2012/12/14 : 在宅酸素開始( O2 :1 L )酸素なしで SpO2 : 91 % 酸素1 L で S p O2 : 96 % 2010/12/17 : 胸部レントゲンで胸水増加
2011/01/14 : 呼吸困難増悪のため O2 :1.5 L に up ( SpO2 : 99 %)
2011/01/21 : 胸部レントゲンにて胸水さらに増加
2011/01/24 : 呼吸困難増強のため安静時 O2 : 1.5L 体動時 O2 : 2L に up 2011/01/26 : 病院へ行き ope をした主治医より全身状態悪く胸水を抜くこと
は
不可能との宣告を受ける
(この時点で、今後いかなる処置もせず、自宅でできるだけ安 ら
かに最後を迎える準備に入る)
2011/02/01 : 安静時も O2 :1.5 L→ 2 L に up bed 脇にポータブルトイレ設置
2011/02/04 : 尿器もポータブルトイレもしんどい → おむつ対応へ
今後経口からの薬の内服も困難になると予想され、モルヒネを 経口薬からシールに変更
2011/02/05 : 血圧が低下( 74/50 )、呼吸数の増加( 30 回 / 分)
続いて意識レベル低下 → うとうと寝ている状態
この段階でこの数日がやまと家族に説明し、呼吸の有無、脈拍の測り方、呼 名に反応するかどうか、排尿はあるかなど、看取りについて併せて説明
2011/02/06 : 眠るようにお亡くなりになる
まとめ
円滑に看取りをすすめるためには
①知らないことが不安につながる → 介護者も勉強が必要
a) 介護サービスについて知る
b) 病院の種類や特徴を知る
c) 今後被介護者がどうような状態をたどるのか ( 看取りまで )
②実際に医療、介護サービスを利用する
a) 往診をお願いする
b) 介護認定を受け、必要な介護サービスを受ける
その中には訪問看護も含まれる
c) 必要なら介護者も痰の吸引や胃ろうの注入の指導を受ける
最後に
a) 介護サービス ( ショートステイやデイケア、また有料老人ホームなどの
施設系を利用すること ) は当然の権利であり、身内の介護の補助を受
けることは後ろめたいことではない
b) 一人で抱えないで医療機関や行政にどんどん相談してください
c) 看取りについては、延命処置などについて前もってその答えを用意
しておくべき その際、被介護者の意思をしっかりと確認することができる
ならその意思をできるだけ尊重できる環境作りを心がける
被介護者が適切な判断能力に欠ける場合、ご家族、ご親族の見解を
統一したほうがスムーズに進む
d) 被介護者が苦しんでいれば、家族はパニックに陥り正確な判断を欠く
可能性がある ドクターとしっかりコミュニケーションを取り、現在の状態
また、今後どのような状態が予想されるのかを知り、心の準備をしておく
ことでパニックに陥る可能性を減らすことが出来る
参加者プロフィール
長岡 洋介 (ながおか ようすけ)氏
内貴 保 (ないき たもつ)氏
座談会『私の介護体験』 スピーカー
滋賀県湖南市在住。
クリーニング店を営んでいた
72
歳の母が脳血栓で入院。一緒に家業を手伝っていた妻が主な介護者と して世話していた。 その後、脳梗塞を起こしてリハビリ中に骨折、子育ては終わっていたものの遠 くの病院へ毎日通う暮らしは負担となった。退院後は、自宅近くの事業所でデイとショートステイを 利用しながら在宅介護を続ける。 そのうちに母に大腸がんがみつかり入院、翌年は自分自身も胃摘 出という大手術を受け、体力的にも遠くの施設や病院へ通うことは難しいと考えて、これまで利用し ていた事業所が運営する小規模多機能型居宅介護『秋桜舎(こすもすや)』の利用に切り替える。自宅から歩いてすぐのところにあるので、天気の良い日には車いすで通うことができ、近くの診療所 から訪問診療をしてくれることもあって安心して利用することができた。 母の体力の低下が著し く、誤嚥を頻繁に繰り返すようになってからは、吸引などの練習を行い自分で対応できるようにも なった。
24時間の介護が大変な時には『秋桜舎』で預かってもらいながら、自分が通うことで体力
的な問題も解決でき、相談できる場所ができた。 母が亡くなる1
週間前、看護師である娘から「い よいよの時に延命医療をどうするか」と問われる。 明確な答えが出ないまま『秋桜舎』で医師や看 護師、介護職員など多くの人と関わりながら、家族で87
歳の母を看取った。眠るような安らかな看取 りで、自宅へは自分で背負って帰った。 娘に問われた「看取りについての答え」が出ていないこと から、今 自身の看取りの経験を通じて在宅での看取りや延命に関する勉強会への出席など積極的な 活動を行っている。京都市在住。「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」他 会員
2002
年8
月、脳内出血の後遺症により妻が右半身麻痺・失語となり、1
年足らずの入院を経て在宅での 介護が始まる。 夫婦二人暮らし、定年退職まで1
年を残して70
歳での介護生活に備え、住宅改修か ら医療・介護の体制を整える他、ご近所や職場である大学の同僚にも理解を求める。 準備と努力の 甲斐あって介護をしながら無事定年を迎えた。在宅サービスをフルに活用しながら4
年半を在宅で介 護するが、2007
年12
月に自分自身が脳梗塞のため入院。 介護者がいなくなった妻も同じく入院する しかなく、3
週間の療養の後、在宅での介護をあきらめて介護付き老人ホームに妻を移す。それからは、毎日妻の暮らすホームへ通っての介護となる。施設での生活になれた
2010
年、脳の手術 のために発症したいくつかの病気により、妻は失語、寝たきり、胃ろうでの生活となった。それでも 意識はきちんとあり、音楽を聴いたり訪問者を喜んだりと自分なりに楽しんでいる様子がある。2
時間をかけて妻の介護に通う毎日が続いた2011
年、2
度目の脳梗塞を起こす。その時言葉が出ず、緊 急通報装置を使用する事態になったことで独り暮らしの限界と判断。妻と同じ施設に入居を決める。現在は、隣接するホームの
1
室で暮らしながら、ほぼ毎日を妻の部屋で過ごしている。寝たきりで食 事を摂ることもできず、失語のため十分に意思の疎通が図れない妻との生活だが、施設で行われるイ ベントには一緒に参加し、穏やかに寄り添う日々を送っている。西京区介護者の会(虹の会)男性介 護者の会など介護者や支援者とのつながりを大事にしながら、今年 妻の介護生活10
年を迎える。大谷婦人会館(会議室「比叡」)
京都市下京区諏訪町下ル六条通り上柳町215(東本願寺北側)
13時30分~16時30分
ドキュメント内
「在宅介護当事者会議「在宅での介護と看取り」」
(ページ 47-52)