第3章以降の実験内容の説明に先立ち,本研究の実験で用いた方法をま とめておく。本研究では,ワーキングメモリ容量の測定にL S Tもしくは R S Tを用い,短期記憶範囲の測定にはD S Tを用いた。それぞれの手法 について,その背景と詳細な手続きを以下に述べる。
1.ワーキングメモリ容量の測定
前述のように,ワーキングメモリの研究は,構成概念を再構築する流れ と新しい測定方法を求める流れとに大きく分けられる。後者の端緒となっ たのが, Daneman & Carpenter (1980)であった。 Daneraan & Carpenter (1980)は, D S Tやワードスパンテスト(word span test)のような従 来の短期記憶の測度の成績が読みの能力と相関がないか,非常に弱い相関 しかないことを指摘した。そして,ワーキングメモリの処理(processing) と貯蔵(storage)の機能の双方に負荷をかけることにより,読解の成績 と強い相関を示し,ワーキングメモリ容量の個人差を測定することができ るR S TとL S Tを提案した。しかし,テストが何を測定しているかは未 だ議論の的となっており,意見の一致をみていない(賓藤,1999;Miyake, 2001) この点は,ワーキングメモリスパンテストを実行している間の忘 却の性質や,処理と保持との関係を探る研究(Duff&Logie, 2001;Saito
&Miyake, 2004)などで引き続き追究されている。
ワーキングメモリの測定には他にも,図形を数えて覚えるカウンティン グスパンテスト(Case, Kurland&Goldberg, 1982)や,簡単な計算問題 の答えの正誤判断・とその横にある単語を覚えるオペレーションスパンテ スト(Turner&Engle, 1989)視覚呈示されるアルファベット文字が標 準か鏡文字であるかをできるだけ早く正確に回答すると同時に, 1セット 内で各文字が動く方向の軌道を覚えておく空間スパンテスト(′Shah&
Miyake, 1996)などがある。本研究では,言語性のワーキングメモリ測定 に適したL S TおよびR S Tを用いる。
(1)リスニングスパンテスト
このテスト法はDaneman & Carpenter (1980)により開発されたもので ある。 R S Tは材料が視覚的に呈示されるのに対し, L S Tは聴覚的に呈 示される。 L S Tの研究は,この後も Siegel &Ryan (1989),安藤・福 永・倉八・須藤・中野・鹿毛(1992),石王・苧阪(1994),小坂・山崎(2000), 樋口・高橋・小松・今田(2001)と続いている。しかしながら,これらの
うち,成人を対象として作成されたL S TはDaneman&Carpenter (1980) と苧阪(1997)のみであり,他の研究は全て幼児または児童を対象とした ものである。これは, L S TがR S Tの代替として利用されたことに大き な理由がある。すなわち,文字についての知識が十分に習得されていない 子どもには,文や文章の視覚呈示が難しいので,それらを聴覚呈示してワ ーキングメモリ容量を測定しようとしたのである。本研究の被験者は成人 学習者であり,目標言語の文字の習得もなされているが,聴解力との相関 をみることから同じモダリティを用いたテストとして,実験1, 2ではL
S Tを使用する(実際に使用したL S Tの説明は第3章を参照のこと)0 次にDaneman & Carpenter (1980)のL S Tを紹介する。
Daneman & Carpenter (1980)のリスニングスパンテスト
材料:一文が9‑16語の長さで,すべて異なる単語で終わる文であった.
文は一般知識のクイズの本から選択され,生物学,自然科学,文学,地 理学,歴史,最近の出来事のような幅広い領域から選定された。文の難 易度については適度なものが選定されたが,文の半数は内容が真であり, 文の半数は内容が偽であった。 2文条件から6文条件までそれぞれ3試 行ずつ用意された。各セット内のターゲット語は意味的関連性がないも のであった。
手続き:・被験者は聴覚呈示された文を聴き,次の文が呈示されるまでの 1.5 秒の間に内容の真偽を true または false で口頭で答える。
1セットの終わりは音によって合図され,そこで被験者は各文の最後の 単語を再生する。
評価方法:各文条件3試行のうち, 2試行以上正解の場合はその文条件を クリアしたものとし, 1試行正解の場合は0.5点と評価し,正解がない
えば, 3文条件まで2試行以上正解し, 4文条件で正解がなかった場合 は3.0点,また3文条件まで2試行以上正解し, 4文条件で1試行正解 した場合は3.5点となる。
(2)リーディングスパンテスト
被験者は,複数の短い文を音読しながら各文の指定された単語を覚え, 最後に,覚えた単語をすべて口頭再生しなければならない。ここでは日本 語版として開発され,比較的普及している形式である苧阪(1992)を紹介 する。
苧阪(1992)の日本語版リーディングスパンテスト
材料:漢字かな混じりで20‑28文字の長さの文が70文用意された。ター ゲット語は出現位置がランダムで,品詞は,表記形態ともにランダムと し,赤い下線をひいた。文条件は5文までであり,各文条件には文のセ ットが5セットずつ用意されている。各セット内のターゲット語は意味 的関連性や音韻的類似性がないものであった。
例)わたしたちは,日ごろさまざまな問題に出会う。
この色は実際は鑑の皮から取り出した色なのだった。
手続き:各文はカードに一行に書かれ,各セットの最後には白紙のカード が挿入された。実験者が被験者にカードを呈示し,被験者が文を音読し 終わるとすぐに次のカードが呈示された。被験者は白紙のカードが呈示
された時点で覚えたターゲット語を全て口頭再生しなければならない。
その際,新近性効果(recencyeffect)を防ぐために最後の文の単語を 最初に再生しないよう求められる。
評価方法:基本的にはL S Tと同様であるが,試行数が異なるため,得点 化される試行数も異なる。各文条件5試行のうち, 3試行以上正解でク リアしたことになり, 2試行で0.5点,正解が1試行,もしくは無い場 合にテスト終了となる。
2.短期記憶範囲の測定
短期記憶範囲(short‑term memory span)の測定にはD S Tを用いた。
D S Tはワードスパンテストとともに短期記憶範囲を測定する際に用い られるテストとして普及している。
材料: o‑9の数字をランダムに並べたもので 12 桁までのリスト が2つ用意される。材料は目標言語の母語話者が録音する場合が多い。
手続き: 1秒に1つの割合で目標言語で聴覚呈示された数字を,呈示が終 わった時点で即座に口頭再生するよう求められる。正しく再生された場 合は1つ大きな桁に進み,同じ桁を2度間違えた場合にテストが終了と
なる。
評価方法:正再生できた最大の桁数が得点となる。