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ソフトウェア品質マネジメントの枠組みの 再構築と対策方針

4.1 1990年代のソフトウェア開発を取り巻く変化[19]

 第3章での分析により,1990年代の日本経済の混乱と情報分野のオープン 化時代を迎えて,日本のソフトウェア産業が変化に弱いことが明らかになった.

混乱の原因となった変化は,以下の5点に集約される.

●日本固有の生産管理・生産技術や自社製品のみによる情報システム構築が困難

(オープン化・ネットワーク化の進展に伴う多様な製品群の組み合わせによるシ ステム構築の実現要)

 ・コンピュータシステム構成の多様化と製品間インタフェースの複雑化

 ・開発体制・管理・技術のグローバル化への対応(従来方式の見直し)とグロ   ーバルスタンダードの導入

 ・自社製品以外の多様な製品群によるシステムの品質保証

●社会情勢の変化,技術革新のスヒ㌧ドアップ,経営の不安定化の増大  ・開発リスクの増大

●多様な価値観や国内外競争の激化

 ・適切なユーザニーズの把握と要求定義の必要性大

●低価格化・短納期化のもとでのプロジェクト開発の増加

 ・プロジェクト管理の失敗による納期遅延・品質不良・赤字製品の発生

●技術革新や人材の流動化,外注委託,外部購入等による,若年層への生産管理・

生産技術の空洞化

 ・ソフトウェア生産管理・生産技術の伝承

4.2 ソフトウェア開発に対する課題

 前節で述べた変化により混乱を招いたが,これらの変化に対して必要な技術や 仕組み,管理面の課題は以下の通りである.

(1)開発体制・管理・技術のグローバル化への対応(従来方式の見直し)とグ ローバルスタンダードの導入の必要性

・「オープン化・ネットワーク化の進展により,日本固有の生産管理・生産技術 や自社製品のみによる情報システム構築が困難」の原因から,当然必要となる.

(2)開発リスクの増大への対応

・従来日本ではあまり重視されなかったが,「社会情勢の変化,技術革新のスピ ードアップ,経営の不安定化の増大」から,切実な問題である.

(3)適切なユーザニーズの把握と要求定義の必要性

・これは従来から問題点として提起されていたが,「多様な価値観や国内外競争 の激化」の理由から,緊急かつ重要な課題になっている.

(4)コンピュータシステム構成の多様化と製品間インタフェースの複雑化

・「日本固有の生産管理・生産技術や自社製品のみによる情報システム構築が困 難(オープン化・ネットワーク化の進展に伴う多様な製品群の組み合わせによ

るシステム構築の実現の必要性)」の結果,1990年代半ばから発生してい る課題であり,設計・テストの両面からの対応が必要である.

(5)低価格化・短納期化のもとでの品質確保への対応

・「低価格化・短納期化によるプロジェクト開発の増加」に対して,開発技術面 とプロジェクト管理の両面からの対応が要求される.

(6)プロジェクト管理の失敗による納期遅延・品質不良・赤字製品の発生への   対応

・「低価格化・短納期化によるプロジェクト開発の増加」により,管理面の強力 な対応が必要である.

(7)自社製品以外の多様な製品群によるシステムの品質保証

・「日本固有の生産管理・生産技術や自社製品のみによる情報システム構築が困 難(オープン化・ネットワーク化の進展に伴う多様な製品群の組み合わせによ

るシステム構築の実現の必要性)」に対する品質保証の観点からの対策が必要

である.

(8)ソフトウェア生産管理・生産技術の伝承

・「技術革新や人材の流動化,外注委託,外部購入等による,若年層の生産管理・

生産技術の空洞化」に対し,OJTだけでなく,組織的・体系的教育・訓練によ る伝承が急務である.

以下では,本論文のテーマである広義の品質マネジメントに絞って考察する.

4.3 1990年代ソフトウェア品質マネジメントの課題に対する

対策方針

 4.2で述べた「20世紀末日本のソフトウェア品質マネジメントの課題」を解決 するための本論文で議論した対策方針を,図4.1に示す.

課題 主要な対策

グローバルスタンダードの導入の必要性 と従来の「ソフトウェアエ場方式」の見直

グローバル時代のソフトウェア品質マネ ジメントの枠組み提案(第5章)

不確定性の増大:リスクの増大

モダンプロジェクトマネジメントの適用 一リスクマネジメント自己診断シート(第6章)

ニーズの把握と要求定義技術の質の向上 仕様確定状況の監視支援一仕様発散防止 QFDの活用(第7章)

多様化,複雑化,仕様変更多発化への対応

レビュー品質向上手段(レビュー議事録)の 導入による設計品質の向上(第8章)

短納期化,低価格化への対応

プログラム開発の自動化

厳しい開発環境下でのプロジェクト管理 の失敗事例増大

プロジェクトナビゲーションツールによ る管理精度の向上(第9章)

・厳しい経営環境下で,安定稼動の保証へ の要求大(顧客納入前の実稼動の保証と安 定稼動の裏付けデータへの要求).

・自社製品ではない多様な製品の組み合わ せ保証

ソフトウェア品質評価精度の向上と効率

的フィードバック手法(第10章)

マルチベンダ構成の情報システム向けシ ステムシミュレーションテスト(SST)

(第11章)

大変化のなかでの技術の伝承と教育

上級ソフトウェア技術者実践教育SEP によるスキルの継承と向上(第12章)

図4.1 20世紀末ソフトウェア品質保証の課題に対する対策方針

 上記の図4.1で示した主要な対策を第5章以下の各章で詳細に述べるが,そ

の構成と概要を以下に述べる.

 第5章は,グローバルスタンダードと整合する品質マネジメントシステムを示 し,さらにこれを実現するための組織(プロジェクトオフィス機能を従来組織に 適合するようにして導入)と仕組みを提案する.

 第6章と第7章は,従来から日本のソフトウェア開発の弱点と言われてきた上 流工程に対する対策である.

 第6章は,従来のQCD(品質,コスト,納期)中心であったプロジェクトマ ネジメントに,6つの知識領域を加えたモダンプロジェクトマネジメントを採用 することで,特に上流工程のリスク管理を強化する施策(リスクマネジメント事 前自己診断シート)を中心に述べる.

 第7章は,仕様の早期明確化と仕様変更に対する施策である.これはQFD(品 質機能展開)という品質管理手法を応用した「仕様発散防止QFD」を考案して,

仕様確定状況の監視支援を行うというものである.

 第8章は,レビュー品質向上手段を開発・導入することにより設計品質の向上 を図るという施策である.各レビュー時に作成する議事録をデータベース化し,

検討項目ごとに編集して仕様決定の経過を分かりやすく示すとか,標準レビュー テーマと実際の検討内容を比較して検討不十分な項目をチェックできるようにす

るものである.

 第9章は,プロジェクト管理の精度向上を図るために,「プロジェクトナビゲー ションツール」を開発し,適用するという施策である.このツールは,WBSの 標準化,成果物の一元管理と再利用,およびWeb/グループウェア技術の利用 による分散開発の高効率化を狙いとしている.例えば,プロジェクト管理者にと っては,開発者からの特別な報告がなくても状況把握ができるとか,成果物の現 物確認が容易である等の効果がある.

 第10章は,テスト段階の品質評価精度の向上と効率的なフィードバックを可 能にする手法を提供する.具体的には,複数の指標の相関評価とそのパターン化 や,評価要素の目標値達成度による評価点法の導入により,比較的簡単に品質評

価ができる.

 第11章は,マルチベンダ構成の情報システム向けシステムシミュレーション テスト(SST)の導入である. SSTとは,それぞれ検査合格した製品を自社 内のセンタに持ち込み,出荷前に顧客システムを擬似した環境下で行うテストで ある.自社製品主体のSSTは20年以上から実施しており,効果をあげてきた が,近年マルチベンダ構成や多岐にわたるネットワーク網を利用した情報システ ムが増加し,従来型SSTでは実現が困難になってきた.そこで,他社製品やネ ットワーク網の投資と共にテストノウハウを蓄積し,マルチベンダ構成SSTを 実現した.この具体的事例と成果を示す.

 以上第6章から第11章は,いずれも開発プロセスの改善にっいて述べた内容 であるが,次の第12章は人材育成に関するものである.これは,ソフトウェア

プ演習を通じて習得する長期研修である.これは1990年から開始し,改良を加 えてきた.この研修の内容の詳細を述べると共に,評価を試みる.