リジリエンスは、システムが変化しても基本的な機能や構造を維持でき る能力、すなわち、「しなやかな強さ」とも言える回復力や復元力を意味 する。リジリエンスは多層的な概念であり、地域社会や個人のレベルで論
じることが可能である。それらを総合的に培っていくことが防災や減災には欠かせない。今回のプログラムで は、それぞれのレベル、特に地域社会と個人のレベルにおいて、そのグッド・プラクティスが紹介された。上 記に列挙された具体例から例示すると、コミュニティのレベルでは、ハチドリ計画に代表されるように、地域 社会全体が持続可能な社会形成の担い手となるように次世代を育成していく地域のリンケージが見られた。ま た、気仙沼の教育委員会では、学校で防災を教えることを通して、保護者にも防災教育を徹底していったこと
思想・伝統知 実践 理論
図1
が、震災時においても学校管理下で命を失った子ども達は皆無であったという類い稀なる結果の一助となった。
個人のレベルでは、気仙沼でお会いした地元の方々のお一人ひとりが災害時においても柔軟な姿勢と適切な判 断力をもって行動した実際の事例であると言える。一度は、絶望的な状況下におかれた人々が地域社会を牽引 しつつある現実が今の気仙沼にはある。個々人の強さとしなやかさが気仙沼全体の地域力と有機的にリンクし ているということを参加者は感じ取ったにちがいない。
リジリエンスとヴァルネラビリティ(脆弱性)の関係性 を把握することは、今後のアジア諸国の防災や減災にとっ て重要な課題であろう。プログラムの前半に、各国の参加 者によるプレゼンテーションを聞いた時、リジリエンスと 同時にヴァルネラビリティについても理論的な知識を共有 するべきであるとの思いを筆者は強くし、最終日の講義扱 うことにした。ここでは、JENESYS参加国すべてに共通す る課題として焦点化し、講義で使用した図をもって総括し ておきたい。
図2は「リジリエンスとヴァルネラビリティの関係」を
示している。災害時に、それぞれの社会がリジリエンスを高め、被害を被る度合いを低くする、すなわち、ヴ ァルネラビリティを低くすることが防災への課題となるのである。
図3は「災害のない健全な社会」の状態を示している。一方、図4は「リジリエンスのない破壊された社会」
の状態である。横軸は経年変化を示すための時間を、縦軸は社会的な機能を示している。東日本大震災前の日 本は図3のようにこれまで通り100%、社会的機能が継続していくと多くの人が信じていた。ところが、震災に 遭い、多くの被災地は社会的機能を喪失した。ここでは、双方の図ともに、あえて極端な事例を図示している。
ひとたび社会が災害に遭遇し、復興しようとすると、回復へのプロセスがはじまる。図5は、一般的なその 過程を示したものである。復興のプロセスは時間が経つごとに社会的機能を回復していくので、徐々に右肩上
図5 回復へのプロセス Reconstruction Process 図3 災害のない健全な社会
Sound Society without Disasters
図4 リジリエンスのない破壊された社会 Destroyed Society without Resilience
図6 リジリエンスの低い社会 Society with Slight Resilience
図2 レジリエンスとヴァルネラビリティ
(脆弱性)の関係 Resilience & Vulnerability
がりのラインが示されている。
ところが、図6に示されているように、リジリエンスの低い社会はその右肩上がりのラインの上がり度合いが 鈍い。道路や水道のインフラ整備が遅れ、衛生状態も改善されず、学校教育はなかなか再開されないなどとい う問題はいくつかの途上国で見られた課題である。
図7は、気仙沼の場合を図示したものである。気仙沼はもちろん大変な状況を現在でも抱えて入るものの、
いち早く学校復興を実現したことが象徴的であるように、社会全体の復興も国際的なレベルで見ると非常に高 かったと言える。つまり、気仙沼の場合は、この図の中の左上の三角の面積が極めて小さく抑えられたのであ る。
図8は、なかなか現実ではあり得ないが、理想的なリジリエンスを備えた社会を示している。こうした機能 回復が実現できるように、我々は努力を惜しんではならない。
図9は、今回のフィールドから実際に見てとれたレジリエンスの諸要素である。
むすびにかえて
今回のJENESYSプログラムのフィールドにおける最後のイベントは「野染め」であった。「風の布パピヨ
ン」という民間団体によるアートを通じた社会貢献活動を参加者達は地元の人々と一緒に体験した。カラフル なテキスタイルに喩えることができる今回のプログラムを象徴するかのようなこのイベントでは、実に鮮やか な彩りに老若男女、すべての参加者の心は踊ったと言ってよい。
こうした彩りは、被災地の人々に起きた次のような体験と重ね合わせるとき、より重要な意義を帯びてくる。
図7 気仙沼の場合
Case of KESNNUMA 図8 理想的なリジリエンスを備えた社会
An Ideal Resilient Society
図9 リジリエンスの諸要素 Elements of Resilience
Consolation/
Healing
RESILIENCE
Basic Human Needs
Mental Care/
Counseling
Counseling Time with
Family Time for
Friends Joy/Smile
Play/Sense of Wonder
Good Health (Slow Food)
冒頭でも触れたように、津波が東北の街々を襲った直後に目に入ってきたのは、文字どおり、殺風景であった。
「大津波の濁流渦巻くどすぐろい色」が生き抜いた人々の目の前に広がっていたのである。
こうした風景は子ども達の心にどのように焼き付いたのであろうか。次に挙げるのは、被災地の中学生が作 った詞*である。
黒い波 のまれて消える 街の色
震災直後、我々大人一般よりも感性の鋭敏な子どもにとって、津波が奪っていったものは、家や建物、自然 のみならず、街の色だった。
ふと見ると 家の窓から 青い海
しかし、震災後、しばらくすると、そんな子ども達も、回復のプロセスにおいて少しずつ、目の前の色に気 づくようになった。
白い地に これから絵の具を 塗っていく
子ども達にとっては、復興とは元の街に戻すことというよりも、まったく新しい絵画をキャンバスに描いて いくような感覚なのかもしれない。そして、色づけをしていくのは、他ならぬ自分自身であるという自覚の芽 生えをもつに至った子どもに、私たち自身が励まされる。
参加者は、この旅で多くの出会いがあった。確かに、その多くは悲しい出来事との出会いであった。しかし、
一方で、悲しみを乗り越えた希望との出会いもあったのもまた事実である。希望を失わないこと、それが恐ら くもっとも大切な持続可能性への道なのかもしれない。