第 6 章 量子揺らぎのスケジューリングによる高速化 66
6.7 SA の量子系へのマッピング
10-3 10-2 10-1 100 101 102 103
100 101 102 103 104 105
Residual energy
Annealing time: τ Linear scheduling
Based on |ATmax(s)|
Based on |AT10(s)|
図6.18: N = 104における失敗確率のτ依存性の比較
と書くことができる.ここで,P(t)は2N個のスピン配位に対する確率を列ベクトルで表 現したものである.遷移行列W の固有値と固有ベクトルが求まればマスター方程式を解 くことができ,固有値と固有ベクトルをそれぞれλi,ψiとおくと,
P(t) =
2∑N−1 i=0
aieλitψi, (6.120) が得られる.ここで,
Wψi =λiψi, (6.121)
であり,λ0 > λ1> ... > λ2N−1とする.遷移行列の最大固有値は0で縮退がないことが知 られており,平衡状態P∞≡P(t→ ∞)は
P∞=ψ0, (6.122)
となる.また,1/|λ1|は緩和時間と呼ばれており,系が平衡状態に到達するために必要な 時間の目安を与える.平衡状態では式(6.117)の右辺が0となるので
∑
σ′̸=σ
Wσσ′Pσ∞′ = ∑
σ′̸=σ
Wσ′σPσ∞, (6.123) が成り立つ.これが成り立つための十分条件は両辺の各項が等しくなること:
Wσσ′Pσ∞′ =Wσ′σPσ∞, (6.124) であり,詳細つり合い条件と呼ばれる.系が熱浴と相互作用している場合の平衡状態はボ ルツマン分布:
Pσ∞= 1
Ze−βH0(σ), (6.125)
Z(T) =∑
σ
e−βH0(σ), (6.126)
で与えられる.ここで,βは逆温度(1/kBT)であり,H0(σ)はIsingモデルのハミルトニ アンであり,Z(T)は分配関数(規格化定数)である.以降では,ボルツマン定数kB = 1 として話を進める.式(6.125)を詳細つり合い条件の式に代入すると,遷移行列の要素に 対する条件として
Wσσ′
Wσ′σ
=eβ[H0(σ′)−H0(σ)], (6.127) を得る.遷移行列の要素Wσσ′は式(6.127)を満たせば何でもよく,一般的な形として
Wσσ′ =wσσ′exp (
−1 2β[
H0(σ)− H0(σ′)])
, (6.128)
と書くことができる.ここで,
wσσ′ =wσ′σ, (6.129)
を満たす.一般的にwσσ′ は1スピンフリップで遷移可能なスピン配位のペアに対しての み非ゼロの値が設定される.1スピンフリップで遷移可能なペアに対して,メトロポリス 法では
wσσ′ = min {
exp (
−1 2
[H0(σ)− H0(σ′)]) ,exp
( +1
2
[H0(σ)− H0(σ′)])}
, (6.130) とし,熱浴法では
wσσ′ = 1
exp (
−1 2
[H0(σ)− H0(σ′)]) + exp
( +1
2
[H0(σ)− H0(σ′)]), (6.131)
とする.
6.7.2 マスター方程式と虚時間シュレーディンガー方程式の対応
ここでは,SAのダイナミクスを量子系のハミルトニアンの下での時間発展とみなす方 法について,先行研究 [110]に沿って説明する.
まず,基底状態において各スピン配位を得る確率が式(6.125)で与えられる量子系のハ ミルトニアンを求める.つまり,基底状態|ϕ0⟩が
|ϕ0⟩= 1
√Z(T)e−12βHˆ0∑
σ
|σ⟩, (6.132)
となるようなハミルトニアンHˆq(T)を求めることが目標である.ここで,
Hˆ0 =∑
σ
|σ⟩ H0(σ)⟨σ|, (6.133) である.|ϕ0⟩を基底状態にもつ量子系のハミルトニアンは一意に決まるわけではない.先 行研究 [111]では
Hˆq= ˆ1−e12βHˆ0W eˆ −12βHˆ0, (6.134) が提案されているが,先行研究 [110]で提案されている量子系のハミルトニアン:
Hˆq=−e12βHˆ0W eˆ −12βHˆ0, (6.135) では遷移行列W の固有値とHˆqの固有値が一対一対応しているため,古典系から量子系 へのマッピングを議論するのに都合が良い.ここで,
Wˆ =∑
σ,σ′
|σ⟩Wσσ′⟨σ′|, (6.136)
である.実際に,Wˆ の固有値と固有ベクトルをλi,|ψi⟩とおくと,
|ϕi⟩=e12βHˆ0|ψi⟩, (6.137) はHˆqの固有値λiに属する固有ベクトルになっていることが分かる.また,式(6.122)を 用いると,基底状態が式(6.132)となっていることも容易に確認できる.さらに,マスター
方程式において重要な寄与を及ぼす緩和時間1/|λ1|は,Hˆqの基底状態と第一励起状態の エネルギーギャップの逆数として表れている.式(6.135)に完全性:
∑
σ
|σ⟩ ⟨σ|= ˆ1, (6.138)
を挿入して,式(6.133)と(6.136)を代入すると Hˆq=−∑
σ,σ′
e12β[H0(σ)−H0(σ′)]Wσσ′|σ⟩ ⟨σ′|, (6.139) と変形できる.さらに,式(6.118)と(6.128)を代入すると
Hˆq=−∑
σ
Wσσ|σ⟩ ⟨σ| − ∑
σ̸=σ′
wσσ′|σ⟩ ⟨σ′|, (6.140) が得られる.第一項は対角要素を表し,第二項は非対角要素を表している.第二項の和を 1スピンフリップで遷移可能なスピン配位のペアに制限し,σのj番目のスピンを反転さ せたスピン配位をσ¯jとおくと
− ∑
σ̸=σ′
wσσ′|σ⟩ ⟨σ′|=−∑
j
∑
σ
wσσ¯j|σ⟩ ⟨σ¯j|, (6.141) となり,横磁場量子揺らぎに対応していることが分かる.式(6.134)や(6.135)のマッピン グを用いることで古典系の熱平衡状態を量子系の基底状態に対応させることができ,横磁 場QAを用いて熱平均値を計算できるようになる.古典系より量子系の方が表現能力が高 いことを前提とするならば,古典系の熱平衡状態を量子系の基底状態として表現できると 予想するのは自然な話である.
次に,量子系のハミルトニアンHˆqのもとで,SAの時間発展を記述する運動方程式を求 める.SAでは温度T が時間tに依存して変化し,Wˆ やHˆqも時間tと共に変化する.こ れらの量が時間の関数であることを明示的に表すため
Hˆq(t) =−e12β(t) ˆH0Wˆ(t)e−12β(t) ˆH0, (6.142) と書くことにする.また,式(6.137)を参考にして量子系の状態ベクトル|ϕ(t)⟩を
|ϕ(t)⟩ ≡e12β(t) ˆH0|P(t)⟩, (6.143) と定義する.ここで,Pσ(t) =⟨σ|P(t)⟩である.式(6.143)をマスター方程式:
d
dt|P(t)⟩= ˆW(t)|P(t)⟩, (6.144) に代入して式(6.142)を用いると,SAの時間発展を記述する運動方程式として
−d
dt|ϕ(t)⟩= [
Hˆq(t)−1 2
dβ(t) dt Hˆ0
]
|ϕ(t)⟩, (6.145) が得られる.式(6.145)の左辺のtをitに置き換えると通常のシュレーディンガー方程式
(以降,実時間シュレーディンガー方程式と呼ぶ)となるため,これは虚時間シュレーディ ンガー方程式と呼ばれる.この結果から,虚時間シュレーディンガー方程式における効率 的なスケジューリングが分かればSAの高速化に繋がると期待される.