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バーナー ド

ドキュメント内 ボランティア団体による在宅介護者の援助 (ページ 38-44)

剛 J晏

4  バーナー ド

これ までに取 り上 げたボランティア団体 は、在宅介護者の援助 を目的にす る。在宅介護 を担 う 児童への援助 もその一環である。 ここに扱 うバーナー ドは、 これに比べ るとやや広い範囲で援助 を試みる。在宅介護 を担 う児童 に とどまらず、生活 に困窮す る児童 を広 く援助 の対象 にす る。在 宅介護 を担 う児童への援助 は、その一環である。 また、前者 の

2団

体が長 くて も

4半

世紀 ほ どの 歴史 を刻むにす ぎないのに対 して、後者のバーナー ドは、

1世

紀以上の歴史 を持つボランティア 団体である。 この団体が在宅介護 を担 う児童 になぜ、あるいはどの ように援助 の手 を差 しのべ る のか、その背景 を探 る為 にも、 まずは、団体 の歴史か らひ もといてみたい。

団体 の創設者 は、

T.バ

ーナー ド

(Thomas Bamard)博

士である。氏 は、1845年にアイルラン ド東部 のダブ リン (Dublin)に 生 まれ る。17歳の時にプロテスタン トの福音主義派 に改宗する。

医療使節団の一員 として中国に赴 きそ こで働 くことを心 に描 きなが ら、医師 としての勉学の為 に ロン ドンにむか う。1866年の ことである。 ロン ドンの人 口は、 この当時

2倍

に増 える(1821‑51 年)。 増加 の殆 どは、イース トエ ン ドに集中す る。イース トエ ン ドには、驚 くほ どの貧困 とホーム ンスあるいは病気が蔓延 し、数千人 を数 える児童たちが、ホームレス としてロン ドンの通 りに寝 起 きを繰 り返す状態であった。氏 は、イース トエ ン ドを くまな く歩 きまわって児童の姿 を目の当 た りにす る。1866年におけるコンラの大発生 に際 しては、困窮状態 にある家族の住宅 を訪ねて児

‑75‑

童 とその家族の惨状 を目撃す る。氏 は、医療使節団に加わ るというかねてか らの大望 を捨て、イ ギ リスで児童の救済 に当たることを心 に決める。少年 と少女の為の学校 を1867年にイース トエ ン ドの一角 に建てる。

3年

後の1870年には、少年の家 を同 じイース トエ ン ドに開 く。これ らは、生 活 と教育及び仕事の場 を児童 に提供す る為である。さらに、

6年

後 の1876年 には、13棟か らなる少 女の家 (Girl's Village Home)を エセ ックス (Essex,現 在のロン ドン・ ンッドブ リッジ自治区) のバーキングサイ ド(Barkingside)に 建 て、200人以上の少女 をそ こに収容す る。その目的は、極 貧の状態 にある少女 を収容 して職業訓練 を施 し、世間 に通用す る使用人 に育 て上 げることである。

施設 の建設 と児童の収容 は、T。バーナー ドの他界する1905年以降にも続 けられ る。少年 は、肉 体労働者 として世 に出 る為の訓練 を受 け、少女 は、家事使用人 として育 て られ る。 こうした援助 は、第

2次

大戦 の終了後 に も続 けられ る。 しか し、施設への収容 と訓練 は、程 な くして転機 を迎 える。施設 における生活の価値 に疑間が投 げかけられ、家族 との触れ合 いの持つ効用 に目が向け られ る。バーナー ドは、1968年に重要な判断 を下す。児童の収容施設 は、多 くの児童 にふさわ し い場所ではない とい う決定である。施設への入所 は、 この決定 を前後 して身体障害や知的障害 を 抱 える児童 に絞 り込 まれる。 これに代わつて力点の掛 けられ るのは、地域 における児童 とその家 族の援助である。こうしてバーナー ドの援助 を受 ける児童の半数以上 は、はや くも1966年まで に 家族 と共 に暮 らす児童 によって構成 され る。バーナー ドは、こうした動 きを背景 にその名称 をバー ナー ド博士の家か らバーナー ド博士 に変 えられる。

地域 に暮 らす児童 とその家族への援助 は、

70年

代 に入 る と

68年

の決定 に沿 って一段 と強調 さ れ る。伝統的な考 えに沿 った児童の家 は、

80年

代 に完全 に姿 を消す。団体 の名称 は、バーナー ド 博士か らさらにバーナー ドに変 えられ る。

88年

の ことである。バーナー ドは、イギ リスで児童 を 対象 にす る最大の慈善団体である。他の同種の事業 を手掛 ける団体 と同 じように、家族生活 と地 域 に根 ざす事業の重要性 を強調す る。バーナー ドの拠 り所 にす る考 えは、児童 を第一 に位置づけ、

児童 とその家族 により良い機会 を提供す るように事業 を展開す ること、 これである。本部 は、 ロ ン ドンの地下鉄セ ン トラルラインのバーキングサイ ド駅 に程近い場所 にある。本部棟だけで も5 階建 ての大 きなビルであ り、 これが、 ボランテ ィア団体 の建物か と一瞬我 が 目を疑 う程 に大 きな 建物である。

最近の代表的な事業 は、次の ようである。

第1に、里親や養子縁組である。家族関係 は、時 として壊れ、児童 は依 る術 を失 うこともある。

バ‐ナー ドは、 これに対応 して児童 にふ さわ しい両親 を見つけ出すのである。養子縁組 を結ぶ児 童の多 くは、重度の障害 を抱 えた り、虐待 を受 けた ことのある児童である。

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第2に、ホーム レスの状態にある児童の援助である。イギ リスでは、推計 によると毎年20〜 30 万人 の児童がホーム レスを経験す る。0。 バーナー ドは、こうした児童 とその家族 に助言 を含む援 助 の手 を差 しのべ る。教会や他のボランティア団体 とも協力 しなが ら緊急時の宿泊施設 を用意 し、

路上 を住処 にする児童やその家族 を収容する。 この種 の宿泊施設では、ゲームな どによる遊 びの 機会 を児童 に提供す る。

第3に、障害児の援助である。障害児の生活体験が広 げられ るように援助 の手 を差 しのべ る。

助言やカウンセ リングにも乗 り出 して障害児の介護 に悩む両親 を手助 けす る。 この助言 には、各 種 の公的手当に関する相談 も含 まれ る。

第4に、性的な虐待 を受 けた児童の援助である。被害 を受 けた児童が、立 ち直れ るようにカウ ンセ リングを含む援助 に乗 り出す。性的な虐待 を防止する為の事業 も手掛 ける。児童に情報 を流 した り、専門職者の相談 に応 じた りす ることによって、性的な虐待の防止 に心 を砕 くのである。

第5に、エイズ感染児の援助である。 これは、教育 と助言 を通 して行われ る。両親や親戚がエ イズ患者である児童 に対す るカウセ リング も、 これに含 まれ る。

最後 に、世論 の喚起 と陳情運動 の展開である。バーナー ドの考 えと事業 とを広 く社会 に知 らせ て世論の支持 を広 げると共 に、児童 と家族 を取 り巻 く環境 の改善 にむけて議会 に働 きかけるので ある。

96年

に提唱の児童憲章 (Young people's charter)は 、最近の事例 として記憶 に新 しい。

バーナー ドの援助 を受 けた児童 は、

3万

3,394人であるの(97年)。 職員 は、2,814人のパー ト タイマー を含 む5,316人である。幼。パー トタィム比率 は、

52.9%で

あることか らクロスロー ドの それに比べ るとはるかに低 い。職員の平均年収 は、

1万

5,097ポン ドである。つ。賃金水準だけを 比べ るな らば、クロスロー ドのそれ よ りも高い。団体 としての収入総額 は、およそ8,500万ポン ドである(97年)。 前年の

96年

にお けるそれが、およそ8,000万ポン ドであった ことか らすれば、

5%ほ

どの伸びを記録 した ことになる。 しか し、支出は、両年 とも9,000万ポン ドを前後する金 額である。不足の額 は、いずれ も積立て資金の取 り壊 しによって補われ る。

在宅介護 を担 う児童の援助 は、ホーム レスの児童 をはじめ重度の障害の由に学校 に通 うことの 出来 ない児童 などへの対応 と同 じ く、不利 な境遇 に置かれた児童 を対象 にす る援助の一環である。

在宅介護 を担 う児童への援助 は、バーナー ドとして8つの計画 を全国で手掛 ける。 この種 の援助 は、 クロスロー ドやプ リンセス・ロイヤル トラス トあるいは対人サービス協会

(PSS)も

一部 の地 域 において手掛 けること のか ら、バーナー ドの専有事業ではない。 しか し、バーナー ドは、在宅 介護 を担 う児童の問題 を世論 に広 く訴 えかけ、あわせて児童 とその家族 を直接 に援助することに おいて特別の貢献 をして来た し、現 に行 っている。 リーズ大学(University of Leeds)の E.ジョ

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ンソン(Elizabeth JohnsOn)は 、バーナー ドの児童福祉分野 における独 自の貢献 を高 く評価す る。9

‑人

である。

バーナー ドが在宅介護 を担 う児童 を援助の対象に加 えるのは、

90年

代 に入 ってか らである。そ れ は、大別す ると2つの要因につ き動かされての ことである。まず、在宅介護者の役割が1980年 代 に広い関心 を呼び、地域 における介護 を維持す る為 には、在宅介護者 自身の生活やニーズに考 慮 を払わなければな らないのではないか とい う反省が、広が りをみせた ことである。 この種の関 心 と反省 は、当初成人の在宅介護者 を暗黙の前提 に語 られる。 しか し、児童 も介護責任 の一端 を 担 うのではないか とい う認識が徐々 に広が り、 これにつれて在宅介護 を担 う児童 の援助が、課題 として浮かび上が る。いまひ とつは、殆 どの社会サー ビスが、成人 を対象 にすることへの反省で ある。家族への援助 は、長い間次のような了解の下 に行われてきた。すなわち、両親 を援助する な らば、その扶養 と保護の下 にある児童のニーズ もおのず と充足 され るという了解である。 しか し、事態 は、 この了解通 りに進 んでいない。現実の状況 と了解 とのずれは、年 を追 って広が る。

長 い間当然の こととして受 け取 られたいわば通念 に反省が加 えられ る。児童の権利 は、親のそれ に肩代わ りさせて も十全 に保証 され るわ けでない とい う反省である。児童のニーズ とその権利 を 独 自に考慮す る動 きが、 ここか ら生 まれ る。ニーズを持つ児童 (children in needs)と これへの 対応 とい う発想が新 しく提示 され、 この考 えが児童 に関す る

89年

(the 1989 children act)の 骨格 のひ とつ として盛 り込 まれ る。在宅介護 を担 う児童のニーズは、身体的 に も生育 の途上 にあ

る児童の介護負担 とい う事柄の性質上、 また、数多 くの調査研究やボランティア団体 による後押 しを得た とい う経緯 もあって、優先的に取 り組 むに値する課題 として社会的な承認 を受 ける。

バーナー ドは、 これ らの2つの動 きをいち早 く理解 して援助 に乗 り出す。100年以上 の長 きに 亘 って児童 とその家族 に援助の手 を差 しのべ、児童福祉の課題 に敏感 な専門職者 を数多 く擁す る

ボランテ ィア団体 な らではの対応である。

しか し、バーナー ドといえども、在宅介護者、 とりわけ在宅介護 を担 う児童の援助 に固有 に伴 う困難 な問題 を避 けて通 るわけにいかない。 これは、ひ とリバーナー ドだけの経験ではない。 ク ロスロー ドやプ リンセス0ロイヤル トラス トな どのボランテ ィア団体 は もとより、 自治体 の社会 サー ビス部や学校の教師集団 も多かれ少 なかれ直面す る障壁である。

第1に、在宅介護 を担 う児童の発見 に伴 う問題である。在宅介護 を担 う児童 (young carers) とい う概念化 は、一部の識者や団体 によると障害者 とりわ け障害 を持つ両親の立場 をいつ とはな しに傷 つけがちである。なん となれば障害 を持つ親たちは、児童 を扶養 しその成長 に責任 を負 う こととは全 く反対 に、介護の負担 を不当にも課す ことによって児童 を著 しく不利 な立場 に陥入れ

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