済 は
︑ あ ら ゆ る 人 々 の 性 向 絡 寸 の 思 恕 と に 臆 じ て あ らゆる方法を利用し救済するでせう︒私は此の型地身延山に在
って日蓮主義の生活を熱心に見旬ふてゐます︑私の岡山恕が何時
も日蓮上人の思想と共にある事を製んでゐます︒
身延山を世界の一部分であると考へる人があるが恰も一物の
中に十回咋がある様に吊父森羅高象が悉く一念の巾に揺する様に
世界が身延山の中に存在するのであ
P主す︒比虎に於てのみ私 遣は無知と欲望から白自になる事ができます︒此の最高の塑境
に於て私達の精紳の餐陛の官四繭を求めませう︒
私は特に由民理を讃美する事︑慈を征服する事︑自分自身の債
値を認める事を諸君にお願します︒
全世界は世界の良理である我キの敬について来ます︒法華絞
を完全に知P︑あらゆる苦患を永遠に消滅せん日の一日も早か
らん事を望んでゐ主す︒人キは識でも皆自己の内に最高の完全
なる自民誌を求めようと試みなければならない︒それはあらゆる
一問
五
向 車 古 の 刷 捌 蜘 敬
時代に総ての仰に依って教えられた︑救済の附唯一の遣でありま
す︒
此の地上の世界は南無妙法遊撃絞を本営に食行する仰陀の街 路なる御弟子建に依つで清海無垢な窮りない仰の閥︑常寂光土 になります︒それは救済の方法ではな︿既にそれ自身が私達の
目的地なのであります︒
倍強
十艇
の戦
士注
よ什
一
日蓮上人の御坊子建日
太陽は完全な私桂誌の象俄であり他の総ての物にも同じ採に其俸
の象徴だあります︒
私詮は悟を人生の案内者とさせ議悲に主−V
高め︑それを賀行