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セミトランスオーラルシステムのクロストークに関する予備

3. セミトランスオーラルと音場模擬技術に基づく

3.4 セミトランスオーラルシステムに基づく簡易かつ高品質な

3.4.1 セミトランスオーラルシステムのクロストークに関する予備

本章では,頭部近傍スピーカアレイにおけるクロストークの発生量に関して予備 実験を行った.図25に試作した頭部近傍スピーカアレイを示す.頭部近傍スピーカ アレイは,図25(a)の通り,椅子のヘッドレスト周辺に複数のスピーカを,着座した受

表7 頭部近傍スピーカアレイにおけるクロストークに関する予備実験の条件 Environment Sound-proof room

Noise level(LA) 18 dB Sampling frequency 48 kHz Quantization 16 bit

Loudspeaker Head-enclosed loudspeaker-array (PROTRO, NFCR)

Loudspeaker amplifier BOSE, 1705 II

Microphone Neumann KU100

(dummy head) Microphone amplifier Thinknet MA-2016

聴者の頭部を囲うように左右3 chの平面スピーカ[105]を配置している.表7に実験 条件を示す. 本実験ではTSP法[106]を利用して,人間の頭部を模したダミーヘッ ドのインパルス応答を計測した.本実験において,放射に用いた側のスピーカとは 逆側の耳において到来するインパルス応答の振幅レベルが十分に小さい場合,クロ ストークが抑圧できていることを示す.

予備実験により得られたインパルス応答を図26に示す.図26(a)は左側のスピー カアレイから左耳までのインパルス応答であり,図26(b)は左側のスピーカアレイか ら右耳までのインパルス応答である.インパルス応答における直接音とクロストー クのパワー比が33.7 dBであったことから,受聴者の頭部が遮蔽物となるため,左 右のスピーカアレイと両耳間のクロストークは無視できることが確認できた.

3.4.2 逆フィルタとHRTFを利用したセミトランスオーラルシステム

頭部近傍スピーカアレイを利用する場合,式(55)の伝達関数に対する逆フィルタ を設計する必要がある.式(55)の通り,頭部近傍スピーカアレイではクロストーク を無視することが可能であるため,従来のトランスオーラルシステムよりも容易に 逆フィルタの設計が可能となる.逆フィルタとHRTFを利用したセミトランスオー

ラルシステムにおいて両耳で受音する信号は次式で表せる.

Yn(ω) = Gn(ω)Hn(ω)Xn(ω). (56) ここで,Yn(ω)は逆フィルタとHRTFを利用したセミトランスオーラルシステム における受聴者の両耳位置の受音信号,Hn(ω)は各スピーカから両耳までの伝達関 数であるGn(ω)に対する逆フィルタである.

従来のトランスオーラルシステムである式(46)における逆フィルタHn(ω)は,周 波数帯域の分解能をN,遠隔スピーカ数をM とすると,一辺がN ·M の正方行列 となる.行列の行数と列数が大きい場合,逆フィルタの構成には多くの計算量が必 要であり,安定した逆特性を実現することは困難である.一方,頭部近傍スピーカ アレイでは,クロストークが無視できるため,片側それぞれのスピーカアレイで1 点を制御するトランスオーラルシステムを構築できることから,逆フィルタが一辺 N·M/2の正方行列で構成できる.その結果,解くべき逆問題の行数と列数が削減 されるため,逆問題を安定して解くことが可能となり,行列演算の演算量を抑圧で きる.

3.4.3 有限差分時間領域法に基づく音場シミュレーションを利用したセミトランス

オーラルシステム

従来のトランスオーラルシステムでは,HRTFなどの音場定位効果を受聴者の両 耳に対して左右2点で制御するため,わずかな受聴者の両耳位置の移動においても 逆フィルタを追従させる必要があった.さらに頭部の向きに応じてHRTFを切り替 えない場合には,音像定位が頭部の回転に追従し移動する問題があった.

仮想音源から放射され受聴者の頭部周辺に到来するインパルス応答のうち,受聴 者の頭部周辺から頭部方向に直進するインパルス応答に着目すると,それらのイン パルス応答は仮想音源から頭部周辺までのインパルス応答と,頭部周辺から受聴者 頭部までのインパルス応答に分離可能な一次系と見なせる.そこで本論文では,セ ミトランスオーラルシステムにおけるスピーカ配置の利用に着目し,仮想音源から 各スピーカまでのインパルス応答を用いて合成された音源を各スピーカから受聴者 に提示するセミトランスオーラルシステムを提案する.セミトランスオーラルシス

テムでは受聴者頭部の周辺近距離にスピーカを多数設置し,それぞれ独立した音を 放射できる.すなわち再現の求められる仮想音場においてスピーカの座標に対応し た地点を通過する音波を予測し,セミトランスオーラルのスピーカから提示すれば 仮想音場における頭部周辺の音場を実環境で再現できる.概略を図27に示す.図の (a)では仮想空間(仮想音場)における音の伝播を行っており,セミトランスオーラ ルシステムを構成するスピーカの座標へ到来する音波を予測する.そのうち,頭部 の外側から頭部方向に進行する成分のみを分離して受聴者に提示する.これにより,

仮想音源から受聴者頭部までの一次経における特性を実環境で再現できる.

この手法は事前に決定されたスピーカ配置に基づき頭部周辺に到来する応答を再 現するため,両耳までの伝達特性に対する逆フィルタ設計やHRTFを必要とせず,頭 部の回転に音像が追従しない音像定位が可能となる.

ただし仮想音源から頭部周辺のスピーカまでのインパルス応答を一次系と見なす ためには,仮想音場のスピーカ座標で観測される音圧のうち頭部方向に進行する成 分のみを分離する必要がある.

頭部近傍スピーカアレイにおいて,任意の音源と受聴者の両耳間の伝達関数Qn(ω) は,頭部近傍スピーカアレイから受聴者の両耳方向に進行する音波のみに着目する と次式のように音源と各スピーカ間の伝達関数Vn(ω)と各スピーカと両耳間の伝達 関数Gn(ω)に分離した一次系の伝達系として近似できる.

Qn(ω) Gn(ω)Vn(ω), (57)

GL(ω) = [

G1(ω), . . . , G3(ω) ]T

, (58)

GR(ω) = [

G3(ω), . . . , G6(ω) ]T

. (59)

式(57)は,再現したい音環境における頭部近傍スピーカアレイの各スピーカ位置 を通過して受聴者の耳元に届くまでの伝達関数が再現できれば,近似的に音場を再 現できることを表している.そこで提案手法では,仮想音源から頭部近傍スピーカア レイの各スピーカ位置までの伝達関数Vn(ω)を有限差分時間領域による音響シミュ レーションで予測することにより設計する.有限差分時間領域[107, 108, 109, 110]

に基づく音響シミュレーションを利用することで,音の波動性を含めたインパルス

応答を予測できる.

音響信号が伝播する過程は空間音圧分布が時々刻々と変化する空間状態の遷移で あり,次式の波動方程式で表せる[13, 111].

2u

∂t2 = c2 (2u

∂x2 + 2u

∂y2 +2u

∂z2 )

, (60)

ここで,c は音速,tは時刻,x, y, zは空間の位置座標,uは時刻tおよび空間座標 (x, y, z)で音圧を決定する音圧分布関数である.

波動方程式を時間∆t,空間∆x,∆y,∆zを用いた中心差分で離散化すると次式が 導出できる.

Qt,(x,y,z) = Qx,(t,y,z)+Qy,(t,x,z)+Qz,(t,x,y), (61) Qt,(t,y,z) = [ut+∆t,x,y,z+ut∆t,x,y,z2ut,x,y,z]

∆t2 , (62)

Qx,(t,y,z) = c2x[ut,x+∆x,y,z+ut,x∆x,y,z2ut,x,y,z]

∆x2 , (63)

Qy,(t,y,z) = c2y[ut,x,y+∆y,z +ut,x,y∆y,z2ut,x,y,z]

∆y2 , (64)

Qz,(t,x,y) = c2z[ut,x,y,z+∆z+ut,x,y,z−∆z2ut,x,y,z]

∆z2 . (65)

なおcx,cy,czはx軸,y軸,z軸に対する離散条件下での音速を示し,空間領域の 標本化間隔∆x,∆y,∆zが同一の値∆rであれば,音速cx,cy,czはスカラ値cで表 現できる計算と空間のモデル化が容易になる.そこで本論文では空間の標本化間隔

∆x,∆y,∆zを∆rで統一する.このとき,ut+∆t,x,y,zを左辺とすることで,t =τお よびt =τ ∆tの音圧分布から,t=τ+ ∆tにおける音圧分布を導出する更新式が 得られる.

ut+∆t,x,y,z = c2∆t2

2

[Qx,(t,y,z)+Qy,(t,x,z)+Qz,(t,x,y)]

−ut∆t,x,y,z+ 2ut,x,y,z. (66)

有限差分時間領域では離散化された空間内の格子点に対応した物質の音速cを標 本化間隔∆r,∆tによって定義する.また有限差分時間領域では各格子点に音圧のス カラ値uを持ち,初期状態t = 0とt = 0 + ∆tの音圧分布を定義することで,式

(66)から音圧分布を逐次更新でき,音場を模擬できる.なお,c∆t/∆rはクーラン

数[107]と呼ばれ,小さい値ではシミュレーションの精度は向上するが計算コスト

が増加し,大きい値では計算コストは減少するがシミュレーションの精度が低下す る.そのほか安定した数値計算には1以下のクーラン数が求められる[107].

この音場シミュレーションで,仮想音源の座標に対応した格子点に対してインパ ルスによる音圧の加振し,観測点に対応した格子点の音圧を観測することでインパ ルス応答を予測できる[88].ただし,セミトランスオーラルシステムでは,頭部近 傍スピーカアレイから受聴者までの伝達関数が一次系となることを想定しているた め,上記の音場シミュレーションにおいて頭部近傍スピーカアレイの各スピーカ位 置を経由して一次系の伝達関数で受聴者の両耳位置に到来する応答のみを予測する 必要がある.また,受聴者の頭部は遮蔽物となる条件も必要となる.

そこで遮蔽物として受聴者の領域を設定することに加えて,従来の有限差分時間 領域によって予測された音圧分布に対して特定の方向に空間アレイを構築すること により指向性の強調を行う[112, 113].

頭部近傍スピーカアレイの座標(lx, ly, lz)から受聴者の耳元位置の座標(ex, ey, ez) に向けた方向に指向性を強調したインパルス応答は次式で得られる.

vt =

K k=K

ut+k,lx+kwx,ly+kwy,lz+kwz, (67)



wx wy

wz



 = c LD∆t



(ex−lx)∆x (ey −ly)∆y (ez−lz)∆z



, (68)

L =

(ex−lx)2+ (ex−lx)2+ (ex−lx)2, (69)

D =

∆x2+ ∆y2+ ∆z2, (70)

ここで,Kは(lx, ly, lz)を中心として(ex, ey, ez)の方向とその逆方向に参照するサン プル点数である.式(68)は,離散化された空間内において音速cで進行する波を指 向性を強調したい方位に追跡して加算する処理によって指向性の制御を実現してい る.この場合,加算する方向の単位ベクトルは(wx, wy, wz)となり,(wx, wy, wz)へ の指向性が達成される.

最終的に,有限差分時間領域に基づく音場シミュレーションを利用したセミトラ ンスオーラルシステムにおいて両耳で受音する信号は次式で表せる.

Yn′′(ω) = Gn(ω)Vn(ω)S(ω). (71) ここで,Yn′′(ω)は有限差分時間領域に基づく音場シミュレーションを利用したセミ トランスオーラルシステムにおける受聴者の両耳位置の受音信号,Vn (ω)は式(66) の有限差分時間領域に基づく音場シミュレーションにより設計された仮想音源と各 スピーカ間の伝達関数である.

上記の通り,この方式では仮想から頭部近傍スピーカアレイまでのインパルス応 答のみを音場シミュレーションにより設計しているため,逆フィルタの設計とHRTF の実測は不要となる.

本論文では受聴者の頭部周辺にスピーカを直接配置する,セミトランスオーラル システムを提案する.セミトランスオーラルの基礎は本論文の先行者である大中ら によって提案されている[114, 115]音場制御手法である.セミトランスオーラルの 基礎は小さな制御領域の近傍にスピーカを配置するものであるが,大中らの装置で は図25に示される通り頭部近傍に左右3機ずつ平面スピーカを前後含め配置する.

大中らのセミトランスオーラルシステムでは左右のスピーカの間に受聴者の頭部が 置かれ,左右の各スピーカ間ではクロストークがないことが示されている.セミト ランスオーラルでは左右の各スピーカを用いてトランスオーラルシステムのような 受聴点制御に加え,頭部近傍でのスピーカ配置に基づくサラウンドシステムのよう な音響信号の多方向提示も可能な汎用性の高い音響提示装置である.しかし両装置 ともトランスオーラルシステムとして用いるにはMINT法に基づく制御が求められ,

サラウンドシステムとして用いるには直接音や反射音など音源の振り分けが求めら れるなどの問題も存在する.