• 検索結果がありません。

ヒヤリング調査

ドキュメント内 2000 COE Center of Excellence: COE JETRO 2 3 4 (ページ 35-42)

日本からの投資は

423

3100

万バーツ(

2000

年上半期)、投資総額の

54.9%

に相当する。件 数ベースでも

115

件と第

1

位である。この傾向は近年(

1995

年から

2000

年)変化はない。金額 面で日本に次ぐのが米国である。またマレーシア、シンガポール、台湾も投資上位国である。近 年顕著なのは台湾で、電子部品を中心に拡大している。

日本のタイへの進出は

1980

年代後半にピークであった。

1990

年代半ば 、再び多くの日本企業 が進出したが 、これはバブル崩壊と円高が背景になっている。総じて、撤退は極めて少なく、ほ とんどの企業は「長期的には重要不可欠な拠点」ととらえている。これはアジア危機でダ メージ をうけた企業も含まれるように見受けられる。

(

小林

[28])

日本の投資の特徴として以下の

2

点があげられる。すなわち投資規模が小型化していること、

新規投資比率が減少していることである。前者については 、とりわけ内需むけを中心として世 界的な傾向である。

2000

年上半期のデータで

5000

万バーツ以下の投資が全体の

33%

をしめて いる。件数あたり平均投資額でみてみると、

1995

年、世界の平均額はおよそ

7.1

億バーツであっ た。

2000

年上半期では

2.2

億バーツと 、

5

年前の

31%

に減少している。一方、日本の平均額は

1995

年、

7.14

億バーツであったが 、

2000

年には

3.7

億バーツに減少している。新規投資比率は

1995

年、件数ベースで

53.6%

であったが、

2000

年上半期には

33%

にまで減少している。

2000

年 上半期の

10

億バーツ以上の大型プロジェクトでは投資額が最も多いプ ロジェクトは新規である が 、第

2

位から第

6

位のプロジェクトはすべて拡張投資となっている。

•海外子会社は企業全体の中でどのように位置づけられているか。

2.

活動状況

•海外子会社の主たる経済活動は何か

•仕入れ・売り上げ・雇用の現状はど うか

•仕入元・売上先のおおよその内訳はど うなっているか

•各職種の雇用状況・技術移転状況はど うなっているか

•各種物的インフラの状況はど うか

•活動に際し 、現地政府からはどのような支援・制約が付与されているか

•現地法人として今後の戦略はあるか

3.

経済一般

•雇用状況に何らかの変化はみられるか

•貴社におけるバンコクでの凄惨の位置づけをど のように考えているか

•タイ経済全体の現状・将来の見通しをどのように分析しているか

4.

特にアジア経済危機について

•アジア経済危機はある程度予測できたか

•アジア経済危機の前はバブル経済であるという実感はあったか

•アジア経済危機前後で上記の活動状況に変化が生じたか

•アジア経済危機およびそれに対する政府施策の影響を受けたか

•アジア経済危機に対してど のような対策をとったか

•アジア経済危機再発の可能性があるとすればど のように対応するか

以上の項目に基づいた事例研究を輸送機械、電気・電子機器、建設業の順に紹介しよう。

A.運輸・輸送器機産業

はじめにタイの自動車市場の概況をまとめよう。タイはアジアのデトロイトと呼ばれるほど 、 多くの自動車メーカーが集積している。日系企業ではトヨタ、ホンダ、三菱、いすゞ 、日産、欧 米系は

Ford

(マツダと合弁)、

GM

BMW,

ルノー( 日産と合弁)、メルセデス各社が現地工場の

生産を行なっている。ピックアップトラック市場では 、タイは米国に次いで大きい。 これは税 制面で優遇されているので乗用車に比して安価であることによる。同市場の国内生産シェア第

1

位はトヨタの

23%

、三菱(

22%

)、オートアライアンス(

FORD

とマツダの合弁:

19%

)となっ ている。

また、他に生産している国がほとんど 無いところで、国としてピックアップトラックに特化し たため、輸出の競争力も付いた。輸出シェアは三菱が

40%

で最も大きく、次いでオートアライ アンスの

36%

である。トヨタ、ホンダ、日産、いすゞは

1

割かそれ以下である。トヨタ以下は今 まで国内向けだけで十分に潤ってきたので 、輸出のシェアは小さい。

生産台数に関しては

1997

年までずっと上昇基調だったが 、経済危機以降、激減した。通貨危 機の影響で輸出志向型の生産が増加したが 、部品調達を日本で行なっていたため、コストダウン が難しいからである。

JETRO[42]

によると原材料・部品の調達先の傾向として日本から輸入して いると回答した企業は

32.8%

となっている。これは進出国で調達すると回答した

37.6%

に次いで 大きい。同調査は輸送用機械を製造している企業の

42.5%

は 、その部品の半分以上を日本から輸 入しているという結果も得ている。ここで部品メーカーについて少し言及しておこう。部品メー カーの進出は

1980

年代後半に多く、これは

1988

年以降エンジンの国産化率の上昇が義務づけ られたことで一層加速されている。アッセンブラーの増産要求に応じて、それらと直接取引を行 なう一次サプライヤーの数が増加した。部品の需要は一次サプライヤーが特定のアッセンブラー に依存すれば経営が成り立つほどは大きくない。( 小林

[28]

)したがってタイでは日本でみられ るような系列は基本的には存在しない。したがって部品メーカーの進出に際して、取引先である 自動車メーカーからは何の補償もなく、すべてが自己責任による16。部品メーカーには現地企業 もあるが 、品質は悪く、日本メーカーの海外進出に伴う進出が目立つ17

タイにおける自動車の生産はアジア危機の影響で一時的に減少したが 、

1999

年ごろから回復 しつつある。米国の好景気に支えられた輸出向け生産が増加したこと、

VAT

の引き下げ、金利低 下により国内需要の回復が理由である。国内需要の回復は中・高所得者層によるといわれるが 、 最近の石油価格の上昇も影響を及ぼしている。

16その結果、日本でのマツダ系は進出していない。後述するオートアライアンス社はマツダとFORDの合弁企業で ある。

17小林[28]によるとピックアップトラックの一次サプ ライヤー( 直接アッセンブラーと取引がある部品サプライ ヤー)の主力は日系企業か技術提携したローカル企業である。

タイサミット ミツバ

同社はホンダ、三菱、川崎を中心として自動車部品の取引を行なっている。

1993

年に設立さ れ 、

1995

年より操業を開始した。本田からの要請によりタイに進出し 、タイサミット社をパー トナーにしている。技術をもっているが 、設備のない日本側(ミツバ社)と設備をもっているが 技術のないタイ側(サミット社)との条件が合った。出資比率はタイが

51%

、日本が

49%

となっ ている。

自動車に用いるモーターを主として生産活動を行なっている。進出当初は原材料をすべて日本 から輸入していたが 、最近は

3

割程度を現地で調達している。現地調達率が3割程度となってい るのは、製品の品質維持のためである。

通貨危機により多額の為替差損が発生した。輸入資材を円ベースで後払いで行なっていたた め、未払い残額が為替差損になってし まったためである。

9000

万バーツのロスを日本の親会社 と取引のあった銀行から借り、残りは

5

年分割で償却している。これはタイ政府が特例として是 認した。ただし 、危機の時に、偶然日本国内の制作部門をタイへシフトしてきていたので、売り 上げ・従業員についてはアジア危機のときも拡大を続けた。

タイサミット社では輸入が多かったこともあって、危機の影響は甚大であった。そこで大規模 なリストラを行ない、危機をのりきった。

自動車部品は

1999

年頃から回復してきており、実質上は黒字になるほどの利潤のリザーブが 出来てきた。

今後もし 、再び経済危機がおこったときの対策として、決済をバーツ建てにする、輸出を増加 させる、現地調達率を上げるなどを考えている。タイは自動車産業の裾野が広く、生産拠点とし てとても有望と考えているので撤退は考えていない。

現在、自動車部品産業においても競争が激化している。競争相手は他の日系企業に限らず、欧 米系の自動車メーカーの進出に伴って進出してきた( 欧米系の)部品メーカーも含まれる。

今後は欧米系を含む、多くのメイカーへの部品供給を狙う(アメリカ

BIG

3も含む)、数の確 保によるコストダウン 、技術移転を積極的に行う戦略である。

オート アライアンス

同社は自動車のアッセンブ リーをメインに行なっている。

1995

年、マツダと

Ford

との合弁で 設立された。資本金

50

億バーツ、設立当初はタイ人スタッフ

700

人、マツダから

170

人、フォー

ドから

15

人を雇用している。18

生産は輸出むけの自動車がメインになっている。当初は、国内向けと輸出向けを半々で生産す る計画だったが、進出時期が通貨危機のときであったので、そのの影響で国内向けはまったく売 れなかったことによる。製品はピックアップトラックがメインだが、乗用車も生産している。ラ ヨーン工場のキャパシティは完成車

10

万台、

CKD3.5

万台、従業員は

2300

人である。

通貨危機時にはまだ立ち上げ途中だったため、被害は小さかった。しかし 、部品輸入をはじめ ていたので、多少の為替差損は発生した。それで現地調達の必要性を認識した。現在の部品の現 地調達はピックアップトラック用で

75%

、乗用車は

35%

である。日系企業から

67%

、純タイ企 業から

28%

。その他は欧米系の現地企業から調達している。輸入する部品については日本から 輸入している。今後の見通しとしては国内需要は遅かれ早かれ回復するとみているので、タイ向 けのシェアを増やし 、当初前提通り国内・輸出を半々にする。

B.電気・電子機器メーカー

電気・電子機器産業は輸出比率

70%

以上の企業の割合が多い産業である。

JETRO

の調べでは

63.4%

となっている。するとバーツ急落による影響は比較的小さかったと推測できる。以下では

家電製品製造業、精密機器製造業のインタビューをまとめる。家電製品製造業はローカル企業に 加えて欧米系(

phillips

社など )の企業とも競合している。

カンヨン電機

同社は扇風機、冷蔵庫など 家電製品を供給している。

1964

年に現地合弁という形で設立され 、 資本金

2

2000

万バーツ、従業員数

1200

人の企業である。技術開発は基本的に日本で開発し 、 それをタイに輸入する方法がとられているが 、今後は現地でも開発を行なう予定にしている。

国内むけをメインに生産活動を行ない、そのための資金として外資系の銀行からドル建てや円 建てで融資をうけていたので通貨危機の影響は大きかった。家電製品は他の日系企業や韓国の 企業との競争が激しかったが、危機により需要が縮小したのである。危機から

3

年経た現在でも 国内の市況は未だ回復しているとはいえない。また、消費者は従来はブランド 志向であったが 、 現在は安価であることが優先されている。

18借入金は100億バーツで 、輸出入銀行や現地銀行から借入れている。近年の雇用者数はタイ人2300人、マツダ から16人、フォード から4人で 、マネージ メント面にすぐれているフォード はファイナンス部門等を担当し 、技術 面にすぐれたマツダはオペレーション部門を担当している。

ドキュメント内 2000 COE Center of Excellence: COE JETRO 2 3 4 (ページ 35-42)

関連したドキュメント