4.1 はじめに
安価で高出力な緑色高調波発生システムを実現するには、第 3 章で述べたプレーナ 導波路型SHG素子と、狭いスペクトラムで高出力の回折限界光を出力する半導体レ ーザ基本波光源が必要である。この基本波光源には、単一縦モード半導体レーザとテ ーパ型光増幅器を用いたマスタ発振器パワー増幅器(MOPA)が期待される。
Schwertfeger らは、波長 1083 nmの分布反射型半導体レーザと、1060 nm帯の利 得ピークを持つテーパ型光増幅器のハイブリッド型MOPAを用い、光出力 7.4 W
( 素 子 温 度 1 0 ℃ ) を 得 た こ と を 報 告 し て い る [ 1 ] 。 砒 化 イ ン ジ ウ ム ガ リ ウ ム
( I n G a A s ) の 圧 縮 歪 量 子 井 戸 は 、 イ ン ジ ウ ム を 増 や せ ば 利 得 ピ ー ク を 1060 nm帯にできるが、歪量が増加し結晶成長が難しくなる。この圧縮歪量子井戸 の活性層の付近で、図 1.17 に示したリッジ導波路プリアンプや反射スポイラーを作 るためのエッチングを行うと[2]、活性層に貫通転移を発生させ長期的な信頼性を損 なう懸念がある[3]。このリッジ導波路プリアンプは、導波モードを安定にするため に 0.5~0.75 mm程度の長さが必要であり[4]、テーパ型光増幅器の大型化に伴って ウェハーあたり素子数が減少する問題もある。
一方、1.2.2 章で述べた光ファイバ回折格子制御半導体レーザは、コヒーレントコ ラプスモードや単一縦モードで発振するものが安価に市販されている[5], [6]。この 半導体レーザは発振波長の温度依存性が少ないので、緑色高調波発生システムに用い るMOPAのマスタ発振器に最適である[7]。
そこで、本研究では図 4.1 に示す緑色高調波発生システムの構成を提案する。マ スタ増幅器には光ファイバ回折格子制御半導体レーザを用い、波長 1064 nmの単一 縦モード、ファイバ端光出力 90 mW程度のシード光を出力する。シード光は偏波面 保存ファイバで直線偏光のまま伝播し、ファイバ先端に加工したバイコニカルマイク
ロレンズで像変換される。テーパ型光増幅器にはエッチング工程がなく信頼性が高い プレーナ構造を採用し、シード光の波面を維持したまま光出力約 5 Wに増幅する。ア ナモルフィック非球面レンズ(Anamorphic microlens)は、非点隔差の大きいその出 力光を像変換し、第 3 章で述べたプレーナ導波路型SHG素子と結合効率 80%で結合 する。プレーナ導波路型SHG素子は、波長 1064 nmの基本波を波長 532 nmの第 二高調波に波長変換し、緑色の光出力 1~2 Wを得る構想である。
本章は、この構成案の主要部品であるテーパ型光増幅器について述べる。プレーナ 構造テーパ型光増幅器は、構造が単純で信頼性が高く、量産性も良い。しかし、リッ ジ導波路プリアンプや反射スポイラーがないので、フィラメントが形成されやすい課 題がある。そこで、バイコニカルマイクロレンズからのシード光でテーパ型光増幅器 を制御する方法で、半導体レーザ基本波光源の高出力化を図ったものである。
z x
z y
z x
z y
図 4.1 緑色高調波発生システムの構造案 Fig. 4.1 Structure of SHG system for green light emission.
4.2 ビーム伝播法による光伝播解析 4.2.1 テーパ型光増幅器の解析手順
テーパ型光増幅器の最適設計をするため、その光伝播を詳細に調べる必要がある。
一般的な半導体レーザシミュレータは、均一な導波路断面を仮定して有限要素法や有 限差分法で電磁界分布を解くものが多く、光伝播に伴って導波路断面が広がるテーパ 型光増幅器には利用できない。そこで、高速フーリエ変換を利用したビーム伝播法を 利用して光伝播シミュレータを自作したので、その解析手順を以下に述べる。なお、
真空蒸着技術の進歩により、入出力端面の反射は十分に低減できるものとし、進行波 のみを計算している。
テーパ型光増幅器のプレーナ導波路は、導波路厚さ方向(y 軸)には基本横モード のみを許容する屈折率導波構造にするため、光伝播(電界分布)の解析は屈折率導波 構造のない平面(xz面)内に簡単化できる。キャリア密度分布や利得分布は、進行 方向の微小区間内では変化が小さいと近似(Slowly varying envelop approximation)
して 1 次元の解析とする。熱流束は熱源の活性層からヒートシンク方向に向かうので、
進行方向の微小区間内では変化が小さいとしてxy面の 2 次元で解析する。
テーパ型光増幅器の入射光は、光ファイバから出射するガウスビーム(回折限界光)
を、光ファイバ先端に加工したバイコニカルマイクロレンズで像変換したものである。
その光波振幅(電界)分布 U0は、光パワー P0 = U0 2、スポット径 ω0、光軸ずれ x0、 入射角 θ0、波数 kとして次式で表せる[8]。
( )
⎟⎟
⎠
⎞
⎜⎜
⎝
⎛ − −
⎟⎟ −
⎠
⎞
⎜⎜⎝
= ⎛ 2 0
0 2 0 5
. 0
0 0
0 2 exp θ
ω ω
π jkx
x x
U P (4.1)
利得領域内の光波振幅Uの伝播は、閉じ込め率 Γ、材料利得 g、線幅拡大係数 α、 内部損失 αloss、温度およびキャリア誘起の屈折率変化 δn とし、次式に示すヘルムホ
ルツ方程式(Helmholtz equation)に対して、高速フーリエ変換を利用した 2 次元ビ ーム伝播法を用いて解くことができる[9−11]。
U n jk j g
x U k n
j z
U loss
⎟⎠
⎜ ⎞
⎝
⎛ − Γ − +
∂ +
= ∂
∂
∂ α α δ
2 2
1
2 2
2
0
(4.2)
但し、屈折率の変化 δnは、実効屈折率の温度係数 αT、基準温度に対する温度差分 布 δT、および実効屈折率に対するキャリア依存性 δnN として、次式で表せる[12], [13]。
N
T T n
n α δ δ
δ = + (4.3)
キャリア分布 Nは、定常状態 dN/dt = 0、かつ、電荷中性条件が満足され、有効拡 散係数 De、内部量子効率 η、素電荷 q、量子井戸厚 d、非発光再結合時間 τnr、自然 発光係数 B、オージェ再結合係数 C、光子エネルギー hωとし、次式のキャリア拡散 方程式をニュートン法で求めれば良い[14]。なお、解析区間の両端の境界条件はノイ マン条件(Neumann boundary condition)としている。
0
2 3
2 2
2 Γ =
−
−
−
−
∂ +
∂
d U CN g
N BN qd
J x D N
nr
e τ ω
η
h
(4.4)
ここで、利得分布 g は、利得係数 g0と透明キャリア密度 Ntrとし、それぞれの特 性温度をブロードエリア半導体レーザの実験から得たしきい値の特性温度 T0 = 173 K とスロープ効率の特性温度Tg = −720 Kを代用し、次式で近似した[15]。
⎟⎟
⎟⎟
⎟
⎠
⎞
⎜⎜
⎜⎜
⎜
⎝
⎛
⎟⎟⎠
⎜⎜ ⎞
⎝
⎟ ⎛
⎟
⎠
⎞
⎜⎜
⎝
= ⎛
0 0
exp ln
exp
T N T
N T
g T g
tr g
(4.5)
線幅拡大係数 αは、活性層の屈折率に対するキャリア依存性 ∆nより、次式で求め る[16]。
( ) ( )
( )
J gJ n
N Ng n
δ δδ δ λ
π δ
δδ δ λ α π
∆
− Γ = Γ∆
−
= 4 4 (4.6)
但し、
N n n= 1
∆ (4.7)
光導波路全体の屈折率に対するキャリア依存性 δnNは、閉じ込め率 Γを用い、次式 で計算できる。
n nN =Γ∆
δ (4.8)
発熱量 Qは、非発光再結合 Qnr、オーミック発熱 Qjoule、光吸収Qabs、擬フェルミ準 位間の電位差 Vf、電極の接触抵抗 rc、pクラッド抵抗率 ρと層厚 tとして、次式で 計算した[17]。
abs joule
nr Q Q
Q
Q= + +
( ) 2 2
N 3⎞ + +ρ +α
⎛ +
= (4.9)
温度分布 T は、熱伝導係数 κとし、次式の熱輸送方程式(ポアソン方程式)を 2 次元的に計算した。
2 0
2 2
2 + =
∂ +∂
∂
∂
κ Q y
T x
T (4.10)
図 4.2 ビーム伝播法のフローチャート Fig. 4.2 Flowchart of beam propagation method.
この温度分布は、テーパ型光増幅器をジャンクションダウン構造で固定する窒化ア ルミのサブマウント(熱伝導係数 230 W/mK、厚さ 0.27 mm)と銅のチップキャ リア(熱伝導係数 390 W/mK、厚さ 1.4 mm)を含めたモデルで計算する必要が ある。ところが、光増幅器内の各層の厚さとヒートシンク材料の厚さは桁違いであり、
有限要素法や有限差分法では計算メッシュを細分化することから、計算時間が長くな る欠点があった。そこで、予め境界条件を満足する双曲線関数のフーリエ級数解を準 備して、各層に対応した係数のみを高速に収束させる方法を採用した[18]。なお、境 界条件はヒートシンク底面がディリクレ条件(Dirichlet boundary condition)、その 他の三面がノイマン条件である。
以上に示した一連の計算プログラムのフローチャートを図 4.2 に示す。また、図 4.3 に、長さ 3 mm、電流注入領域の入口が幅 10 μm、広がり半角 3°のテーパ型光増
図 4.3 ビーム伝播法の計算例
Fig. 4.3 Optical field calculated for 3-mm-long tapered amplifier at 750 4-µm steps in the propagation direction and 1024 0.4-µm steps in the lateral direction using a fast Fourier transform-based beam propagation method.
幅器に対し、電流密度を 1600 Acm-2、光入力 90 mW、スポット径 1.65 μmの シード光を入力し、光軸方向(z 軸)に間隔 4 μm毎、750 ステップ、水平方向
(x 軸)には 0.4 μm毎、1024 ステップで計算した例を示す。光増幅器の入力部では シード光の光波振幅が回折広がりによって輝度が低下し、その後は利得飽和した状態 で広がっていき、中心部にホールバーニングによるフィラメントが、電極の端の部分 ではキャリア密度の変化(レンズ効果)によるフィラメントが発生する様子が分かる。
具体的な設計に使用した主なパラメータは、表 4.1 に示すとおりである。プログラミ ング言語は Mathsoft 社(現在、PTC 社)の Mathcad2000 であり、計算時間は約 6 時間 である。
表4.1 ビーム伝播法のパラメータ TABLE 4.1 PARAMETERS FOR BEAM PROPAGATION
Symbol Item Unit Value n0 refractive index − 3.4
Γ optical confinement factor % 1.0, 1.2, 1.4 αloss internal loss cm–1 1.0
η internal quantum efficiency − 0.9 d quantum well thickness nm 8 De effective diffusion coefficient cm2s–1 36 τnr nonradiative recombination time s 5 × 10−9
B spontaneous emission coefficient cm3s–1 1.4 × 10−10 C Auger recombination coefficient cm6s–1 5× 10−30 g0 gain coefficient cm–1 2100 Ntr transparent carrier density cm–3 1.8 × 10−18
αT temperature coefficient of effective index
K–1 3.34 × 10−4 n1 carrier dependence of refractive index cm1.5 –4.1 × 10−11 rc contact resistance Ωcm2 1.77 × 10−4
ρ resistivity of p-cladding Ωcm 0.2
4.2.2 テーパ型光増幅器の解析結果
図 4.4(a)にテーパ型光増幅器の出力位置における光波振幅 U の閉じ込め率依存 性を示す。計算条件は素子長 3 mm、電流注入部の形状は直線的なテーパ型とし、広 がり半角 3 °、入力部の幅 10 μm、注入電流 8 A、入射光 90 mW、結合効率 70%、
水平方向のスポット径 1.65 μmとした。なお、動作電流 8 Aは光出力約 5 Wに相当 する。図より、閉じ込め率を下げればフィラメントが小さくなる様子が分かる。閉じ 込め率 1.2%に対する光ガイド層全体の厚さは 1.2 μmに及ぶため、さらに光ガイド 層を厚くしようとすると光ガイド層内でキャリアの再結合が発生し量子効率が下が る。従って、フィラメントを低減し、良好なビーム品質を維持しながら光出力を増加 させる閉じ込め率の最適値は 1.2%付近と考えられる。さらに高出力化するには、閉 じ込め率を下げて素子長を伸ばすことが有効であり、例えば、電子走行側の光ガイド 層を厚く、正孔走行側の光ガイド層を薄くして非発光再結合を防ぐ非対称構造が考え られる。
また、図 4.4(b)に光波振幅の入射光スポット径依存性を示す。計算条件は注入電 流 8 A、閉じ込め率 1.2%とした。図より、スポット径を大きくするとホールバーニ ングによる中心部のフィラメントが増大する。逆にスポット径を小さくすると、電極 の端におけるキャリア密度の変化に対応した屈折率変化(レンズ効果)によるフィラ メントが増大することが分かる。従って、スポット径 1.65 μm付近に最適点がある ことが分かる。
さらに、図 4.4(c)に光波振幅の注入電流依存性を示す。計算条件は閉じ込め率 1.2%、入射光のスポット径を 1.65 μmとした。図より、注入電流増加にともない中 央部、並びに両端のフィラメントが増加する様子が分かる。キャリア密度の平均化を 狙いとして電極形状をトランペット状にして解析なども試みたが[19]、光軸付近のフ ィラメントが強くなりすぎて効果がなかった。
以上の解析により、テーパ型光増幅器は素子長 3 mm、電流注入領域は直線的な