本稿ではアジア通貨・経済危機とアジアへの
FDI
との関係についてサーベイを行った。まず、FDI
が危機によってど の様な影響を受けたかについて見ると 、単純平均値では売上が10
%強、収益が
20
%弱の減少ということで明らかなマイナスの影響が見受けられたが 、マクロのFDI
フ ローを国際収支ベースで見た場合には、インド ネシアを除き大きな落ち込みは見受けらず、さら に2000
年度以降の急速な回復が見込まれている。他方で、国別あるいは企業別に見ると危機の 影響の多様さが明らかになった。危機の影響は国内・地域市場の収縮と現地通貨の大幅な下落の 二つを主軸として様々な経路で波及する。その結果、該当国・企業の輸出比率などによって影響 は大きく異なり、中には大きな恩恵を受けた企業もあった。次に
FDI
の存在が現地国経済にどの様な効果を持つのかという視点から先行研究を概観した。FDI
は通貨・経済危機の発生可能性を低める効果があり、回復過程においても雇用を増やすなど 経済を安定化させる可能性があり、その後の経済成長にも大きな重要な効果を持つ。さらに、
FDI
に関連する政策を種類毎にまとめ、それらがアジア危機を契機にさらなる自由化局面にはいったことを議論した。ど のような
FDI
をど の様に誘致できるかについては様々な角 度から先行研究を紹介した。輸出志向型FDI
は通貨危機下では経済を安定化させる効果があり、関税障壁を設けて国内市場志向型の
FDI
を誘致するような保護主義的政策よりも輸出基地型のFDI
を誘致するような政策が求められる。また、外資の出資比率の高い企業でパフォーマンスが すぐれていることも観察され 、出資規制の緩和・撤廃も一層の進展が必要である。政治の安定、腐敗の少なさ、さらなる改革の実施、地域市場の統合とインフラ整備などに対しては企業の強い 期待があった。
以上が今回のサーベイのまとめである。冒頭にも書いたとおり、アジア危機に関する実証分析 が本格的に出始めるのはこれからである。各種の統計が出そろうことにより、今までの研究では 充分になされてこなかった、ミクロ経済学的基礎に基づいた経済理論を持つ実証分析が出てくる ことが期待される。危機下での企業の対応などは先行研究もほとんど 無いので興味深い主題であ る。急増する
M&A
をめぐ る実証研究もこれからに期待したい。アジア経済はアジア危機の影響 による停滞から脱却しつつあるようである。一部の統計指標は危機以前の水準を上回りさらなる 成長局面に入りつつあることを示している。しかし 、アジア危機は単に「失われた数年間」をも たらしたわけではない。アジア危機は確実に一つの大きな契機となったのである。貿易やFDI
を めぐ る自由化・規制緩和の動きは後戻りできない速度で進行しはじめた。さらなるFDI
投資やM&A
の急増など の結果を待ち受けているものはさらなる競争である。手島[54]
手島-1999
も主 張するように 、競争の激化は望ましいことである一方、新たな格差につながりうる。競争とは、アジアと非アジアの
FDI
投資先としての競争であり、アジア諸国の間の競争であり、日本のFDI
と欧米のFDI
の間の競争である。そのような競争を控えていながら 、多額の債務を抱え息も絶 え絶えの地場の中小企業、バブルの中で過剰な直接投資を行った一部の日系企業、危機からの 回復で取り残された感のあるインド ネシアなど 、バブル崩壊の傷跡は今なお深い。FDI
のリスト ラ、不良債権処理、社会インフラ、市場インフラの整備などを迅速に行い、バブルの債務を清算 しこれからのグローバルな競争環境に備えることが重要である。それがなしえてはじめてアジア危機が
FDI
に及ぼした影響をポジティブに評価できるであろう。4 ケーススタディ
この節では、まずタイの直接投資受け入れ状況の概況を報告し 、つづいて現地日系企業のヒア リングで得た情報をまとめる。われわれが訪問したのは輸送器機産業(
2
社)、電子・電機器機表4: BOI認可企業の輸出指向型企業比率
1995 1997 1998 1999 2000
Ç 43.3 36.7 60.8 65.0 62.8 ãÄ 49.1 34.2 62.7 70.7 61.7 Ö 35.6 27.9 64.5 73.6 63.6
%º 30.6 28.4 43.1 53.0 65.6 Tõ Ç 14.3 30.1 38.2 84.5 66.6 ãÄ 18.1 43.6 67.5 82.0 64.1 Ö 15.1 13.7 87.7 91.8 72.7
%º 15.4 8.8 20.6 76.3 81.9
産業(
2
社)、建設業(1
社)の計5
社である。4.1
タイの直接投資受け入れの状況BOI
投資認可統計によると2000
年上半期のタイへの投資認可額は771
億1300
万バーツ(352
件)で対前年比0.5%
( 金額ベース)であった。近年の特徴の1
つとして輸出指向型投資が多い ということがあげられる。表4
はBOI
認可企業の輸出指向型企業比率を件数ベースと金額ベー スで時系列で示している。BOI
認可企業のうち輸出指向型企業の比率は件数ベースで62.8%
(2000
年上半期)であった。タイへの直接投資は従来、内需向けが大多数であった。
1995
年時点の世界全体の値で、輸出指 向型は件数ベースで全体の4
割強、金額ベースでは15%
弱である。日本のバブル崩壊、アジア 危機、それに対応した政府の規制緩和の影響を受けたことなどがその理由として考えられる。と りわけアジア危機の影響でタイ国内の内需の冷え込みにより内需指向型が減ったこととレートの 改善によって輸出指向型が増えたことが大きく影響している。輸出指向型企業比率を時系列でみ るとタイバーツが急落した年(1997
年)に36.7%
だったが 、翌年(1998
年)には60.8%
と急激 に増加していることが示すとおりである。BOI
の規制緩和政策とはWTO
の影響による輸出比率 の規制撤廃、local contents
規制の撤廃、ゾーンによる差別化の緩和などである。1414投資企業はその工場の場所により製品の税率などが異なる。これはBOIが地方分散を政策の柱としてきたこと から、バンコクから離れるほど 恩典が大きかった。このため3つのゾーンのうち、最もバンコクから遠い第3ゾーン への投資が最も多かったが 、近年の規制緩和により近郊への投資が増加している。この規制緩和は 、既存の直接投資 企業から強い反発をうけている。
日本からの投資は
423
億3100
万バーツ(2000
年上半期)、投資総額の54.9%
に相当する。件 数ベースでも115
件と第1
位である。この傾向は近年(1995
年から2000
年)変化はない。金額 面で日本に次ぐのが米国である。またマレーシア、シンガポール、台湾も投資上位国である。近 年顕著なのは台湾で、電子部品を中心に拡大している。日本のタイへの進出は
1980
年代後半にピークであった。1990
年代半ば 、再び多くの日本企業 が進出したが 、これはバブル崩壊と円高が背景になっている。総じて、撤退は極めて少なく、ほ とんどの企業は「長期的には重要不可欠な拠点」ととらえている。これはアジア危機でダ メージ をうけた企業も含まれるように見受けられる。(
小林[28])
日本の投資の特徴として以下の
2
点があげられる。すなわち投資規模が小型化していること、新規投資比率が減少していることである。前者については 、とりわけ内需むけを中心として世 界的な傾向である。