第1章ではく高雅で感傷的なワルツ〉全8曲中で用いられている和声的 な手法を個別的、逐次的にとりあげたが、この第2章ではそれらを総括的 に整理し、また、ラヴェルの他のピアノ曲における同種の手法の使用例を あげて考察したい。
(1)七の和音から十三の和音までの、3度の堆積による和音、及び付加6 属音、付加2度音を伴う添加和音の、 「自律した和音jとしての使用。
〈高雅で感傷的なワルツ〉での使用例
まず第三曲第19〜21小節(Tonic保続音上のものではあるが)から例を引 いておこう(斜月1a、 b}。
和音a1・a2はそれぞれ属十三、属十一の和音。ともに導音と主音と の摩擦を避けるため、第3音は省略されている。
和音b1・b2・b3はいずれも主和音であるが、 b 1は6度音を伴う
添加和音であり、b2は第7音を伴う、いわゆる長七の和音。 b3の場合 は長七の和音にさらに2度音が付加されている(観方を変えれば長九の和音とも言えるが)。この部分についてはb1〜b3を一括し、譜例1bの
ようにひとまとまりの和音として捉えることもできる。
これと同様の例は、例えば第一曲の第7〜8小節{譜例2a、 b)、第二 曲の第26小節(譜例3)、第七曲の第26〜27小節(譜例4)などに見られる。
3度の堆積の結果である第7〜第13音と付加音としての6度音、2度音は、
垂直・水平の前後関係からそのいずれかに分類できるのだが、これらの例 を見ると、ラヴェルにとって堆積音と付加音はさほど明瞭に区別されるべ きものではなかったとも考えられる。
属七和音に6度音が付加された例も、第一曲の冒頭(頃年5a、 b)、第 三曲第63小節(動勢6a、 b)などに見られる。
〈高雅で感傷的なワルツ〉からは以上の他に、第7音、第9音、第11音 を持つSilb Dominante和音の例として、第一曲第77〜78小節(譜例7)をあ げておく。
他のピアノ曲での使用例
上記の和音の、他のピアノ曲における使用例として、まずく水の戯れ〉
(Jeux d eau 1902)の冒頭(譜例8)に見られる、主和音としての長九の和 音、下属和音としての長七の和音をあげておかねばならない。
また、〈クープランの墓〉(Le tombeau de Couperin 1918)の第四曲1リ ゴードン」(Rigaudon)の冒頭部(譜例9)を示そう。和音aは十一の和音で あるが、属和音ではないため、第3音の省略は行われていない。それに対
し、属十三の和音bでは、譜例1の和音a1・a2と同様、導音と主音の
摩擦をさけるため、第3音は省略されている。ここまで述べてきた和音は、ラヴェル以前にシャブリエ(Alexis Emman−
uel Cyabrier l841−1894)、フォーレ〔Gabriel Urbain Faur61845−1924)、
ドビュッシー(Clavde Achille Debussy 1862−1918)らの作品に数知れぬ使 用例があり、要するにラヴェル以前の時代に、すでにそれらは予備も解決
も必要としない「拡張された協和音1として認知されていたと見るべきであ
ろう。
ただし、シャイエが「水の戯れ1の最終小節の長七の和音(譜例10)をあげ、
「主和音としては、この和音はモーリス・ラヴェル以前にはまったく用い られていないようである。」(註1)と述べていることは申し添えておかねば ならない。
それに関連し、いわゆる短七(あるいは短九)の和音が主和音として使用 された例として、〈鏡〉(Miroirs 1906)第三曲の「洋上の小舟1(Une barq−
uesul l oc6an)の冒頭及び終結部(垂直11)をあげておく。
最後に、第1章のく高雅で感傷的なワルツ〉第二曲の分析の際にふれた、
長7度音を持つ短三和音(一例12)に関して述べておかねばならない。ラヴ ェルのピアノ曲の中で、この和音はくクープランの墓〉第四曲「フォルラ ーヌ」(Forlane)の冒頭部(譜例13)、〈夜のギャスパール〉(Gaspard de la nuit l909)第三曲rスカルポ](Scarbo)の248〜249小節(譜例14)、そして、
〈高雅で感傷的なワルツ〉第二曲の冒頭部と印象の酷似したく鏡〉第二曲 r悲しい鳥たち」(Oiseaux tristes)の終結部(譜例15)などに見られる。
これらの場合の長7度音は、例えば譜例13の嬰二音を「解決音ホ音が同 居した椅音」と解釈すること、あるいは一例15の一音を1後続する聴音を解 決音とする椅音」と解釈することは不可能ではない。しかし、譜例14のよ
うな場合にさえそのような解釈を行うなら、もはや長七の和音すら1自律 した和音」としての地位を失ってしまうことになる。やはりラヴェルの中 でこの和音は「拡張された協和音1として認知されていたとみなすことが自
然ではないだろうか。確かにこの和音が他の七〜十三の和音に比べてはる かに使用頻度が少なく、またその使用法も、例えばジョスカン・デ・プレ
(Josquin Des Pr6s l440?一1521}が長三和音を終決和音として使用した場 合(註2)に似て、やや遠慮がちなものであることは否定できない。しかし、
少なくともシャイエの言う「最近20年来(筆者註、1920年代}」におけるに の和音の形成」(註3)を準備することに、ラヴェルのこれらの例が少なから ず寄与していたことは間違いないと思われる。
註1 シャイエ、前撮書、51頁。
註2 シャイエ、前掲書、39頁。
註3 シャイエ、前掲書、55頁,
(1)種々の非和声音が生み出す「非和声音和音」、あるいは「変位和音1。
r非和声音和音」(註1)は、その和音内部で用いられている非和声音の種別、
あるいはその使用法に従って(1)1筒和音」、(2)「刺繍和音1、(3)「経過 和音1に分類する。さらに(4)「変位和音」、(5)「非和声音または変位音が 連続して現われ、従って卸和声音和音や変位和音が連続する例」を付け加 え、まずその分類にしたがってく高雅で感傷的なワルツ〉での顕著な使用 例をあげる。その後他のピアノ曲での使用例に即し、(1)〜(5)を包括的 に論じることとする。なお、後述する「和音の平行使用」中に現われる非和 声音和音は、基本的にここではとりあげない。
〈高雅で感傷的なワルツ〉での使用例
(1)椅和音
「高雅で感傷的なワルツ」では、まず第一曲から冒頭の和音(譜例1a、
b)、同じく第21〜22小節(心宿2a、 b)、同じく第25〜27小節(譜例3a、
b)をあげておこう。譜例1は椅音が同一和音内で直接解決する例。ただ し解決と同時に他声部が非和声音へ進行しており、(5)の項で改めてとり あげる。譜例2の場合、椅音は他声部が後続和音へ進行してもなお掛息音 として残り、二拍めで二音に解決する。譜例3(ア)の嬰イ音は第26小節で 後続和音へ進行すると同時に嬰ト音に解決しており、譜例2と本質的には 同じケースに属する。これらに対し、譜例3(イ)の嬰ト音は解決音が省略 されている。
さらに第一曲曲尾の属十一の和音(譜例4a、 b)。第5音イ音に解決す る雪面であるロ音は、その存在感の強さから、この和音が1の第2転回形 和音であるかのような印象さえ与える。
続いて第四曲の冒頭部(譜例5a、b)。先行する第三曲終決部の音形を 引き継ぐために置かれたホ音は、下声部で奏される短属九和音の第9音二 音に対する椅音であり、その解決は省略されていると考えてもよいし、第 2小節のオクターブ下の声音が解決を代行しているとも考え得る。ただし、
この第四曲の例は、譜面5に後続する部分を含めれば、後述する(5)に属 すべきものと考える。
譜例6a、 bは第五曲馬5〜8小節。第5〜7小節では内声部の三音か
らなる和音のうち、二音、あるいは三音すべてが下部凶音を持ち、さらに 第6小節では低音にも解決音を省略された椅音があるため、元来きわめて 機能的なものであるこの部分の和声進行に独自の色彩感が与えられている。また第8小節の和音aは、椅和音の最も典型的な例といってよい。
旧例7a、 b(第八曲第52〜53小節)もまた三音中の二音が下部筒音を持 つが、それによって同一の和音から異なった三つの椅和音が生じている。
ラヴェルが、非和声音の使用によって同一調性内で使用し得る和音の多様 化を意図していたことを、端的に示す例である。
椅和音としては他にも重要な例があるが、それらの多くは譜例1、譜例 5の場合同様、(5)のケースに属するものであり、その項でとりあげたい
(この点は、以下の(2》刺繍和音、(3)経過和音、(4}変位和音について も同様である}。
(2)刺繍和音
譜例8a、 bは第一曲第11〜14小節。第11〜13小節の和音aはいずれも 後続小節で原位音に解決しており、刺繍和音としての意味合いは明確だが、
第14小節のそれは解決音が省略されたものであることを補足しておく。
続いて第二曲第41〜43小節(譜例9a、 b)。第42小節の嬰ハ音、変ホ音 は、原位音である口音が上下に半音揺れ、減3度の摩擦を生じせしめたも の。この手法はラヴェルの作品に独自の音色感をもたらす重要な要素の一
つである。
譜面10a、 b(第三晶出14〜15小節)は、低音のホ音血続音の問題を別に し、また配置変換を整理すれば、典型的な刺績和音の使用例。
譜例11a、 b(第四曲第7〜8小節)、及び譜例12a、 bの和音a(同じ く第四曲終結部)は、1)椅和音とする考え方、あるいは、2)単に刺繍音 が用いられているに過ぎず、非和声音和音として分類するべきではないと
いう考え方もあろう。しかし1)に対しては、それぞれの非和声音に椅音 特有の緊張感が感じられないこと、2)に対しては、これらの直和声音が
この和音内部にもたらす特徴的な響きを無視できないことを申し述べた上 で、刺繍和音の例としてとしてあげておきたい。
譜面13a、 b(第五曲冒頭)のハ音、二音は、譜例9と同じく原位音が上 下に半音揺れ、減3度音程を作る例。しかし、その前部、後部とも原位音 である嬰ハ音は省略されている。後部原位音、すなわち解決音のみが省略
された刺繍和音の例として、旧例14a、 b(第六曲第8小節)もあげておこ
う。
第七白痴51〜52小節(譜例15a、 b)では典型的な刺繍和音が用いられて いる。また第八画面9〜11小節(譜例16a、 b)は、譜例10と同様、配置変 換を整理すればこれまた典型的な刺繍和音の使用例と見ることができる。