浄土宗法式雑考
( 九 )
ー ー
北陸富山倶利迦羅不動寺・東京目白不動金乗院などが挙
③ げられ︑工芸としては奈良当麻寺奥院に国宝の経宮が伝
わっているのが好例である︒
更に龍王は准眠観音の侍者となり︑千手観音に仕える
二十八部衆にも列せられている︒奈良興福寺には天竜八
部衆像が伝わるが︑そのうち沙渇羅像が竜に相当する︒
④ また同寺には華原磐と呼ばれる究音具があって︑四頭の
竜を配した鋳物であるが︑憧幡や洪鐘の龍頭・手水舎の
竜口など︑寺院の様々な荘厳具に採り入れられている︒
同じく仏法守護の立場より︑禅宗の法堂の鏡天井
( 一
面板張りの平天井)には必ず丸龍が描かれる︒花園妙心
一六 五六
寺の法堂(明暦二年再建)には︑周囲を瑞雲で囲んだ円
⑤ ( 二 ハ
二e
ハ )
相内に︑狩野探幽筆の巨竜が描かれ︑寛永十三年再建の
大徳寺法堂にも同人の筆になる雲竜がある︒この
ほか
︑
⑦一六
05
相国寺の播竜図(慶長十年狩野光信筆
)の
ように鳴竜と
して名高いものもある︒
伝説には︑これら護法の竜と共に︑毒竜・悪蛇の話も
多く︑それぞれ封じ込めた跡は徳島の焼山寺・慈眼寺 香川の竜水寺・奈良の竜蓋寺などの霊場となって継承さ
れている︒
インドの方でも︑大菩提寺南側の蓮華池(泳浴場)中
︿文 隣陀 三戸 江邑 安佐
﹀ ⑧
ミャンマーから寄贈のムチリンダ竜王像があると
央に
︑
いうが︑釈尊降誕のときにも竜王が甘露の法雨を酒いだ
とか︑成道後七日間の禅定三昧中︑暴風雨より身を守っ
たなどと説話にこと欠かないが︑宗祖法然上人
ω
絵伝
で
ある
﹃勅修御伝﹄にも竜は登場する︒
上人黒谷にして︑華厳経を講じ給けるに︑あをき小ぐ
8 7
ちなは︑机のうへにありけるを︑法蓮房信空に︑とり
てすつべきよし︑おほせられければ︑かの法蓮房︑か
ぎりなく︑くちなはに︑をづる人なりけれども︑師の
命そむきがたきによりて︑出文机の明障子を︑あけま
ふけて︑ちりとりにはきいれて︑なげすて¥障子を
たて︑けり︒さてかへりて見れば︑くちなは︑なをも
とのところにありけり︒これを見るに︑遍身にあせい
でて
︑おそろしかりけり︒上人見給て︑など︑りては
すてられぬぞと︑仰せられければ︑法蓮房しかじかと
こたへ申さる︑に︑上人黙然として︑物ものたまはざ
りけり︒其後法蓮房の夢に︑大竜かたちを現じて︑我
はこれ華厳経を︑守護するところの竜神なり︒
おそ
る︑事なかれ︑といふとおもひて︑ゆめさめにけり︒
中略
上人の披講まこといたりて︑竜神を感ぜしめたま
ひける︒ゅ︑しくぞ侍ける
︒ 栄 ﹂
七千第二段⑨
毎年御忌大会に︑唱導師によって古式ゆかしく読まれる
認調
文に
︑
﹁華厳披聞の窓には青蛇化して燭を挙ぐ﹂と
あるのはこのことである︒
法然上人の師であった皇円阿闇梨は﹃扶桑略記﹄の著
一説には弥勅下生を待つために
⑪ 竜に変じたと云い︑その遺跡は遠州桜ケ池として残って 者として有名であるが︑
いる
︒また類似の伝説が信州善光寺にもあり︑山内本覚
イlt院に阿闇梨池として顕彰されている︒
さて︑浄土宗寺院に於ても本山蓮華寺や天童仏向寺
(雨乞の竜神堂)のように︑鎮守として竜神を杷る所も
あるが︑これらは稲荷社・八幡社のように境内に別堂を
建てて鎮座する︒これに対し︑護法神を堂内に勧請する 例は常行堂に於ける摩多羅神もそうであるが︑比叡山西塔輪法輪堂(釈迦堂)内陣に︑山王社はじめ赤山明神等の八所明神間として奉杷せられ︑高野山にでも明神社が別に建立されてはいるが︑金堂内に高野四所明神が描かれている︒
本宗に於て念仏護法・伽藍守護のためド主 主著
‑ 一訟
手 喧
3元和元(一六一五}C誉高天の二竜を杷ることは周知の如く︑幡随意白道上人
の故事による︒この二竜のように異類に戒名(法号)を
授けた例は︑山口県大日比向岸寺に鯨の過去帳として保
存され︑また竜に関して云えば︑山形県鶴岡市にある善
宝寺(曹洞宗三大祈構道場之一)の竜神が前例であろう
と思われる︒
︿ 九
三ヘ
ih
八五 七﹀
寺伝によれば天慶・
天暦
の頃
︑
法華経の行者開山妙達
上人のもとへ二竜神が示現し聞法したと云い︑その後総(一一 一 一
O八1
一 一 ﹀
持寺二祖峨山紹碩禅師︑延慶年間当地に留錫中︑再び二
竜現われて法脈を授けられたという︒禅師七世の法孫太︿一
回二
年浄椿禅師︑永享年間に竜華寺(善宝寺の前身)を復興 九l四一﹀
するが︑三たび竜神が参じたため︑この二竜にH竜道大
竜王
H H
戒道大竜女
μ
と法号を授けたというものである
︒
⑬
浄土宗における幡随意上人二竜化益の縁起を︑今暫く
⑪ μ
檀林下谷幡随院志
Hによって尋ねることにする︒
遊ニ上之野州館林一慶エ善
導 寺
一去=終南山ニ里許有三龍
⑬ 淵一名一一瞬間池一然一日躍霧圏堂衆甚異レ之須奥龍王現二
堂下一忽幾レ人種レ師
日 吾 久 棲
‑ 一 深淵‑不レ轄ニ傍生一願師於
許授=蓮教一脱ニ苦報一矢
師乃
停‑
一{
示噴
忌語
続一
語審
高天
一
後還ニ武江一創‑如恩寺一二剃共今為
‑ L人叢林二夜女子来
謂レ師団始南山富市レ戒之龍王妾夫也浄土之生必失妾有‑一
故 障
一不
レ共
=受戒一是妾遺憾世女身罪深欲レ遂ニ夙志一和 尚以
‑ 一 大
悲
一聴二許停法一師日未審何以馬レ信女子出ニ先龍
王之譜隊一謹レ之師感得ニ於宗戒一続一一王審妙龍一龍女受詑
機日清泰之妙果己決高思何以謝レ之師日境内乏
=清
泉一
繍 可
下湧
こ
出甘泉一献中三
上賓龍女忽庭中供
二冷
泉
一到レ今満
痕 盈 与 又
案 要
屋 誓 裏 目 船 護
… ー
事 室
示 法
火 及 之 師災 芸
者 訴
雪雲 空員
ニト 持j f
師⑬之 筆 また︑妙竜水碑という見出しで
天正十壬午和尚住越之後州高田善導寺
七日別行念悌末
後 日 疾 風 迅 雨 晦 冥中 和尚 専 修 不 醸忽 有 女 子 悦 然 拝 和
霊
尚.R法嗣
〈 乃日 我 員JI 畜 生 龍 女 願 欲頼 腕〈 譜 市 得 脱 苦 手 口 尚 即 授 乗 戒 也 住 運 開 悟 道 場 賓 相 覚 月洞 朗 故 続王
審 妙 龍又日今己願遂乃誓和尚之所住涌出清泉長簿水言畢不 今 見 龍 果 水 如此 意 也府再叫来
影像 所 安 或 南 或 北 而 清 泉又 徒 移 無 地 来 有 と触れている
︒
更に本書には師の上足随岩の真言家との 法論がもとで惹起した法難を︑妙竜が菩薩身を現じて急 事を告げたため︑ことなきを得たとか︑林泉寺に於ける
89 ‑ 禅家との法論にも︑浄家側の勝利を快しとしない者逮の 一撲のため︑高天は竜力によって大洪水を起こし︑妙竜 は本体を現じて師を波浪逆巻く川の向う岸へ渡して追手
⑬ から逃がれさせた等︑二
竜の霊験談を載せている
︒
⑬
斯かる法力をもっ霊竜であるが故に︑五重相伝開廷に 当っては
特に尊号を浄書し︑来迎柱上部
や裏堂等に奉杷
⑫
して加護を願ってきた
︒
ところが未だかつて会中に︑こ の竜神に対して法楽を捧げた
ー
ーなどとは聞いた守﹂とが
ない︒
授 戒 と 並 ぶ 厳 儀 で あ り 乍 ら 蔭 に 隠 れ て 忘 れ て し
まっているのではなかろうか︒なる程要伺や密室道場の
如く︑道場酒水によって結界するとき︑あたかも四天王
を勧請したかのように見える︒しかし竜神に関してはそ
のように思わせる所作もない︒杷った以上は会中安全
無魔成満を祈ってご法楽を捧げるべきである︒
@ 幸い︑西山深草派には次のような心得ごとが伝えられ
ているので参考までに記しておく︒
後 記 の
ょ
な
っ
白 位 牌を 造り
法 要 開 始百 日 より
目JI
机
に杷り︑毎朝浄水を供え心経三巻を請して祈れば法要
中晴天に恵まれ︑無障磁に法要を厳修する事が出来る
と伝えられている︒法要が始まれば︑法(血)脈の裏
に﹁授与
現時 間開 献﹂ と書いて位牌
の前に立
て︑
毎日
︑
蝋燭︑線香︑花︑霊供︑供物等を供える︒法要が終れ
ば法(血)脈を︑海に近い寺院では海に流して竜王に
与える形にしていたが︑現代では海に物を流すことを
禁じられているし︑文海の
ない所も
あるので︑法要後
読経供養をして焼却するのが適当であろう︒
位牌も同
様に焼却してもよいし︑又法要が無事に勤められた感 謝と記念の気持から脇壇その他適当な所に杷って置く
のもよい︒
位 牌
竜誉高天
王誉妙竜
位
。
近年︑本宗寺院に於ても四天王を木像で杷るところが
見うけられるようになった︒そうすれば何れは二竜も彫
刻で杷る寺院もあらわれると思う︒既に奈良法隆寺では︑
金堂修理
(元禄時代)の際に上層支柱四本に昇竜
眼踊
・
降竜
精油 を絡ませて守護神としている例もある
︒伝説に
は世に名作とされる竜が︑夜な夜な水を飲みに寺を抜け
出したとか言う類の話は多い︒天橋立成相寺や静岡竜漕
寺には左甚五郎作と伝わる竜の彫刻があり︑小豆島霊場
には仏が滝︑西ノ滝などに竜神として木像が安置されて
いる
︒今後︑内陣荘厳の一試案として彫刻竜の場合の杷
り方も検討課題になると思われる︒
ナ
i J
⑫以前に浄鏡に竜王尊号か又は竜王の党{子不或いはスを
書いて安置すれば良いと考えたこともあるが︑やはり紙