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マツ材線虫病の発病メカニズムと今後の展望

第 5 章 総合考察

5.3. マツ材線虫病の発病メカニズムと今後の展望

1971年にマツ材線虫病の病原体が特定されて以降,本病に関する多くの研究が実施されてきた。これ

らの研究によって,本病の枯死メカニズムについて詳細に記述され,マツの抵抗性やPWNの病原性は

樹体内におけるPWNの増殖に関連することが推測された。しかし,なぜ外来の病原体であるPWNが

マツの防御反応を突破して樹体内で増殖し,結果として発病させることができるのかについては不明で

あった。本論文では,樹体内におけるPWNの移動・増殖といった動態とその病原性,それに対する宿

主の防御反応と病徴進展に着目し,分子生物学的手法を用いた基礎研究を行った。本論文第2章から第

4章までで得られた知見とこれまでに述べた先行研究によって得られた知見から,クロマツにおける発

病メカニズムは以下のように考えられる。

PWNのマツ樹体内侵入後,速やかな分散と様々なエフェクターの分泌に伴って,マツは全身で防御

反応を行う。マツの防御反応を誘導する,あるいはマツの防御反応を操作するPWNの生体分子につい

ては,PAMPsや,DAMPsを産出させる細胞壁分解酵素,その他のエフェクターが考えられる。マツに

よる抗菌タンパク質や活性酸素の産生などの防御反応に対し,PWNはその移動能力と防御反応への耐

性によって一定数が生存すると考えられる。その後,PWNは積算温度にしたがって指数関数的に増殖

し,それに対するマツのさらなる防御反応の結果,マツは枯死が決定づけられると考えられる。ただ

し,PWNが顕著に増殖する以前に,細胞壁の強化などPWN増殖抑制に有効な防御反応が誘導された場

合には,マツは枯死を免れる可能性がある。したがって,クロマツが発病するためには,PWNが全身

第5章

RNA干渉(RNA interference, RNAi)を利用することで,これら病原性に関する分子を含むPWNの様々

なエフェクター候補遺伝子の発現を抑制し,病原性分子を明らかにする試みが盛んに行われている(Fu

et al., 2014; Xu et al., 2015; Qiu et al., 2016; Wu et al., 2017; Hu et al., 2019; Huang et al., 2019; Liu et al., 2019;

Meng et al., 2019; Wang, F et al., 2019; Wang, L et al., 2019; Xue et al., 2019)。しかし,移動・増殖能に寄

与すると考えられる細胞壁分解酵素やペプチダーゼ,マツの防御反応に対する耐性に寄与すると考えら

れる抗酸化・解毒に関わる生体分子は多岐にわたり,それらは病原性の発揮に必須であると考えられ

る。そのため,病原性候補遺伝子の発現を抑制するRNAiによるアプローチでは,真の病原性に最も寄

与する生体分子を特定することは難しいと考えられる。PWNは北米原産の線虫であり,病原性に関す

る因子は原産地における宿主との共進化によって獲得された可能性があることについては前に述べた。

北半球に広く分布するニセマツノザイセンチュウは,PWNが病原性を示すマツ類に対し病原性を示さ

ないが,PWNと食餌源や媒介昆虫において共通しており,形態も極めて類似している(Mamiya and

Enda, 1979; Pereira et al., 2013)。重要な病原性候補エフェクターと位置づけられる細胞壁分解酵素は,

真菌からの水平伝播によって獲得されたと考えられており(Kikuchi et al., 2004),PWNだけでなくニ

セマツノザイセンチュウも有している(Kikuchi et al. 2011; Yan et al., 2012)。さらに,抗酸化に寄与す

る生体分子はむしろニセマツノザイセンチュウの方で豊富であるとする報告もある(Cardoso et al.

2016)。ニセマツノザイセンチュウについては,PWNと比較して移動と増殖能の両方が劣るという報

のことを考慮すれば,PWNの真の病原性に寄与する生体分子を明らかにするためには,PWNの近縁種

との比較が必須であると考えられる。本論文第2章では,宿主の防御反応と病原体の動態との関連性に

ついて明らかにし,第3章では,宿主と病原体のトランスクリプトームを同時に明らかにすることで,

それらの相互作用についての情報を取得した。PWNの近縁種であり非病原性であるニセマツノザイセ

ンチュウを対象として,本研究で行ったように,クロマツに感染させた際の移動・増殖とマツの防御反

応との関連性や,PWNの病原性候補遺伝子とクロマツの防御関連遺伝子の発現について評価すること

で,PWN特有の真の病原性についてより明確となり,発病メカニズムの完全解明に向けて前進するこ

とができると考えられる。

摘要

マツ材線虫病は,北米原産のマツノザイセンチュウ(Bursaphelenchus xylophilus (Steiner & Buhrer)

Nickle; pinewood nematode; 以下,PWN)によって引き起こされる劇症型森林病害である。クロマツ

(Pinus thunbergii Parl.)やアカマツ(P. densiflora Sieb. et Zucc.)に代表される日本のマツ類は,本病に

強い感受性を示す。そのため,1971年に病原体が特定されて以来,これまで40年以上に亘り枯死メカ

ニズムに関する知見が集積されてきた。本病の病徴進展は感染初期と病徴進展期の2段階に分類される

ことが示され,病徴進展期へ移行する際の現象であるPWNの顕著な増殖がマツを枯死に至らしめる要

因であると考えられた。しかし,樹体内におけるPWNの増殖を可能とする宿主と病原体双方の要因に

ついての情報は不足しており,結果としてなぜマツは発病に至るのかは明確でなかった。本研究では,

宿主と病原体の相互作用,および相互作用の発現に関わる環境条件を視野に入れた,マツ材線虫病の発

病メカニズム解明に向けての基礎研究を分子生物学的手法により行った。

第2章では,TaqMan qPCR法を用いることで,マツ樹体内におけるPWN頭数を直接的に定量できる

手法を確立し,PWN感染後のクロマツ実生苗におけるPWN頭数と植物の防御関連遺伝子である感染特

異的(pathogenesis-related, PR)遺伝子群の発現を時空間的に評価した。感染初期ではPWNは侵入箇所

近傍を中心に分布していたが,離れた箇所でも少数検出された。一方で,PR遺伝子群は全身で強く発

第3章では,クロマツ抵抗性2クローンおよび感受性1クローンを対象に,宿主と病原体のトランス

クリプトームを同時に取得するdual RNA-seq解析を行った。宿主側の遺伝子発現に関しては,抵抗性ク

ローン間でも遺伝子発現全体の動きは異なっており,抵抗性および感受性クローン間の発現変動遺伝子

として宿主の病原体認識,細胞壁の形成と生合成,抗菌タンパク質に関連する遺伝子群が認められた。

病原体側のエフェクター候補遺伝子に関しては,植物の細胞壁分解,ペプチダーゼとペプチダーゼイン

ヒビター,抗酸化や植物の防御反応の操作と関連する遺伝子群の発現が認められた。宿主と病原体双方

の情報から,クロマツの抵抗性因子は複数存在し,過剰な防御反応と細胞壁における防御反応が関連す

る可能性が提起された。

第4章では,異なる温度試験区において,クロマツ樹体内におけるPWNの増殖と外部病徴の発現を

経時的に評価した。樹体内温度は外気温よりやや高く,PWNの増殖に好適な温度条件下では,PWNの

増殖と病徴進展は有効積算温度によってよく説明されることが明らかとなった。しかし,PWNの増殖

に好適な温度条件下でない場合には,PWNの増殖頭数はマツ個体間でばらつきが認められ,部分枯死

もしくは枯死に至った個体は認められなかった。以上のことから,温度はPWNの増殖速度を変化させ

ることにより,マツ材線虫病の病徴進展に影響を及ぼす要因であることが示された。

第5章では,第2章から第4章までに得られた宿主・病原体・環境の3つの要因に関する知見をもと

に,発病メカニズムについて総合考察を行った。PWNに強い感受性を示すクロマツは,PWN侵入後,

PWNの迅速な移動に伴う様々なエフェクター分泌に対し,全身で防御反応を行うが,この防御反応は

謝辞

九州大学大学院農学研究院准教授 渡辺敦史先生には,本研究を遂行するにあたり,終始熱心なご指

導とご鞭撻を賜りました。マツ林等の様々な調査に赴く機会や研究成果を発表する機会も多く設けて頂

き,充実した研究生活を送ることができました。厚く御礼申し上げます。

九州大学大学院農学研究院教授 溝上展也先生ならびに同教授 久米篤先生には,博士論文の副査をお

引き受け頂き,有意義なご助言とご校閲を頂きました。森林総合研究所林木育種センター九州育種場の

松永孝治博士には,副査を務めて頂くとともに,マツノザイセンチュウの培養法から統計解析手法まで

大変丁寧なご助言と多くの励ましを頂きました。深く感謝申し上げます。

森林総合研究所林木育種センターの平尾知士博士には,本研究に関する貴重なご助言を頂きました。

九州大学大学院理学研究院准教授 手島康介先生には,RNA-seq解析の一部を行って頂きました。心よ

り感謝申し上げます。

植物代謝制御学研究室の学術研究員 田村美帆博士には,RNA-seq解析の一部を行って頂き,研究に

関する貴重なご助言を頂きました。また,同研究室の福田有樹博士ら先輩,同輩,後輩の方々と過ごし

た日々はとても楽しいものでした。ここに感謝の意を表します。

最後に,私の選択に理解を示し,支えてくれた両親に深く感謝します。

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