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モンゴル語訳『八千頌般若経』の系統分類

第一節 はじめに

『八千頌般若経』は紀元前後一世紀インドに成立し、さらに、ネパール、チベット を経てモンゴルに伝わったと言われる。本経がチベット語訳とともに広く流布したこと は種々の形で印刷もしくは書写されることからも知られる。一般的に本経はモンゴル人 の間ではチベット語のbrgyad stong paがモンゴル語に転訛してジャダムバ[jdamba]と 呼ばれ,モンゴルの多くのお寺でよく読誦される経典の一種である。本経を読誦するこ とによって、重要な年に多幸をもたらすとともに、種々の災いを降伏すると信じられて いる。前章で明らかにしたように、現存するモンゴル語訳『八千頌般若経』は四種ある。

その四種とは、①北元時代に成立したコペンハーゲン写本『八千頌般若経』(以下M1と略)

②113 巻モンゴル・ガンジョール所収の『八千頌般若経』(以下M2と略)③清朝時代に成 立した108巻モンゴル・ガンジョール所収の『八千頌般若経』(以下M3と略)④オイラト・

モンゴルのトド版モンゴル語訳『八千頌般若経』(以下TMと略)などである。本節では資 料としては、現存する四種のモンゴル語訳『八千頌般若経』を基礎とし、さらに、

世紀のP王朝時代に成立された、ラーマパーラ王著『世尊母随順と名づく解釈』以

下『随順』と略に見られる『八千頌般若経』の解釈を考察の捕捉資料として、モンゴ ル語訳『八千頌般若経』の系統を明らかにしたいと思う。

第一項 書誌的事項

モンゴル語訳仏典の特徴は、チベット語、あるいはサンスクリット語等の諸言語から 翻訳される際に、経典の冒頭に「インドの言葉で(enedkeg-yin keleber) 」と記してから サンスクリット語の経題をアリ・ガリ文字で表記し、続けて「チベットの言葉で(tObed-Un

keleber) 」と記してからチベット語の経題をアリ・ガリ文字で表記する。そして、最後

に「モンゴルの言葉で(mongGul-un keleber) 」と記してからモンゴル語訳の経題を示す。

この表記法はモンゴル仏教文化圏において、共通の特徴である。サンスクリット語の表 記はAPであり、チベット語訳は'phags pa shes rab kyi pha rol tu phyin pa brgyad stong paとなる。そして、モンゴル語訳ではQutuG-tu bilig-Un cinadu kUrUgsen naiman mingG-a tU(聖八千頌般若波羅蜜多)と示すが、諸本によっ てその表記法が異なるので以下にそれらを併記する。これらは、すべて経典の冒頭から 抜き出したものである。

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M1. M : QutuG-tu bilig-Un cinadu kijaGar-a kUrUgsen naiman mingGan 聖八千頌般若波羅蜜多

T :missing S : missing

M2. M: QutuG-tu bilig-Un cinadu kijaGa-a kUrUgsen naiman mingG-a 聖八千頌般若波羅蜜多

T : 'phags ba shes rab kyi pha rol tu phyin ba brgyad stong ba S : AB

M3. M : QutuG-tu bilig-Un cinadu kUrUgsen naiman mingG-a tU 聖八千頌般若波羅蜜多

T : 'phags ba shes rab kyi pha rol tu phyin ba brgyad stong ba S : AP

TM. M : Xutuqtu biligiyin cinadu kUrUqsen naiman mingGntu 聖八千頌般若波羅蜜多

T : 'phags pa shes rab kyi pha rol tu phyin pa brgyad stong pa S : AP



 以上例挙した四種のモンゴル語テキストを検討してみると、モンゴル語の経典名は すべて「聖なる八千頌般若波羅蜜多」と統一されている。しかし、北元時代のチャハル・

トゥメンにおいて成立したM1において、チベット語訳とサンスクリット本の経題が欠 けている。これは、経題をサンスクリット語からチベット語、そしてモンゴル語の順番 で表記される伝統と異なり、表記法が正規化される前の特徴と考えられる。モンゴル語 訳『八千頌般若経』は、新・旧系統ともにすべて 24 巻本である。しかし、M1には巻 数の表記に誤記や脱落が認められる。たとえば、arban tabdaGar debter(第十五巻)と記す べき箇所にarbaduGar debter(第十巻)と記し、続けてqorin GurbaduGar debter(第二十三巻) と記すべき箇所にGuqin qoyaduGar debter(第三十二巻)と誤記している。北元時代に成立 した M2 と清朝時代のモンゴル語訳 M3 のチベット語の表記に関して、チベット語の pa文字をbaと誤記している。そして、サンスクリット語の表記に関して、まずM2で は本来あるべきpの頭文字をと誤記したため、bとなった。

次に、オイラトのTMでは「聖なる」にあたるの文字が欠けている。

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第二項 チベット語訳『八千頌般若経』について

チベット語訳『八千頌般若経』に大まかに二種の系統が現存することが指摘されてい る。川合氏は東洋文庫・河口慧海将来の写本大蔵経所収の『八千頌般若経』(T)と東 京大学所蔵・多田等観将来写本及び大谷大学所蔵・蔵外写本(O)がそれぞれ古い系統 を保持し、一方、五大版本と呼ばれるチョーネ版(C)、デルゲ版(D)、ラサ版(H)、

ナルタン版(N)、北京版(P)は新系統であると指摘した。さらに、庄司氏はプダク の三つの写本(Fa, Fb, Fc)の内Fcとロンドン写本(L)及び東洋文庫所蔵・河口慧海 将来写本(K)が古い系統と指摘した。また、磯田熙文氏は、チベット・テンギュル 般若部所収の『世尊母随順と名づく解説』に、新・旧二種の『八千頌般若経』のテキス トの存在が確認され、新系統のテキストにおける経文の増広箇所と増広の理由として、

旧系統のテキストを『現観』に対応されてなされたものであると指摘した。

弥勒作とされる『現観荘厳論』に、《大注》(《現観荘厳光明》)と《小注》という二 種の注釈を著したことにより、後世に影響を与えた。『現観荘厳論』は、『八千頌般若経』

に対する一種の綱要書であり、本来唯識派との関連が深いが、ハリバドラはこれを中観 派の立場から注釈した。このように『現観荘厳論』は、『八千頌般若経』を対応させつ つ注釈を加えた論書であり、新・旧二種の『八千頌般若経』の系統を分類する上で基礎 的な論書にもなる。

旧系統:T , O, Fc, L, K

新系統:C, D, Fa, Fb, H, N, P

上記のようにチベット語訳『八千頌般若経』には二種の系統が存在するが、これと同 様にモンゴル語訳にも新・旧二種の系統が存在する。以下モンゴル語訳のテキストを示 す。

第三項 モンゴル語訳『八千頌般若経』について

モンゴル仏典は主としてチベット語から、一部はウイグル語やインド系言語、あるい はまた漢文から翻訳されて成立した。元代にはすでに個別の経論が一部翻訳されていた が、『八千頌般若経』は主に北元時代と清朝時代にチベット語から翻訳された。モンゴ ル語訳『八千頌般若経』は四種あり、それらを大別すると新旧二種に分けられる。旧系 統は、北元時代に成立したコペンハーゲン写本『八千頌般若経』(M1)と、サムダンセ ンゲが翻訳した『八千頌般若経』(M2)である。新系統は、清朝時代に成立した 108 巻 モンゴル・ガンジョール所収の『八千頌般若経』(M3)と、オイラト・モンゴルのトド

36 版モンゴル語訳『八千頌般若経』(M3)である。

以下は本論で列挙した四種のモンゴル語訳『八千頌般若経』の概略である。

表:モンゴル語訳『八千頌般若経』の概略

成立した地域 翻訳年代 経典翻訳の提案者 モンゴル人翻訳官 M1 チャハル 1593‐1603 ① ブ ヤ ン ・ セ チ ェ

ン・ハーン

②ジュンゲン・ハタ ン

①ディドッバ・ガブ チュ・ラマ

② ド ル ガ ル ・ オ ン ブ・ノーボ師

③ラシ師 M2 トゥメド 1607‐1613 ① ソ ド ナ ム ・ ノ ム

チ・ダイチン

②ゴンブ・タイジ

サムダンセンゲ

M3 ドロンノール 1718‐1720 康煕帝 校訂委員会 TM オイラド 1638‐1650 ①キシキフ

②ヅェワン・チェチ ェン・ホン・タイジ

ザヤ・パンディタ

第四項 チベット語訳とモンゴル語訳の奥付の比較

チベット語訳の五版本の奥付では、JDが翻訳を 行ない、改訂は、ナルタン版、チョーネ版、ラサ版は1.(S R

DRDpaR’’

 R’’ BR

により六回にわたって行なわれたが、北京版、デルゲ版は、このうち

Rを欠いている。モンゴル語訳のM2の奥付において、

チベット語の翻訳事業についてインドの師 Dharmatala と翻訳官 Vと

などの三人の名前が挙げられている。これは大谷大学所蔵・蔵外写本 O 本の奥付に出る三人と一致する。インドの師 Dharmatala は清朝時代に成立した 108 巻モンゴル・ガンジョール所収の『八千頌般若経』の奥付に出る Dと同一 人物である可能性あり、Vは、チベットにおける初めての出家者、「試 みの六人」のひとりである。以下は、モンゴル諸訳とチベット諸訳の奥付における翻訳 官と改訂者を表した表である。

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表:モンゴル語所訳とチベット諸訳における奥付の比較 旧系統 M2, O ①

新系統 M3, P, D ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦

新系統 TM, Fa ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧ ⑨ 新系統 C, N, H ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧ 旧系統 L ② ③ ④ ⑦

新系統 Fb ⑦

旧系統 M1, Fc, K なし

旧系統 T ② ③ ④ ⑦

①翻訳者DV

②翻訳者JD

③校訂者SR

④校訂者DR

⑤校訂者D R’’

⑥校訂者R’’

⑦校訂者B

⑧校訂者R

⑨校訂者D’K’

以上の表から分かるように、M3はチベット語訳の北京版とデルゲ版と同じく新系統 に属し、また、オイラド・モンゴルのTMは新系統のFa本と全く同じである。一方、

チベット語訳の旧系統に属するL 本とT本が新系統に登場する翻訳者と改訂者と重ね るが、T本について川合氏は現行のチベット訳刊本より古い内容を持ち、写本の奥付は 刊本とほとんど同じ翻訳者、改訂者をならべていると指摘した。モンゴル語訳の M2 はチベット語訳の旧系統のO本と一致するが、M1には欠けている。そのため、M1の 系統について、次節で述べたい。

第五項 『八千頌般若経』諸本の各章の構成

『八千頌般若経』は梵本・チベット訳・モンゴル訳はともに32章から構成される。

しかし、諸本の各章題を基準にした表をみると、モンゴル訳とチベット訳の場合、新系 統と旧系統との間において章題に異同が見られる。以下、主にモンゴル諸訳を中心に、

新・旧両系統の章題を示し、それらをサンスクリット本とチベット語訳と対照して異同 を明らかにする。

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