本 章 におい ては、第 二 章 におい て確 認 さ れた「 ス ポー ツ科 学 の限 界 」 を明 確 にす る ため の 論 点 、す なわ ち 「 客 観 的 な 科 学 = 正 し い 真 理 」 と言 え る のか どう か、 そし て「 理 論 を 精 緻 なる も のに 仕 立 てあげ てい け ば 、実 践 にお い ても 有 効 に働 く」 とい う 命 題 は成 立 し う る のか ど う かとい う 二 点 を 論 点 とし 、ス ポ ー ツ科 学 にお け る 「 客 観 性 」 から見 た限 界 と、 ス ポー ツ科 学 にお け る 「 理 論 と実 践 」の関 係 から見 た限 界 について科 学 論 の視 点 から批 判 的 検 討 を 行 う。
確 かにスポー ツと結 びつ く「科 学 」 は、形 而 上 学 という 超 経 験 的 なも のの認 識 を 目 指 す 学 問 か ら 脱 皮 す る た め に 、 我 々 が 経 験 し う る 事 象 を 観 察 ・ 実 験 することによっ て説 明 を 与 えてきた。またその結 果 を明 晰 判 明 に伝 えるため に 数 学 が用 い られ、さ らにはそこ から予 測 を もたらす 「 知 」 を 目 指 し たも のであっ たと言 え よう。
このことをス ポー ツ科 学 に置 きかえ て見 るならば、スポー ツを科 学 的 に探 求 す る こ とによっ て、そ の「 ス ポ ー ツ経 験 」 を 観 察 ・ 実 験 とい う プ ロセス を 経 る こ と に よっ て 、客 観 的 に 認 識 す る こ と が 可 能 で ある とい う 前 提 と 、 ある い は ま たそ れ を 理 論 と し て体 系 化 す る こ と に よっ て 、 ス ポ ー ツ 実 践 に お い ても 有 効 に 機 能 しうるという目 論 見 は、どのような「 限 界 」を 持 つのであろう か。
第 一 節 スポーツ科 学 における「客 観 性 」から見 た限 界
本 節 では 、ス ポー ツ 経 験 を 科 学 的 方 法 に お い て客 観 的 に 記 述 し てい くこ とが、ス ポー ツ現 象 全 体 の解 明 につ ながる のかどう かとい う 問 い を 前 提 にし 、 以 下 の手 順 によって考 察 を加 え ていくことにする。
まず 、多 くのスポーツ科 学 者 にとっ て、「客 観 的 」であるこ とを 保 障 する のは、
ス ポー ツ現 象 を 「 デ ー タ」 に置 き 換 え る こ と ができ る とい う こ とにある 。す なわ ち ス ポ ー ツ の 様 々 な 現 象 も 、 数 値 とい う 「 デ ー タ」 に 置 き 換 え られる こ と に よっ て 客 観 的 に把 握 し うるという 前 提 がそこ にはある。その前 提 を満 たすためにスポ
ー ツ科 学 者 によっ てなさ れる ことは、肉 眼 ではなく機 械 を使 うこ とが必 要 条 件 とさ れる 。こ の「 機 械 を 使 う こ と」 と「 数 値 に 置 き 換 え る こ と」 の 二 つ が 、現 在 の ス ポー ツ科 学 の客 観 性 の根 拠 と なっ てい る 。そ の機 械 が 実 験 装 置 と呼 ば れ るも のであり 、実 験 装 置 には最 新 鋭 のコ ンピュー タ内 臓 の分 析 機 器 だけでな く 、素 朴 な とこ ろで は ス トッ プ ・ ウ オッ チ か ら メ ジ ャ ー ま で 含 ま れる 。要 す る に 、 現 象 を 数 値 化 す る 媒 体 で ある 。こ の よう に 、 何 らか の媒 体 を 使 っ て現 象 を 数 値 に還 元 す ることがスポー ツ科 学 者 におけ る客 観 性 の内 容 である、と樋 口 は 看 破 する1 )。
その実 例 は、阿 江 が「 パ リティ」 とい う 物 理 を専 門 とす る 雑 誌 「 特 集 : ス ポー ツの物 理 」 において「スポーツを 10 倍 楽 しむ 方 法 」 の巻 頭 言 に見 ることができ る。その中 で「 スポー ツバ イオメカニ クス 」 の役 割 とは、「 スポーツする人 の身 体 的 特 性 を 考 慮 し て、身 体 運 動 お よ び それを 行 う 人 のふ る まい を 力 学 的 観 点 から研 究 す る も の」 であり 、「 ス ポー ツバ イ オメ カ ニ クス 的 研 究 で得 られた知 見 は、スポー ツ運 動 のメ カニズムの究 明 、ス ポーツ技 術 や トレ ーニング法 の開 発 、 ス ポー ツ用 具 の開 発 、ス ポー ツ障 害 の予 防 などに役 立 てられる 」2 )こ とにある と述 べ る 。そし てその具 体 的 方 法 とし て、① kinematics 的 手 法 : 運 動 学 的 計 測 手 法 、② kinetics 的 手 法 : 動 力 学 的 計 測 手 法 、③ Fo rce platform 法 、 張 力 計 法 : 身 体 や 用 具 に作 用 す る 力 の 計 測 手 法 、④ 筋 電 図 的 手 法 、 ⑤ コ ンピュ ー タシミュ レ ー ショ ン手 法 、⑥ 文 献 的 手 法 、⑦ 調 査 ア ンケー ト的 手 法 、
⑧ 統 計 的 手 法 が挙 げ られ3 )、こ れらの研 究 手 法 を 、例 え ば ランニ ングの研 究 に適 用 し た場 合 には次 のよう になるという 。
まず、疾 走 中 の走 者 のフォームを 高 速 度 カ メラで撮 影 するが(手 法 ①) 、 競 技 会 では3次 元 動 作 分 析 法 が用 いられることが多 い。撮 影 した画 像 か
1 ) 樋 口 聡 (1994)、スポ ーツ 科 学 論 序 説 :(Ⅰ)序 論 、広 島 大 学 教 育 学 部 紀 要 第 二 部 、
第 43 号 、p. 140.
2 ) 阿 江 通 良 (2004)、スポ ーツを 10 倍 楽 しむ方 法 、特 集 スポ ーツ の物 理 、パリ ティ、第 19 巻 8号 、p. 5.
3 ) 阿 江 通 良 (2008)、一 流 選 手 の良 い動 きに関 するバイ オ メカニクス的 研 究 、特 集 スポ ーツ の進 歩 を支 え る化 学 工 学 −北 京 オ リ ンピックに向 けたスポ ーツ 科 学 の技 術 開 発 動 向 −、化 学 工 学 、第 72 巻 5号 、p. 244.
らデジタイ ザーにより身 体 の分 析 点 (全 身 を 分 析 する場 合 には、20 〜25 点 )の座 標 を読 み 取 り、コンピュータに入 力 して、分 析 点 の位 置 、速 度 、身 体 重 心 、身 体 部 分 や関 節 の角 度 、角 速 度 などを計 算 する 。さらに、被 験 者 の足 に作 用 する地 面 反 力 をFo rce platformで( 手 法 ③) 、筋 の活 動 状 態 を筋 電 図 テレメータで計 測 し(手 法 ④) 、kinematics的 分 析 により得 られ たデータと組 み合 わせ て関 節 に作 用 する力 や関 節 まわり のモーメ ントなど の内 力 を 推 定 することも ある(手 法 ② )。また3次 元 自 動 動 作 分 析 シス テム
(たとえば 、Vicon)、加 速 度 計 、ゴニオメータ、ジャイ ロセンサー、磁 気 セン サーなども利 用 さ れる。このほか、身 体 の数 学 モデル、とくに筋 骨 格 モデル を構 築 して、収 集 し たデータと組 み 合 わせて個 々の筋 の発 揮 した力 を推 定 したり、運 動 の技 術 やメカニズムを究 明 す るコンピュータシミュレーシュンマ マ 手 法 (手 法 ⑤)も確 立 されてきている4 )。
こ う し た様 々 な測 定 器 具 によっ て、ランニ ングとい う 現 象 が数 値 化 さ れる の である。
確 かにスポーツ界 は「記 録 」や「 デー タ」 が重 視 される世 界 であり、それはあ たかも ス ポー ツ界 そのも のが「 測 定 さ れる こ と」 を 前 提 とし て構 築 さ れてい る か の感 を 我 々 に与 えてくれる 。し かし ながら、ス ポー ツという 文 化 そのも の出 自 を 辿 るとき、こうし た「デー タ」化 さ れやすい 形 式 ではなく、当 然 のことながら時 代 と共 進 しながら、今 日 的 形 式 に変 化 してき た。よって、まず はこう し たス ポー ツ の 様 相 が ど の よ う に 変 化 し 、「 客 観 化 」 さ れや す い 形 式 と なっ た の か 、 あ る い は 今 日 に お け る ス ポー ツ が 「 科 学 」 を 必 要 とす る そ の 前 提 に つ い て 明 ら か に することが必 要 となろう。
その ス ポー ツ の 様 相 の変 化 を 辿 る ため に は 、近 代 ス ポ ー ツ出 来 の 契 機 に ついて検 討 することが求 められよう 。それは有 機 体 的 目 的 論 における 循 環 思 想 から、近 代 にお い て萌 芽 し た、い わ ゆる因 果 論 的 機 械 観 を 契 機 とす る こ と によ っ て 生 じ た継 続 的 な進 歩 思 想 にお い て、 どの よう に 特 徴 づ け ら れ てき た のかについて問 うこ とでもある。
さらにこ のことは、ス ポー ツもまた近 代 という 時 代 の申 し子 であっ たと仮 定 す る 限 り 、 ス ポ ー ツ 文 化 の 歴 史 的 変 容 の 中 で も 近 代 に お け る ス ポ ー ツ 文 化 の 特 徴 、 す なわ ち 数 量 化 と記 録 万 能 主 義 が も たらし たス ポー ツ 科 学 へ の 影 響 を明 確 にする ととも に、ス ポー ツとス ポー ツ科 学 の結 節 の必 然 性 を 明 らかにし う る と 想 定 さ れる 。そ れ は、 ス ポ ー ツ 科 学 者 の「 デ ー タ」 そ のも の にお け る まな
、、
ざし
、、
の特 異 性 とその「 客 観 化 」に対 する信 望 の淵 源 を 探 ることにも なろう。
次 に、こうし た状 況 の中 で生 み 出 さ れたスポーツ科 学 者 における「 客 観 」 の 絶 対 化 に 対 し 、 そ の 「 主 観 」 、 「 客 観 」 とい う 用 語 に 対 す る 認 識 の 欠 如 と い う 視 点 から考 察 を 試 み る。こ の「客 観 」は単 独 で存 在 する 概 念 ではなく、「主 観
−客 観 」 の対 概 念 として成 立 し たことを明 らかにするこ とによって、ス ポー ツ科 学 者 が陥 ってい る現 状 とその問 題 点 につい て明 らかにしうる と考 え られる 。そ れは、ス ポー ツを 研 究 対 象 として捉 え 、それを 実 験 におい て分 析 し 、そこ から 結 論 を得 るという、スポー ツ科 学 研 究 のプロセス全 体 に及 ぶものである。
以 上 のこ とから、スポー ツ科 学 における 客 観 性 からみ た「 限 界 」を 提 示 する ことができると考 え られる 。
第 一 項 ス ポーツ における様 相 の変 化 と「客 観 化 」の結 びつき
今 日 にお け る ス ポ ー ツ の淵 源 を 辿 る 時 、そ れは弓 矢 や 槍 な どの 狩 猟 用 具 お よび 武 器 を 用 い た狩 猟 等 に 求 め ら れる こ とが ある 。 し か し な がら 、そ れ らは あくまで人 間 とい う 自 らの種 の保 存 と発 展 のため になさ れたのであり 、武 器 な どの使 用 は生 きる か死 ぬかの「 格 闘 」 に他 ならなかった。すなわ ちその目 的 は、
あく まで 本 能 的 な 自 衛 手 段 が 根 底 に あり 、 自 ら が 生 き のび る ため のも のであ っ た と 言 え る で あ ろう 。 そ れ 故 、そ れ ら を 今 日 的 な 「 ス ポー ツ 」 とい う 概 念 と 同 一 の範 疇 に取 り込 むこ とは、困 難 であると考 えられる。
一 方 、別 の視 点 か らス ポー ツの淵 源 を 辿 る とき 、それと結 び つ け る こ とので き る 発 想 方 法 は、 西 洋 思 想 そ のも の に も 見 出 す こ と ができ る 。 例 え ば 、 滞 米 経 験 の長 い 仏 教 哲 学 者 の鈴 木 大 拙 は 、主 と客 を 分 け る こ とか ら開 始 さ れた 西 洋 思 想 の特 徴 について以 下 のよう に述 べ る。