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体験的コスモロ ジ について
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︵ 6 ︶
てみてみると︑㈹ ︵ ミ リ︶ りっかれていたことがある︒ もセ 年間ほどで︑一九
クかぜ ・オーレン︑ ド
︑ 彼の生涯の三期を
になっているが︑ライ
妻エ ル ザ は︑社会主
やがてラ イ ヒは ︑他
︑教育歴もあまりな
方 によっては︑若く
デ ンベルグは ︑ ラ イ
だせなかったと述べ
味覚にあい︑ライヒ
苦笑した旨を記している︒さらにライヒには︑ 家庭教師と母親との ︵ 4 ︶ ︒つまり︑彼の場 ムロ
農民のだれかと関係
などという考えにと
C ㏄ 8)
ニーと別れ︑この ェ
体験的コスモロ ジ について
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サイコロジカ
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る ︒ ﹁症候 分
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人たちに
49 ( ㎝ 9)
︑いわゆる﹁否定的
転移﹂官田 緊 T の
宙旺
織目 8 ︶が必要になる︒
く ︑恐怖ゆえか︑
対する防衛であり︑
て ︑患者の隠されて 外 へ出ないよう受 け
感情を転移してぎた︒
照 的なものであると 悪が 変装してできたものである︒
︵ ac 拝の︵りに変える
破壊的態度のもとになっているエネルギーは ︑ 十分に満足のゆく 交
ルガスム的潜在力﹂
格 分析と呼んでいる
のである︒
痛 にみちた体験な ろこび︵ちが 目乱 せ︵の︶もないという︒
(050) 50
体験的コスモロ ン について
まで生理学的な過
る 生理学的なメカ 二
ズムがなければならない︒
本
的ともい う べき 警
この内容は出版に先
なってからこ う 述べ
とだ︑おどろくべき
︑とわたしは感じました︒しかしフロイトは ︑ こうした エ ゴ本能に
よって︑リビドー 冊ミ︑
︑他方で性的本能の
だけでもとは 一 っと
︵ 曲づの ︶ 0 プ臼瞳 ︵理論
自ら形而上学になっているともいえる︒ ︵ 9 ︶
ばとして用いられ
の 進化の各段階という意味を持たせていたが︑ フロイトはさらに・
一 一 "
Ⅱ 田 二幅︶
51 (051)
︵ 騰 ︶ ち あらわれてきたことを示していた︒ て 違 反 抵 示 ギ す ょ る し べ
し い 応 抗 し た l ま う そ 立 、 て ン であると見な
つまりその行動表現の﹁フォーム﹂を﹁内容﹂ は 上に大事にす
嘘 いっわりを言わない﹂と︒
し 身体的にどの
︑ライヒは ︑ま
生物心理工手 ル ︵ ま 0 牡 沼田のの口の︵ 幅せ ︶を称していた︒
のに強い抵抗を
ぎた︒この
物的な シ︐ック
らで︑色合いの
呈し︑力がぬ げ
の 0 日 い文 nP 牙 ︶ 立 そんなことはす
っ ル 性
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(052) 52
体験的 コスモロ ジ に つ L 、 て
53
る ︒かくてライヒが
シンボルマークがでてくる︒ せ ︶
|ンが 固定化して
似て︑ある感情体験
ぅ 考えをとるよさに になる︒ここから 彼
う になる︒つまり 彼
性格鏡袋︵目代 Pn 汀 Ⅱ
く 掘りさげてゆく
に道をゆず ら てしま
た ︒したがって ︑生
導入したのである︒
本心を柾げて︑世に
ぅ ことである︒つまり木片 がやがて︑フロイトが 指
が 一切の宗教感情のもと
い わゆる昇華させてしま
を書くことによって︶ は 心的生活であり︑この大波こそ生物︐ 生
摘 しておきながら︑それを自分のものにし
にしてゆくのである︒これをラ イ ヒはフロ
っ たからであると説明する︒︵﹁文化の不快﹂ ぅ した観念は容易に
の 波が︑その波上に
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55 (055) モ ロ
合体を目ざし︑生命に不死性︵ ま日 or ︵ 曲 ︶ ぃ ︵ せ ︶ を 与えるものとみて 五 死の本能
ロイトに よスり 性の
っ 道徳主義的︑権威 主
が 子ども中の自然な
た 多くの人が奴隷的
過去の道徳を排除す
ている︒そこで保守
ぅ ︑たしかに人は自
ていままでも︑人間
念を導入してくるの ︵ H ︶
てである︒つまりいまま
自我本能は有機物が無機
とるライヒは︑エロスとタナトス︵死の本能︶ とを並立的なもの や 食欲のように一次
いし︑圧倒的な状況 ︵ 5 ︶ 尤よ る︒
︑結 ムロ状態をほど き ︑そして破壊するもので︑ その最終目的は生 け
本能﹂と呼ぶのだと言っている︒
まり筋肉運動とし
の量の攻撃本能が ェ
引きちぎるなり︑ 顔
い う 形をとることに
︵Ⅱ︶ぃや︑動揺を経た 戎日 ︶は潜在的に不
︑多細胞の後生動物 げるこの死は︑自然
実だという実感を抱くようになる︒
(0 ㏄ )
息味 での肉体︵の 0 日曲 ︶ 6
体験的コスモロ ジ について
脚注をつけて︑そのⅡ
ということばでこれ たしかにフロイトが攻撃本能とい ある︒︵ 7 l 上 ︶ ハンス空馬恐怖について︑ こ
敵意︶の抑圧によるものと結論し ︑
ア ドラーク言い方は ︑ 誤れる一般化
保存本能 や 性本能と並べてこれをと
るとその存在をみとめながら︑むし ほ ついて記しているところからで
煮 ︑母親に対するサディズム的 ものだと述べているが︑ただし としてはよく知られている自己 能 に普遍的かつ不可欠な属性であ ぎ降 T ユ ︶のことをいっているの
まり患者は︑性行為に対 ︵㎎︶
い う ︒
が 国でアメリカ張りの
た 概念である︒戦争の殺
い
おょそ 不毛なこの概念 を 果していると批判している
もよ 治
い 分 罰ミ 。
療 の 析 が
者 不 の 恐
が 可 導 ろ
, 患 者の難しい抵抗に遭遇して 、 遊 人 性だったことを︑このこと で︑メニンガーの﹁おのれ し くて悲嘆にくれるのであっ マゾヒズムについて な 攻撃性をサディズ なもので︑後者はこ
人 共通に失いつつあ ︵㏄ 胎 ︶
を ︑﹁生の拡充﹂と
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を 試験管の申に︵ T
論 ﹂は一九二四年か
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ロィト は病気︵ あ
イト を固執させたも
のという︒
(0 弼 )
能 が徐々に ︑フ p ィ
体験的コスモロ ン について
きよう︒
れとも研究が不十 木の実を食べたこと のは原始的な生物運 れを食べた︒すると だれでも神と生命を ブ イ ヒ はい う ︒愛の 論は ︑全科学史を通 って︑自分の宇宙オルゴン・エネルギー 宜 0 の 臣 ︶ P0 o Ⅱ 幅 o 臣 e の目のⅡ 沖せ ︶ る 通り︑自分は世の 的 気分︶しかも人類 その研究が圧えられ ︵ ば ︶ ︒つまり 神 Ⅱ生命Ⅱ
を 解く鍵は︑感覚の ふる す ︒人は︑感覚に ょ をなす感覚について 0 しかもこの感覚の 感覚は興奮の働き
59 (059)
ということであった︒
研究に遭遇したので
ている小粒︵の で の 0 ダの ︶
自然法則に従 う 連続
れた空間かどうかという問題であるという︒
問題が基本的には
っかえぱ ︑飛行機は
らわれている︒そし
全世界︵仁田くの︵のの︶
る ︒
ればならず︑した
三の日︶がでてくる︒
互にぴったり同じと
︒一切のものに浸透
別件 は ︑あの精神病
に 近い︶
は ︑一定の成長原
に ︑何千年間︑遊星
(060)@ 60
体験的コスモロ ジ について
の 軌道
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陽系ま ろ︒ 自
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でま ︑
ていよ わくの
力く
曲 ︒ 臣 ︶
みるよ ファン
ら︑こ 興奮で
た ︒ 強
に 従 う
た ︒ こ
肉体内 に 足らない 短
ズム である 太 なものであ ものではない︒
的な枠組の中 ︑首尾一貫し 体の論理的な
外では非科学的なものとなる︒
制止︵ ぎ 田安︐
から︑強い︑ 夢 なった︒この ときの記憶 か いりまじった れさせてくれ 官 感覚に素直 る ︒治療によって生物的感覚が解放されると︑ 不安がでてき て 人は︑自分の 制 があったの
61 ( ㏄ 1)
この反応は︑感情 ついている︒だから もたれ ソつ ︒それはフロ
Ⅹ づ 曲目 匹 ︒二︶に︑不快
︶とに機能上等 匿 することに成功したという︒
ある︒これら ェモ バ Ⅰ エ モーションな
ヒ はそこで︑生物体 れはまた唯心論的 9% 然は生きている ものである︒精霊は
物の中で生き続けた 存在とみなしたりす 分 自身の感覚に従って自然をアニメートした︒ しかし彼らはそれら 意味で︑感覚印象 や 目 の 毛 0 ︵ ま ︶に変えて
(062) で あ る
62
体験的コスモロ ン について
った 天使とかは︑ 人
る ︒また地獄︑天国︑
自然な︑ゆがめられた器官感覚である︒
ニメートする 卜 し と
対し︑神秘 家は 不自
魂 をみとめているが︑
方 悪魔とか天使は ︑ る 唯一の実体は ︑鎧 る ︒
どでしばしば非難
してはいげない︒ さ
︒またニュー L ドン か り を 発見しょうとした
すことだとラ イ ヒは
アニミズムへの反動 リスト教会は︑先史
遠ざかった神秘主義
き 殺しているのであ
63 ( ㏄ 3)