• 検索結果がありません。

フィギュレーションの定義

第3章 ソレールの鍵盤ソナタに見られるフィギュレーション

第1節 フィギュレーションの定義

33

34

ションとそうでないものとの間に明確な境界線はない。しかしこの用語は、動機の機能 よりも何か曖昧なもの、つまりおそらくより機械的で型にはまったものを意味する。

[拙訳]

音型でフィギュレーションは構成されるということであるから、フィギュレーションは 音型が「規則正しい拍の中で続く」、つまり連続してできたパッセージ・ワーク、装飾であ るととらえられる。しかし、はっきりと音型ととらえられるもののみならず、単純に音型に 分けられないスケールやアルペッジョなども含まれるということから、フィギュレーショ ンという言葉は幅広い解釈をし得るものであることがわかる。このスケールとアルペッジ ョへの言及は、Harvard には見られなかったものである。また、モチーフと比べて機械的 で型にはまった性格を持つものであることが指摘されている。

The New Oxford Companion to Music(以下Oxford)ではより限定的に定義されている。

A term used loosely to describe passage-work or accompaniment with a distinctive shape (e.g. scales, arpeggio patterns) often derived from the repetition of an easily identifiable figure or motif. (Arnold 1983,1 : 678)

しばしば容易に同一のものであると確認できる音型やモチーフの反復に由来する特徴 的な型(例えばスケールやアルペッジョのパターン)を伴う伴奏、あるいはパッセージ・

ワークを表すために漠然と使われる言葉。[拙訳]

Oxford ではNew Groveと同じように、音型を用いたパッセージ・ワークや伴奏を表す

言葉として用いられている。しかしOxfordは、フィギュレーションの構成要素として音型 のみならず、モチーフというある程度の長さを持ったものの反復も考慮に入れている。また、

反復する音型やモチーフの条件を「同一のもの」と限定している点が、New Groveとは異 なる。

『新編音楽中辞典』には次のように書かれている。

音階や分散和音などの音型を用いて、旋律や和声を装飾すること。(海老澤編 2002: 566)

旋律や和声がもとにあり、それを音型により装飾するという視点を前面に押し出してい

35

る点が上の3冊の事典と異なる点である。音型の中身も音階や分散和音と具体的に示して いる。もう一つ上記3冊と異なる点として、音型の性格(機械的、型にはまった)や音型を 反復することには触れられていないことが挙げられる。

平凡社より出版されている『音楽大事典』では以下のように示されている。

音型法とも訳される。主要音から主要音に至る中間に音階的進行や跳躍的な分散和音 形の進行を使って、旋律的・リズム的に装飾し、音型を形づくること。8(下中編 1982 : 2059)

ここでは『新編音楽中辞典』のように、旋律を装飾する視点から定義されている。しかし

「音型を形づくる」という他の辞書にはない視点も含まれている。

以上5冊の事典の定義を要約すると次のようになる。

Harvard 型にはまった音型を使用すること。

New Grove 音型からなるパッセージ・ワーク、伴奏で、機械的で型にはまったも

のである。スケールやアルペッジョも含む。

Oxford 同一であると認められる音型やモチーフの反復からなるパッセー

ジ・ワーク、伴奏。

新編音楽中辞典 音型で旋律、和声を装飾すること。

音楽大事典 主要音から主要音の間を装飾し、音型を形作ること。

以上のように、5冊の事典では指し示すものは大方同じであると考えられるが、それぞれ 違った角度からフィギュレーションに言及している。New GroveとHarvardは基本的には 同じであるが、スケールやアルペッジョへの言及の有無の違いがある。Oxfordも同じく音 型からなるパッセージ・ワークや伴奏を指しているが、それを構成する音型やモチーフが同 一であることに言及している。また、同一であると認められる音型の反復からなることも明

8 『新訂標準音楽事典』では、「旋律や和声の主要な音と音のあいだに、音階的進行、あるいは和音的進行 を用いて旋律的、リズム的に装飾し、音型を形作ること」(堀内編 2008:1556)とされており、『音楽大事 典』と同じ内容となっている。

36

示しており、最もフィギュレーションの内容を限定的に詳しく述べているといえる。一方で、

Oxfordには「型にはまった」などの音型の性格は示されていない。『新編音楽中辞典』と『音

楽大事典』は旋律を装飾することを念頭に置いているが、『新編音楽中辞典』が音型により 装飾すると示しているのに対し、『音楽大事典』は装飾することで音型を形作ると示してお り、逆方向からの視点となっている。

このようなフィギュレーションの定義に関するそれぞれの違いは、New Groveの「フィ ギュレーションとそうでないものとの間に明確な境界線はない」、Oxfordの「漠然と使われ る言葉」という記述に表れており、確固たる定義が定まっていない様子がうかがえる。つま り、各人の見方によってフィギュレーションとそうではないものは少しずつ変わってくる のである。そのため、ここではフィギュレーションがどのようなものを指すかを示しておか なければならない。

第一に、5冊の事典は表現に違いがあるものの、フィギュレーションが旋律や和声を音型 によって装飾したものであるという点は一致している。そのため、フィギュレーションを決 定づける要素として音型の使用が挙げられる。第二に、New Grove、Harvardに書かれて いるように、音型の持つ性格は「機械的」で「型にはまった」ものである。第三に、フィギ ュレーションはこのような音型が連続したものであることが挙げられる。音型の連続がど のようなものを指すかであるが、Oxfordでは同一の音型、モチーフと定義され、New Grove ではより広く音型の連続使用とのみ記述されている。そのため、同一音型の反復によるパッ セージはフィギュレーションに含む。また、2つの音型が組み合わされている場合は、1回 のみの使用であればフィギュレーションには含めず、反復使用される場合はこれに含む。な

ぜなら、Oxfordにはモチーフの反復も含まれているからである。他に、順次進行と分散和

音の取り扱いについてであるが、いずれも音型の連続ととらえられる場合にはフィギュレ ーションに含む。詳しい取り扱いについては次節のそれぞれの項目内で個別に説明する。

フィギュレーションを以上のようにとらえ、次節以降分析を行う。