第 8 章 スマートフォンのバリュー・チェーンの特徴
8.4 通信規格との関係性
これまで、スマートフォンのバリュー・チェーンにおける先行研究、スマートフォンの ソフトウェア(OS&App)、そして、iPhone、Xiaomi、Lenovo および Samsung を取り上げ、
スマートフォンのバリュー・チェーンを分析した。スマートフォンのバリュー・チェーン には、以下の 4 つの特徴がある。具体的に、①App(アプリケーション)の拡張性、②App の収斂現象、③知的財産権の重要性、④通信規格との関係性である。以下でこれら 4 つの 特徴を包括的に考察しよう。
8.1 App(アプリケーション)の拡張性
初期のスマートフォンの App はビジネス向けのため、メール以外の App がなかった。ス マートフォンの普及により、App の成長がビジネス向けのメールから関連産業のソーシャ ルメディア、ウェブ閲覧、ゲームまで広がった。さらに、優れた OS の搭載は、携帯電話の 使い方を一変させた。
また、ソフトウェアの豊富さはスマートフォンの普及をさらに促進し、新たな付加価値 の創出につながる。そのような経済効果は、アプ・エコノミー(App-Economy)と言われて いる。
ソフトウェアの拡張性は、スマートフォンにとって重要な役割を果たしていることを示 すだけではなく、スマートフォンの新たな成長にもなる。よって、スマートフォンのバリ ュー・チェーンにおける付加価値の再分配につながる。
ソフトウェア(OS&App)のスマートフォンにおけるレイヤーの位置を示しているのが図 30 になる。それに基づき、各レイヤーを考察しながら App(アプリケーション)の拡張性 を議論する。ハードウェアというレイヤーは、スマートフォンの端末を指している。すな わち、ディスプレイ&タッチスクリーン、プロセッサー、カメラ、ワイヤレスセクション、
バッテリーなどの部品である。ハードウェアレイヤーにおいて、拡張性というより、各部 品の機能性が重視されている。
通信サービスでは、各国によって、提供するキャリアは異なる。また、各国における通 信規格が異なるため、その国の通信規格に対応できないスマートフォンであれば、その国 の通信サービスの利用ができない。通信サービスレイヤーでは、通信規格は国の政策に決
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ハードウェア
•スマートフォンの端末
通信サービス
•各キャリア(ソフトバンク、ドコモ、auなど)
OS
•Android(アンドロイド)、iOS
App
•映像、音楽、ゲーム、電子書籍、ニュース、旅行、マップ、その他 図 29 スマートフォンにおける各レイヤーの構図
出所:筆者作成。
定的に影響されているため、柔軟性が低いという特徴を持つ。
OS レイヤーでは、グーグルのアンドロイドとアップル社の iOS のシェアを合せると、ス マートフォン市場の 96.3%を占める。そのうち、アンドロイドは 81.5%、iOS は 14.8%を占 める(2014年のデータである)。その他には、ノキアの Symbian、マイクロソフトの Windows、
RIM 社の Blackberry が残りの 3.7%の市場シェアを占める。各 OS の交換性の低い点は OS レイヤーの特徴である。
App レイヤーでは、通信キャリアの App だけではなく、各分野の App も存在する。各分 野の App がそれぞれの開発者に開発され、App レイヤーにおけるバラエティも、量も著し く増加している。そこに App の拡張性が反映される。
スマートフォンの App のバラエティは、ゲーム、音楽、健康、ショッピング、デジタル ウォッチなどの分野(図 31)まで拡大していることによって、スマートフォンの新しい成 長になる。総務省平成 24 年の情報通信白書によると、App の成長性は 13.4%で、ハードウ ェアの成長性を上回った。App の成長は上記の各分野にもプラス経済効果をもたらす。さ らに、各分野における市場の形も変えていく。たとえば、従来のデジタルウォッチは、従 来の腕時計と変わらない機能を持っていた。しかし、Apple Watch207や Gear S Watch208と
207 2015年4月24日にアップル社から発売された腕時計型ウェアラブルコンピュータで
ある。本来iWatchと呼ばれていたが、「iWatch」は他社の商標のため、商標権の関係
で現在Apple Watchと呼ばれている。
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App
音楽
ゲーム
健康
ショッ
住宅
ピングその他
デジタル ウォッチ
いったデジタルウォッチは、スマートフォンと連動している。それによって、時計上でメ ールの内容や着信などを確認することが可能になった。また、音楽市場において、従来、
数曲が収められた CD を購入せざるを得ない市場構造から、音楽 App を通じて曲ごとに配信 されることによって、音楽市場の構造を変えた。つまり、音楽を求める顧客のニーズに、
より正確に対応できる構造に変わりつつある。
図 30 App(アプリケーション)の拡張性
出所:筆者作成。
App の拡張性は、中国市場をはじめ飽和になりつつあるスマートフォン市場という現状 のもと、ハードウェアに頼らないかぎり、スマートフォンの成長が困難であるという苦境 から解放され、ソフトウェアをスマートフォンの成長の牽引力にさせた。
8.2 App の収斂現象
App の収斂現象は、App を通して、産業間では収斂現象が起きることを意味する。すなわ ち、通信産業やエレクトロニクス産業以外の自動車産業、住宅産業、スポーツ産業などが それぞれの App を通して、スマートフォンに収斂されるということである。App の収斂現 象が起きることによって、スマートフォンのバリュー・チェーンと他産業のバリュー・チ ェーンとを融合することができる。すなわち、スマートフォンのバリュー・チェーンに複
208 2014年11月7日にSamsungから発売された腕時計型ウェアラブルコンピュータであ
る。
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スマート 自動車 フォン
医療
旅行 教育
決済
その他
図 31 App の収斂現象
出所:筆者作成。
数のバリュー・チェーンが同時に存在するということである。それによって、スマートフ ォンのバリュー・チェーンの中で、新たな付加価値が創出される。
App の収斂現象が急速に進みながら、スマートフォンのバリュー・チェーンのあり方が 変わりつつある。すなわち、スマートフォンは、App の収斂現象によって、単なる携帯電 話端末ではなく、複数産業の端末になる。したがって、スマートフォンのバリュー・チェ ーンは単なるスマートフォンのバリュー・チェーンではなく、複数のバリュー・チェーン が同時に存在するバリュー・チェーンである。そのため、スマートフォンは携帯電話の一 種として、スマートフォンのバリュー・チェーンを携帯電話のバリュー・チェーンという くくりにまとめにくくなる。
App の収斂現象が起きるのは、ほぼ Play Store や App Store にある App が前提である。
Play Store や App Store にある App は、それぞれの審査を受けなければならない。すなわ ち、グーグルやアップル社は App の収斂現象に一定の制限をかけているともいえる。
その制限を取り除き、App の収斂現象を最大限に発揮させるために、Play Store や App Store という前提から離脱することは方法の 1 つである。すなわち、スマートフォンの OS という開発環境に依存しないことである。HTML5の発展は、それを可能にした。
HTML(Hyper Text Markup Language) はウェブ上の文書を記述するためのマークアップ言 語である。W3C209で標準化が進められてきて、現在 HTML は 5 回目の大幅な改定作業中とい う段階に入っている。すなわち、従来、テキスト、画像、動画の表示が目的であったウェ
209 World Wide Web Consortiumとは、WWWで利用された技術の標準化を進める民間団
体である。
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ブページを、プラグイン(Plug-in)210せずにウェブアプリケーションを利用できるウェブ ページに進化させることである。2016 年 9 月に HTML 5.1 が勧告される予定である。
HMTL5 の導入により、パソコン、スマートフォンの区別がなく、ソフトウェアの提供が 可能になる。さらに、特定の OS や特定のアプリストアに依存せず、ウェブブラウザだけで、
App の利用が可能になる。HTML5 の普及は、これまで特定の OS や特定のアプリストアに依 存してきた App の発展にとって、より自由的な環境を与えられる。それにより、App によ る収斂現象はさらに進むとみられる。
8.3 知的財産権の重要性
ハードウェアとソフトウェア(OS&App)という特徴を両方持つスマートフォンは、ソフ トウェアの著しい成長とともに、知的財産権からの影響が増加しつつある。
従来、ハードウェアにおける知的財産権をめぐる訴訟は多く存在した。それに対して、
ここ数年の間に、ソフトウェア(OS&App)の成長により、ソフトウェアにおける知的財産 権をめぐる訴訟が注目される。
知的財産権は排他的手段であるということは広く認識されている。そのため、世界中に 売れているスマートフォンの各メーカーはより多くの付加価値を獲得するために、知的財 産の創出や保護に力を入れている。さらに、App を提供している各開発者たちもスマート フォンの普及により、知的財産権を重要な位置に置く。韓国では、海外進出を目指す中小 企業の知的財産権を守るため、韓国特許庁はアジア・オセアニア専用の知的財産権訴訟保 険加入費の7割を各中小企業に補助している。
スマートフォンの知的財産権において最も注目される Samsung と Apple の訴訟は、国別 でまとめると、表 24 と表 25 になる。全世界 9 ゕ国で知的財産権をめぐって訴訟を起こし た Samsung と Apple は、知的財産権の認知度および重要性を世界的に広げた。
原告の Apple と被告の Samsung の訴訟リストを示しているのが表 24 である。Apple は、
アメリカをはじめ、ドイツ、オーストラリア、韓国、オランダ、日本といった 6 ゕ国で、
Samsung による特許侵害で、Galaxy S シリーズを対象に、製造、販売および輸入禁止の仮 処分を申し立てた。第 7 章で議論した通り、Apple 対 Samsung の訴訟の中で、Apple がソフ トウェア(OS&App)における優位性を持つため、Samsung によるソフトウェア(OS&App)
における知的財産権への侵害とした訴訟は多く存在する。
それに対して、被告の Samsung は、ハードウェアにおける優位性を持つため、Apple に 対して、より激しく反撃し、Samsung と Apple の間の知的財産権の紛争を 9 か国まで広げ た。Samsung の反撃はアメリカをはじめ、ドイツ、オーストラリア、韓国、オランダ、日 本、フランス、イギリスおよびイタリアまで広げた。Apple 対 Samsung の訴訟の内容と同
210 プラグイン(Plug-in)とはHTMLで記述されたウェブページに新しいアプリケーシ ョンや新たな機能を追加することである。