• 検索結果がありません。

ワーキングプアの生活史と現在の生活 ― ― 住居喪失経験者を中心に

ドキュメント内 untitled (ページ 164-200)

西田 芳正 

要  約

   本章では、ワーキングプア状態に置かれた者のうち非常に厳しい生活を強いられて いる層の実態を捉えることを目的として、聞き取り調査対象者のうち「派遣切り」に 遭った者など住まいを失った経験を持つ「住居喪失経験者」を取り上げ、親元にいる 者やアパート住まいの者との比較を行う。

 聞き取り調査の内容にアンケート調査の回答を加味して分析した結果、生育家族の 不安定性が学校経験、教育達成を大きく規定し、不安定な仕事に就き離転職を繰り返 しながら住居を失い、施設等に至るというプロセスを読み取ることができた。調査協 力者のなかでも「住居喪失」を経験していない層については、親が安定した職業に就 き、自身も高学歴を得て就職し、何らかの事情で離転職を余儀なくされた場合でも親 からの支援を期待でき、学歴・資格を活かして非正規のなかでも比較的安定した仕事 に従事してきたという傾向が見られ、前者とは際立った対照性を見せている。

 「住居喪失経験者」に関する知見の概要は以下の通りである。親の失業、病気、不 和、離再婚を経験するなど不安定な家族で生まれ育つ者が多く、学習面の困難、教育 費の不足等によって早期に学校を離れる傾向が明瞭である。中学卒、高校中退者が多 数に上り、教師によるサポートがなされなかったケースも目立つ。

 早期に学校を離れた者では、当初から非正規の仕事を継続してきたケースが多い。

仕事と住まいを失った後、「ネットカフェ」「ビデオ試写室」等で寝泊まりしながら熱 心に求職活動を行う者が大半だが、学歴、経験面で不利なことに加え住居・連絡先を 持たない者にとって、ハローワークで提供される求人はあらかじめ要件不足なもので ある。短期間で所持金を使い果たし、路上生活に至る者のなかには「水だけ」で数日 間を過ごした者も含まれる。

 現在の家族関係については、親がいない、頼れない者が多く、連絡すらとっていな い者がめずらしくない。友人関係についても、全国各地を派遣仕事で転々とするなか でつきあいが失われる、安定した生活を営む友人とは連絡しづらいなどの要因で縮小 傾向が見られ、「悩み事の相談相手」を持たない者も少なくない。また、健康状態につ いても多くの疾病を抱え、健康保険に加入せず医療サービスを受けてこなかった者も めずらしくない。健康がそこなわれた状態は親の世代から見てとれる傾向であった。

 意識面の特徴としては、自身にその責任を求める傾向が読み取れる反面、社会の側 に原因を見出そうとする意識は弱く、また、貧困、不安定な生活状況について「あた りまえ、ふつうのこと」として受け止めていることをうかがわせる語りが見られた。

 親を頼れない不利な条件に置かれた者が早期に学校から排除され、不安定な仕事と 住まいからもはじき出された末に路上生活に至るというプロセスを踏まえて、生育背 景と現状の困難さに適切に対応する支援施策が提起されることが求められる。

は じ め に

 「派遣村」「子どもの無保険状態」など一連の出来事や報道を通して、日本においても 貧困問題の可視化が進み、社会的な関心が集まるようになった。そしてようやく具体的な 対策が取り組まれ始めたのが現状である。ここで必要となるのは、問題を捉える視点を精 緻なものにし、誰が、どのような経過をたどり、どのような困難に直面しているのかをて いねいに捉えることである。そうした作業を通して、問題の構造的な背景と現れ方の多様 性を明らかにすることが可能となり、有効な支援策、求められる制度改変を構想する手掛 かりとすることができるだろう。

 こうした課題に応えるためには、統計資料、アンケート調査による数量的なデータだけ でなく、困難な状況に置かれた個々人が自らの生活や出来事をどのように受け止め、意味 づけ、次なる行動をとってきたのかを把握することが求められる。今回、アンケート調査 と並行して聞き取り調査が行われたのはこのようなねらいによるものである。

 困難な生活状況とそれをもたらした要因は多様であり、聞き取り調査でもさまざまな属 性、経歴をもつ調査協力者を対象とするよう努めた。そして同時に、非常に深刻な形で困 難な状況を生きている人々の経験を詳細に捉えるために、働く場だけでなく住まいを失う 事態に直面するという経験をした人々から多くの語りを聞き取ることとした。ホームレス を対象とする自立支援施設や若者支援の団体が運営する施設に収容された人が多く調査協 力者となっているのはこうした課題意識によるものである*1。本章は、これらの人々を特 に「住居喪失経験者」としてカテゴライズし、他の調査協力者の経験との比較を通して上 記の課題に応えていく。

 まず1節で、調査協力者の現在の生活状況を類型化し、その後の分析の準備とする。続 く各節では、生活史に沿った形で家族生活、学校経験を整理した後、住居喪失に至りそこ から脱却した経過を検討する。そして後半部では、調査協力者の現在の生活と意識に目を 向ける。生活面では彼・彼女たちが取り結んでいるネットワークと健康状態について、意 識については自分たちの生活をどのように受け止めているのかを語りをもとに整理してい く。最後に、得られた知見を通して導き出される支援策のあり方について提起したい。

1.生活状況タイプと属性

 調査協力者が調査時点でどのような生活状況にあったのか、それを居住場所や同居者に ついて整理し、「住居喪失経験者」(68人)と「アパート等」(26人)、「家族同居」(14人)

および「母子家庭」(12人)の4タイプに分けた。「住居喪失経験者」の内訳は、現在路上生 活をしている者(5人)、ホームレス対象の自立支援施設・支援団体の施設等で生活して いる者(46人)、「派遣切り」等で住居を失った後に支援を受けアパート等で生活している 者(17人)である。

 「住居喪失経験者」が住居を失った後の経験を見ると、68人のうち36人が路上生活を経 験(5名は現在も)しており、同じく36名が定住場所を失い「ネットカフェ」「ビデオ試写 室」やカプセルホテルなどの利用経験がある。双方を経験した者は15人であり、また、期 間については数日のみというケースから1年を超える者まで多様であった。

 調査協力者の年齢を生活状況別に整理したものが図表4−1である。

図表4−1 生活状況別の対象者の年齢

 「住居喪失経験者」の年齢を見ると、30代を中心として、20代よりも40代の方がやや多 くなってはいるものの、各年代に分布している。住居喪失の経緯と現状に世代間の違いが 見いだせるのかを検討することは、日本におけるワーキングプア問題が登場する過程を考 える手掛かりとなるだろう。また、「アパート等」で暮らす者(「住居喪失経験」を経てア パートに入居した者は「住居喪失→アパート等」と別に表記する)は20代30代となってい る。

 性別では、全体の分布が男性86人に対して女性34人となっており、女性の内訳をみると、

「母子家庭」12人の他、「アパート等」26人のうちおよそ半数の11人、「家族同居」14人の うちの7人が女性となっている。「住居喪失経験者」には4人の女性がおり、「施設等」が 2人、「住居喪失→アパート等」が2人であった。

 なお、「母子家庭」のうち3ケース、「施設等」の1ケースの女性がDV被害に遭い避難 せざるを得なかったという経験を持っている。DVケースを除けば、女性よりも男性の方 が住居を失う傾向が高いと言えるだろうか。女性の「住居喪失経験者」が、男性よりも見 えにくい形で生活しており調査協力者としてアクセスすることが困難であったという可能 性は残るが、男性が「はじき出されやすい」、女性は家族の中に「留まる・留められる」

という傾向があることが示唆される結果である。

2.生育家族の状況

 生育家族の不安定性

 調査協力者が生まれ育った家庭背景についての情報を一覧化したものが図表4−2であ る。父母の職業については、アンケート調査票の設問に用意された「中学3年生当時、父 母は主にどのような仕事をしていましたか」という項目における選択肢での回答に加えて、

聞き取りで語られた情報を加味している*2。「父母離死別・病気・不仲等」の項目は、家

૑ዬ༚ᄬ⚻㛎⠪

〝 ਄ ᣉ⸳╬ ૑ዬ༚ᄬψ

ࠕࡄ࡯࠻╬ ⸘ ࠕࡄ࡯࠻╬ ኅᣖหዬ Უሶኅᐸ ⸘

族関係や病気等の情報を聞き取りからピックアップした情報であり、それらをまとめて

「生育家族タイプ」とした。また、貧困経験などに言及したエピソードを「家庭の経済状 況」として別記している。これらの情報は調査協力者がおおむね20歳までの経験について のものであり、その後の状況は「ネットワーク」を扱う節で触れることになる。

 表中の家庭生活に関する記述から、親の「生活態度」や「子育ての姿勢」を非難し責任 を問う見方を抱く人がいるかもしれない。しかし、調査協力者本人の学校生活やその後の 職業生活の困難さ、不安定さが親の世代から引き継がれたものであったのと同様に、親自 身の生育過程や職業生活にも、さまざまな困難さ、不安定要因が折り重なったものであっ たことが予想される。この点に留意されたい。

 各ケースの配置は、ID番号の順番ではなく、調査協力者の学歴ごとにまとめ、それぞ れ年齢の高い者から順番にケースを並べている。原因―結果の経過からすれば、家庭の経 済状況、生活の安定度がそこで育つ本人の教育達成=学歴を規定する関係にあり、前者の 指標で配置し、教育達成がそれに応じて変化する関係を示す方法も考えられる。しかし、

家庭生活の安定度を一義的に示す指標を設定することが困難であることから、本人学歴別 に家庭生活を見る形をとった。

 本人学歴が「中学卒」のケースの生育家族の状況を見ると、1ケースを除くすべての家 族で非常に困難な状況に直面していたことがわかる。親の病気・入院、炭鉱の閉山・離職、

離婚と養育拒否などのエピソードが語られている。なお、《大阪34:男性25歳》のケース は、両親の強い教育期待に反発して中学で学校を離れたというもので、例外と位置付けて よいだろう。

 「定時制高校中退」、「高校中退」の両カテゴリーにおいても、同様に経済的困窮を経験 した者が大半を占め、ほとんどが1人親家庭あるいは親の離婚・再婚を経験している。こ のなかには、父親が自営業で成功していた2ケースが含まれ、倒産、父の病気を契機とし て生活が急変し高校中退に至っている。そのうちの1人は家業を継いでいるが、高校を卒 業できなかったことが後の生活に対して不利な影響を及ぼしていることが、ケース記録の 内容から読み取れる《東京29:男性48歳》。

 「定時制高校卒業」の7ケースについては、母子家庭が3ケースに加えて、「家計に余 裕がなかった」「父親がアルコール依存」だったことなどが語られている。ここでも、家 庭の不利な条件が進路に影響し、全日制ではなく定時制高校への進学となったことが予想 できる。

 これに対して、「専門学校卒」以上の学歴取得ケースに目を移すと、家庭の困難さを示 すエピソードがほとんど見られなくなり、対照性が際立っている。

 これらの結果から、生育家族におけるさまざまな困難、不安定性が本人の低い教育達成 につながっていることが確認された。経済的な困窮だけでなく、家族員間の不仲や病気、

飲酒や暴力などが語られ、子ども期を安心して過ごすことができなかったことがうかがえ る。また、「継母、継父との不仲」についての語りが多かった点は、母子・父子家庭の親 が再婚をした後も、子どもたちにとっては困難がつきまとうケースが少なくないこと、さ らに実父母との間でも不仲であったという語りもいくつかあり、家族生活の不安定さがス トレスとなって家族関係に影響を及ぼしている現れとして読み取ることができるだろう。

ドキュメント内 untitled (ページ 164-200)