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「デュアルキャリア」の政策的根拠

「デュアルキャリア」の必要性や有益性をいかに説いても、それだけでは国の政策とし て推進していくべき根拠とは成り得ないはずである。選手やスポーツ界にとって「デュア ルキャリア」というものが喫緊の課題であったとしても、それを政策面から取り扱い、解 決の手立てを考案していくべき必然性はない。それでは、「デュアルキャリア」を政策とし て実施すべき根拠はどこに存在するのであろうか。この章では、国としての役割や義務を 念頭に置き、諸外国の状況や我が国の制度を照らし合わせながら、「デュアルキャリア」を 政策として扱っていくべき意義を論じていくこととする。

「エリートスポーツと学校間での『デュアルキャリア』は、教育、エリートスポーツ、

政治が完全に分離していて、トップレベルの選手が自身の職業訓練やスポーツ以外のキャ リアを将来的に確保するために自分で何かをしなければいけない場合に問題として顕在化 する」とされている(Borggrefe & Cacha、2012)。つまり、政策立案及び政策執行の両方 のレベルで教育とエリートスポーツの連携の重要性が指摘されているのである。教育を担 っている学校と、選手のトレーニングを担っている競技団体、という異なる二つの主体が 存在し、そしてそれらを取り巻く社会的環境や資源が存在する。これらがいかに連携し、

対策を講じていくかが鍵となる。

5−1. 教育との関係性

第1章で述べたとおり、才能のある若い選手は、学生アスリートとして、スポーツのト レーニングと学業という二つの役割をこなさなければならない状況に陥っている。

教育の機会均等を図る役割は国及び地方公共団体にあり、アスリートが教育的不利益を 被らないよう対策を練る必要がある。「デュアルキャリア」を政策的に押し進めていく根拠 として、義務教育期間との関係性はEU内でも取り上げられている。EU内では、義務教育 期間が極めて類似しており8年から12年までとなっているようである。義務教育期間の終 了年齢を特定しているのは二つの加盟国のみであり、他の加盟国の義務教育期間は 9 年か ら11年となっている。EU加盟国で類似する義務教育期間を鑑みると、アスリートがスポ ーツトレーニングに費やす時期が重複していることが示され、これが、EUが教育とスポー

ツトレーニングの融合を促進する根拠となっている(INEUM consulting / Taj、2007)。

「デュアルキャリア」で求めているものは、学力の向上に留まらず、その選手自身の人 間としての成長を意図している。ベルギーの「Flemish career support services for elite athletes of Topsport Vlaanderen」というサービスは、三つの主要な移行期・キャリアステ ージ(教育(9歳以降)、競技キャリア(14歳から16歳以降)、競技生活後(26歳から28 歳以降))で描かれている。それぞれのステージに特有のライフスタイルスキル(10歳以降:

タイムマネジメントスキル、14歳以降:移行スキル、16歳:メディアスキル、18歳以降:

relationship スキル、22 歳以降:財務管理スキル、26 歳以降:ネットワーキングスキル)

を身に付ける手助けを行い、選手の能力強化に焦点を当てている。このアプローチは長期 キャリア育成である(Wyllemanら、2011)。選手の総体的な人間形成や発達的側面をも有 しているのが「デュアルキャリア」である。それは次の文言からも明らかである。「キャリ ア形成支援(career assistance)は、一般的に『a whole career (キャリア全体)』、『whole person (総体的な人間)アプローチ』や『developmental & an individual(発達・個人的)

アプローチ』、『multilevel treatment & an empowerment(多層トリートメント・能力強 化)アプローチ』などの原則に基づいている」(Stambulova ら、2009;Alfermann &

Stambulova、2007)。

5−2. 国際競技力向上との関連性

「デュアルキャリア」というものが、選手一個人の利益に留まるものではなく、社会的 な利益を生み出すものであると仮定するならば、それは十分な政策的根拠の一つとなり得 る。

「平成24(2012)年ロンドンオリンピック競技大会において、フランスチームのメダリ ストの半数(41名中21名)はINSEPを拠点としている学生アスリートであった」という

データ(Aquilina、2013)や、フィンランドの「オリンピックアスリートの65%は学業に

従事している」というデータ(Aquilina、2013)からは、国際競技力向上と「デュアルキ ャリア」の関連性が示されていると言える。また、1992年から 2008年の夏季オリンピッ ク競技大会において、メダルを獲得したイギリス選手の 61%が大学に通っている、または 通っていた。これは、2010年時点の人口全体で学位を取得しているのが約31%であること と比較すると、相当数にのぼる。このことから、イギリスチームの成功は、高等教育機関 と密接にリンクしていると言える (British Universities & Colleges Sport、2012)。つま

り、国際競技力向上へ向けた方策を考慮する上で、高等教育機関が一つの重要な要素とな っており、「デュアルキャリア」という概念を制度面から支援していくことで国際競技力向 上へのアプローチ方法が増やせる可能性があるということである。

アメリカUSOCではパフォーマンス向上として、アスリートキャリア・教育・ライフス キル形成を取り扱っているが、そこから一歩進んで、今後は競技団体や選手の説明責任

(accountability)をも形作っていこうと模索している。「年次報告書や強化計画にアスリ

ートキャリア・教育・ライフスキルの指標を含め」ていくべきであるという提言(United States Olympic Committee、2012)は、「デュアルキャリア」というプログラムをツール として用い、競技団体のガバナンスやマネジメントの向上へも役立てていくことができる 可能性を示唆している。

5−3. 他政策との関連性

この節では、「デュアルキャリア」を推進しているヨーロッパ諸国において、どのように

「デュアルキャリア」というものが政策的に扱われてきたのか、これまでの流れを概観し つつ、スポーツ分野だけでなく労働・教育・文化的側面と連動して実施されてきた一面を 論じていくこととする。

現在、EUの加盟国は27カ国まで拡大し、幅広い政治・経済統合体となっているが、文 化や歴史的背景、社会制度の異なるヨーロッパの国々において、その統合は容易なもので はない。多様性こそが EU の財産である一方で、その中で結束を見出していく必要性もあ る。そのような状況において、EU内ではスポーツの有する社会的・教育的役割を強く認識 していることが各条約や宣言、取り組みから見て取れる。

1997 年アムステルダム条約付属書のスポーツ宣言(A declaration annexed to the

Treaty of Amsterdam)では、スポーツはアイデンティティの形成と、人々に結束をもたら

す役割があることを強調している。一般社会に対してスポーツの価値を広めていく契機と なった平成16(2004)年ヨーロッパのスポーツを通じた教育年(2004 European Year of

Education through Sport)では、目的の一つとして、競技スポーツへの参加により若い選

手が教育において不利益を被らないようにすることが掲げられた。目的は全部で五つあっ たが、それらの目的達成へ向けて、トランスナショナル・ナショナル・リージョナル・ロ ーカルのあらゆる地域レベルでのプロジェクトが合計161個実施され、EUの一般予算から

財政的支援が行われた。この、ヨーロッパのスポーツを通じた教育年の準備年となった平 成 15(2003)年と実施年である 2004 年には合計で、1,210 万ユーロの予算が拠出された とのことである。そして、「デュアルキャリア」という言葉がEUの公的文書に初めて登場 したのは平成19(2007)年のスポーツ白書(White Paper on Sport)である。

“In order to ensure the reintegration of professional sportspersons into the labor market at the end of their sporting careers, the Commission emphasises the importance of taking into account at an earlier stage the need to provide “dual career” training for young sportsmen and sportswomen and to provide high quality local training centres to safeguard their moral, educational and professional interests. ” ( European Commission、2007)

スポーツ白書では、スポーツ選手の労働市場への再統合のためには、若い選手に対して 早い段階から「デュアルキャリア」トレーニングを提供していく必要性と、選手たちの倫 理的・教育的・職業的利益の保護のため高品質な地域のトレーニングセンターを提供して いく必要性があることを考慮しなくてはならないと強調されている。その後、欧州委員会 は 「 欧 州 に お け る 若 手 競 技 者 の ト レ ー ニ ン グ (training of young sportsmen and

sportswomen in Europe)」に関する研究を立ち上げ、上述の政策・プログラムとして組み

込むべきものを探っていくこととなる。平成20(2008)年12月11日及び12日には、EU 理事会がスポーツ宣言を受理し、「デュアルキャリア」に対して注目するよう求めた。

” It calls for the strengthening of that dialogue with the International Olympic Committee and representatives of the world of sport, in particular on the question of combined sports training and education for young people.”(Council of the European Union、2008)

特に、若者のスポーツトレーニングと教育の議題に関して、IOC・スポーツ界の代表者間 の対話を強化していくことが必要であると宣言した。

このように、EUが教育とトレーニング・労働市場への統合に関する選手の保護を重要視 していることは上述のとおり明らかである。

その後、平成23(2011)年から平成26(2014)年のEUスポーツ行動計画(EU Work

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