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ニ ︑

ドキュメント内 教化研究 No.18 (ページ 182-187)

妻木直良﹁天台十疑論について﹂(

﹃ 六

条学

報﹂

。 。

一九一O)︑佐々木月樵﹁支那浄土教史﹂

(無

我山

一 三 )︑望月信亨﹁天台十疑論は偽作たるべし﹂(

﹃浄

土教之研究﹂

金尾

文淵

堂︑

一九三O)︑山本併骨﹁安楽

集と

天台

十疑

論の

交渉

﹂(

﹃真

宗研

究﹂

︑一

九五

六) な

どがある︒また近年では︑鈴木行賢﹁﹁賓王論﹄と﹃浄

土十疑論﹄との関連について﹂(﹃仏教文化学会紀芝

四 ︑ 二

OO

五)がありこれは飛錫

﹁念仏三昧宝王論﹄

にお

ける

﹃十疑論﹂引用とその関連について考察したも

のである︒

﹃十 疑論

の研究は︑佐藤哲英氏の研究以来 大きな進展がみられないので︑今後は偽撰説を前提とし つつも新たな切り口から本書の意義を明らかにしていく

研究ノー

必要があるだろう︒

(二)山家・山外の教学論争

宋代の天台宗におけるハイライトはやはり山家と山外

の教学論争であろう︒一般的には正統派である山家派の

義寂︑義通︑四明知礼など(四明派として神照本如︑広

智尚賢︑南扉党議の法流)と異端派である

山外 派の 志因

悟恩︑源清︑慶昭︑智円など(雑伝派として従義︑仁岳

の法流)における論争史であり︑唯心論や実相論などが

争われたとされる︒ただし近時︑刊行された林鳴宇﹃宋

代天台教学の研究﹃金光明経﹂の研究史を中心にして

では

﹃仏祖統紀﹄と﹃釈門正統﹄によって図式化

された﹁山家派・山外派・四明派・雑伝派﹂という名称

区分に疑問を呈している︒

山家・山外論争に関する研究史は︑林前掲書において

詳細にわたって記述されているため︑ここでは重要な成

果のみを簡単に紹介するに留めたい︒まず︑石津照璽

﹃天台賞相論の研究﹂

(弘

文堂

書房

一九四七)では︑哲 学的な視点から天台教学の解明が行われ︑その中で山家・山外の所説が取り上げられている︒次に安藤俊雄氏

が﹁天台性具思想論﹄

(法

蔵館

一九

三)第四・五・

・ 七

章において知礼︑仁岳︑従義などの教説を論究し

た︒安藤氏はその後も精力的に研究を続け︑同﹁天台思

想史﹂

(法

蔵館

一九五九)第七・八章︑同

﹃ 天

台学│

根本思想とその展開﹂

(平

楽寺

書庖

一九六八)第十

四・十五・十六章︑同﹃天台学論集止観と浄土l﹂

(平

楽寺

書屈

一九七五)所収の各論稿において︑山

・山

外の

諸説を検討している︒安藤氏の研究と並行し

て︑玉城康四郎﹃心把捉の展開﹄

( 山

喜房仏書林

六一)

では

慧思︑智顕︑湛然︑源清︑智円︑知礼の教学

における心の捉え方の差異を明らかにし︑佐々木憲徳

﹃ 天

台縁起論展開史﹄

(永

田文

昌堂

一九

三)では知礼

の縁起論について論究し︑日比宣正﹃唐代天台学研究│

湛然の教学に関する考察l│

( 山

喜房仏書

林 ︑

一九七五)

では︑知礼﹃十不二門指要紗﹄をめぐる論争を中心にし

知干 し

岳の 教学 論を 考 す る ど 多 方 面

ら 九

近年における浄土学研究の動向

181 

のアプローチが行われた︒さらに冒頭に紹介した林鳴宇

﹃宋代天台教学の研究﹄

の提 出に よっ て︑

OO

年の長

きにわたる山家・

山外 論争 の

全貌が明らかとなり︑本分

野における目覚ましい成果が挙げられた︒林氏による研

究書は︑広略二

本の

﹁金光明経﹄をめぐる論争史ならび

に修織作法を中心とした精査な研究であるが︑今後は浄

土教との関連が深い知礼﹁観経疏妙宗紗﹂の学説をめぐ

る論争史の解明が待望される︒

特に宋代天台浄土教という視点からアプローチしたも

のには︑福島光哉﹃宋代天台浄土教の研究﹄

(文

栄堂

書 庖

一九九五)があり︑源清︑智円︑知礼︑道式︑神照

本如︑処謙︑有厳︑択用︑宗陣︑暢傑︑王敏伸︑限堆

元照︑道因︑道環など︑天台浄土教に関わった諸師を多

数取り上げて︑念仏三昧論を中心にした思想展開を考察

して

いる

︒佐藤成順﹃末代仏教の研究﹂では天台系浄土

信仰者の系譜を明確にした上で︑元照の浄土教思想に影

響を与えたであろう慧才︑本如︑処謙︑択映などの浄土

教信仰に論及している︒

(三

)知

山家

・山

外論

争の中心人物であ

った

四明知礼(九六

O

ー一

O

二八)は︑師である義通の影響もあって浄土教に

深い関心を示しており︑天台浄土教の重要な典籍である

﹃観経疏妙宗紗﹂六巻や﹁観経融心解﹄一巻を著した︒

﹃妙宗紗﹂

は ︑

﹃天台観経疏﹂の多大な影響を受けて成立

しつつも︑約心念仏

( U 約心 観仏 )

や唯心浄土説など知

礼独特の浄土教義を確立させている︒また︑知礼門下で

ある神照本如の系統には浄土教を宣揚した者が多く︑知

礼の浄土教晶

子が

世に果した役割は計り知れない︒

知礼の浄土教思想についての研究は︑安藤俊雄﹁天台

学論集│

止観と浄土│

﹄に所収される﹁観無量寿経妙宗

紗概 論﹂ があ り︑

﹃妙宗紗﹂の念仏論︑仏身仏土論︑十

六観とその行位などを論じ︑併せて﹃融心解﹂の内容も

考察している︒知礼に関する研究は他にも多くなされて

おり︑前項に挙げたもの以外では︑中山正晃﹁四明知礼

と浄土教﹂(﹃仏教文化研究所紀要﹂

五 ︑

一九

六六 )︑ 福

原隆善﹁善導教学と姐宋天台│特に知礼の浄土教をめぐ

liJfノート

って

l

(﹂

﹁印

仏研

究﹄

二五二︑一

九七 七)

︑福 島光 哉

﹁天 浄台 土教

の二

つの側面│知礼と遵式の念仏

三昧論を

めぐ

って

!﹂

(﹃

仏教学

セミ ナー

﹄五

回 ︑

一九

一)

︑長

野寂然

﹁ ﹁

妙宗紗﹄と﹁

信起

論﹂の本覚思想│六即との

関係における

一考察│

﹂(

﹁天台学報

﹂三

七一

九九

五)

︑ 宮沢勘次﹁観経疏妙宗紗の我国仏教思想にみる影響﹂

(﹃印仏研究﹂四四│一

九九 五)

︑同

﹁凹明知礼の浄

土思想﹂(﹃印仏研究﹄

四七

1一︑一

九九 八)

︑同

﹁知礼

の妙宗紗と親驚の往生思想との共通項﹂(

﹃印仏研究﹄四

一九九三

)︑

﹁観

疏妙

宗紗と大乗起信論﹂

(﹃印仏研究﹂四三l一

九九四)︑同﹁観経疏妙宗紗 の我国仏教思想にみる影響﹂(

﹃印仏研究﹄

四四

一︑

九九 五)

︑山 田陽

﹁道

﹁観経疏妙宗紗

における﹁約心観 仏

﹁即心念仏﹂の語

義に つ いて

﹂(

﹃印仏研究﹄

四九

‑ て 二 O O一 )などが提出されている

(四

)遵

式︑

択瑛

﹁楽

邦文 類

道式 (九 六

三│

一O

三二

)は義通の弟子

で知礼と同門

であり︑山家派の重鎮とされる

︒遵式は知礼と同じく唯

心浄土説を唱えたが︑山家・山外の教

学論争

に表 立

って

活躍することはなく︑講説による布教活動と自身の浄土 信仰・観音信仰に生涯を尽くした

︒著書には﹁往生浄土

決疑行願二門

﹂﹃ 往生 浄土

惜願儀﹂など多数の浄土教関

係疏が残されている

道式の研究としては︑高雄義堅﹁慈雲遵式とその瑞光

塔﹂(﹁

日華 悌教 研究 会年 報﹄

二 ︑一九三

七)

︑末 広照 純

﹁ 慈

雲遵式の教学﹂(﹁印仏研究

﹄二

七│

︑一

九七

九)

同﹁知礼と遵式﹂(﹁印仏研究﹄四O

│一

︑一

九九

一)

︑ 同﹁遡宋天台における修慣の研究

l

とくに遵式を中心と

近年における浄土学liJf究の動ri)

して

│﹂(﹃大正大学大学院論集﹄

一九

九四 )︑ 福

島光哉﹃宋代天台浄土教の研究﹂

︑小

林順彦﹁慈雲遵式

の浄土教

﹂(

﹃天

台学

﹄報

一 二

六一

九九 四)

︑吉 田剛

﹁ 宋 代における

﹃ 肇

論﹂

の受容形態について

│遊式﹁

注肇 論

疏﹂をめぐって﹄

( ﹃

印仏研究﹂

四九

一︑二OO二

目淑玲﹁慈雲遵式の研究序説特に道式の社会的な教化

活動﹂(﹃印仏研究﹂五二│一︑

二O O三 )︑ 同﹁ 慈

雲遵

183 

式の

研究序説特に遵式の生涯について﹂(﹃仏教大学大学

院紀室

三 一

︑二

OO

三)などがある︒

択 瑛

(一O

四五

│ 一

O九九)は︑知礼の法孫にあたる

神悟処謙に師事した天台憎である︒著書

は現

存し

ない

が︑

逸文を収集することによって思想の一部が明らかとな

り ︑

善導思相ゲ佐取り入れた浄土教思想を唱えたとされる︒

択瑛 の 研 究 は 佐 藤 お よ 福 島 前掲 書以 外

足利

﹁択瑛法師及び其の浄土修証義﹂(﹃六条学報﹄

一九

一 一

)︑西郊良光﹁択瑛の浄土教﹂(﹃天台学報

﹄二 }¥ 

一九

八六

)︑

川正貫﹁桐江択瑛の浄土教﹂(﹃大

大学大学院研究論集﹄

一九

九O)などがある︒

﹃楽邦文類﹂

は ︑

天台の流れを組む宗暁によっ

て著

れた

書物であり︑東晋

以来の浄土教に関する著作・記

伝・詩頒・小篇・序践などを収録したものである

︒ ﹁

邦文類﹂の研究は︑野上俊静﹁﹃楽邦文類﹄の序につい

てー著者宗暁とその周辺│﹂(﹁中国浄土教史論﹄

法蔵

館︑

一九

一)

︑柴

田泰

﹁﹁楽邦文類﹄

の浄

土思

想史

的意

義﹂

(﹃印仏研究﹂三七

│一

︑一九八八)︑同﹁日中浄土教比 較考

i

﹁楽邦文類﹂と﹃選択集﹄l﹂﹃印度哲学仏教学﹂

一九九九)︑福島光哉﹃楽邦文類の研究│

宋代浄

土教の特性と﹁教行信証

﹂│

(安

居次

講︑

一九九六)

などがある︒柴田氏が指摘するように︑﹃楽邦文類﹂の

先行研究はさほど多くないが︑中国浄土教思想史上にお

ける資料的価値は極めて高いので︑今後の精査な研究が

待たれる︒

禅宗や律宗系における浄土教

(ご

延寿の唯心浄土説・禅浄双修

延寿

( 九 O

四九七五)は法眼禅の第

三祖であり︑ま

た﹁仏祖統紀﹄では蓮杜第六祖に数えられる︒著書

には

浄土教に関連するものとして﹃万善同帰集﹄三

巻 ︑

﹁宗

一OO

巻などがあり︑禅と浄土を融合的にみる禅

浄双修(禅浄一致)と唯心浄土説を唱えた最初の思想家

とされている︒唯心浄土や己心弥陀(本性弥陀・自性弥

ドキュメント内 教化研究 No.18 (ページ 182-187)

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