Figure4.2は, non-doped a-CおよびN-doped a-C (N =∼3 at.%)のラマンスペクトル, N-doped a-Cからnon-doped a-Cのスペクトルを引き算した差スペクトルを示す. 差スペクトルは, G-peak の強度で規格化し算出した. ラマンスペクトルは, G-peak (∼1590cm−1), D-peak (∼1350cm−1)と ともに, D1 (∼1200 cm−1), D2 (∼1480 cm−1)の主に四つの成分から構成される. G-peak, D-peak にくわえてD1, D2成分から構成されるラマンスペクトルは, スパッタ法により作製したa-Cや グラッシーカーボン, 活性炭などのsp2炭素の割合が高い非晶質炭素材料で報告されている [23].
1200 cm−1, 1480 cm−1付近のピークの由来は, 現在でもまだ明確に分かっていないが, 七員環由 来の7A1モード,五員環由来の5A1モードに起因すると考えられている[105,106].
窒素添加によって, G-peakは1595 cm−1から1589 cm−1に低波数側にシフトしており,一方で, D-peakは1354 cm−1から1364 cm−1に高波数側にシフトしていることがわかった. また,窒素添 加によって, G-peakとD-peakのFWHMが増加していることが確認できた. D-peakは不純物や 欠陥の存在によって六員環構造中の面内伸縮振動の対称性が崩れために生じるモードであり,六員 環を構成するsp2炭素クラスター(グラファイトクラスター)のサイズが小さい場合に顕著に観測 される [107]. したがって,窒素添加によるD-peak位置のシフトとFWHMの増加は,六員環構造
ラマン分光法および光電子分光法を用いたN-doped a-Cの評価 35
1800 1600
1400 1200
1000 (a). N-doped a-C
(b). Non-doped a-C
Raman Shift (cm-1)
Raman Intensity (a.u.)
(a – b) 2
1 3
4
5 × 5
1800 1600
1400 1200
1000
Raman Shift (cm-1)
Raman Intensity (a.u.)
D1 D-peak D2 G-peak
(b).Non-doped a-C (a). N-doped a-C I(D)/I(G)~ 1.21
I(D)/I(G)~ 1.32
Fig. 4.2. Raman spectra of non-doped a-C and N-doped a-C (N/C = ∼0.03), and difference spectra obtained by subtracting non-doped a-C from N-doped a-C (left). The decon-voluted Raman spectra of non-doped a-C and N-doped a-C (right).
中に窒素が置換されることで,その対称性が変化したことによると考えられる. これは,窒素原子 が小さなグラファイトクラスター内で炭素原子と置換されていることを意味する. また a-Cでは,
D-peakはラマンの励起光の波長に対してピーク位置の依存性があることが知られており,各々の
クラスターが異なるバンドギャップを有するのではないかということも指摘されている [11,101].
したがって, D-peakのシフトと第3章で得られたa-Cの光学バンドギャップの変化には相関があ るかもしれない.
窒素添加によるG-peakの低波数側のシフトは, 第2章で説明した三段階モデルのstage 2を想 定すると,グラファイトクラスターサイズが縮小したことによると解釈した. ここで, stage 2であ る根拠は, stage 1では, G-peakの2次のラマン活性モード(2800 cm−1)が明確に観測されるが,こ のモードは観測されなかったことによる. また, stage 3はsp3炭素の多いta-Cの場合で六員環構 造がほとんど存在しないため, D-peakはほとんど観測されない. 以上の理由から,ここではstage 2を想定した.
ラマン分光法および光電子分光法を用いたN-doped a-Cの評価 36
Table 4.2. Raman shift (cm−1), FWHM (cm−1), and area ratio obtained by the deconvolution of non-doped a-C and N-doped a-C.
Position (cm−1) FWHM (cm−1) Area ratio (%) Non-doped a-C
D1 1196 195 15
D-peak 1354 153 41
D2 1478 134 13
G-peak 1595 112 31
N-doped a-C
D1 1201 220 14
D-peak 1364 168 39
D2 1475 157 15
G-peak 1589 126 32
Non-doped a-CとN-doped a-Cのラマンスペクトルの違いをより深く考察するため, Fig. 4.2 に示すように差スペクトルを算出し,解析を行った. 窒素添加によって増加成分(2, 3, 4)と減少成 分(1, 5)が確認できた. 増加成分2と4は,窒素添加によるD-peakおよびG-peakのFWHMの増 加に起因し,減少成分5はG-peakの低波数側へのシフトに起因すると考えられる. 一方で,増加成 分3と減少成分1はほぼ同じ面積強度であり,窒素添加によって成分1と成分3が相関をもつこと を意味する. 成分3は五員環由来の5A1モードであり,成分1はD-peakに起因する成分であるた め, 窒素添加によって,一部の六員環構造が五員環構造に変わっていることが考えられる. すなわ ち, 窒素の存在によって,中間的な前駆体としての五員環が存在している可能性を示唆できる. た とえば,ピロールのような五員環の構造が窒素添加により形成されているかもしれない.
Figure4.2(right)とTable4.2は,差スペクトルの情報を反映したnon-doped a-CおよびN-doped a-Cの波形解析の結果を示す. 波形解析から算出されるG-peakのFWHMおよびD-peakとG-peak の面積強度比(I(D)/I(G))から,グラファイトクラスターの平均結晶粒径サイズ(La)を概算するこ とができる. I(D)/I(G)比は波形解析の精度の誤差が大きいため,とくにG-peakのFWHMがLa
を算出するための信頼できる指標となる. G-peakのFWHMは, a-CとN-doped a-Cでそれぞれ, 100 cm−1, 120 cm−1であり, I(D)/I(G)比は窒素添加により, 1.32から1.21に減少した.
ラマン分光法および光電子分光法を用いたN-doped a-Cの評価 37
Figure4.3は,様々な堆積方法で作製されたa-Cに対して, I(D)/I(G)比とG-peakのFWHM,La の関係性をプロットしたものである [108]. Laが∼1 nmになるまでは, I(D)/I(G)比は増加する. 一方で,Laが∼1 nmより小さい場合は, I(D)/I(G)比は減少する. また,Laの大きさは, G-peak のFWHMに反比例する. 注目すべき点は, G-peakのFWHMが∼50 cm−1付近を境に, Laは∼ 1 nmであることである. Laが∼ 1 nm以下では, Laの大きさは具体的に特定することはできな い. しかし, G-peakのFWHMが∼50 cm−1以上であれば,少なくともLaは∼ 1 nm程度である ことがわかる. したがって,炭化水素熱分解法で作製したnon-doped a-CおよびN-doped a-Cに 対してのG-peakのFWHMは, 100 cm−1, 120 cm−1であるので,少なくともLaは1 nm程度あ るいはそれ以下であることわかる. すなわち, 炭化水素熱分解法で作製したa-Cは, 主に1 nm程 度のナノグラファイトクラスターの集合体から構成されていると考えることができる. ここで想定 されるグラファイトクラスターは,実際にはsp3や欠陥を含んだ歪みや湾曲も含んだクラスターで あることを指摘しておく.
Laは平均サイズであるため,様々なサイズのクラスターが存在していると考えられるが,炭化水 素熱分解法で作製したa-Cは熱平衡で作製しているため,クラスターサイズは熱平衡反応に基づく ガウシアン分布に従うと推察される. このことから,平衡状態(反応温度・圧力)を変えること,不 純物添加などによって, 実験的にサイズ制御できる可能性は期待される. 窒素を添加することで,
Fig. 4.3に示すG-peakの半値幅とLaの関係図は変わると予想され,サイズの大きさや分布に違
いが生じていることも指摘しておく.
ラマン分光法および光電子分光法を用いたN-doped a-Cの評価 38
Fig. 4.3. I(D)/I(G) ratio vs G linewidth for various a-C films [108]. I(D)/I(G) ratio vs the FWHM of G-peak for a-C:H!(Ref. [109]), MEPD deposited a-C:H△, a-C:H deposited by magnetic confinement ▽ (Ref. [110]), a-C:H deposited by Mariotto et al. ♦ (Ref.
[111]), sputtered a-C• (Ref. [109]), i-C or ta-C $(Ref. [109]), MS/IP deposited ta-C
%, various graphite and other carbons by Knight et al. &(Ref. [112]).
本実験で評価したN-doped a-Cは炭素原子100個に対して約3つの窒素原子が置換されており, 1 nmサイズ程度のクラスターの集合体であれば, Fig. 4.4に示すクラスターモデルを簡易的では あるが提案することができる. a-Cの炭素ネットワーク(carbon matrix)は,主として小さなグラ ファイトクラスターから構成され, その各々のクラスターに窒素が置換されていると考えられる. また,炭素ネットワークおよびクラスターは,鎖状のsp2やsp3炭素,欠陥も含んだ3次元的なアモ ルファス構造をなしている.
Fig. 4.4に示すような1 nmサイズのクラスターでは,窒素を中心とすると最も離れた炭素原子 でも6原子程度しか離れていないため,この窒素原子は, バルクでの窒素置換とは違い,ナノクラ スター特有の働きを示すことが示唆される. ここでクラスター構造であるので,エッジの割合が無 視できなくなり,終端構造がどのようになっているかは興味がもたれる. 有機元素分析の結果から 水素は非常に少なく, 酸素は主として表面汚染 (次節のArイオンスパッタリング実験の結果 4.4 節参照)によるものであるので, 主に多重結合や欠陥などの終端構造を有していると考えられる.
ラマン分光法および光電子分光法を用いたN-doped a-Cの評価 39
一例として,グラフェンでは,実験また理論計算より,五員環や七員環などの多重結合をとること も報告されている [113–117]. このクラスターで構成されるという考えを導入することで,以後の
XPS/UPSやNMRの実験結果を上手く説明することができる.
4.92 Å 2.46 Å 1.42 Å
Fig. 4.4. Cluster model of amorphous carbon.
ラマン分光法により得られた重要な知見は,以下のとおりである.
• ラマン分光法による解析から,炭化水素熱分解法で作製されるa-Cは∼1 nm以下のグラファ イトナノクラスターの集合体から構成される.
• a-C構造中での窒素の働きを理解するもとになる漠然としていたa-Cの構造を類推すること ができた.
• 添加した窒素原子はそれぞれのクラスター中に分布し, 窒素添加により, クラスターサイズ が減少する.
• この小さなグラファイトクラスター内に窒素原子が炭素原子と置換されるため,クラスター 特有の窒素の作用が強く反映される可能性がある.
ラマン分光法および光電子分光法を用いたN-doped a-Cの評価 40