妻木直良﹁天台十疑論について﹂(
﹃ 六
条学
報﹂
。 。
一九一O)︑佐々木月樵﹁支那浄土教史﹂
(無
我山
房
九
一 三 )︑望月信亨﹁天台十疑論は偽作たるべし﹂(
﹃浄
土教之研究﹂
金尾
文淵
堂︑
一九三O)︑山本併骨﹁安楽
集と
天台
十疑
論の
交渉
﹂(
﹃真
宗研
究﹂
二
︑一
九五
六) な
どがある︒また近年では︑鈴木行賢﹁﹁賓王論﹄と﹃浄
土十疑論﹄との関連について﹂(﹃仏教文化学会紀芝
四 ︑ 二
OO
五)がありこれは飛錫
﹁念仏三昧宝王論﹄
にお
ける
﹃十疑論﹂引用とその関連について考察したも
のである︒
﹃十 疑論
﹂
の研究は︑佐藤哲英氏の研究以来 大きな進展がみられないので︑今後は偽撰説を前提とし つつも新たな切り口から本書の意義を明らかにしていく
研究ノート
必要があるだろう︒
(二)山家・山外の教学論争
宋代の天台宗におけるハイライトはやはり山家と山外
の教学論争であろう︒一般的には正統派である山家派の
義寂︑義通︑四明知礼など(四明派として神照本如︑広
智尚賢︑南扉党議の法流)と異端派である
山外 派の 志因
︑
悟恩︑源清︑慶昭︑智円など(雑伝派として従義︑仁岳
の法流)における論争史であり︑唯心論や実相論などが
争われたとされる︒ただし近時︑刊行された林鳴宇﹃宋
代天台教学の研究﹃金光明経﹂の研究史を中心にして
では
︑
﹃仏祖統紀﹄と﹃釈門正統﹄によって図式化
された﹁山家派・山外派・四明派・雑伝派﹂という名称
区分に疑問を呈している︒
山家・山外論争に関する研究史は︑林前掲書において
詳細にわたって記述されているため︑ここでは重要な成
果のみを簡単に紹介するに留めたい︒まず︑石津照璽
﹃天台賞相論の研究﹂
(弘
文堂
書房
︑
一九四七)では︑哲 学的な視点から天台教学の解明が行われ︑その中で山家・山外の所説が取り上げられている︒次に安藤俊雄氏
が﹁天台性具思想論﹄
(法
蔵館
︑
一九
五
三)第四・五・
六
・ 七
章において知礼︑仁岳︑従義などの教説を論究し
た︒安藤氏はその後も精力的に研究を続け︑同﹁天台思
想史﹂
(法
蔵館
︑
一九五九)第七・八章︑同
﹃ 天
台学│
根本思想とその展開﹂
(平
楽寺
書庖
︑
一九六八)第十
四・十五・十六章︑同﹃天台学論集止観と浄土l﹂
(平
楽寺
書屈
︑
一九七五)所収の各論稿において︑山
家
・山
外の
諸説を検討している︒安藤氏の研究と並行し
て︑玉城康四郎﹃心把捉の展開﹄
( 山
喜房仏書林
六一)
では
慧思︑智顕︑湛然︑源清︑智円︑知礼の教学
における心の捉え方の差異を明らかにし︑佐々木憲徳
﹃ 天
台縁起論展開史﹄
(永
田文
昌堂
︑
一九
五
三)では知礼
の縁起論について論究し︑日比宣正﹃唐代天台学研究│
湛然の教学に関する考察l│﹄
( 山
喜房仏書
林 ︑
一九七五)
では︑知礼﹃十不二門指要紗﹄をめぐる論争を中心にし
て
落
知干 し
岳の 教学 論を 考 す る な ど 多 方 面 か
ら 九
近年における浄土学研究の動向
181
のアプローチが行われた︒さらに冒頭に紹介した林鳴宇
﹃宋代天台教学の研究﹄
の提 出に よっ て︑
三
OO
年の長
きにわたる山家・
山外 論争 の
全貌が明らかとなり︑本分
野における目覚ましい成果が挙げられた︒林氏による研
究書は︑広略二
本の
﹁金光明経﹄をめぐる論争史ならび
に修織作法を中心とした精査な研究であるが︑今後は浄
土教との関連が深い知礼﹁観経疏妙宗紗﹂の学説をめぐ
る論争史の解明が待望される︒
特に宋代天台浄土教という視点からアプローチしたも
のには︑福島光哉﹃宋代天台浄土教の研究﹄
(文
栄堂
書 庖
一九九五)があり︑源清︑智円︑知礼︑道式︑神照
本如︑処謙︑有厳︑択用︑宗陣︑暢傑︑王敏伸︑限堆
元照︑道因︑道環など︑天台浄土教に関わった諸師を多
数取り上げて︑念仏三昧論を中心にした思想展開を考察
して
いる
︒佐藤成順﹃末代仏教の研究﹂では天台系浄土
信仰者の系譜を明確にした上で︑元照の浄土教思想に影
響を与えたであろう慧才︑本如︑処謙︑択映などの浄土
教信仰に論及している︒
(三
)知
礼
山家
・山
外論
争の中心人物であ
った
四明知礼(九六
O
ー一
O
二八)は︑師である義通の影響もあって浄土教に深い関心を示しており︑天台浄土教の重要な典籍である
﹃観経疏妙宗紗﹂六巻や﹁観経融心解﹄一巻を著した︒
﹃妙宗紗﹂
は ︑
﹃天台観経疏﹂の多大な影響を受けて成立
しつつも︑約心念仏
( U 約心 観仏 )
や唯心浄土説など知
礼独特の浄土教義を確立させている︒また︑知礼門下で
ある神照本如の系統には浄土教を宣揚した者が多く︑知
礼の浄土教晶
子が
後
世に果した役割は計り知れない︒
知礼の浄土教思想についての研究は︑安藤俊雄﹁天台
学論集│
止観と浄土│
﹄に所収される﹁観無量寿経妙宗
紗概 論﹂ があ り︑
﹃妙宗紗﹂の念仏論︑仏身仏土論︑十
六観とその行位などを論じ︑併せて﹃融心解﹂の内容も
考察している︒知礼に関する研究は他にも多くなされて
おり︑前項に挙げたもの以外では︑中山正晃﹁四明知礼
と浄土教﹂(﹃仏教文化研究所紀要﹂
五 ︑
一九
六六 )︑ 福
原隆善﹁善導教学と姐宋天台│特に知礼の浄土教をめぐ
liJf究ノート
って
l
(﹂
﹁印
仏研
究﹄
二五二︑一
九七 七)
︑福 島光 哉
﹁天 浄台 土教
の二
つの側面│知礼と遵式の念仏
三昧論を
めぐ
って
!﹂
(﹃
仏教学
セミ ナー
﹄五
回 ︑
一九
九
一)
︑長
野寂然
﹁ ﹁
妙宗紗﹄と﹁
信起
論﹂の本覚思想│六即との
関係における
一考察│
﹂(
﹁天台学報
﹂三
七一
九九
五)
︑ 宮沢勘次﹁観経疏妙宗紗の我国仏教思想にみる影響﹂
(﹃印仏研究﹂四四│一
九九 五)
︑同
﹁凹明知礼の浄
土思想﹂(﹃印仏研究﹄
四七
1一︑一
九九 八)
︑同
﹁知礼
の妙宗紗と親驚の往生思想との共通項﹂(
﹃印仏研究﹄四
一九九三
)︑
同
﹁観
経
疏妙
宗紗と大乗起信論﹂
(﹃印仏研究﹂四三l一
九九四)︑同﹁観経疏妙宗紗 の我国仏教思想にみる影響﹂(
﹃印仏研究﹄
四四
一︑
九九 五)
︑山 田陽
﹁道
﹁観経疏妙宗紗
﹄
における﹁約心観 仏
﹁即心念仏﹂の語
義に つ いて
﹂(
﹃印仏研究﹄
四九
‑ て 二 O O一 )などが提出されている
︒
(四
)遵
式︑
択瑛
︑
﹁楽
邦文 類
﹄
道式 (九 六
三│
一O
三二
)は義通の弟子
で知礼と同門
であり︑山家派の重鎮とされる
︒遵式は知礼と同じく唯
心浄土説を唱えたが︑山家・山外の教
学論争
に表 立
って
活躍することはなく︑講説による布教活動と自身の浄土 信仰・観音信仰に生涯を尽くした
︒著書には﹁往生浄土
決疑行願二門
﹂﹃ 往生 浄土
惜願儀﹂など多数の浄土教関
係疏が残されている
︒
道式の研究としては︑高雄義堅﹁慈雲遵式とその瑞光
塔﹂(﹁
日華 悌教 研究 会年 報﹄
二 ︑一九三
七)
︑末 広照 純
﹁ 慈
雲遵式の教学﹂(﹁印仏研究
﹄二
七│
二
︑一
九七
九)
︑
同﹁知礼と遵式﹂(﹁印仏研究﹄四O
│一
︑一
九九
一)
︑ 同﹁遡宋天台における修慣の研究
l
とくに遵式を中心と
近年における浄土学liJf究の動ri‑),
して
│﹂(﹃大正大学大学院論集﹄
八
一九
九四 )︑ 福
島光哉﹃宋代天台浄土教の研究﹂
︑小
林順彦﹁慈雲遵式
の浄土教
﹂(
﹃天
台学
﹄報
一 二
六一
九九 四)
︑吉 田剛
﹁ 宋 代における
﹃ 肇
論﹂
の受容形態について
│遊式﹁
注肇 論
疏﹂をめぐって﹄
( ﹃
印仏研究﹂
四九
一︑二OO二
目淑玲﹁慈雲遵式の研究序説特に道式の社会的な教化
活動﹂(﹃印仏研究﹂五二│一︑
二O O三 )︑ 同﹁ 慈
雲遵
183
式の
研究序説特に遵式の生涯について﹂(﹃仏教大学大学
院紀室
三 一
︑二
OO
三)などがある︒
択 瑛
(一O
四五
│ 一
O九九)は︑知礼の法孫にあたる
神悟処謙に師事した天台憎である︒著書
は現
存し
ない
が︑
逸文を収集することによって思想の一部が明らかとな
り ︑
善導思相ゲ佐取り入れた浄土教思想を唱えたとされる︒
択瑛 の 研 究 は 佐 藤 お よ び 福 島 前掲 書以 外
足利
壬圭
正
﹁択瑛法師及び其の浄土修証義﹂(﹃六条学報﹄
。
一九
一 一
)︑西郊良光﹁択瑛の浄土教﹂(﹃天台学報
﹄二 }¥
一九
八六
)︑
阿
川正貫﹁桐江択瑛の浄土教﹂(﹃大
正
大学大学院研究論集﹄
四
一九
九O)などがある︒
﹃楽邦文類﹂
は ︑
天台の流れを組む宗暁によっ
て著
さ
れた
書物であり︑東晋
以来の浄土教に関する著作・記
伝・詩頒・小篇・序践などを収録したものである
︒ ﹁
楽
邦文類﹂の研究は︑野上俊静﹁﹃楽邦文類﹄の序につい
てー著者宗暁とその周辺│﹂(﹁中国浄土教史論﹄
法蔵
館︑
一九
八
一)
︑柴
田泰
﹁﹁楽邦文類﹄
の浄
土思
想史
的意
義﹂
(﹃印仏研究﹂三七
│一
︑一九八八)︑同﹁日中浄土教比 較考
i
﹁楽邦文類﹂と﹃選択集﹄l﹂﹃印度哲学仏教学﹂四
一九九九)︑福島光哉﹃楽邦文類の研究│
宋代浄
土教の特性と﹁教行信証
﹂│
﹄
(安
居次
講︑
一九九六)
などがある︒柴田氏が指摘するように︑﹃楽邦文類﹂の
先行研究はさほど多くないが︑中国浄土教思想史上にお
ける資料的価値は極めて高いので︑今後の精査な研究が
待たれる︒
禅宗や律宗系における浄土教
(ご
延寿の唯心浄土説・禅浄双修
延寿
( 九 O
四九七五)は法眼禅の第
三祖であり︑ま
た﹁仏祖統紀﹄では蓮杜第六祖に数えられる︒著書
には
浄土教に関連するものとして﹃万善同帰集﹄三
巻 ︑
﹁宗
鏡
盆
一OO
巻などがあり︑禅と浄土を融合的にみる禅
浄双修(禅浄一致)と唯心浄土説を唱えた最初の思想家
とされている︒唯心浄土や己心弥陀(本性弥陀・自性弥