第 1 章 ブラフマー創造神話
第 1 節 ブラフマー創造神話の構成要素
第 1 項 構成要素別分類
まず、ブラフマー創造神話を構成要素別に分類すると、以下のようになる。
A. 発端:ブラフマー神による創造行為
A1. ブラフマー神が創造を行なったが、創造された者たちが繁栄しない
①創造された者たち:生類
②創造された者たち:聖仙
A2. ブラフマー神が創造のために苦行する A3. 創造を進めている過程
A4. ヴィシュヌ神やヴィシュヌ神の化身により、創造を促される
B. 分裂:ブラフマー神が半身により女性に、半身により男性へと分裂する B1. ブラフマー神が自分の意志で分裂する
①分裂した男性:ヴィラージュでもありスヴァーヤンブヴァでもあり男性でも あるマヌ
分裂した女性:シャタルーパー
②分裂した男性:ヴァイラージャ(ヴィラージュの息子)でもありスヴァーヤ ンブヴァでもあり男性でもあるマヌ
分裂した女性:シャタルーパー
③分裂した男性:スヴァーヤンブヴァでもあるマヌ 分裂した女性:シャタルーパー
④分裂した男性:記述なし 分裂した女性:シャタルーパー
⑤男性半身マヌと女性半身シャタルーパーに分裂するという記述に他の構成 要素が混在している
⑥正しく行いをし、運命を観察しているとブラフマー神の身体が男性半身マヌ と女性半身シャタルーパーに二分される
⑦分裂した男女がヴィラージュを創造し、そのヴィラージュがマヌを創造する
⑧シヴァ神に促され、ブラフマー神が男性スヴァーヤンブヴァと女性シャタル ーパーに分裂する
⑨男女に分裂する
30
⑩男女に分裂し、それが夫と妻になる
⑪親指から男性と女性を創る
B2. ブラフマー神が自身の半身から妻を生み出す
C. シャタルーパーによる苦行
①構成要素Bにおいて分裂した女性半身シャタルーパーが苦行する D. マヌとシャタルーパーに関する記述:マヌとシャタルーパーが夫婦関係になる
D1. マヌとシャタルーパーが夫婦になる
①マヌがシャタルーパーを妻にする
②シャタルーパーがマヌを夫にする
③マヌがシャタルーパーを妻とし、さらにラティという名前の起源が語られる
④シャタルーパーがマヌを夫とし、さらにラティという名前の起源が語られる D2. その他の記述
①maithuna(性行為)とvivAha(結婚)という表現
②mithuna(夫婦)という表現
③maithuna(性行為)という表現
E. マヌとシャタルーパーの子供たち E1. 息子や娘を生み出した
①息子:プリャヴラタとウッターナパーダ、娘:アークーティとプラスーティ
②息子:プリヤヴラタとウッターナパーダ、娘:アークーティとデーヴァフー ティとプラスーティ
③息子:プリヤヴラタとウッターナパーダ、娘:名前は不明
④息子:プリヤヴラタとウッターナパーダのみ E2. 生類たちを生み出した
F. その他の者たちの創造 F1. ルドラの創造
①怒りから生まれる。「泣く」ので「ルドラ」と名付けられる
②怒りから生まれる
③「泣く」ので「ルドラ」と名付けられる
④ニーラローヒタ(赤みがかった青色)であるルドラが生まれる F2. 聖者たちの創造
F3. その他の者たちの創造
31 G. サーンキヤ・ヨーガ哲学に関する記述
G1. トリグナ72に関する記述
G2. プルシャとプラクリティという記述
①プルシャとプラクリティ
②プラクリティ G3. ヨーガに関する記述
続いて、上記の構成要素を神話の流れに沿って配置する(表 4)。この表 4 は、それ ぞれのブラフマー創造神話の中で、どの構成要素がどの偈で述べられているかを示した ものである。『マヌ法典』を例に取ると、『マヌ法典』第1章1偈から31偈において構
成要素A3(創造を進めている過程)を述べており、32 偈で構成要素B1⑦(分裂:ブ
ラフマー神が半身により女性に、半身により男性へと分裂する:ブラフマー神が自分の 意志で分裂する:分裂した男女がヴィラージュを創造し、そのヴィラージュがマヌを創 造する73)を述べ、34-35偈で構成要素F2(聖者たちの創造)を述べ、36-51偈で構成 要素F3(その他の者たちの創造)を述べているということである。この表4を見ると、
17 のブラフマー創造神話の中で各構成要素が複雑に配置され、それぞれの神話が様々 なヴァリエーションを持って描かれていることが分かる。
72 サットヴァ、ラジャス、タマスの3要素のことである。
73 B(分裂:ブラフマー神が半身により女性に、半身により男性へと分裂する)におけ
るB1(ブラフマー神が自分の意志で分裂する)の中の⑦(分裂した男女がヴィラージ
ュを創造し、そのヴィラージュがマヌを創造する)という構成要素であるため、B1⑦
(分裂:ブラフマー神が半身により女性に、半身により男性へと分裂する:ブラフマー 神が自分の意志で分裂する:分裂した男女がヴィラージュを創造し、そのヴィラージュ がマヌを創造する)と表記した。以下、同様の表記を行なう。
32
表 4 神話の構成要素と当該箇所を対応させた表(ブラフマー創造神話)
文献名 各構成要素の配置(上段:構成要素、下段:対応する偈)
マヌ法典 1.1-51
A3 B1⑦ F2 F3
1-31 32 34-35 36-51 agni-p.
17.15-18.1
F2 A3 B1③ C① E1③
15 15-17 17.16-17,18.1 18.1 18.1 bhAgavata-p.
3.12.51-56
A1② B1⑥ D2② E1②
51-52 53-55 54-55 56 brahma-p.
1.41-59
F2 F1② F3 A1① B1⑤ D1① E2
44-50 46 47-51 52 53-58 58 59
brahma-p.
43.30-38
A3 F3 F2 B1⑨ D2③ E2
30 31-36 33-34 37-38ab 37-38ab 37-38ab
brahma-p.gm.
91.33cd-35ab
B1⑩ 33cd-35ab
brahmANDa-p.
1.2.9.8cd-42
A1① G1 B1④ G2② F2 F1④ A1①
8cd-9 10-13 13-15 15 16-29 23 28-29
B1② G1 G2① C① D1③ E1①
31-36,39 28-32 33-38 35-36 37-38 40-42 kAlikA-p.
25.44-55
F1③ A3 B1⑦ F2
44-46 1-43 50-52 51-54 kUrma-p.
1.8.1-12ab
G1 A3 B1① G3 C① D1② E1①
2-5 5-6 6-11 7-8 9-11 9-11 9-11
liGga-p. 1.70.
260cd-276
A1① G1 B1① G2② C① D1④ E1①
261 261-266 267-273 268 269-270 269-273 275-276 matsya-p.
3.30-32
A3 B1④
30-31 30-32 padma-p.
1.40.67-72
A2 B2 F2
67 68 69-72
Civa-p. 2.1.
16.3-15ab
A3 F2 F3 B1⑧ C① G3 D2① E1②
3-9 4-8 9 10-12 12 12 11-13 14-15ab
33 Civa-p. 5.
29.16-30.5
F2 F1② F3 A1① B1⑤ C①
29.16-19 29.17 29.23 29.24 29.24-27,30.1-2 30.3
D1② E1④
30.3 30.5
Civa-p.
7.1.17.1-6
A3 B1① C① D1② E1①
7.1.16.4-16 1-3 4 4 5-6
varAha-p.
2.13-20
A4 F1① B1⑪
13 14-16 18-19 vAyu-p.
10.1-17
A1① G1 B1① C① D1④ E1①
1 2-5 7-11,14 10-11 10-13 15-17
以下、原文と和訳を示してこれらの構成要素を詳細に分析していく。
第 2 項 構成要素 A の分析
構成要素A(発端:ブラフマー神による創造行為)は、本章で扱うブラフマー創造神 話と次章で論じるアルダナーリーシュヴァラ創造神話の起点となる構成要素である。基 本的には、ブラフマー神による創造の過程において男女に分裂する存在が必要な理由や 状況を示している。A1 では、創造された者たちが繁栄しないため、創造が進まないこ とを示しており、A2では、苦行をしている。A3においても、自身の身体を捨てたり、
女神を念想したり、様々な者たちを創造している。A4は、varAha-p. がヴィシュヌ神を 最高神とするヴィシュヌ派に属するプラーナ聖典であるため、ヴァラーハ(ヴィシュヌ 神の化身)がブラフマー神に対し、創造を促していると考えられる。
このように、多くの記述において創造が容易ではないことが示されている。その中で、
ブラフマー神が男女に分裂し、新しい形の創造を始めるという要素は、創造を進展させ る上で、重要な役割を担っていると考えられる。
以下に、この構成要素に該当する記述を示す74。
A1. ブラフマー神が創造を行なったが、創造された者たちが繁栄しない ①創造された者たち:生類
【brahma-p. 1.52】
AyataM75 ca prajAsargaM sRjato ’pi prajApateH /
74 他の構成要素の記述と重複することがあるが、分かりやすくするため、省略せず全てを 載せることとする。
34
sRjyamAnAH prajA naiva vivardhante yadA tadA //52//
プラジャーパティ(創造主、ブラフマー)からのたくさんの生類の創造がなさ れた時でも、創造された生類は、全く繁栄しなかった。
【brahmANDa-p. 1.2.9.8cd-9】
athAsya sRjataH sargaM prajAnAM parivRddhaye//8cd//
na vyavarddhaMta tAH sRSTAH prajAH kenApi hetunA/
tataH sa vidadhe buddhim arthaniCcayagAminIm//9//
そして生類の創造を促進させるためにこの者(ブラフマー)が創造している間、
それらの創造された生類はいかなる理由によっても繁栄しなかった。そこで彼
(ブラフマー)は原因に近づくための知性を働かせた。
【brahmANDa-p. 1.2.9.28-29】
kriyAvaMtaH prajavaMto maharSibhir alaMkRtAH/
yadA tair iha sRSTais tu dharmmAdyaiC ca maharSibhiH//28//
sRjyamAnAH prajAC caiva na vyavarddhaMta dhImataH/
tamomAtrAvRtaH so ’bhUc chokapratihataC ca vai//29//
〔彼らは〕儀礼を行い生産(生殖)を行なう者たちであり、偉大なリシたちに よって讃えられている。この世界で、これらの創造されたダルマをはじめとす る偉大なリシたちによって、生類たちが知者(ブラフマー)から創造されたが、
繁栄しなかった時、彼(ブラフマー)はタマスの要素に覆われ、そして悲しみ に打ちひしがれた。
【liGga-p. 1.70.261】
yadAsya tAH prajAH sRSTA na vyavardhaMta sattamAH / tamomAtrAvRto brahmA tadA Cokena duHkhitaH // 261 //
彼に創造されたこれらの素晴らしい生類が繁栄しなかったので、タマスの要素 に覆われたブラフマー神は、悲しみによって落ち込んだ。
【Civa-p. 5.29.24】
sRjyamAnAH prajAC caiva nAvarddhanta yadA tadA76 /
75 原文(n版)ではAya taM(分書)となっているが、英訳を参照し、単語の有無を考慮し、
AyataM(連書)とした。
76 k版ではyadAとなっている。この場合、「何度も何度も創造された生類たちが増えなか った」ことになり、意味的に不可解な点があるので、n版を採用した。ほぼ平行句である brahma-p. 1.52でもtadAとなっている。
35
dvidhA kRtvAtmano dehaM strI caiva puruSo ’bhavat //24//
創造された生類たちが繁栄しなかったので、〔ブラフマーは〕自身の体を 2 つ にしてまさに男と女になった。
【vAyu-p. 10.1】
evaM bhUteSu lokeSu brahmaNA lokakartRNA / yadA tA na pravarttante prajAH kenApi hetunA // 1 //
このように、世界の創造者ブラフマーによって世界〔の生類〕が創られたが、
それらの生類はいかなる原因によっても増えなかった。
②創造された者たち:聖仙
【bhAgavata-p. 3.12.51-52】
RSINAM bhUrivIryANAm api sargam avistRtam /
jJAtvA tad vRddhaye bhUyaC cintayAmAsa kaurava // 51 //
聖仙たちの偉大な力によってでさえも発展しない創造を知って、彼(ブラフマ ー)は、再びそれの増大77のために熟考した。カウラヴァ78よ。
aho adbhutam etan me vyApRtasyApi nityadA /
na hy edhante prajA nUnaM daivam atra vighAtakam // 52 //
おお。これは驚くべきことだ。私が常に従事しているにもかかわらず、生類が 全く繁栄しない。この場合、確実に運命が邪魔をしている。
A2. ブラフマー神が創造のために苦行する
【padma-p. 1.40.67】
yaM kAlaM te gatA brahmabrahmA taM kAlam eva ca / tapo ghorataraM bhUyaH saMCritaH paramaM padaM // 67 //
彼ら苦行をするバラモンたちが去ったまさにその時、〔ブラフマーは〕さらに 非常に厳しい最高の状態の段階の苦行をしていた。
A3. 創造を進めている過程
【agni-p. 17.15-17】
marIcim atryangirasaM pulastyaM pulahaM kratum/
77 前文にtato parAm upAdAya sa sargAya mano dadhe //50cd//(そして最高の者(女性)を得て、
彼は創造のために専心した。)とあるので、「それの増大」とは創造が進むことを指してい ると考えられる。
78 ヴィドゥラのこと。ヴィドゥラとは、マハーバーラタの主要な登場人物の1人で、「ヴィ ヤーサとアンバーリカーの召使い女の息子。ドリタラーシトラとパーンドゥの異母弟[上村 2002 p. 38]」である。